呪縛
四女が生まれて、ばあばとじいじがヘルプで来てくれました。久しぶりにオトナがいっぱいいるという状況ではしゃぐ園児連(ただし三女はインフルA型+溶連菌という流行りモノにのっかり中)。孫と戯れて益々意気盛んなじいじ(白髪が一本もない68歳)と相変わらず冷笑的(を装いつつ実は暖かな)目線を送るばあば。
じいじが孫達とお風呂場でお湯あそびに興じている間、久しぶりにばあば(筆者の実母)とお話。なぜか話題は“昭和の呪縛”。そもそも家庭内における女性の立場(台所デフォな良妻賢母配置)とか、子供の人数(一人から二人くらいじゃね的なアレ)とかって、明治政府あたりからの流れでここ100年くらいの間の醸成されたブームに過ぎないのではないかといった考察。
20分後にテンション上がりまくりであがってきた孫達とじいじ。見届けて今日は帰宅するばあば。孫達はそのまま寝室に“あたらしいおもちゃ(じいじ)”を運び込み、普段は禁じられているスマホゲーム&口からでまかせ物語で就寝までの一時。
30分後に寝室からの脱出に成功したじいじと久しぶりにお話。話題はやはり“昭和の呪縛”。じいじが20代〜30代を過ごした会社組織で起きていたありがちな出来事(三徹デフォで血反吐とか、スト企図する組合との軋轢&脱退とか、見掛け倒しの外資系に勝てない泥縄営業への呪詛とか)を伺いながら、やはりあの時代こそがこの国における特異点なのではなかろうかとぼんやり妄想しておりました。
そんな世代が“良かれ”と思って構築した義務教育&高等教育を受けて育ったウチら世代が社会に進出し家庭を持ちぶつかることになった様々な壁。乗り越えた先に待ち受けるものが見えているのか、そもそも乗り越えることができるのか、あるいはその必要があるのか。答えの出ない問題に逡巡しつつインフルA型と戦う三女の横で添い寝する筆者でした。




