御大
小学生ん時くらいから読んでます。トム・クランシー先生と小松左京先生。読む度に違った側面が見えてきて、読み手の心を映す鏡系の作品なんだなぁ、と思ってましたけど、ホントは作家特有の“先に起こることが読めてる”系の作品だということに今更気が付きました。執筆から数年後、ヘタすると十数年後の世界情勢を確実にとらえているその作品群は、“妄想は世界を救う”系の天才の描いた世界そのものです。お二方共すでに鬼籍に入られましたが、恐らくは天上より“だから云ったじゃねえかよ、っていうか書いたじゃねえかよ!!”ってお怒りモードに違いありません。
あとエリック・L・ハリー。彼の処女作“Arc Light”の執筆にまつわるエピソードなんかはまんま筆者の実感です。“ある日突然作家が始まりました”、“次にナニが起きるのか私自身はやく知りたくて仕方がありませんでした”とかって、まんま筆者と同じ展開。でも出てきた文章には雲泥の差がありますけどね……。
それから庄司卓先生。“それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ”は“レッド・オクトーバーを追え”と同じくらいの愛読書です。艦船繋がりという以外には全く関連性がないように思われますが、たぶん全く関連がないと思われます。
あとは聖書とか辞書(広辞林とか英和辞典とか)をアタマからずーっと読んで半分くらいで飽きたり、機材の取り扱い説明書読みながら書いた人の国語力に憤慨したり、まぁ、手広くやってる感じで、要は活字がそれなりにスキということなのだと思います。
で、文章書くようになって困ったコト。他のヒトの書いた文章が前みたいに楽しめない。前は読みながらアタマの中にスゴくいっぱい妄想できたのに、今は書いたヒトの思考が渦巻いて侵食される感じがして、2〜3ページ読んだらパタって閉じる系。




