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雑記  作者: 飯田橋 ネコ
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We almost lost Detroit.

 小学6年生くらいの頃。今にして思うと重度の活字中毒だったのか、とにかく手当たり次第に“本”読み漁ってた筆者は、祖父の書斎の本棚を制覇しつつありました。なかでも一番お気に入りだったのがこの本。

 1966年10月5日に起きたエンリコ・フェルミ高速増殖炉の炉心溶融事故のドキュメンタリーなんですが、アメリカの原子力行政の問題点や、当時世界中で起きていた大小様々な原子力災害がコンパクトに纏められていて、子供ながら“原発マジやべー”などと思っておりました。

 1957年10月10日のイギリス・ウィンズケール原子力工場火災事故。軍事用プルトニウムを生産するための炉の中で減速材の黒鉛が炎上し、大量の放射性物質(ヨウ素131など)が大気中に放出されたのにも関わらず、“軍事施設”であったため公表が遅れ避難命令が出ず、さらには周囲の農場で搾乳された牛乳がそのまま流通して多くの白血病患者を出すことになりました。

 1961年1月3日のアメリカ・SL-1暴走事故。同じく軍事用の実験炉で、作業員が手動(!)の制御棒引っ張りすぎて暴走。十数トンある原子炉全体が“跳ねる”とかいうトンデモ事故。警報聞いて駆けつけたスタッフは居るはずの作業員を探して施設内をくまなく探し、最後に天井を見上げてそこに磔になってる作業員を発見したのだとか。

 こうした事故を踏まえて念入りに設計されたフェルミ炉。何せエンリコ・フェルミ先生のお名前を冠する施設ですからヘタ打てません。にもかかわらず最初の基礎コンクリート打設の時点でヒビ入りまくりとかいうさすがのミシガンクオリティだったのだそう。

 そのあとも大小様々な障害乗り越え建設されるフェルミ炉。何せ当時は不安定な中東情勢から来る石油価格の高騰と、同じくミシガンでバカスカ作ってたガソリン大量に消費する系の自動車まぁそれだけじゃないけどのおかげで、本来産油国であるハズのアメリカでも“次世代”エネルギーへの急速な転換が求められていたワケで、“使った以上のエネルギー生み出せる”なんてウマい話に乗らない議員さん(とかお役人さんとか)なんかいらっしゃいませんでした。

 工事中のある日、ひらめいた方がいらっしゃいました。“もし万が一にも冷却不可能とかいう事態になっても、炉の底に整流板つけておけば溶けた燃料が一箇所に固まらないで済むから臨界ふせげるじゃん、オレまじ天才!!”ってことで設計図にも青図にもないジルコニウムの板が設置されました。そして運転が始まるとその板が外れて炉内を漂流した挙句に冷却材パイプに詰まって炉心溶融とかいうまさかの神展開。

 事故原因の調査の際に、“ナニこの板??”って相当悩んだらしいです。タイトルにもなっている『We almost lost Detroit』。もしかすると失うのはデトロイトだけでは済まなかったかも知れないこの事件。これ以降、人口密集地の近傍に原子炉設置するなどという計画は立ち上がらなくなったのだとか。

 本書の最後には当時建設途上にあったペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所についての記載もあります。“小型の旅客機が墜落しても耐えられる堅牢な格納容器を備えた最新鋭の原子力発電所”との賛辞は、同じく人為的ミスで過酷事故を迎えることになる同炉の行く末まで見通すことはできなかったようです。

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