17.知られざる過去
翌日、私とナタリーがこれからの予定について話し合っていると部屋の扉が叩かれた。どうぞと外に向かって声をかけると、部屋の扉が開かれる。中に入ってきたのウォルターだった。
「旦那様よりお二人を別の部屋に移らせるように命じられました。ひとまず場所の案内をしますので、ついて来ていただいてもよろしいですか?」
「部屋の場所を?」
いきなりどうしたんだろうか。エドゥアール様、今まで私たちがどの部屋に泊まっているかすら知らなそうだったのに…。あ、もしかして警備の都合でとか?それなら分かる。最近、物騒だってエドゥアール様も昨日おっしゃってたしな…。
突然の部屋の引っ越しにわずかに疑問を抱きつつも、私は素直に頷いた。
「わかったわ。行きましょ、ナタリー」
「はい」
ウォルターに案内されたのは城の3階部分にある今までより断然広く、立派な造りの部屋だった。一番西側の角部屋で、大きな窓がついているから日当たりもいい。
「…随分と立派な部屋ね」
今までの部屋とあまりに違う光景に、私は思わずきょろきょろと周囲を見回す。部屋に備え付けられている家具の装飾はどれも見事で、もはや芸術品である。恐らく、エドゥアール様の趣味ではないだろうか。エドゥアール様の部屋にある家具も、こんな感じで派手過ぎずでもセンスが光るお洒落な家具が置かれていた。
「バルコニーからなら外にわざわざ出ずとも星が観れるだろうと、旦那様が」
そう言われて私は窓の奥にあるバルコニーへと視線を向ける。なるほど。昨夜、私が夜中に庭を徘徊していたのを気にしての引っ越しだったのか。ようやく合点がいった。
確かに、このバルコニーからならわざわざ庭に出なくても星を見ることができる。しかも、庭より空に近いからより星空を楽しめそうだ。エドゥアール様の粋な計らいに、私の頬は自然と緩んだ。
「そうね。これなら庭に出る必要がなくなるわ。こっちの方が景色も良さそうだし、今日からはここで見ることにする。ありがとう、ウォルター。エドゥアール様にもお礼を伝えておいて」
「ええ、そうしてください。貴方に何かあれば困るのは旦那様ですので。かしこまりました。お伝えしておきます」
と、ここまで話していたところでナタリーが低い声で私を呼んだ。ゾクッと背中に走る冷たい感覚に私は恐る恐る彼女の方を振り向く。
「…聞き間違えでなければ、今、外に出て星を見たとおっしゃいました?」
ナタリーの言葉に、私はギクリと身体を震わす。怒られるのが分かっていたので黙っていたのに、まさかこんな形でばれるとは流石に予想外だ。
そんな私を他所に、ウォルターはナタリーに冷めた視線を向けるとこう言った。
「…同じ部屋で主人と過ごしているというのに気づかないとは、嘆かわしいものですね。貴方のご主人は昨夜、1人で庭に出て夜空を眺めていたそうですよ。偶々、旦那様がお帰りになったタイミングで鉢合わせたからよかったものの。全く、このような時勢に一体何を考えているのか…」
ウォルターの言葉にナタリーはギロリとこちらを見る。
「それは本当ですか、お嬢様」
「ええと…」
「本当なんですね」
「はい…」
グイっと詰め寄るナタリーに、観念した私がそう答える。すると、ナタリーは盛大なため息をつきながら自分の頭を抱えて座り込んだ。
「はぁ…、私としたことがお嬢様の外出に気づけなかったなんて…。従者として恥ずかしいです」
「え!?(そっち!?)」
いや、真夜中の皆んなが寝静まっている頃だったし、私がナタリーに気づかれないように外に出たんだから、寧ろ気づけなくて当然なんだけど。というか、何その従者としてのプロ意識の高さ!ウォルターも賛同するようにそん頷かないで!2人とも従者としての意識高すぎて、若干常識がずれてるよ!?
「とりあえず、あとで使用人を送りますから、彼らと共にこの部屋に荷物を移動しておいてください。部屋は既に使えるようにしてあるので、いつでも使っていただいて構いません」
「分かったわ。戻ったら荷物をまとめておく」
部屋を出ようとしたところでウォルターが私の方を振り向いた。一体なんだろうかと私は首をかしげる。
「エリワイド様にお見せしたいものがあります。少しお時間いただけますか?」
私に見せたいもの?ウォルターが?…一体なんだろう。全く見当がつかない。不思議に思うも特に予定があるわけでもないので私は大丈夫だと頷く。それを確認すると彼はナタリーに視線を向けて言った。
「ナタリー、貴方も来たければどうぞ。どうせ、放っておいても盗み聞きするでしょうから」
どうやらナタリーがこの城で色々と情報を嗅ぎまわっていることがウォルターにばれているようだ。彼女はぎこちない笑みを浮かべて答えた。
「あははは。では、お言葉に甘えて」
※※※
ウォルターに連れられてやってきたのは、城の地下にある小さな部屋。一面が石で覆われていて、思わずぶるっと身震いする程度には寒い。
物置なのだろうか。部屋の中には今は使われていないであろう古びた机と椅子、棚があった。床には布で覆われた絵画のようなものが、いくつか転がっている。
「ここは?」
私の問いかけにウォルターは、机に溜まった埃をそっと指で撫でるように拭いながら言った。
「旦那様が幼少期に過ごされた部屋です」
「え!?…物置ではなくて?」
「はい。旦那様はここで、幼少期のほとんどを過ごされました」
あまりの衝撃に私は開いた口が塞がらない。だって、どう考えても人が過ごす環境ではない。こんなの独房と変わらないじゃないか。このお城には部屋が沢山あるのに、なぜエドゥアール様はここで幼少期を?
私の疑問を感じ取ったのか、ウォルターは更に説明を続ける。
「旦那様がこんな目にあった原因はこの人です」
そう言ってウォルターは床に転がっていた額縁を一つ拾い上げると、布の覆いを剥ぎ取った。そこには、綺麗に着飾った男女とその子供であろう二人の男の子が描かれていた。そこにいる男性は心なしかエドゥアール様に似ているような気もする。
「もしかして、前辺境伯とその家族?」
「正解です」
そう言われて私はなるほどとじっとその絵を見つめる。しかし、そこに描かれている子供たちはどうみてもエドゥアール様ではなかった。
「これ、エドゥアール様ではないわよね」
「ええ、ここにエドゥアール様は描かれておりません。当時、エドゥアール様は存在しないものとして扱われていたので」
存在しないものとして扱われていた?一体、なぜ?跡継ぎなのに?
「彼らは後妻が連れてきた子どもなんです。前辺境伯とは血のつながりがありません」
「ということは、この方はエドゥアール様の本当のお母様ではないのね」
「はい。旦那様の実の母親はこちらの方になります」
そう言ってウォルターが取り出したのはもう一つの小さな額縁。そこには仲睦まじい様子で描かれた前辺境伯とエドゥアール様の母親であろう美しい女性の姿があった。
「綺麗な方ね。エドゥアール様によく似ている気がする」
「旦那様は元奥様似ですからね。恐らく、それも災いしたのでしょう。元奥様がお亡くなりになってから、大旦那様は旦那様を避けるようになりました」
「どうして?自分の子どもなのに…」
私の問いかけに、ウォルターは悲しそうな光を瞳に宿す。
「元奥様が亡くなれた原因が、池に落ちたエドゥアール様を助けた際に大量に飲みこんだ水が肺に入ったことで発症した肺炎だったんです。そして、元奥様に似ているエドゥアール様を見るたびに愛愛の奥様を思い出し苦しまれていました。恐らく、それに耐えきれなくなってエドゥアール様を自分から遠ざけようとしたのだと思います」
「親が子供を助けようとすることなんて当たり前のことだし、エドゥアール様が悪いわけじゃないじゃない。誰だって子どものうちは池には落ちるものよ。私だって何回も池に落ちたわ」
「いや、お嬢様。普通の人はあんなに池には落ちません。そこに池があったからといって、自ら池に飛び込むのはお嬢様くらいです」
ナタリーの反射的な突っ込みに私は「ええー」と口を尖らせる。だって、池って不思議な魅力を持っているんだもの。子どもなら飛びこみたくなるじゃない?普通。
ふと、ククっと誰かが笑う声が響く。声の主を見れば肩を震わせ笑いを堪えていた。
「ふふっ、失礼。つくづくご令嬢らしからぬ人だなと思いまして」
…なんか最近、色んな人にそれ、言われるんだよね。私、そんなに令嬢らしくないかな?自分では割と立派な令嬢を演じているつもりなんだけど。
「いいわ。皆に言われるから気にしてない。個性だと思ってる」
「個性…そうですね。個性ですね」
声を震わせながらそう返すウォルター。絶対馬鹿にしてると思う。もう慣れてるからいいけど。
ある程度笑って落ち着いたのか、咳払いをしたウォルターは切り替えるように口を開いた。
「さて、話がそれましたが、大旦那様は旦那様をできるだけ自分から遠い部屋に移そうとしました。ですが、その時はまだマシな部屋だったのです。こんな地下ではなく、普通の使用人が使う部屋でした」
「じゃあ、なぜこんなところに?」
「あの女…大旦那様の後妻が大旦那様を甘い言葉で惑わし、旦那様に非常な仕打ちを行ったのです」
ウォルターによると、最愛の妻を亡くしたショックで前辺境伯は正常な判断ができない状態だったという。仕事もまともに手が付けられず、酒浸りの日々を送っていたそうだ。そこに漬け込み、前辺境伯の妻になった後妻は過去の女の影を残すエドゥアール様を徹底的に日常から排除しようとしたという。
「他のご家族の方が温かい部屋で食事をとる中、旦那様はこの凍えるような部屋で僅かに与えられたカビの生えたパンと、庭師が苦肉の策で用意した雑草のスープを召し上がっていました」
「酷いわね…」
そりゃ女性恐怖症になるわけだ。無害そうな見た目をした女性がある日家にやってきて、自分の母親になったかと思ったら、そんな悪女みたいな仕打ちをしてきて…トラウマにならないわけがない。
「エドゥアール様が女性を恐れている理由は理解したわ。でも、どうしてここに私を?」
「…貴方なら旦那様をお任せしても問題ないと思いましたので。きちんと旦那様のことを知ってもらおうかと思いましてね」
「…それは嬉しいけれど、意外だわ。私、貴方に嫌われていると思ってた」
「初めは嫌がる旦那様相手にしつこいなと思っておりましたし、警戒をしておりましたけど…なんだか貴方相手に警戒をしているのが馬鹿らしくなってきまして。私も旦那様には幸せになってほしいですし。そろそろ認めてもいいかなと思っただけです」
…なんか貶されているような気がするのは気のせいだろうか?でも、認めてくれてるんだから素直に喜んでいいのかな。
「貴方も貴族なら旦那様の噂は聞いたことがあるでしょう?親兄弟殺しのブルーナイトの噂も耳にしているのでは?」
確かに聞いたことはある。でも、流石に噂に過ぎないと思っていた。だって、エドゥアール様がそんなことをするのようには思えなかったし。
「…まさか、事実なの?」
「いえ、事実ではありません。ご両親に関しては事故でしたし、兄弟を殺したのはこの私です」
「え…」
いきなりの暴露に流石の私も固まった。きっと何かの理由があるんだろうけど、主の兄弟を殺したと聞いて平然とした顔をしていられるわけがない。
「あの兄弟は不届きにも、跡継ぎである旦那様を殺そうとしました。偶然それに鉢合わせた私は旦那様を守るため、咄嗟に近くに飾ってあった剣を手に取り、彼らを刺したのです」
ウォルターは白い手袋に覆われた自分の手をそっと抑える。その手が僅かに震えているのが目に見て取れた。
「血は繋がっていないとは雖も、彼らは形式上は辺境伯の息子。それを殺した私は罪を問われるはずでした。しかし、そうはならなかった。旦那様は私を庇い、自分が兄弟を殺したことになさったのです」
そっか。エドゥアール様にとってウォルターはそこまでしても守りたいと思える相手だったのね。私の知らない二人の絆が少し分かった気がする。
「なるほど。それであんな噂が広がったのね」
「ええ。その後、旦那様は荒れ果てたこの辺境を見事に立て直しました。本来なら親兄弟殺しの噂は足を引っ張るものですが、この辺境を治める旦那様にとっては、寧ろ好都合なものでした。酒におぼれまともな統治を行わなかった前辺境伯は民からの嫌われ者でした。そんな前辺境伯を殺し、辺境を元に戻した旦那様はここの民にとって英雄だったのです。なので、噂を取り消すこともしなかったのですよ」
そんな過去があったのか。というか、聞けば聞くほどエドゥアール様ってかっこいいし、素敵よね。使用人を庇って、領地を救って、自分は汚名を被って。今の辺境の幸せはエドゥアール様の自己犠牲の上にあるのだと思い知った。
「でも、血も涙もない残忍辺境伯の異名はあながち間違いというわけではありませんよ」
「え?」
「この辺境には様々な侵入者がやってきますから。時には拷問を行い黒幕をつきとめ、時には殺し、被害が広がるの防ぎます。そういうことに関して、あの方は一切の躊躇を見せません。…どうです?辞めるのなら今のうちですよ?」
そう言うウォルターの瞳には挑発の光が宿っていた。そんなの言われなくても答えは決まっている。
「辞めませんよ。綺麗ごとだけでは守り切れないものがあることは存じています。というか、めちゃくちゃカッコイイです、エドゥアール様。ますます好きになっちゃいました」
「あははは!やはり貴方は普通の令嬢ではありませんね。合格ですよ。今までの非礼は全てお詫びします。これからは貴方にも旦那様同様、忠誠を誓いましょう」
どうやら私はウォルターの何らかの試験に合格したようだ。まさかのウォルター攻略に成功した私は、ナタリーと顔を見合わせるとふっと笑みを浮かべるのだった。




