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「彼女だけが悪いんじゃない。不安にさせた僕も悪いんだ。すまなかった」
俯く姉貴の肩にそっと手を置き、高城さんが僕を見上げた。
「そうですね。俺の知ってる姉貴の性格のままだとしたら、貴方の行動も大概です」
恋をしたら相手しか見えなくなる姉貴に、周りはいつも振り回される。この様子なら、結婚しようが子供が産まれようがあまり変わらなかったのだろう。
「だけど、母さんから聞いた限り、貴方は出来る限りの対処をして、姉貴も納得の上で出かけたはずだ。……そうでしょう?」
しっかりとした、包容力のある誠実な男性。
母さんから伝えられた高城さんの人物像だ。俺的には一部疑問は残るけど、概ね間違ってはいないだろう。
俺の断言に困ったような苦笑が返ってくる。
「だけど、僕達の予想外がハルに起こったんだ。事が事だし、彼女が不安に思っても……」
「それって、ハルの力の事言ってます?」
姉貴もさすがに気づいてたのか?
て、事は、なおさらタチが悪いな、こいつ。
「電話で相談するのも不安だったんだろうと「それでハルを放置してさらに不安定な状態にして、状況が悪化するとか思わなかった?姉貴?」
フォローしようとする高城さんの言葉をぶった切って俯いたままの姉貴を覗き込む。
「会いに行くのに、ていの良い言い訳が出来て、ラッキーって思っただろ?」
我ながら意地の悪い言い方に、場の空気が凍る。流石に、助け舟を出そうと口を開こうとした父さんを目で制する。今だけは、邪魔しないでほしい。
「……なんで、そんな意地悪ばっかり」
震える声は弱々しく、目は今にもこぼれ落ちそうに涙をたたえている。これが計算じゃ無い表情だって言うんだから、いろいろとこじれるのだ。
大きく息を吸って、負け無い様に冷静な声を心がける。
「それは、姉貴が母親になったからだよ」
涙目の姉貴に心が痛むけど、今まで俺たちがここで負け続けた結果を思えば耐えられる。
ハルが泣くのだけは、絶対に違う。
「姉貴の行動が人1人の命や運命を握ってるんだよ。姉貴は守る立場になったんだ。そこの所、ちゃんと自覚してるか?」
「そんなの、分かってる!ちゃんと、ハルの面倒だってみてたもの!」
涙目のまま言い切る姉貴の目をジッと見つめる。
「母さんや父さんと同じ立場に立ってるって、本当に分かってるか?分かってて、今回の行動を起こしたのなら、本気で軽蔑するからな」
ゆっくりと、言い聞かすように。脅すように、そう言うと姉貴は固まった。
「………母さんや……………父さん、と?」
つぶやき、振り返ると、姉貴は黙って見守っていた2人を見つめた。
困ったような、心配したような、呆れたような複雑な表情の2人を。
いつだって最大の味方で、どんな時でも信頼と深い愛情で包んでくれた、俺たちの両親。
それがどれほど得難いものなのかなんて、この年になればちゃんと分かる。
ましてや姉貴は、極端な話、見捨てられてもおかしく無い様な出来事を多々起こしている(正直、それに関してはもう少し躾けてくれよと思わないでもないが……)。
「………ごめん、なさい」
ぽろぽろと姉貴の瞳から涙が溢れる。
絞り出すような謝罪に、俺はようやく肩から力が抜けるのを感じた。
これで、少しは反省してくれるといいけど。
「ハルがいろんな力を使い出して焦ったのも本当だとおもいます。だけど、まだ赤ん坊のハルの要求なんて本当に些細な事で、母親が側にいて構っていてくれれば、使う事なんて殆どないレベルだったんですよ」
泣き出した姉貴が落ち着いて、みんなでお茶を飲みながら仕切り直す。
いまいち状況が飲み込めていない高城さんに苦笑とともに説明する。
「現に姉がいなくなってからハルが力を使った場面といえば、「お腹減ったからなんか食べたい」って棚の上のバナナ取ったり、欲しいオモチャを呼び寄せてみたり。後は、俺が説明なしに側を離れようとした時くらいでしたから」
様子をちゃんと見てて、欲しいものを読み取って要求された時に渡してやるか、渡せ無いものなら構ってあげて別の事で気をそらしてやれば、ハルは力を使う事は無かったし、最後のは、姉貴に置いて行かれたトラウマだろう。
独りになる怖さを知ってしまったから、見えない場所に行かれるのが不安だったんだ。
それに気づいたから、なおさら姉貴に腹がたったんだけど。
「少なくとも、当のハルを放り出して戦場まで高城さんに相談に行く程深刻なレベルでは決して無かった」
自覚があるらしい姉貴はティーカップを手で転がしながら居心地悪そうに小さくなっている。
「………そうなのか?」
「………ごめんなさい」
びっくりした様には姉貴を見る高城さんの様子に、だいぶ大袈裟に話したのかな?と辺りをつける。
高城さんはしばしの沈黙の後、大きなため息をついた。
「良かった。ハルやみんなが危ない目にあうんじゃないかとハラハラしてたから……」
ほっとした様に笑う高城さんの表情に裏は見えなくて、本当にいい人なんだなぁ、と思いかけて、自分の思考にちょい待てとストップをかけた。
「………その割には、帰ってくるのに時間かかりましたね?」
姉貴が消えて1ヶ月近く経つ。
合流して戻ってくるには遅くないか?少なくとも、即帰ってきた感じでは無いよな?
「まぁ、一度受けた仕事は放り出すわけにもいかないしね。本当にマズイことになったら、ハルのお守りが反応するからすぐ分かるし、その時は跳んでこようかとは思ってたけど」
ニコニコ笑顔で、言ってることは結構酷く無いか?ようは、危険なさそうだし放置してたって事だよな?
てか、お守りってなんだ?
疑問が顔に出てたんだろうか?説明が入った。
「ハルの心臓の辺りにこれと同じ薄いアザがあっただろ?」
そう言って見せられた手の甲に見覚えのある歪な丸いアザに頷く。
「これ、ルーペで見ると分かるけど極小の魔法陣でね。僕の力が込められてるから、命の危機にさらされた時には反応する様になってるんだ」
………魔法陣ですか、そうですか。
なんか、一気にファンタジー感が加速したぞ。まぁ、ハルの力だって充分ファンタジーだったけどさ。
なんとも言い難い気持ちになって、そっと一口コーヒーを啜る。
てか、やっぱりハルの力は父親譲りだったんだな……。
て、事は。
「ハルの力の対処法って分かりますか?出来れば、封印の方向で」
「それなんだけど……」
「ゆ〜?」
高城さんがなにか言いかけた時、和室から小さな声が聞こえた。
ハルが起きたっぽい。
「ハル、こっちいる」
リビングから声をかければ、即、腕の中に寝ぼけ眼のハルが出現した。
「ゆ〜」
俺の顔を確認してにこりと笑う。かわいい。
「オォ、ちゃんと使いこなしてるんだ。凄いな」
そんな様子を見ていた高城さんが感嘆の声をあげ、ハルがそれに気づいてようやく周りを見まわす。
そうして、姉貴を見つけ固まった。
ジッと見つめられ、姉貴も先ほどまでの会話が頭の中を回ってるのか、何も言う事ができずただ無言で見つめ返していた。
「………ハル。ママじゃん」
「………ま〜?」
そっと促せば、ハルが確認するかの様に小さく呟いた。その声に呪縛が解かれた様に、姉貴がコクコクと頷きハルに手を広げた。
「ハル」
呼ばれた次の瞬間、ハルが腕の中から消え、姉貴の腕に出現。そして。
「うああぁぁ〜〜〜ん」
ハルの泣き声が響き渡った。
それは、今まで聞いた事の無い泣き声だった。
怒りと悲しみと、そして、………安堵。
あぁ、ようやくハルは心から安心できたんだ。
姉貴がつられた様に泣き出しながらもハルをギュッと抱きしめる。
「ごめん。ごめんね、ハル。馬鹿なママを許してね」
なんども何度もハルに謝る姉貴の声と泣きじゃくるハルの声が響くリビングで、俺はコーヒを飲みながら笑っていた。
ようやく母親に抱きしめてもらえたハルが嬉しくて。そして、空の腕が少し寂しくて。
ふと、視線を感じてそっちを見れば、母さんたちも微笑んでいた。
ハルの事。姉の成長。それに、俺の事も、かな?
俺はそっちに向かってカップを乾杯という様に掲げると、少しだけ残っていた液体を飲み干した。
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