第二十六話 「し、死んでる。目がこれ以上にないくらいに!」
海原の誕生日プレゼントを買うに当たって一番の苦労は物じゃない。
海原海老名という俺にベッタリとくっついてくる後輩をどうやって遠ざけるかだ。
「先輩! 帰りましょう!」
わざわざ二年生の教室にまで来て元気よく俺を呼んだ。当然クラスメイトの視線は俺に集まるし中にはあまりいい視線ではないものも含まれる。
「あー悪い。俺これから行くところあるんだ」
「どこ行くんですか?」
きっと海原からすれば自然な疑問なんだろう。現に目の前の顔からは裏の思惑が一切感じられない。ただ純粋に俺がどこにいくのか気になっているようなキョトン顔。
こちら側に隠し事があるだけでこんなにも罪悪感があるのか。
「この前買えなかったものをな」
「ならわたしも行きます」
やっぱりそうなるよな。これ以上深堀りされてボロが出るのはごめんだ。ここは代案といこう。その場しのぎという俺が一番得意とすることでなんとか乗り切るんだ。
柚子と雅樹はバスで先にこの前行った西急ハンズの二号館に行ってもらっている。
自転車で西急ハンズへと向かった。
「あれ、海老ちゃん連れて来たの?」
「一緒に行きたいって言うもんだからな」
「武内先輩達はどうしてここに?」
「龍輝の買い物の手伝い」
柚子がそう答えると海原はジト目を俺に向けた。その目は「なんでわたしを頼ってくれないんですか?」という苦情が見える。
「母さんが誕生日近いからといっても七月だけど」
「......そうですか。なら余計に頼って欲しかったです!」
「悪い。柚子の時は頼らせてもらう」
あまり時間をかけるわけにもいかないため早速俺達は化粧品コーナーへと移動した。
足を踏み入れるとキツイ香水の匂いに俺は顔をしかめた。
「先輩、強い香水とか苦手ですか?」
「まあな。物によっては平気だけど花系は無理かもしれない」
清涼系や柑橘系などはまだ大丈夫。それでも気持ち悪くなったりはするが。厚化粧より香水が俺は断然無理。
「んで龍輝、なに買うんだよ」
「そうだな......海原はなにをプレゼントしたらいいと思う」
「考えることを拒むなよ......」
「そうですね。お義母さんは家事とかするのでやっぱりハンドクリームとかでしょうか」
「そういうのは大量に持ってんだよ。結構交友は広い方だし利用者が持ってくることもある」
たしか鈴音さんもそういうのをいつ頃からか持ってくるようになった。食べ物だったり雑貨だったり様々だが。
この辺で本題にも触れておくか。柚子に目配せして話題を振った。
「女子や女性はどういうプレゼントが欲しいんだ? だいたいでいいんだが」
海原が考えている間に柚子が動いた。
「アタシはやっぱり保湿液とか乳液とか? かな。これからの時期は制汗剤とかも嬉しい」
特に打ち合わせもしてないのに俺の希望通りの回答を出してくれた。
生まれながらの幼馴染という属性はありとあらゆる不可能を可能にしてくれる。
「わたしは化粧水とかは先輩の家に置いてあるのでそれ以外の物ですかね。そうなるとやっぱり制汗剤とかになっちゃうんですかね?」
「でもリップっていう選択肢もあるよね~。ものによって発色とか艶が違うし服装によって簡単に変えられるし」
話の内容はさっぱり理解できないが情報を自然な形で聞き出してくれるのはありがたい。
目の前では女子高生二人が楽しそうにスティックタイプのリップを出したり色々見比べたりしている。
こうしてみると仲のいい姉妹のようだ。髪色は違うが一途で健気という所は二人とも共通する。
「なぁ、オレって本当に必要だったか?」
「保険だ。柚子がふざけた時のな」
「オレがいない方がハーレムだったんじゃないのか? 慕ってくれる後輩と生まれた時から一緒の幼馴染とでよ」
それは俺に対するマウントか? じゃないとしても煽りなのは確実。
ハーレム? 海原一人で手一杯なんだ。俺には向かない。
「あのな、雅樹。自分に注目が向かないハーレムほど虚しいものはないんだぞ?」
「し、死んでる。目がこれ以上にないくらいに!」
過去二人から声をかけられ「モテ期来たのでは?」と浅はかで根拠のない自信が湧き上がり死にたい思いをしたのは消したい思い出。
物語の中でのハーレムは好きだ。キャラの個性が出るから。ただ現実のハーレムなんていうのは全員同じことを繰り返し個性というものが死滅するものだと俺は思う。
「雅樹も俺の立場になれば分かるさ。そしてお前もこんな目になるんだ」
俺は感情の籠っていない目を雅樹に向けた。
「そうなる前にオレは決着をつける。幼馴染の失敗を見てるからな」
ぜひそうしてくれ。
雅樹との会話を終わらせて海原達を見るとまだリップについて語っていた。
「先輩にはやっぱり清涼系の物が似合うと思います!」
「あー確かに。ゾンビだし清涼感がやっぱり重要だよね~。んじゃあさ、雅樹には花系が似合うと思わない?」
「なんかナルシストみたいです」
「まさにそんな感じ!」
一体なんの話をしてらっしゃるのでしょうか。どういう会話をしたら男に塗るリップの話になるのか知りたい。
「なんの話だ」
「彼氏に塗るリップの話です! やっぱり身だしなみは大切なので!」
なにを嬉しそうに言ってるんだか。俺はお前の彼氏じゃない。
「面白い冗談だ。俺は海原を好きになんてなってないが?」
「これからですよ。まだ五月は始まったばかり。それに、今年がダメでも来年があります。来年がダメなら再来年がありますから」
「ある意味俺は強いぞ」
そこらの男より簡単には転がらない。過去の経験上な。
「望むところですよ」
挑発的な目をした海原と目が合った。やはりその目には炎が見える。こんなことで頑張れるって恋とは恐ろしい。
下見だけ来たから俺達は何も買わずそれぞれの家に帰った。帰宅したと同時に柚子からラインが来た。
『このリップが今欲しいんだって』
その文と共に写真を貼ってくれた。本当にありがたい。
写真の値段を見ると三千円する俺からすれば高級品。リップに三千円もかけられる女子高生すげぇな。
「ありがとう。っと」
『アタシとしてはそのまま告白してくれればベスト!』
デフォルメされた幼女がグッと親指を立てたスタンプが送られてきた。
だから俺は海原のこと好きじゃないんだって。あの会話のなにを聞いていたのか。
柚子からのおせっかいは既読無視をした。




