第五十八話 夢役
『山田。来週のどこか空いてるか」
「空いてないです」
プールから帰ってすぐに学校から俺のスマホに着信が入った。
かけてきたのは小畑先生。開口一番にそう言われ俺は即答した。
『なら空けろ。特に土日のどっちか』
はい。いつもの。
当然と言わんばかりに休日返上を求める上司の風上にも受けない人物。
「急ですね。ま、いつもですけど。要件によっては相手方にも通るかもしれないです」
『学校見学の手伝いをしてほしいんだ』
オープンスクールってことか? それなら生徒会とか適役がちゃんといると思うが。
それとも全員夏バテとか?
『高校ってのは中学生からすれば夢があるんだよ』
「そうですかねぇ」
高校行っても漫画やアニメみたいに青春出来るわけじゃない。
出来るのは雅樹みたいなイケメンに限る。または、過去に女子の心を射止めてたまたま高校で一緒になるか。
『その夢役をやって欲しいんだが、頼めないか?』
俺は反射的に電話口から耳を遠ざけた。
小畑先生がこういう「頼めないか」という時は大抵脅迫だ。断れば次会った時に難癖つけて関節技を決められる。
ヤのつくガラの悪い人より質が悪い。
「青春なら雅樹の方が適任では?」
『あれはダメだ。羞恥があるからな。海原ほどの猛アピールがあって完成する』
「......はぁ。海原にも聞いてみます。すぐなんで」
『頼んだぞー!』
上機嫌で電話は切れた。大方、海原なら了承すると思ったんだろう。俺もそう思う。
きっと二つ返事で了承するだろう。
リビングに行くと放心状態の海原と人には見せられないだらしない顔をしたアメの姿があった。
「プールから帰ってきたばっかなのにお盛んだな」
「可愛い人にくっつくのに疲れたとか言ってられないデス!」
「せ、先輩......わたし、もうダメかもしれない」
助けを求める海原には申し訳ないが本題に入らせてもらおう。
どうせアメが止まることはないんだ。
ソファに座った俺は本題に入った。
「海原、今度の土曜日に学校で恋人を演じないか」
「やります! え、なにしてもいいんですか? キスは出来ますか!?」
放心状態だった海原はアメの下からするりと抜け出すと俺へと急接近。海原の腕が頭の後ろに回され、逃げられなくなってしまった。
「一から説明するからどけ」
「このままで!」
「......夏休み中にオープンスクールがある。そこで青春を見せるためにカップルが必要なんだと。んで、ついでに案内もといった具合だ」
「学校でそれも中学生の前でいいんですか!? 刺激が強すぎるかもしれませんよ?」
「外でなにするつもりだ」
下手なことして小畑先生に関節外されるのは嫌だ。よって無駄なことはしない。
いつものように海原の言葉を流しておけば平気のはず。こいつが余計なことをしなければだが。
「あくまで案内が主な仕事だ。今年は多いらしくてな」
「大勢の前であんなことやこんなことを......」
海原は耳まで真っ赤にして俯いた。
どんな想像をしたら耳まで真っ赤に出来るのだろうか。
残念ながら俺にはそこまでの想像力はないため分からない。
「先輩! 今すぐ妊娠させてください!」
「はぁ!? 急にどうした。いや、説明はいらない。断る」
どうせ説明されても海原の脳内妄想は理解が出来ないからな。
「恋人なんて甘ったるいこと言ってないで夫婦になればいいんですよ! そうすれば自然とイチャイチャ出来ますよ!」
顔を真っ赤にした海原の目は現世に向いていない。妄想の世界でならなんでも成功してしまう恐ろしさ。
そして思考回路の意味不明さ。
「落ち着け。夫婦だからイチャコラ出来るとかそれ以前の問題だから。高校生で夫婦ってだいぶ不自然だからな? 水飲んで落ち着け」
キッチンの水道から出した水をコップに注いで海原に渡した。
「じゃあいつになったら夫婦になってくれますか?」
「恋人同士でもないのに何言ってんだ。俺はまだ十七だ」
法律じゃ、男は十八歳以上にならないと結婚は出来ない。海原は既に誕生日を迎えているため十六歳。一応クリアしてしまっている。
「それって、先輩が十八歳になったら結婚してくれるってことですか?」
「違う」
「でもしたいですよね?」
「......したくない」
「今の間は?」
「気にするな」
これ以上追及されるとボロが出そうだ。
俺は海原の追及を後ろから受けながら自室へと戻った。
そうだ、一応小畑先生に了承の電話をしておこう。段取りとかあるだろうしな。
そして後ろのねーねーモンスターがうるさい。