創意の雑貨のくしび(4)
「それでー、たなつまちの発明品についてー結論を言えばーー」
部室に戻って、そう切り出したのはムギだった。
雑貨店の地震のあと、取り敢えず避難所でもある学校に戻ってきた私達は、直ぐに部室に入っ……
……いや、其れは根本的におかしい筈だった。
学校が如何に防災上安全が約束され、避難所に指定されているとは言え、校舎の一教室、背の高い鉄棚に、夥しい教材の置いてある部室に戻ってくると言うのは、一種の自殺行為に他ならない。
私は直ぐに部室に入ろうとしたムギとエリモを止めようとした。其の当然の行動が逆に怪訝な顔をされることになった。
「……地震があったらグラウンドの方でしょ?」
「地震? あれ地震だったの?」
「雑貨店で揺れたから学校へ行こうって話だったじゃない」
「揺れたね。でも地震って程でもなかったかな。マイちゃん知らないだろうけど、ムギは物凄く地震が嫌いだから、反応半端じゃないもの」
「マイちゃん、そんなことないからね。アズキちゃん、何でもオーバーに言うだけだから」
いや、ムギは私にもたれて相当ビビってたから。エリモは其れをガン見してたし。
「あれは、建物の建てつけが悪い揺れかな。もしかすると地面に空洞あるのかもね?」
「空洞? 郷土研究部の話題に良いじゃん良いじゃん」
此方は事の重大さに真面目に言ってるのに、この二人の会話は既に遊びになっていた。
「……店員も悲鳴あげてたけど?」
「可愛い悲鳴だったよぉ、きゃっ、みたいな」
「商品に被害無かったよね? マイちゃんらしくない程、誇張が強い気がするけど?」
認識が食い違い過ぎている。何かが起こってる。
普通なら、自分と他人の認識のズレに戸惑うどころではないだろう。
私は一度呼吸さえ整えれば、大丈夫だった。
……解かってる。
私は二人の反応との齟齬を正す為、丁度通りかかった男子生徒にも聞いてみた。
二人の言ってることを否定する為にではなく、私の予測を断定する為にだった。
ほら、やっぱり、他では一切揺れてない。
地震さえ『囁き』が関与していたってことだ。
私が使ってる『囁き』は、もう一般的に使われる意味から全く別の形になっていた。
そもそもは『幻聴』であり、そのうち『実態』を持つようになり、そして『事象』ともなった。
其れは長年私だけに起こるモノと考えていたのだけど、此処最近では、私の周辺以外でも勝手に起こっていて、外部にも影響もされるという可能性が出てきていた。
……認識違いは以前もあった。けれど、今度は地震までとはね……。
ソレと解してしまえば、かえって部室に居た方が安全だった。
其の為に郷土研究部に入ったのだから。
部室に戻るとムギはアズキが買ってきた『カットアンドペースト」を弄りながら、たなつまちの発明について仕切りだした。
「ーー結論を言えば、私もこのビッグウエーブに乗り遅れちゃ駄目な気がするんだ」
ムギは何処かで聞いたようなニュアンスを吐いた。
で、『たなつまちが特許申請が多い不思議』は何処へ行った?
私は先の地震のことは脇に置いて、当初の大目的、『郷土の創意についての研究』に結びつけようかと思案してノートを見つめていた。
最初から『たなつまちが特許が多い不思議』なんてテーマでやる気はない。
高校生らしいテーマに変容させるのが今回の主旨だった。
「たなつまちは発明で盛り上がってるから、ムギも其れに参加したいってこと?」
図書室の本を読みながらエリモは言った。
たなつ市のナントカって本だから郷土研究部としてクレーム入れる隙もない。
「そう、雑貨発明して特許で儲かればウハウハ何千万とかよ」
ムギはやっと利益性に気付いたのか。書類について億劫がってたのにね。
「うーん、ムギなら発明とか本当に出来そうなんだけど、運用は敷居が高いかな」
「何で? たなつまちで発明率高いなら、みんなやってるってことだよね?」
「皆ってほどじゃないよ。お店行く前に調べたんだけど個人特許は、殆ど『雨蘭サスケ』さんって人みたい。たなつ市の個人特許のデータに雨蘭さんの特許申請数が迫ってた」
私は其れを横で聞いて、眉を動かす。
私は其処までは調べきれていなかった。エリモとの能力の差はどうしても痛感。
「其れなら其の人を目指せば良いだけ。沢山作れば倍の倍の倍」
「特許で何千万稼ぐには、単純な商品でも数十億売れなきゃならないみたい。今、ムギが持ってる複雑な機構ともなれば更に跳ね上がる。何千万って儲け売るには相当長時間かな」
「……自分で作れば良いよ」
ムギの安易な発想に思わず私が突っ込む。
「自分で大量生産って、最もリスクとる方法じゃない。大借金抱えるの?」
「工場抱えなくてもね特許料と言って、申請するのもお金かかる。ムギみたいに書類が嫌なら弁理士とか雇うことになるし。其れに年間の特許維持費を調べてみて。特許貧乏って言葉は割とメジャーらしい」
「えええええええええ…………」
ムギは遊んでいた『カットアンドペースト』を投げ飛ばした。
子どもの発明熱が一気に無くなったようだ。社会の仕組みを知って諦めるのは誰もが通る道。ムギは遅過ぎるけど。
「まあ、補助してくれる所もあるし……ってもう、やる気無しかな?」
「……たなつまちの特許の不思議……結局、其の個人が其処まで大金使ってやる意義があるのかって所になるの? 話によれば商品として企画してたのあの雑貨店だけだし」
私の裏テーマとしては、雨蘭って人にインタビューも辞さないけど、手がかりでもないと。
「其処なんだけど、マイちゃんが買ってきた、このマグネットイレイザも少し不思議ではあるんだよね」
エリモは消しゴム状のソレを手に撮む。
「こういう単純なモノほど化学薬品等で加工しなきゃならないから、個人発明の範疇じゃないんだよね。考え出すまででも、どんな環境の個人なのかな」
「エリモでも解かんないだ?」
無理なのは承知の上で煽ってみる。
「うん、ちょっと残念だけどーー」
言いながら、徐にエリモは読んでる本をテーブルの中央に広げる。
「顔写真しか判らなかった。男の名前っぽかったけど、女の人だったんだね」
エリモは其処まで調べていたのか……いや、そんな事より、その本に載ってる顔写真を見て私は瞬間金縛りになった。
いや、背筋に悪寒系の電気が走ったと言うべきか。
「…………エリモとムギは、この顔に見覚え無いの……?」
「ん?」
エリモは顎に人差し指をつけて考え込む。
緊張した雰囲気につられ、ムギもパソコンをどかして、写真を覗き込む。
「知ってる人だっけ? わかんない」
「雑貨店で誘導してくれたエプロンの店員覚えてない?」
「……特に印象ないな。そもそも印象強くない人だったよね、店員さん」
いや間違いなく、あのニコニコしたエプロン店員だった。
あれだけ質問をしている人にも関わらず、二人が覚えてないとかは、普通なら在りえない。
……なるほどね。これにも認識違いが起こってる。
……と言うことは……。
何時ものように収穫が無いまま部活が終わって、二人と別れた私は、帰宅に向かわず、一人寄り道することにした。
これが『囁き』に類することなら、私は他の誰とも情報を共有したくない。
ちょっと不穏性は怖いけど、あの雑貨店に行って確かめることが出来てしまった。
雑貨店につくと、二人の店員が仕事をしているのを入口越しから見えた。
やはり地震の影響もないようだし、あの雑然としていた棚の整理も終わっていたようだ。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
声がしたのは、一人は先程悲鳴を上げた店員。もう一人は男の店員のようだ。
私はレジの店員に近づく。
「さっきの揺れの後遺症は大丈夫でした?」
「あ、さっき居たお客さんね。ご迷惑おかけして申しわけございません。特に大した被害も無かったようですよ」
「其れで、さっき居たもう一人の店員さんなんですけど、お話をお伺いしたくもう一度、アポイント取れたらと思いまして」
「え? 店員? あ、対応してたのはオーナーさんね。たまたま来てただけだからね……」
店員は男の店員に声をかける。
「ねえ、店長。オーナーはもう此方の店、手放すんですよね?」
「そうだよ。だから今日、荷物整理に来ていたんだけど、何かあった?」
あれ? 店長は長期出張中と聞いたけど?
ことごとく嘘が多い人だった。『雨蘭サスケ』さんはもう此処には来ないのか。
まぁ、あの人が私が具現化した『囁き』の強烈な奴でないことだけははっきりしたから良いんだけど。
「ありがとうございます……」
私は其のまま、先程見た、郷土雑貨コーナーの前に来た。
製品は其のままだけど、近づいてもやっぱり先程の気配が感じない。何かが違う。
地震予知機だっけ? あれが無いことは判った。
私は其の場から近くの店長の方に声を大きくして聞いた。
「すみません。此処にあった地震予知機は?」
「地震予知機?」
「小さい杖みたいなのです。店長しか使えないとか何とかと聞いていたんですけど」
「ああ、オーナー自身が作った私物だよ。あれは冗談アイテムみたいなモノで、魔法の杖とか何とか言ってたな」
私は其れだけ聞くと頭を下げた。
帰りの道すがら、私は喉まで出掛かる単語をどうしようかと考え倦ねていた。
雨蘭サスケという人物評に当てはまる単語だ。
発明家、雑貨店のオーナー、潤沢な資金、化学薬品に強く、そして私が知ってる『囁き』のような根拠不明な地震。認識さえ曖昧な存在感。嘘つき……。
……まあ、魔法の杖の持ち主とか言われたら、出てくる単語は一つなんだけど。
喉なんてとっくに超えて、舌の上で転がる言葉。その答えは、私にとってタブーに近い。




