タバコミュニケーション
水族館って楽しいですよね。
中小規模で経営されてる水族館の手書きポップとか大好きでつい読み込んじゃいます。
いつも生き物たちのお世話、お客さんへのご対応お疲れ様です。
すべてのサービス業をされている方に感謝を申し上げます。
眩しい。今日はこんなにもいい天気だったのか。
夏美はいくら洗っても魚臭さの取れない手を嗅ぎながら、空を見上げた。
「臭いんだけど、なんか癖になるんよなあ」
この水族館の新人職員の夏美は、午前中だけでペンギン用のアジを二百匹ほど捌いたばかりだった。最近では毎朝のルーティン業務になっている。
丸呑みしやすいようにサイズの確認をしたり、内臓処理をしたり、痛んでいないか臭いを嗅いだりと、気をつけることは多い。
ただ、我が子のように可愛いペンギンたちの食事を作っていると思えば、わりとやりがいを持ってやっている。
まあ、大変なのは間違いないけどね。
いまはやっとこさの休憩時間なので、バックヤードから遠く離れた職員専用の喫煙所へ向かっていた。
割と急ぎ足だ。休憩後の予定はショーの裏方だから時間には余裕を持っていないといけないし、仕事中専用の電子タバコとはいえ、できるだけ臭いを飛ばしてから仕事に戻りたい。
喫煙者は肩身が狭い。
じわりとした汗で前髪がぺったりとおでこに張りついている。
考え事をしながら歩いていると、あっという間に簡易的なトタン屋根と灰皿だけのシンプルな喫煙所に着いた。
ちなみに若手で喫煙者は夏美だけなので、終業後の喫煙所清掃はもちろん夏美の仕事だ。
進んで自分から名乗り出たのだ。私の大切な巣を守るため、あとはヘビースモーカーのお偉いさんへのパフォーマンスだね。
ここは天気の影響をもろに受けるため、決して快適とは言えないが、外気温を感じることも生き物を扱う上では大切だと思っている。
「まあ、口実だけどね」
電子タバコを咥えながら、SNSの大海原にでる。
休憩中だけど、生き物のネタはやっぱり気になるものだ。
最近はAIによる創作も多く、真偽を確かめるのが難しい。
でも案外「これはないだろ」と思ったものがノンフィクションだったりすることもある。
そんなことを考えながらスクロールしていると、ピンボケた爬虫類の画像に目が止まった。
『庭でオオサンショウウオを発見!くりくりのお目目で麻袋をかぶってた。こんな住宅街にもいるもんだなあ』
「これは、どうだろう?」
アカウントを確認するとどうやら投稿主は広島在住らしい。
確かに西日本は広くオオサンショウウオの生息域だけど、住宅街ってところと麻袋をかぶってたというのはなかなか眉唾物だ。
写真はいかにも素人が撮った感じでよく見えない。ただオオサンショウウオっぽくは見える。
「あとは目はそんなにおおきくないはずだけど」
ぶつぶつ言いながら考えをまとめていると、ふいに肩をポンと叩かれた。
「煙分補給、足りてるんかいな?」
まーた館長お決まりの親父ギャグだ。
夏になってから喫煙所で顔をあわせると毎回これなんだから、反応するのもめんどくさくなってくる。
「はいはい館長、煙も塩も水分も適宜取らせていただいてますよ」
気づくと館長は紙タバコに火をつけて、深く息を吐いていた。
「ちょっと館長、煙向こうに吐いてくださいよ。なんのために電子タバコで我慢してると思ってるんですか」
「ええやんけ、ケチくさいこと言わんとき。午後は裏方と掃除だけやろ?臭いなんて誰も気にせぇへんて」
「面子に関わってくるんです。タバコ臭い新人は印象悪いでしょ」
「夏美はほんま真面目やなあ。で、何をそんなうんうん考えてたんや?」
夏美はさきほど見ていた投稿内容を館長に見せた。
「ほぉ〜、おもろいやんけ。暇やろ?現地調査してきたらええやん。こういうニッチな生き物の展示、今流行っとるしな。なんかのきっかけになるかもしれへんで」
夏美はしばし考えてざっくりとした計画を考える。
実家も広島だし、車もおとんから借りられそうだし、来週に予定もなくぶち込んでいた長期休暇の暇つぶしにもちょうど良さそうだ。
「まあ広島なんで、帰省ついでに行ってきますよ」
館長はまた気持ちよさそうにタバコを吸いながら言った。
「一人やとしんどいやろ。ほな、いろいろ手配したるわ。ちょっと待っときや」
そう言って館長は半分以上残ったタバコをもみ消し、足早に去っていった。
「行動だけは早いんよなあ」
「聞こえてるで〜。それと投稿者との連絡は任せたわ」
館長は振り返りもせずに返事を返してくる。
夏美はさっそく投稿主に送るDMを考えるのだった。
夏美と館長は親戚同士です。
いわゆるコネ入社だと夏美は思ってますが、館長は至極真っ当に選考をしただけのようです。




