第五十九話 ささやかな恋人アッピル
本来なら夏休みで学校には補習がない限り行かなくてもいいのに、担任からの呼び出しにより俺と海原は応接室のような場所にいた。
部屋の中には生徒会と風紀委員の腕章がついた生徒の姿も見える。その顔は困惑の表情。
「説明は生徒会長の方から頼む。私は出るわけにはいかないからな」
「働かないんですか?」
俺が聞くとなにも分かってないというように小畑先生はやれやれと首を振った。
首振りたかったのはこっちだけどな。折角の夏休みなのに潰してくれちゃってー。
「タバコの匂いをさせた教師に案内役が務まるわけないだろう? 校長からも出来るだけ近くには寄るなと言われている」
「それって遠回しの解雇宣言では?」
将来の生徒に近寄るなというのはそういうことだと思うが。
「はは。まさか。解雇される時が校長の最期だ」
この人無理心中するつもりだ。いやまあ、パワーが圧倒的すぎて惨殺になりそうだけど。相打ちどころか瞬殺。
「ああ、あと一つ聞きたいんですけど」
「なんだ、まだあるのか。なんでも聞く男は嫌われるぞ」
これは小畑先生にしか答えられない問題だからそんなめんどくさそうな顔をしないで欲しい。
いやまあ、状況から見て面倒なのは分かるけども。
「なんでアメがいるんですかね」
海原が大人しいのはそのせい。生徒会や風紀委員の皆さんが困惑しているのもそのせい。それが絶望しているのもそのせい。
「上からの圧だ。これ以上は命賭けろ」
「帰すことは」
「山田に出来るなら止めはしない」
出来ないから教師であるあんたに頼んでんだよ。
「アメも手伝いマス! こっちの学校は初めてなのでワクワクしマス! 制服なんて初めてデスヨ!」
「なんでもいいので放してください」
「ちょっとだけヨー」
この通り、海原が帰ればアメも帰るだろうが、アメ単体じゃてこでも動かない。
「ま、アメリアの扱いは山田に任せた。問題を起こさないようにな」
肩にポンと手を置かれ小畑先生は部屋を出て行った。
問題を起こさないようにというのなら、アメ(部外者)をとっとと追い出せばいい話では?
「生徒会長。俺ら、なにすればいいですか」
アメのことは諦めて、俺は生徒会長に説明を求めた。
ザ、真面目みたいなメガネ男子で怒ったら超怖そう。だが怒らなければ優しく。理想の生徒会長像をそのまま抜き出したような容姿をしている。
雅樹とは違った分類のイケメンだ。
「あ、ああ。君たちは、雑務をお願いしたい」
「具体的にはなにをすればいいんですか?」
「例えば、待機教室までの案内や挨拶ってとこかな。勿論僕達もいるけど人が多い方がやっぱりね」
つまりいちゃつく必要はないと。
「いつイチャつけばいいんですか?」
「いつでも構わないよ」
生徒会長はにこやかに海原の的外れな質問に答えた。
なんだこの生徒会長。止めろ。いや、風紀委員、仕事しろ。今目の前で生徒会長によって不純異性交遊が認められたんだぞ。
意味ありげな視線を送っても、逸らされるだけで注意をしようともしない。
ま、それでいいなら俺は別にいいけどさ。アニメや漫画のような過剰な干渉はしないということ。争いが生まれなくてそれはそれで平和でいい。
「時間だ。全員配置についてくれ」
生徒会長の一声で全員が無言で動き出した。聞こえるのは椅子を引く音や衣擦れの音だけ。
全員が自分の仕事を完全なまでに理解していてそれをどうしたら完遂出来るかも見えているのだろう。だから相談する必要も雑談も必要がない。
「山田くん達は一年生の教室に案内をお願いしようかな。一組から順番に入って貰えればいいから。はいこれ、インカム」
しかしちゃんと説明する所はしてくれる。やはり有能生徒会長だ。
「んじゃ、海原。昇降口行くぞ」
「やっぱりカップルらしさを出すためには手をつなぐべきですよね?」
「どう考えても不自然だろ。オープンスクールの手伝いってことでここにいるんだから」
「普通に仕事しながらこっそりやる方が自然デス! アメもこっそりパンツを脱がします!」
警備員さん。不審者がいるんで即刻警察に突き出してください。
昇降口には既に数組の中学生とその親御さんの姿が。
俺達の足元の椅子には浜辺高校のパンフレットと学校行事の予定表などが置かれている。
少しでも興味を持ってもらおうとする努力が見える。俺には出来ない芸当だ。
「海原、笑顔でな」
「わたしの笑顔は先輩のためだけにあります」
「ちゃんと出来たらなんか考える。明日、デートとか」
俺がボソッと言うとその効果はすぐに発揮された。
「おはようございます! 一年一組の教室でお待ちください!」
「おはようございマス! いちねんいちきゅみのきょうちつでお待ちくだサイ!」
満面の笑みと共に元気よく海原とアメは案内を始めた。
頑張ってもアメにはなんにもないというのに。
二人とも町中で声をかけられる程度には美少女である。中学生達の期待を膨らませるには十分だろう。本来の目的はそれだし。
「おはようございます」
案内は海原とアメに任せて俺は挨拶だけに徹底した。
ふと、手元を見ると丁度椅子の背もたれに隠れて見えない位置から海原の手が伸びてきた。
なにもしないで挨拶しているときゅっと小さな手に握られた。
ちらりと横を見ると満面の笑みの中に少し遠慮が見えた。流石に止めた方がいいですか? と聞かれている気がした。
その返答として俺は小さな手を振り払わずに俺からも握り返した。




