第二十話 人の恋路に夢中なお姉さん
海原は車で、俺は自転車があるから自転車で帰った。
荷台に人が乗ってないからペダルがやけに軽い。後ろからかけられる声もない。
「一人だとここまで静かなのか」
去年はずっとこの寂しさと静けさの中登下校をしていたのか。
今となっては違和感しかない。たった二週間ほど後ろに人を乗っけただけなのに。
家に帰るとすでに父さんの車があった。
「海老名ちゃん、お風呂だからね~」
「ああ」
「どーしたの? なんか落ち込んでる......わけじゃなさそうだけど変だよ? お姉さんの胸に飛び込んできな? ん?」
母さんの忠告と鈴音さんのセクハラを聞き流して俺は自室へと向かい制服のままベッドへと倒れこんだ。枕を片手で掴み顔を埋めた。
ああああぁ! 死にたい! 勢いだったとしてももっと言葉はなかったのか!? それともアレが俺の語彙力の限界なのか!? 確かに女子を守ると言ったことは過去に一度だってない。今回が完全初見。だとしたら多少の失敗は許される......? わけないだろうが。失敗したらこんな風に死にたくなるんだよ! 馬鹿がよぉ!
このまま灰になって風に乗って消えてしまいたい。
「龍輝くん? 今お話出来るかな? ちょっと要望があって......」
鈴音さんが俺の部屋を訪ねるなんて珍しい。過去数回の宿泊でなにも言わなかったのに。我慢してたのか。
俺は枕を元の位置に戻し意味もなくスマホを持った。
「どうぞ」
意味もなくもったスマホを枕に投げてあたかも平常心だったかのように装った。
これで装えてるかどうかは不明だが。
「要望ってなんですか?」
「いやーその」
小さな机を挟んで対面に座ってから俺は聞いた。だがなんか言いづらそう。
好奇心旺盛な鈴音さんのことだ聞きたいことはおおよそ想像が出来る。
「海原とのことを聞きたいんですか?」
「あ、バレた? だって気になるじゃん! あんな二人ともなにかありました的な雰囲気で帰ってきたらさ!」
警戒されている海原に聞くわけにもいかず俺に聞きに来たんだろう。
タンクトップにジャージを羽織ってはいるが総じて薄着すぎる。男の部屋に来るならもっと防御力上げてもいいのに。
「鈴音さんは「無条件で守る」って言われたらどう思いますか?」
「取り敢えず警察に電話するかな」
「自分が学生という前提でお願いします」
「それなら好きな人に言われたなら嬉しい......かな? もしかして?」
「言いましたね。同じ内容を」
鈴音さんは目をキラキラとさせて俺に迫った。小さな机に鈴音さんの大きな胸が乗ってミシリと机が悲鳴をあげた。
「で!? で!? どんな反応だったの?」
「顔......赤かった、ですね」
「もうそれは脈ありじゃん! そこで顔赤くするなんてさ!」
「そう言いますけど鈴音さん。まともな恋愛したことあるんですか?」
「......あるもん」
恋愛より仕事派のこの人に恋人がいたのは事実。だがそれはお互いに仕事人間だったからであってデートとか行為など大人の恋人同士がするようなことは一切してないと前聞かされた。
経験があるならいいんだ。俺からは特になにもない。
「あるなら目を合わせてもらえませんか」
「その腐った死体の目を見てたらこっちまで腐り落ちそうで」
「ないんですね」
「だってなにしたらいいか分からないし! そもそも龍輝くんだってないじゃん! 戦績マイナスじゃん! 全敗じゃん!」
「うぐっ! トラウマになりつつあるんですよ」
鈴音さんの気持ちは痛いほど分かる。けど俺の傷を的確に抉らなくても。いや調子に乗った俺も悪いけど。
「龍輝くんは相手がいるんだからいいじゃん。お姉さんも気の利いた彼氏が欲しぃ―」
「婚活でもすればいいんじゃないですかね」
「適当じゃん! そもそもウチに結婚とか出来ると思う?」
「その人をおちょくった性格治せるなら」
「も、元カレと同じこというじゃん?」
よしクリティカル。といってもその性格が取り柄な気がするけど。
明るいし大抵の悩み事は聞いてくれるし馬鹿みたいに好奇心を表に出さなければ完璧に近い。
「海原ちゃんはお風呂だし少しくらい横取りしてもいいよね~」
「ちょっと近づかないで貰えますか。用が済んだなら出てけ」
「まだまだ。本番はこれからだよ」
四つん這いになり谷間を強調させながらじりじりと迫る鈴音さん。俺の背中にはベッドがありこれ以上下がれない。
「大丈夫。お姉さんが優しくしてあげるから」
細い指が俺の顎にまとわりつき女性のいい匂いも相まって頭がクラクラする。
海原より肉付きがいい身体は思わず抱きしめたくなる。
「なにしてんですかこのビッチ!」
「ぎゃう!」
自室のドアが勢いよく開かれバスタオル姿の海原がプラスチックのバットを持って鈴音さんを殴った。
うーん。情報量が多い。