第七十五話 腹いせに仕事量を増やす
「これ今日中に終わる?」
手伝いに来てもらった柚子がふいにそんなことを口にした。
俺のクラスの机を六つくっつけた広さには体育祭関連の書類が広げられていた。
「終わらせなきゃ帰らせてもらえないと思うぞ」
「やっべぇ。同じ文字見すぎて意味不明な記号に見えてきた」
「奇遇ですね。わたしもですよ」
小畑先生から押し付けられた書類は体育祭を実行するにあたっての近隣住民への協力願いや必要な用具のチェックだった。
データでのチェックなら一人で事足りるが紙媒体となると人の手が必要となる。
更に体育倉庫へ行く手間を考えると人手が圧倒的に足りない。
「近隣住民への協力願いはこの辺でいいだろ。問題は用具だ。一生徒に任せるなよなこんな問題」
「生徒会の仕事でしょうね」
あの有能生徒会長のことだ。なにか考えがあってのことだとは思うが......正直「面白そうだから」という理由でも不思議ではないためあんまり考えないようにしよう。
「紙媒体で放り投げたってことは自由に用具を追加、削除していいってことだよなぁ」
「それいいな! やろうぜ!」
「怒られますよ」
「真面目にやってると頭おかしくなりそうだから」
体育があって身体的に疲れているのにこの仕事量を押し付けるのが悪い。
「よし。体育祭でなにか欲しいものは」
「自販機使えるようにしてほしい。去年は暑かったから飲み物なくなって大変だったしな!」
雅樹の案はおそらく二年生以上なら去年思っただろう。
九月の後半と言っても年によっては気温がまだ暑かったりする。その時に自販機が封じられるとかなりキツイ。幸い、飲み物の支給があったから良かったものの炎天下の運動で水分枯渇はリアルに命に関わる。
ちゃんと理由付けをすれば通るかもしれない。
「自販機......使用許可っと。他には」
「保健室のベット確保かな。一昨年も去年も貧血と熱中症のダブルパンチで結構ギリギリだったし」
「臨時保健室っと。なるほど」
「男はあちーって言ってただけだったもんな!」
女子目線の意見というのはとてもありがたい。
そんな俺達を頬を膨らませて見つめる赤い瞳があった。
「わたし去年の体育祭を知らないのでなにも案が出せません」
ぷくーっと膨れ、自分だけ仲間外れにされたことを怒る海原。
「別に去年参加していなくてもいい。中学で体育祭の時にこれがあったらとか、こうだったらいいのにとか、そういう要望はなかったか?」
公立の中学では出来ることが限られても私立の高校では出来たりする。例え出来なくても代案を出せば案外通ったりする。
この学校がそこまで生徒の意見を尊重するかどうかは知らないが。
「そうですね......それなら日陰があったらとは思いましたね」
「そっか。海老ちゃんは日向ダメだもんね」
「それもあるんですが、校庭って基本的に日陰がないじゃないですか。だから熱中症とかが酷いのかなって去年本部席から見てて思いましたね」
確かに公立私立限らず校庭というのは日陰がない。
しかも体育祭は暑くなる五月六月かまだ暑い九月十月にやることが多い。
日陰があれば防げるものもあるということか。
「この学校にそこまでの予算があるかだよなぁ」
「あるはずだ」
俺は雅樹の問いに即答した。
「おお、言い切ったな。なんか心当たりでも?」
「俺達がなんのために夏休み前の休日を返上してプール掃除したと思ってんだよ」
余ってないとは言わせない。
「龍輝ってあれよね。そういう頭の回転は早いよね」
「悪いことじゃないだろ」
生徒の安全と健康をうんたらかんたらでどうのこうのでいいんだ。
決して仕事を押し付けられた腹いせに仕事を増やそうなんて命知らずなことは考えていない。
「でも通るかねー。予算があっても生徒が口出し出来ることじゃないだろうしよ」
「そこは口を出すんだよ」
生徒だから強く言えるんだ。実行し実際に苦しむのも生徒だから。
「特に日陰を作ることに関して保健室のベット確保問題解決にも繋がる」
熱中症患者を減らせれば用意するベットも少なくて済む。
「とかなんとか言って海老ちゃんの安地を確保したいだけなんじゃないの~?」
「そう取れるならそうなんじゃないか」
折角の運動するお祭りなのに本部席という籠の中に軟禁されるのは忍びない。
解決できるなら出来る限りする。
「あ、あありがとうございます......」
「海原のためにも絶対に通す」
そのためなら関節の一つや二つ外れても構わない。
......やっぱ痛いのは嫌だ。なるべく穏便にやろう。




