第07話 白銀の少女と、乾いた喉
少女――アンジーを背負ったまま、
俺はどれくらい歩いただろうか。
レベルが上がったおかげか、成人近い娘を背負っている割には足取りが軽い。それでも、慣れない森の行軍は精神を削る。
「……水、か」
耳を澄ませると、木々の向こうから微かなせせらぎが聞こえてきた。
水場があれば、道が開ける。川沿いに下れば、いずれは人の営みにぶつかるはずだ。
ほどなくして視界が開け、透き通った川が姿を現した。
俺は慎重に周囲を警戒しながら、河原の平らな岩場にアンジーをそっと降ろした。
「……ん……ぁ……」
その時、彼女の長い睫毛が微かに震えた。
ゆっくりと開かれた瞳は、どこか現実味を欠いた深い青色をしていた。
「……あ、なた、は……」
「気がついたか。ナリスだ。無理に動くな、まだ衰弱してる」
俺が手で制すると、彼女は生真面目にコクりと頷き、そのまま固まった。
改めて観察すると、彼女の髪は本来、白銀の糸を紡いだような美しさだったのだろう。今は泥と埃に塗れ、くすんでしまっているが。
身に纏っているのは、仕立ての良い礼服のようにも見えるが……汚れが酷く、判別がつかない。
「お水……ありがとうございます、ナリス様。……あ、いたた」
彼女は礼儀正しく頭を下げようとして、自分の後頭部を岩に軽くぶつけた。
……どうやら、かなり抜けているタイプのようだ。
「ナリス様、私はアンジェリーナと申します。アンジーとお呼びください……。聖女、ではなく、ただの修行の身でございます」
「そうか、アンジー。まずは喉を潤せ」
俺は彼女に水を飲ませながら、自分のステータスを確認した。
精神安定が【安息の抱擁】に統合されたようだが、相変わらず【看取り】や【体位変換】といった、不穏な字面のスキルが並んでいる。
「ナリス様、あちらに……煙が」
アンジーが指差した先。川の下流、森が一段と深くなるあたりから、どんよりとした黒い煙が立ち上っていた。
村か、あるいは野営の跡か。
「行ってみるか。一人じゃ限界があるしな」
「はい! 私もお役に立ちます。……あ、靴が左右逆でした」
立ち上がろうとして派手に躓かけたアンジーを支えながら、俺たちは煙の主を目指す。
だが、近づくにつれ、漂ってくるのは生活の匂いではなく、鼻を突く獣臭と、何かが焦げる嫌な臭いだった。
藪を抜けた先、そこに広がっていたのは――。
不格好な柵で囲まれた、薄汚い住居の群れ。
「……ゴブリンの集落、でしょうか」
アンジーの声が緊張に強張る。
俺の視界には、新たな文字列が浮かんでいた。
【パッシブスキル:献身の盾 が発動準備中】
【警告:対象とのリンク・コネクションを維持してください】
どうやら、穏やかな旅はここで終わりのようだ。
俺の手には、武器と呼べるようなものは何一つない。だが、隣でマントを派手に踏んづけている銀髪の少女を守るため、俺は無意識に拳を握りしめ、彼女をそっと背後に隠した。




