第二十一話 成長期です。異論は認めません
「人がお風呂に入ってる間に! 金属バット持ってこようとしましたけど先輩のお母さんに止められたんですから!」
そりゃまあ、自分の家で死人は出したくないよな。
バスタオル姿の海原がバットを床につけながら俺達を見下ろしている。
バスタオルを持ち上げる凹凸は残念ながら見られない。いや、横の誘惑を見てしまったから小さく感じるのかもしれない。
「先輩も殴られたいですか?」
「な、なんで」
「さっきからチラチラ見てますよね? 先輩は大きい方が好きなんですか?」
「別に。正味どっちでもいい」
「そんな! あんなにウチを求めてくれたのに!」
「俺が金属バットで殴りましょうか? 確実に仕留めてあげますよ」
この状況で漫才が出来るほど俺の心は強くない。怒られるのは俺なんだ。本当にやめて欲しい。
「くしゅん!」
「おお! 美少女のくしゃみ助かる!」
「もうほんと黙れ。バスタオルじゃ寒いだろ。とっとと着替えてこい」
「そーそー。あんまり人様に見せつける大きさじゃないでしょ?」
煽りにしてはタイミング、相手、状況全てが最悪だ。そしてなにより悪気がないように感じるのは俺だけじゃないはずだ。たちがわるい。
恐る恐る海原の顔を見るとこれまでにないほどの眼光で睨んでらっしゃる。もし持ってる武器がプラスチックじゃなかったら俺達は死んでたかもしれない。
「はぁ......はぁ......」
横では美少女に滅多打ちにされ笑顔で伸びる鈴音さんの姿と大人をボコボコにした海原が肩で呼吸していた。
「成長期です。異論は認めません」
バスタオルを身体に巻いた海原を前に俺は言葉を失った。
激しく動いたからだろう、身体に巻いたバスタオルの結び目がほどけた。
ばさりと落ちるバスタオル。そうなれば海原が身に着けるものはなくなってしまうわけで......俺の視界には真っ白な肌と控えめな凹凸があった。それより下には行ってはいけないと視線を急旋回。
それがいけなかった。湯気が出そうなほど真っ赤に顔を染めバットを両手で握りしめた海原がいた。
「見ないでください!」
ブンッ! という風切り音と共に俺の顎にプラスチックが直撃。俺の視界は白から黒へと変わった。
俺が次に目を覚ましたのは自室の床だった。まだ残る顎の痛みを感じながら身を起こした。
鈴音さんの姿がないってことは先に目覚めて自分の部屋に帰ったのだろう。
「今何時だ」
「夜の十一時です」
「......」
ちゃんと服は着ていた。
俺のベッドで本棚にあった漫画を広げてめっちゃくつろいでいた。
「な、なんですか。悪いとは思ってます......急に殴ったりして。でも! 先輩にだって非があります!」
「どんな」
風呂場からバスタオル姿で直行してきたのは海原だしバスタオル姿で暴れたのも海原だ。俺になんの非があるというのか。
そんなじっとりとした目を向けられても見た記憶は消せないしなんならもううろ覚えだ。
「目を隠すという選択肢はありませんでしたか!?」
「急だったもんでな」
「ほ、ほんとうはわたしの裸を目に焼き付けたかったんじゃないですか......?」
「そんなこと考える暇もなく意識を刈り取られた」
もし目に焼き付けるなら視線を旋回させたりしない。舐めまわすように見る。
「どうでした? わたしの裸は」
「それ聞いてどうすんだよ」
「先輩が「毎日のように見たい」というなら......頑張ります」
そんな奴は警察にでも捕まればいい。絶対近いうちに公然わいせつやらかすから。
そして律儀に頑張らなくていいから。変態の情報提供の方向で頑張ってくれ。
「正直覚えてない。肌が白かったくらいか? 本当に覚えてるのはそれくらいだ」
「そ、そうですか。じ、じゃあ! 今もっと! 見ますか?」
「だから頑張る方向を間違ってんだって。襟伸びるぞ」
人のベッドの上でなにしてんだ。ストリップに興味はないんだが。
「夕飯まだだから適当に探して食べるから。自分の部屋戻れ」
「先輩。美少女後輩の裸見ておとがめなしとかちょっと甘くないですか?」
どうしよう感情がジェットコースターすぎてついていけない。
ベッドから降りた海原はドアの前に立ちはだかった。今度はなんだ。
「お腹ペコペコな先輩にわたしが料理を作ってあげます! 慈悲深い後輩の心に......先輩?」
俺は激しい吐き気とめまいに襲われた。あの地獄が再来するのかと思うと寒気までしてきた。
そんな俺の反応に海原は不満そうに目を細めた。
「わたし、多少なりとも料理は出来るんですよ?」
「あれで「出来る」は言わないんだぞ」
「アレは武内先輩の一品なのと年増女とイチャコラする先輩へのお仕置きも兼ねたものですので」
「そんな怖いこと笑顔で言わないで」
しかも鈴音さんのこと年増というのは止めてさしあげろ。あの人まだ二十代だぞ。
「変なものじゃないなら頼む。まだ正直フラフラなんだ」
「腕によりをかけて先輩の胃袋を握り潰しますね?」
俺、今日で死ぬかもしれない。
絶望する俺をよそに海原はルンルンで下に降りて行った。




