天文学
そういえばこの領域のコトほとんど書いてなかった。
人生38年生きてる中で火球を3っつと隕石1つ(しかも昼間)を見るというなかなかの幸運に恵まれている筆者ですが、そもそもの始まりは中学校ん時に地震の本に傾倒していたコトだったりします。活断層とか歴史地震の本読み漁ってて、そこで仕入れた当世流行りのプルームテクトニクス理論の小噺で高校の推薦の面接余裕で通過した筆者は、当然の流れとして地学部への入部を志しました。
「……いま部員が1人もいなくなっててね、天文部だったら入れるよ」
地学科研究室の先生にそう云われ、なんとなく入ってみた天文部。昼休みは太陽の黒点スケッチしながら日面通過する謎物体(けっこう横切るの、ヘンテコな形のヤツが)に想いを馳せてみたり、夜には月やら惑星やらを眺めてボケーっとしてみたり、夏には8cm屈折赤道儀抱えて大菩薩峠登って観測そっちのけでコーヒー淹れたりしてました。
筆者が云うのもなんですが、この部活。高校内でもかなり際どい人材の巣窟だったような気がいたします。星がスキとか宇宙に行きたいとか云うマトモなヒトもいましたけど、屋上に自由に出られる権利と治外法権な感じの部室を享受したい勢が多数派だったように思われます。
そうは言いながらも、筆者自身、考えてみたら子供の頃から結構好きだったこの領域。太陽はいずれ構成物質の変化に伴い赤色巨星化して地球をも飲み込んでぶっ飛ぶとか、いま見えている星の明かりはとんでもなく昔に星から出たものなのだよとか、わりあい近くに見える月までの道のりがどれほど遠いものなのかとか、とにかく自分の知っている日常とはかけ離れた時間と距離で語られがちなこの世界。
夜空それ自体が壮大で重層的な歴史絵巻なわけですが、それを本当の意味で知るよりはるか以前から、ヒトがこの絵巻に数々の神話を設えてきたのは、おそらくは皮膚感覚に近いなにかで、この“仕掛け”を感じ取っていたからに相違ないと思います。
ちなみに筆者が同時期に所属していたもう一つの部活。アレ(放送委員会)は完全に仕事でしたね……。




