第七十話 そして俺は逃げた
「りんご飴ってお祭り限定の食べ物じゃないですか?」
「そうか? ......そうか」
たしかに綿菓子とかベビーカステラはスーパーや老舗のお土産屋で売ってたりするがりんご飴だけはどこにも売っていないし自分で作るのも難しい気がする。
「先輩もどうぞ?」
りんご飴を口から離し俺に差し出す海原。その小さな口からはいやらしく糸が引いていた。
「あとで自分で買うって」
「ダメです。これだって先輩が買ってるんですから」
「海原が財布を宿に忘れたからな」
「うぐっ。それはそうですけど」
気まずさを隠すように海原は再びりんご飴に口をつけた。
俺は近くにあった焼き鳥で適当な種類を買い、歩き出した。
カランカランと海原が履く下駄の音だけが聞こえ、俺達の間に会話はない。
だが手はしっかりと握り、指までからめてある。
「たまたま夏祭りが近くでやっててよかったですね」
「そうだな」
「先輩去年は夏祭りに行きました?」
「近くではやらないから行ってないな。海原は?」
「わたしも行ってないですね。一緒に行く人も居ませんでしたし」
会話のどこかにぎこちなさを、俺も海原も感じている。
ぎこちなさを隠すための会話がさらにぎこちなさを際立たせる。
この場合、どう動けばいいのか。
どう動いていいのか分からないなら、取り敢えず動けばいい。
どうせ考えたところで正解、不正解は分からないんだ。
「海原。こっち」
「あえ」
返答を聞く前に俺は神社の鳥居をくぐり賽銭箱の裏、階段を上ってきた人達に見えない位置に座り、海原を膝の上に座らせた。
「せ、先輩? 大胆すぎませんか?」
俺は海原を後ろから抱きしめたまま答えた。
「悪い。自分からどう動けばいいのか分からなかった」
「自分から動く? リードするってことですか? それなら別に必要は......」
「俺さ、過去にめっちゃ振り回されてんだよ」
自分語りは得意じゃない。幼馴染自慢なら大得意なのに。
だが海原には話しておく必要があると俺は思った。
「雅樹目当ての同級生、先輩、後輩から言い寄られてた。正直最初は舞い上がった。けどすぐに現実を見せられるんだよ。俺に好意がないと宣言するのはごく一部。あくまで俺繋がりで雅樹に近寄りたかったからか最初は俺に好意がある体で近寄ってくる」
そこから先はもう思い出したくない黒歴史の塊。出来れば記憶を消してしまいたい。
そして俺は、一息入れてから言った。
「始めの方は舞い上がった。雅樹っていうイケメンがいるのに俺に声をかけてくれるんだと思った。だけど現実はそこまで優しくなかった。例え相手を好きになっても振られる未来が確定しているなら感情を持たないことにした。それが半年前の俺だ。正直、海原のことも最初は雅樹目当てだと思ってた」
これで幻滅されるかもしれない。嫌われるかもしれない。
だがこれを隠したまま海原と付き合うことは出来ない。俺の中で絶対にもやもやする。
「ではわたしからも告白します」
そう言って海原は俺の膝の間から立ち上がり数歩歩いた先で俺の方を向いた。
「実はですね。わたし、先輩を嫌いになったことなんて一度もないんですよ」
「あ、ああ」
「今この瞬間もわたしの『好き』は続いているわけです。先輩が警戒してるのは分かっていましたし......その程度の告白でわたしは嫌いになりません。これがわたしの告白です!」
そう言って海原はニカッと笑った。
暗いはずの神社の敷地内で海原の笑顔は光って見えた。
「結構勇気出して話したんだけど」
「先輩から好きという言葉を聞けるのかとドキドキしたのに~。緊張して損しました」
「海原俺は......」
そう言いかけた時、海原が小走りに走って来た。
「隠れてください!」
「ちょ海原!」
腕を雑に引っ張られた俺は賽銭箱に背を預け脚の間に海原が座った。
(なんで隠れるんだよ)
(しーっ! すぐに分かります)
すぐに砂利道を踏む足音と声が聞こえてきた。
「ちょっと。こんなところまで連れてきてなに? やらしいことするつもりじゃないでしょうね」
「しねーよ。大事な話があるって言ったろ」
雅樹と柚子の声だ。
聞いてはいけない気がするが、出ようか迷っている間に二人の話は続いた。
「柚子はさ、オレの性格知ってんだろ?」
「んまあ、女たらしってことくらいは」
「そうじゃなくて、もっと根本的な人付き合いにおいて致命的なさ」
そんな遠回しじゃなくて直接的に言えばいいのに。そんなんじゃ伝わらないぞ。
「ああ、飽き性ってこと?」
なぜ伝わるし。幼馴染であってもこの賽銭箱ぶん投げたいレベルで気持ちが悪い。
「そうそう。その飽き性についてどう思う?」
「ええ......どう思うって別に。あーそうなんだーくらい」
「そっか」
「さっきからなに? 回りくどいんだけど」
柚子の声からは苛立ちが見える。
柚子も柚子で察しが悪い。夏祭りでわざわざ人の居ない場所に連れてきて話すことなんて限られる。
もう少し期待してもいいんじゃなかろうか。
「柚子、好きだ。付き合って」
少し甘えるような声で雅樹が言った。
それに対し柚子は、
「えあうん」
思考を放棄した。
脳で考えず脊髄で返事をしたことくらい声を聞けば分かる。
「よし! オレからの話は終わり! これからよろしくな」
おそらく雅樹は笑っている。柚子の声が聞こえないってことは処理に時間がかかっているかもう脳がとけたあとか。
「龍輝たち探しに行くか! レッツゴー!」
雅樹達の声が遠くなって足音も聞こえなくなった。
片目だけ出し確認する。神社の敷地内に人影はない。
「なんだアイツら。一発お祝いパンチだな」
「幼馴染ならではの告白ですね~。憧れちゃいます。ところで先輩、わたしが飛びつく時なんか言いませんでした?」
俺も流れに乗るべきか。いや、あれを見せられた後じゃ俺には無理だ。
チキンと罵られてもいい。ヘタレと言われてもいい。タイミングを完全に見失った俺には無理だ。
「浴衣、可愛いなって言いたかったんだ」
そして俺は逃げた。




