第七十八話 ついでに全校生徒も助かる
職員室の横に校長室はある。
生徒が出入りしている所は見たことないし扉が開いた所を俺は見たことない。
そんな部屋に俺と柚子はいた。
目の前の机には白髭を生やしたおじさんがいる。
「生徒側からの要望なんて......最後にしてきたのは現生徒会長だったかな?」
「お忙しい中、お時間いただきありがとうございます」
「まあまあ。そんな硬くならなくてもプレゼンの練習と思えばいい」
そう言ってくれるのはとてもありがたいが、声と風格からにじみ出る圧というのは初対面の生徒からすれば萎縮してしまうもの。
久しぶりに緊張しているしそのせいか喉がからつく。
「えっと。体育祭における備品追加と競技内容変更だったね。結論から言うとどちらも構わない。だが話は聞きたい。君たちは二年生だね? なぜ今年になって言ったのか、去年感じたことならすぐに行動すればいい話ではある」
不満なのか疑問なのか抑揚のない低い声では判断が出来ない。
捉え方によっては怒っているようにも聞こえる。小畑先生の圧に慣れていない柚子は瞬きの回数が減り、呼吸が短くなっていた。明らかに緊張している。新鮮な光景。
「まず備品追加の議題から行こうか」
「はい。それは僕が出しました」
からつく喉をこじ開けて声を出した。
「なぜ今年になって案を?」
理由は大量にある。
ここ最近の気温の上昇。体育祭まであと二週間だというのに気温は毎日真夏日を越えている。
それに例え、気温が低くても強い太陽下では日射病も考えられる。
だがそれは納得させるための材料であって既に納得しているなら真実を話した方がいいだろう。
「今年になって日の光に弱い後輩が出来たからです。先天性白皮症、一般的にはアルビノと呼ばれる生まれつきのものです。日の光......紫外線にとても弱く対策が必須されるとネットで調べて知りました。今回の備品も言ってしまえばその後輩のためと言えばそうです。他生徒が助かるのは正直おまけです」
横から柚子に爪で刺されたが気にしない。
ウソでもいいから全校生徒のためと言えということだろうが生憎俺の頭は混乱中だ。
説教なら後で聞く。
「脅すわけじゃないですけど、アルビノの皮膚がん発症率は同じく白い肌を持つ国の人より高いそうです。対策なしでは確実でしょう」
学校側としては避けられるものなら避けたいだろう。
俺の提案を断ることで生徒一人の命は崖っぷちへと立たされる。
校長は無言で俺の目を見ていた。
「まだまだ拙く、未完成。ただその意見は受け止めよう。去年熱中症が問題になったのは報告に上がってきている。その対策が生徒側から出たのならやろう。ありがとう」
白髪交じりの口元が優しく曲がった。
「では次に競技内容の変更だ」
「は、はい!」
落ち着けよ。
ド緊張した柚子は威勢よく返事した後に椅子から立ち上がった。
「座りながらでいい」
「あ、はい。すいません......私が競技内容を変更したいのは二人三脚です」
「詳細には?」
「体育祭とは学生からすればお祭りなんです。運動部は普段の成果を意中の相手に見せるチャンスですし、運動部じゃなくても異性を意識してしまうそんなお祭りなんです」
一応全ての学生がそうでないと俺が心の中で訂正しておこう。単位だから仕方なく出る、という去年の俺と同じ奴も少なからずいる。
恋する乙女の私利私欲的な提案を理解しようと校長は必死に頭を回転させている。
俺の時は最後以外無表情だったのに、柚子の時は眉を寄せたり離したり目が少し泳いだりしている。
恋する乙女論は難しいよな。
「モチベーションが上がるんですよ! モチベーションが上がれば体育祭も盛り上がります! 現生徒会と協力すれば体育祭は楽しくなるんですよ!」
そうは言うが私利私欲である。
「わ、分かったから座りたまえ」
立ち上がった柚子はいつの間にか校長の机の前へと進んでいた。
盲目なのは海原だけじゃないような気がする。
「おほん。二人の意見は分かった。学生の意見はとても面白い。当初の予定通り備品の追加と競技内容の変更を認めよう。ただ、急なことではある。人手が足りないのならば生徒会などの手伝いをしてほしい」
「分かりました」
その程度ならバイトも特にしていない俺達には余裕だ。
それに、俺達には小畑先生からの課題をこなしたという自信と実績がある。
生徒会の手伝いなんて余裕過ぎる。
「失礼しました」
柚子が校長室を出ていき俺も出て行こうとしたとき、校長に呼び止められた。
「次期生徒会長に立候補してはどうかね」
「俺が、いや、僕には務まりませんよ。カリスマは全くないので」
「その生徒一人のことに焦点を当てられる素質はとても大事だと。人をまとめる立場から言わせてもらおう。ついでに言うと、現生徒会長も最初はやる気がなかった」
だがあの人は有能だ。
人の心を読んでいるのかと思うほど的確に接することが出来る。
意見を言う、人一人に焦点を当てられるだけの奴より人をまとめるのに適しているだろう。
「出来るだけ前向きに考えます」
「そうしてくれたまえ」
俺は校長室を出て考えた。
仮に、生徒会長に立候補して選ばれたとしてだ。俺になにが出来る。何もできないのは俺自身が一番分かっている。
さらに仮の話だ。生徒会長ということは生徒会室を自由に出来るわけだ。その分責務はあるだろうが、それを乗り越えた先にはなにがある? 名誉? 好印象? そんなものは正直要らない。雅樹にでもぶん投げる。ただ海原と一緒になれる空間が増える。邪魔が入らない空間が。
邪魔が入らない空間が手に入ったら俺は海原をどうする?
「ちょっと! なにしてんの? そんなに緊張したの?」
俺は蛇口を捻り煩悩まみれになった頭を冷やした。
いくらなんでも好都合すぎるし現実的ではない。
「うわっ......龍輝、今気持ち悪い顔してる」
「どんな顔だよ」
「口が笑ってる。しかも誤魔化そうとしてんのかぴくぴくしてる。キモイ」
非現実的な妄想してたらどうやら顔に出たようだ。
極度の緊張は人に幻想を見せるようだ。あとで海原を抱きしめて非現実から離れよう。




