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雑多雑考雑談(4)

 エリモは何と言ったのか?

 

 私はエリモの目の中に宿るモノをマジマジと観た後で、机を両手でバンと叩いて立ち上がる。


「はあ? アンタ何言ってんの? アンタが消えるってこと?」

「え?」


 私が急に迫ったからか、エリモはドン引き。

 ……いや、パフォーマンスなのはよくわかってる。

 私は椅子に座り直し腕を組むと、何事も無かったようにエリモ。


 ……駄目だ。


 素直に話し合おうとしても警戒はしなくてはいけない。

 何よりもエリモ自身がそう仕向けるようとしか思えない態度だから。

 私達の関係がそういうものだったんだから仕方ない。

 其れでも私は聞き出す覚悟を決めてきている。


「……アンタも所謂不思議なモノで、日暮れによって消滅するとか、そんな感じ?」


 エリモは窓の外を見た。下校している生徒を見ている。


「あー、うん……、マイちゃんは根本を勘違いしてる」


 エリモは私の顔をまた見て微笑んだ。


「マイちゃんの言う『囁き』って、マイちゃん自身が作ったチカラ、マイちゃんとは関係ない外因的チカラ、その外因的チカラが作ったチカラそのものの視覚化の三類だと思う」


 私は一瞬固まったけど、少し考えて一部分については理解を示した。


「……私の内側と外側というところはわかる」

「マイちゃんが消せるってのは、その内側のチカラ、マイちゃん自身が生み出したモノだけ。外側のチカラは単純にマイちゃんの目から見えなくなることはあっても、消えるワケじゃない」


 エリモの意図は図書館の子供や大黒少年なんかが私に言いたかったところと似ている向きはある。


「じゃあ妖精ってのは、外側のチカラってワケ?」

「そう。妖精というのはマイちゃんが作ったモノじゃない。だから私も消えないよ。マイちゃんも私が作ったものじゃないから消えないように」


 ……私かエリモが消えるようなこと言った癖に。

 どうしても嘘が入る傾向はあるのはわかってきた。

 其れは、空音そらねというクオンさんの言ってる通り妖精の傾向なのだろう。


 エリモの事前宣言通り、何処を信じるかは私次第ってことになるけど、辻褄が合うところは筋が通ってるように感じる。


「図書館では子供のようなモノが似たようなことを言ってたけど、アレも妖精だったワケね」

「子供? それも違うかな。其の子達、名前名乗らなかった?」


 エリモは図書館の子供については本当に気付いてなかったのか?

 何が嘘で、何が本当か。

 それでも構わないから、私も話題に乗る。


「図書館の子供は本のタイトルのような名前を言っていた」

「なら、図書館にいた妖精と言うのは、その子供の見かけじゃなく、『本』そのものだよ」

「本が妖精? それは実物が? それとも実在しない本ってこと? ……的を射ないんだけど」


 私が眉間に皺をよせるとエリモは喜んだように微笑む。


「妖精というのは精霊の蔑称ね。本来は水の精とか風の精とかの『精』一字の方が存在を言い得てるんじゃなかな。日本では八百万の神とも言うけどね」

「エリモが精霊とか神って言うの? ……更に尊大で妖しいんだけど」


 私はつい意地悪く言ってしまう癖だけはなかなか抜けない。

 エリモは人差し指を立てて回した。


「精霊とか神様とか言っても、何か特筆出来るようなチカラも無いよ。注目するのは其処じゃない。要は八百万、万物のモノが妖精である可能性があるってこと」

「万物って、其処ら辺にある、見えてるソレら?」


 エリモの人差し指は、今度は手首を使って回し辺り八方全てを指し示した。


「そう、見えてるアレら。実体がある静物、動植物、コロニー、人工物、総体が妖精の本体。全てが妖精になるわけでもないんだけど」


 大黒少年がバスで語っていた。

 迷いの林のフェアリーは林の分体だってこと。

 其れは林の方が妖精という意味だったのか?


「じゃあ、アンタは何の妖精だって言うの?」

「超レアな『人類』の妖精」


 エリモはニコッとする。

 私が納得すれば嘘でも構わないと思った。

 けれど、エリモの態度が私を不信な目を宿らせた。


「マイちゃん、納得出来ない?」

「まるで、エリモが人間の代表みたいな言い草……実際の定義おして妖精って何よ?」

「ほんの一部が持ってる才能かな」

 

 昔から尋常ではないくらい人を引き寄せ、多大なコネクションを有し、何をやらせても万能のように能力を見せつけるエリモ。

 不思議な大黒少年も、妖精憑きっぽいクオンさんも、魔女っぽい雑貨屋の元オーナー、雨蘭さんもきっと繋がりがあるのだろう。或いは市長も。


 私こそエリモに魅了されてきたのだから、エリモがそういうモノだと言うのは反って説明がスッキリ通る気もする。

 嘘が入ってないのなら。

 

「ちょっと……待って」


 私は一度掌で顔をおった。考えが一部纏まらない。

 私が求めていた答え、妖精については大嘘でも了解はした。

 エリモが妖精だという是非はこの際どうでもいい。

 次の疑問がどうしても鎌首をもたげる。


 ……エリモが妖精だったら私は何なんだろう?


 エリモのチカラで無いとしても、消えるべき存在な気もしてきた。

 不思議ちゃんは私のチカラと言っていたけど、そんなモノ作れるなら私も妖精じゃないのか?

 レアケースの人間の妖精がたまたま近くにいたって?

 エリモに其処を騙らせてみたいに思った。


「……約束通りエリモが人間の中の神とか精霊とかって話は、一旦受け入れる。……其れで、私もエリモみたいな類ってこと?」

「何を言ってるの? 同類なワケないでしょ、私がイヤよ」


 エリモは微笑みながら眉をひそめる。

 私は正直にムッとする。


「じゃあ私は何よ?」

「魔女って自覚無かった?」


「……え」


 私は多分、この時最も無防備な顔をエリモに見せていたんだと思う。

 魔女という単語をずっと意識していた筈なのに、エリモの妖精談からしたら意外な答えに感じた。


「そもそも発端は魔女になるなんて願いを持っちゃたからだね。才能も素養は前からあったとしても発端は其処」

「魔女って……アンタのは才能で、私のは単なる願望ってこと?」

「マイちゃんの求める魔女ってものが、『単なる願望』って言い切るみたいに生優しいモノだったら良かったのにね。チカラは妖精と違って露骨にあるし、大変だったんだから」

「大変って……まるでアンタが私を魔女にしたみたい」


 エリモの口角が微笑むよりも上がった。

 そして唐突に拍手を始める。


 パチパチパチ

「おめでとう、やっと辿り着いたね」


 エリモの面白がる表情に私は呆気に取られて声がでない。


「魔女になる為には二種類の方法しか無いの。黒い方と白い方。マイちゃんってどっちだと思う?」


 未だ呆気に取られて上手く対応出来ない。


「……黒とか白とか……」


 エリモは机の下に置いてあるバッグを弄る。


「マイちゃんらしくない、不勉強だよ……ほら、黒魔術、白魔術ってわかる?」

 

 エリモは二冊の本を私に見せた。

 一冊は白い表紙に何かのメダルのイラストが載ってる『白魔術』。もう一冊はおどろおどろしい悪魔的な絵が描いてある『黒魔術』とタイトルの本。


 背中に冷たいモノを感じる。

 黒魔術の本は私が魔女になろうとしたときに、何処かでめくったことがあることに気付いて戦慄したのが本当のところ。

 エリモの嘘でこの本を持ってくるとしたら相当、先読みしていたことになる。


「ふふ、部活行く前に図書室で借りてきた本だから、表紙のイメージとは違って子どもでも読める本なんだけどね。雰囲気あるよね」

「……何が言いたいワケ?」

「反応意外に薄いかな。ヴィジュアル的に禍々しい演出しようと思ったんだけど。さっき言ったよね、私は本から知識得てるに過ぎないって」


 エリモが悪く笑って怖いんだけど。

 私は一度深呼吸。動揺してない素振りを試みる。


「下らないよ、其処」

「マイちゃんはどっちの魔女だと思う?」

「……だいたい私が魔女ということを肯定した覚えはないんだけど?、黒魔術って言いたいんでしょ?」

「残念。マイちゃんは白い方。良かったね、光の眷属。聖なる導師」

「……はぁ、意味不明」


 エリモは『白魔術』の本を手に取る。

 数ページ捲る。


「精霊とか神に導かれて魔術を使うことを白魔術。妖精と言っても結局、精霊の側なんだから、悪魔と契約する黒魔術と違うよね」

「……妖精のアンタが私を魔女にしたって?」

「さっき言ってたマイちゃんのパーソナルフレンド。私には見えないんだけど、居るのは知ってたよ。私がイメージしたマイちゃんのチカラだから」


 此処でやっと自分自身の変化に気がついた。

 不味い。嘘と思えなくなってる。積極的に信じようとする自分あいる。

 不思議ちゃんのことを言及された時点で脳よりも先に感覚で理解してしまったようだ。

 不思議ちゃんがエリモの感覚に似てると思ったところも、願いが叶う大岩に誘導したことも、私に色々アドバイスした知識も……


 ……繋がってしまう。


 エリモは、私がおかしいという常識的な一方向を示したあと、いつものように駆け引きと演出と思惑ある素振りで、私の知りたがってた事実をどんどん掘り下げてくれた。

 嘘だと警戒する意味、真実と納得する意味、其のどちらとも二律として正しいのだと私が私に告げる。


 身体の何処かで震えてる。何処だろう? 芯の方。

 私は身震いをエリモに悟られないように聞き返す。


「……アンタが私を白魔術に導く理由がわからない」

「怨嗟、呪詛、黒い思い、その割には自己犠牲、優しい一面とか……まぁ、マイちゃんはチカラ強いしどっちでもなれたんだけどね。黒いと私やムギが困るのよね」


 一瞬思考停止。


「……唐突に何故其処にムギが出てくるの?」


 ムギのチキンを食べてる顔を思い出す。無邪気さしかない。

 エリモが最も気にかけて、何故か私に懐いてる子。

 高校になってから知った子で、私は最初近づくのも嫌がっていたのに、最近はそうでもない。

 エリモは昔から知っていたらしいけど、私は繋がりが無かった。


 エリモはそろそろお開きにしたいように、徐に立ち上がる。椅子を机に入れ帰る準備をしだす。


「其処は気付いて欲しかったかな。いや、もう気付いてるでしょ? いや、気づけないからこそ、そうなってるんだとも言えるかな」

「何がよ?」

「安定。私達が三人で一セットってこと。三つ巴とか三竦みとか。バミューダトライアングルとか。最後は違うかな?」

「まさか、私が囁きを変に聞かなくなったのはムギがいたからとか? あの子も一体何なのよ?」


 私も立ち上がる。窓の外を見る。

 逢魔が時。そろそろ陽が暮れてきた。

 何かが消えるなら、早く消えて欲しい。

 嘘であっても本当であっても、今はもう私には同じと感じた。


 エリモは歩きだし、私に背中を向けたまま話し続ける。

 私もエリモに追随する。


「あの子は人間そのもの。ど真ん中。だから可能性が最もあって、一番面白いの。私の立場はムギを庇護するモノよ、穿った解釈をするなら神様だから。私とマイちゃんとムギはある意味で均衡よ、小さい時から知っていたのは私だけだけど」

「……で、私が黒魔術の方だと、エリモも黒い神で、ムギが悪い人間とかになるの?」

「ううん。私やムギは変わるわけではないけど、マイちゃんが悪魔になる。するとね、神、人、悪魔……獣のナントカの意味だよね。三人とも果たしてこの世に居られたかな?」


 エリモは教室を出ようとしたとき、窓を一瞥する。私もつられて見る。

 逢魔が時……そういうことか。

 私が黒い方の魔女になってたら、揃って消える可能性もあったわけだ。


「こんな感じで、もう一つの方向はおわるんだけど、納得した?」


 エリモは私を見て、いつものように優しく微笑んだ。


 結局、今日のは嘘を交えた雑談だったのかもしれないけど、私は約束通り納得することにした。

此れで終わる予定だったんですが、書ききれなかったので次のエピローグで。

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