創意の雑貨のくしび(3)
店全体のイメージは白い背景にそれぞれの個性を主張した感じ。
白の壁に幾つもの白の棚が設置してあって、その上にはクリップ、籠、花瓶、皿にティッシュケース、グラス……夥しい種類の雑貨が所狭しと置いてある。低い所には傘立て、鉢等の大物雑貨等、壁には絵や額縁、タペストリー。
雑貨店というのは、種類の多様性、デザインセンス、商品整理……流行り廃りが目まぐるしくて大変だとは思った。
デザインと言えば、黒猫のモチーフな雑貨が多いような気がする。流行りなのか、店の趣味なのか。黒基調も暗い印象もなくお洒落に見えるのだから、プロの仕事だなと感心する。
エプロン店員は丁寧に私達を郷土雑貨コーナーまで誘導してくれた。
何処の店でも珍しいことではないんだろうけど、私は此れについては『わざわざ』と形容したい。
労力に見合う対価を考えてしまう私には、其れは過剰サービスではないのかと抵抗があったからだ。
私はサービス業は馴染めないかもしれないとか、エプロン店員の誘導を見て冷めて考えていた。
失礼な奴なのは自覚してる。
「こちらです」
「すみません」
郷土雑貨コーナーはお店の脇の一角だった。狭い区画に多様な雑貨が縦に並べられていて、雑貨店の扱いとしては脇の脇的な扱いか。
何だろう、この一角だけは不思議に私が関わりたくない気配がした。テーマが『郷土』ということなら雑然とするのは当然としても、美的感覚なのか私には合わない場所なような。
先程の『囁き』とどんな関係があるかはわからないけど、もしも何かあるなら此処だろうと予感がした。
私は礼を言って、目当ての『マグネットイレイザ』を探そうとしたけど、此のコーナーから発せられる気配と、未だに隣でニコニコしてるエプロン店員が気になって集中出来なかった。
其れを逆に見兼ねたのか、エプロン店員が手で示した。
「マグネットイレイザはこちらです」
「あ、はい」
マグネットイレイザという名の消しゴムを私は手にした。
レジに行けば目的は終わる。けれど、其れでもエプロン店員はニコニコ立ち去らないのが何故か気になって、消しゴムをくるくる見回したりして場を誤魔化していた。
エリモの方に行ってくれとも思ったけど、エリモはさっさと目的の物を探し当てたようで、他を物色していた。
ムギは他の店内を見回ってたと思ってたけど、いつの間にか私のすぐ横に来ていた。
「言葉通りの消しゴムだったんだ。文房具屋でも良かったね」
「……ネットで調べたけど、文房具屋では売ってない。これは単純に言えば磁力を帯びてる消しゴム。ゴムが磁性体になってるから、消しカスが纏まるの」
「へえー、其れたなつまちの発明なんだ。何処にでも有りそうな物だけど」
別の店舗を示唆するムギの為に慌ててフォローする私だったけど、エプロン店員は意に介さずニコニコしていた。
ムギは今度はエリモの持っているホッチキスのようなモノに興味を示した。
無知故の好奇心。お前は雑貨マニアじゃなかったのか?
「このホッチキスは何? アズキちゃん」
「此れはホッチキスに見えるけど、ハサミ。そして貼り付けるのもやってくれるんだよ」
「へえー…… よくわかんない」
「すみません。此れ試せます?」
エリモはエプロン店員に聞く。
やっとエプロン店員のニコニコプレッシャーに解放され安堵する私。
「はい。此方にお試し用の器具と紙がございます」
ん? エプロン店員は自分のエプロンのポケットから、A5程度の紙と其のカットアンドペーストを取り出した。用意周到なのか?
エリモは其れを受け取り、紙を一枚折り曲げ、フチとフチを重ねた所をそのホッチキス状の器具を押し当て切る。フチの方は切れ、逆は紙自身が網目のような形で織り込まれる。
折り曲げられた紙は筒状になったのを顔方まで持ち上げ、エリモは内側の構造まで確認した。
「面白ーい!」
すぐ様、エリモから其の器具を取り上げ、ムギが同じように試してみる。
エプロン店員はその様子を微笑ましいように見ていたけど、今度は私の方に振り向く。
「マグネットイレイザもどうぞお試し下さい」
エプロン店員は今度はポケットから件の消しゴムを出してきた。
……そのポケットは四次元ナントカとかそういう体なのか?
私達が商品を言ってすぐに、此処に誘導してる筈だから、試用品を持ってきた風には見えなかった。問い合わせが意外に多い商品で、常時持っていたのかもしれないけど。
私が其の消しゴムを試して、消しゴム自身が金物にくっついたり、カスが纏まってるのを確認したすぐ様、ムギにひったくられた。
ムギは何が面白いのか、消しゴム本体を三分の一は削り潰していた。
エプロン店員は其れでもニコニコして私達を見守るように立っていた。我が部、部長の躾の無い様に私の方が恐縮して、ペコリと頭を下げた。
「此処のコーナーでたなつまちでの生産品または百八種類程取り揃えております」
会釈が別の意味を取られたのか、エプロン店員は急に商品説明を始めた。
役には立つ情報を収集するチャンスではあるので私はすぐ様、メモを取り出して筆記をスタンバイ。
「すみません。そのお話、メモ取ってもいいですか?」
私がそう言うと、エリモがすぐさまフォロー。仲間としては頭が回る程良い。……仲間としては。
「実は私達は、たなつ高校で郷土研究部なんですけど、今回、たなつ市の特許物について調べてます。先の二点は購入予定ですけど、他は確認だけです。すみません」
「そうなんですね。いえ、そんな気はしてました」
エプロン店員はニコニコを絶やさずそう言ったけど、私達が調べにやってきたような素ぶりはあったとは思えない。話を合わせたな。
「お仕事の邪魔でなければ、二、三、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「今日は暇なので、どうぞ構いません」
確かに今は客入りは少ないみたいだけど、向こうに大量の棚整理の途中だったのに暇なのかな? 数時間くらいかかりそうな棚整理と見たけど。
「このコーナーの中で、たなつ市の個人特許の物は他にありますか?」
エプロン店員は幾つかの商品を指さし確認。
「そうですね、三十前後の品物がたなつまちの個人発明にあたり、半分くらいが特許申請、出願中でしょうか。例えばーー」
エプロン店員は展示商品を一つ摘み、少し嬉々としていると取れる程、アップテンポで説明をし出す。
「此方の粘着ペーパーなんかも特許がある品物で、此の紙を濡らした時だけ表面張力を利用した一トン程度の粘着力が生まれ、二つの物を一時的だけくっつけたいときに使います。勿論、乾くと簡単にはがせますけど。其方のスティック状の商品は出願中らしいのですが、地震予知機だそうです。店長が戻らないと使い方わからないので、今日は売り物でなくて飾ってあるだけですが」
「面白ーい」
早速、触りまくるムギ。
それを横目にエリモは質問を続ける。
「ありがとうございます。たなつ市は一大発明市らしいですけど、市内で此方のように個人発明を紹介しているような施設、お店などご存知ですか? 商品自体も此方のような物を扱ってるのは見たことがありません」
「残念ながら、ウチのような規模で紹介してる所は見たことがありません。地産地消、他も盛り上げていただければとは思うんですけど」
今度はメモを取りながら私が聞いてみる。
郷土研究部の部員になって、はじめて部活らしい雰囲気になってきたなとは思えた。
「発明者の方とかはご存知ですか? ネットで調べたんですけど、商品に特許番号が書いてなく、なかなか行き当らなくて。特許サイトは独特の表記があって調べきれませんでした」
「うーん、どうでしょう。企画してる店長なら存じてるかもしれませんが、長期出張中で連絡がままならないですね。お急ぎなら調べておきますけど?」
「あ、いえ、まだこの研究は始めたばかりなので、今は其処までご迷惑は。また、お願いすることもあるかもしれませんけど」
今度はエリモが手に持ってる物の外箱の裏を確認して聞く。
「このカットアンドペーストは、此方に書いてある特許番号から、雨蘭サスケさんという方が発明されてるで間違いないみたいですね。ご存知ありませんか?」
「すみません。男の方だったのですね。繊細な物なので勝手に女性が作っていたと思ってました」
エプロン店員はこのコーナーにご執心な気もしたけど、情報としてはあまり持っていないようだった。単に地産地消とかに拘りがあるってだけだったのかもしれない。
私とエリモはお礼を言ってレジに向かおうとした。
エプロン店員も私たちの後ろをチラッと一度確認してから動き出したので、今度はすんなり帰れそうだ。
「えい! む、特許出願してるんだったら、何か反応してよ」
ムギは私達が質問してる間、紹介された雑貨で遊んでいたようで、今は地震予知機という棒を魔法使いのワンドと見立てて振り回して遊んでいた。
「何やってるの、子ども部長さん、もう戻るよ」
こんな奴、私としてはほっといても良かったのだけど、ツッコミ役のエリモは先に歩き出していたタイミング。店の迷惑に発展する奴が関係者にいるとなれば、将来的禍根に繋がるかもしれない。いや、なるだろう。
私はムギの手から振り回されてるワンドに似た棒を取り上げようと、振り回されてるムギの右手首を掴んだ。
丁度、その時だった。
「……ゆれるよ……」
グラッ……ガッシャン……ガタガタ……
初めは私の立ちくらみと思った。小学校の時に一度だけ立ちくらみで倒れたことはあるけど、それに近いような気がした。
「きゃあ」
悲鳴を上げたのは背後のレジカウンターにいた店員のようだ。
私は其方を向くよりも、ムギの表情の方を見た。意外に怯えた表情を見せていた。
っと言うか、ムギの体は強張り、いつの間にか私にしがみついている。
地震。原因はどうあれ、実際に縦揺れがあったようで。
あったのは一瞬だったのか、今は余韻で震えてる。
雑貨店の商品は未だカチカチなってるけど、見回しても目立って倒れてる物は無さそう。
残念なのは、予想通りスポーツ系の体幹を誇るエリモは平然として、私がムギを支えてるのを振り返って眺めてるだけ。流石に微笑んではいないが、片手に単行本を持って開いていたようだ。
普通ならこういう突発性な事案で、最も慌てそうな性格は私だと自評するのだけど……。
私は『囁き』によっての予感染みたことには、最早、慣れ過ぎていた。