第二十七話 ほんと勉強不足が過ぎる
五月十一日。 この日がなんの日かと言われれば俺的には特になにもない。去年は普通に過ごした日だ。
だが今年は違う。海原海老名。俺の家に泊る後輩の誕生日である。
「おはようございます先輩! 気持ちのいい朝ですね」
「あぁ......」
未だ眠る脳ではなく脊髄で返事をした。
朝からキラキラとした目をした海原だが今日は一段と目の輝きが強いように思える。
誕生日なんだから当たり前か。
「先輩も早く降りてきてくださいね!」
海原は可愛い笑顔を向けながら下へと降りて行った。
俺は昨日買ったリップが入ってる学校バックの方を見た。
「いつ渡せばいいんだ?」
過去女子にプレゼントしたことが数回あるがどれも意識せずに渡せた。反応はあまりよくなかったけど。
一度意識したら余計に分からなくなってきた。まあ、焦らなくてもタイムリミットはあと十七時間もある。
そして十時間が経過した。
時刻は十七時。既に学校は終わり帰り道。自転車をこぎながら俺は自身のまぬけさに呆れた。渡すタイミングなんて大量にあったのにまだ渡せてないのかと。
そもそも『渡すタイミング』ってなんだ。後輩に贈り物をするのにタイミングが重要か? プロポーズじゃねぇんだ。普通に渡そう。
帰ったら即渡そう。
「海原」
「はい?」
自宅へ到着し海原を呼び止めたが次の言葉が出てこなかった。言葉が出ないなら行動でとも思ったが身体も動かなかった。まるで俺自身がこの渡し方に満足してないようだった。
「えーっと。何言うか忘れた。思い出したら言うわ」
「もう! うっかりやさんですね!」
海原は笑顔で家へと入っていった。
なんで動かないんだ俺。心臓がドクドクと鼓動しうるさい。今までこんな緊張したことなかっただろ。相手は後輩。好感度的には俺に言い寄ってきた女と同じくらいだ。なのに......なんで。
「俺にとって海原ってなんだ?」
ふいに浮かんだ疑問。後輩なのは間違いない。宿泊者であり客なのも間違いない。しかし本当にそれだけか?
俺が鈴音さんと同じベッドで寝ていても怒らない。この前だって雅樹達と出かけようとしていた。海原抜きで。どれも怒っていいものなのに海原がそこまで怒ってる風は感じなかった。
それが彼女なりの譲歩だと言われればそれまでだが、その譲歩は『興味がない』のとイコールになる場合がある。
「これ下手すれば寝込むかもしれないな」
『譲歩』なのか『興味がない』のかそれが今日分かってしまうかもしれないんだ。俺が渡す誕生日プレゼントの反応で。
自転車に鍵をかけ家の中へと入った。
リビングでは鈴音さんが防御力皆無の服装でクッションを抱えながらテレビを見てたり母さんは夕飯の準備でキッチン。父さんは車を弄ってるのか車庫から物音がする。そんな騒がしく人が大勢いる空間。
ネットで調べた渡し方とは大きく外れる。だがそれでいい。その方が俺のダメージは少なくて済む。
「海原。渡すものがある」
「は、はい? なんですか? あ、童貞とかなら大歓迎なんですけど......」
最低な下ネタをぶんなげてきたが無視して小さな袋を突き出した。
袋を見た後に海原と目があった。そこから逸らせば俺の説が立証され、違う反応があれば要検討。また考え直す必要がある。
「先輩これ......」
「お前今日誕生日だろ。母さんから言われなきゃ見逃すところだった」
ここ数日。誕生日が近いってのに海原からはなんのアクションもなかった。プレゼント欲しいアピールも祝って欲しいアピールもなかった。
「なってませんね先輩」
「なにが......」
再び目が合った海原は......泣いていた。
「もっと誰もいない二人キリの時に情熱的な言葉で欲しかったですよ。でも......ありがとうございます」
「あ、ああ」
海原の涙を見て俺の思考は停止した。今まで海原を疑っていたこととか反応で分かるとかどうでもよくなってしまった。
考えた末出てきたものではない。酷く直感的で、曖昧で信憑性もなく不安定な感情。
目の前で必死に涙を隠そうと拭う後輩への罪悪感。いや、庇護欲。
「雰囲気とかさっぱりだったんだ。......受け取って貰えるか?」
「当然です! 返せと言われても絶対に返しません! 開けてもいいですか?」
「どうぞお好きに」
海原が紙袋からリップクリームを取り出した。白い無機質なスティック状のリップ。
それを見た瞬間、泣いていた海原の顔が徐々に赤みを増していった。
「あ、あの先輩。これは......」
「リップクリーム。この前柚子と話してただろ? もしかして違ったか?」
柚子から送られてきた写真を元に自分で探したからもしかしたら間違えたかもしれない。
リップのブースには俺目線似たようなのが一杯あったし。
「あ、いえ。あってますけど......」
海原がなにか言いたそうにこちらを見ているが選択肢が多すぎてなにを言いたいのか分からない。
「んっ!」
目を強く瞑り、背伸びをし俺に唇を向ける海原。塗れということか?
「塗ればいいのか? といってもリップの塗り方なんて知らないぞ」
「へ?」「え?」
「あの先輩、リップを送るという行為の意味って......」
「意味なんてあるのか?」
俺がそういった瞬間に場が冷え、変わりに海原の顔が真っ赤に熱くなったのを感じた。
「~~~っ! なんでもないですっ!」
顔を真っ赤にした海原はダッシュで階段を駆け上がり自室へと戻っていってしまった。
「なんなんだよ」
「あのさ~。プレゼント渡すなら下調べくらいしようよ」
「プレゼントに意味なんていちいち込めないでしょ!? 普通! え、なにその顔。俺が間違ってるみたいに」
「龍輝のことだからてっきり知ってるものだと思ったわ~」
彼女いない歴=年齢の奴が知るわけないだろ。
「プレゼントに選ばれる品物には意味があるんよ? 指輪だったら『独占』、お酒だったら『親密』ていう具合にね」
「詳しいですね」
てっきり「プレゼントなんて貰えたらなんでも嬉しい」っていう人だと思ってた。
「大人の世界じゃ常識だし、年配の人相手だと注意しないといけないからね。そういう『意味』っていうのは」
その常識はどこで習いますかね。常識ならどこかで学ぶ機会があると思うんですが。
そして俺は気になることが出来てしまった。
『リップクリーム』の意味。まあ、大体予想はつくけど。
「ちなみに、リップクリームとか口紅、唇につけるものは『キスがしたい』って意味なんだよ?」
「ふーん。そうですか」
「目、泳ぎまくってるけど大丈夫?」
「今現実逃避に必死なんで話しかけないで貰えますか?」
知るわけないだろそんな意味! いやまあ、意味があるって辺りから嫌な予感はしてたけど!
海原の行動の意味がようやく分かった。
塗って欲しかったんじゃない。キスして欲しかったんだ。 そりゃ顔も真っ赤になるよな。目的の人物には通じず、他の人にはバレバレなんだから。
これは普通に謝罪案件だ。
なぜ後輩の誕生日に「キスしなくてごめん」なんて雅樹でも言ったことないような言葉で謝らなきゃいけないのか。ほんと勉強不足が過ぎる。




