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春は雑多な囁き(1)

 読んで頂ければ幸いです。


 薄い微睡(まどろ)みの中でまた聞こえる。


「ひえ……るよ……」


 ありがとう。けれどこれで私は後ろ向きな覚醒することになった。




 ステージを左右上部と囲う鉄錆色した緞帳(どんちょう)。あれは悪い意味においてパブロフの犬のベル。私のお腹をキュルキュルとさせる因子になっている。

 春冷えする体育館は冷え性の女子にはあまりに辛辣だ。何故冷気の通り路での全校朝礼を学校は是とするのかと尋ねてみたい。今朝のアドバイスには反抗してみたくなったけど割と後悔大きい。

 ストッキング紺ソを想定出来た子は何人いただろう? と私の視線は自然と足元に。


「さむ!」

「冷えるよね」


 その場で足踏みする子も何人かいる。ストッキング紺ソ率はやはり低水準なよう。


「ほら」「ねー」


と何処かの生徒の声が二つ重なって聞こえた。油断してたかと私は周りの声から気を逸らした。


 寒いのは仕方ないとしよう。問題なのは教師陣が全校朝礼の準備が終わってないことの方だろう。

 スタンドマイクを移送中に倒し、壊れていることに気づいて控えの物を用意行かせたけど、倉庫の鍵が無いことに気付き、仕方なく肉声でやろうとしても花粉症で声がまともに出ない。何だこれ。

 こんなコントの間、生徒を余寒の冷房施設に晒すなら、ザワついて良しと言ってるようなもの。ざわめき上がるならまた『(ささや)かれ』るという予感は私の中にあった。


 私はまだ余裕があるうちに、辺りを確認することにした。これはざわめく場所でのルーティンワークのようなもの。『囁き』がある日は不運に見舞われるという経験則からの行動様式。

 壁や入口は問題無いよう。上を見る。天井に鉄筋の梁に張り付いたバスケットボール。

「荒れた学校の定番」と言って欲しいのかどうなのか。「高邁な精神の育くみ」とかいう校風を入学式時に聞いた覚えがあるからか、あの物体は私には校風へのアンチテーゼに見える。

 偶発的にこのか弱き頭に落ちてこないことを願うのだけど、こんな時にこそ要らぬ『囁き』はあるもの。


「あっ、ぶっ」「ない」「よっ」


と騒がしい生徒の中から聞こえる。


 私はツツーと二歩右横へ移動。上を少し見ると微小に拡大されてくるバスケットボール。ボールのあの線は何て言うのだろう。あの線が加速度的に近づいてきたのがわかった。

 勢いよくバスケットボールが落ちてきて、床でダンッと音をあげた。


「きゃあ」

「おぉう?何?」

「こわ」


 難儀は負のスパイラル。ハプニングによって更にざわめきが強くなるのは道理。「ザワザワザワ」という擬音或いは擬態語を誰が最初に使いはじめたのか。本当にそれと聞こえ迫ってくる。

 これくらいの騒々しさの方がかえって好都合なのだけど、いつまた囁きが聞こえてくるのかと私の冷えた半身はゾワゾワと反応していった。私は身構える。冷えたお腹の辺りから身構える。


 ダムダムダダダ……


 私はボールの動向を見もしなかった。


「笹越、今の避けたの?」

「偶然……」


 声をかけてきたのは、すぐ後ろに立っていた顏馴染みの男の子。私は応えてから、しまったという顔をした。


 遅れなりに、校長の挨拶は恙無(つつがな)く終わる。

 頭の中でリプレイすると「おはようございます、えー、省略、では、この学校の生徒らしく、省略」って省略を本当に言っていた。私の常識に照らし合わせると『変』としか感じられなかったけど、それについて誰も反応してないから私も反応する必要も無いなと思った。


「ちょっとおかしくなかった?」


と後ろの顏馴染み。私はそれを相手にしないのは時と場合と場所からしても言うまでもなく。

 省略と言って省略出来るなら『恙無い』に最も相応しい挨拶だろう。選んでこの高校に入った私の趣に今朝も応えてくれたのだから二荷のストレスも小事と赦せると言うもの。


 朝礼はクラスの出席順に並んでいる。ということは斜め前、列の違うところに小豆エリモ(コトウエリモ)のポニテが私には見える。そのポニテは何がおかしいのか押し殺し笑って揺れている。私はその要因を探るべく、小豆エリモの周辺を見探るが答えは特定出来なかった。校長の挨拶が我慢仕切れずというのが妥当なところかとも思ったけど、反応したのが彼女と後ろの顔馴染みだけともおかしく感じられた。

 私は誰に見咎められたわけでもないのだけれど、気まずいように小豆エリモに視線を送るのをやめる。

 この学校に来て最もラッキーなのは彼女と違うクラスに編成されたことだ。これは学校に感謝しなければならないことなのだろうか。


 教室に戻ってくる。一時限の教師が来るまでわずかな時間があれば、それなりに騒がしいと思って伏せていた。

 いやいや、流石進学校。入学早々でも浮き足立ってる者はいない。素晴らしい。


「ほらもうすぐ来るよ」


 背後から顔馴染みの声。お前は喋るのかと、伏せてる私の体はピクッと反応した。


 授業の頃は落ち着いた時間が流れる。

 カッカッカとなる黒板のチョーク。黒板は「埋めすぎだろ」と言いたくなるほどの書き込み量。空白恐怖症というのを聞いたことがる。

 数学の教師が振り返り黒板の説明をする。珍しいくらいの黒縁のメガネをしている中年の教師。

 可能ならこの教師には好感を持たれたい。無論、優秀な生徒としてのみだ。心情的深い仲になりたいような若さを教師は有してない。


 授業のテンポにはまだ余裕。当然この辺りは入学前予習はしてるから。

 教師が折角消し終えた黒板に再度チョーク跡で埋めることを没入しはじめたけど、それが私には集中力を欠く要因にもなった。

 ちょっと黒板から気がそれて窓から見える空を見る。透き通った春の晴れ。こういう空は春日和と言うそうだ。よく聞く小春日和の方は春では無いらしい。

 青色は注視色だっけかな。時間にしても数秒の息抜きだけど、確かに引き込まれていた。


 ふと、何かが窓を横切って斜めに飛んでった気がした。

 考えるな考えるな考えるな。

 ちょうど数学教師と外からの声があったようで、


「よう…」「せい」


と言ってるように聞こえた。

 私は顔を顰めた。中学時代の恥ずかしい記憶が顔の皮膚の表層に蘇る。


「調子悪い?」


 私の後ろの席から顔馴染みの声が聞こえた。調子が悪いとかそういうことじゃない。授業中に気を使われたからと言って、返答するはずが無いだろう。まず私語を慎め。


 休み時間では少しクラスもザワさはある。優等生学校と言っても高校生なんて子どもだから仕方ない。

 私は他人の見た目を気にせず、耳を塞いで伏せていた。

 先ほど素晴らしいと思ったのは取り消し。


「騒がしいのが嫌なら耳栓したらどう? 購買でも売ってるらしい」


 確かに顔馴染みの声はしっかりと聞こえてきた。私を見下ろす影はわかった。


「……私が少し口を利いたからって、馴れ馴れしくない?」

「馴れ馴れしいも何も昔馴染みじゃないか、今更だよ」


 別に昔馴染み、顔馴染みと言っても全員が全員、仲良いわけじゃないだろ。


「あんたは私にとっての何様で?」

「何様って…… 割と笹越とは良い相性と思うんだけど」


と、頰をかいた。

 へえ、あんたが私と相性いいのか。根拠はなんだ?

 私は顔を上げ、マジマジと馴染みの姿を見てやった。割と顔立ちは良いのは認めるけどヘラヘラするな。アホか。

 読んで頂きありがとうございます。

 続きます。

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