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第05話 リスタート

静寂に支配されていた森が、獣の咆哮によって一変する。空気が震え、灰色の影が弾丸のように迫る。

死の気配。かつての「日常」では、到底味わうことのなかった種類の恐怖だ。

だが、不思議と体は動いた。

かつて、何度も、何度も、夜中に意識を覚醒させ、異常がないかを確認しに走ったあの夜のように。体が勝手に「優先すべきもの」を理解していた。


「……ッ!」


視界に浮かぶ【守護者】の文字が、熱を持って俺の血液に混ざる。獣の爪が、空を裂く。

回避は間に合わない。俺は腕を盾にし、少女を覆い隠すようにして衝撃を待ち構えた。鈍い衝撃。

皮膚が裂ける感覚があったが、痛みよりも先に"熱" がそこを支配した。


「が、ぁ……!」


腕から溢れたのは血ではない。

淡く発光する、膜のような光。


【スキル:献身の盾】

【効果:対象へのダメージを自身に転換し、同時に防御力を極大化させる】


自分の腕が、まるで鋼鉄の塊に変わったかのような感覚。獣は獲物を仕留めたはずの爪が通らないことに困惑し、一瞬、動きを止めた。

チャンスだった。

戦い方なんて知らない。人を殴ったことさえ、数えるほどしかない。それでも、こいつをここから追い払わなければ、後ろの命が消える。


「どけ……!」


俺は、重くなった腕を力任せに振り抜いた。

技術も何もない、ただの重りとしての打撃。

だが、その拳には「守り抜く」という意志が、物理的な圧力となって宿っていた。

ドンッ、という重低音が響き、灰色の巨体が数メートル後退する。獣は低く唸り、こちらの様子を伺うように目を細めた。

先ほどまでの「捕食者と獲物」の関係が、わずかに崩れた瞬間だった。


「いい顔になったね」


少年の声が、すぐ耳元で聞こえた。


「介護から守護、か。やることは変わらなくても、背負う『意味』が変わった。君は今、彼女の人生そのものを、自分の命と同等に扱ったんだ」


「……黙ってろ。それどころじゃ……ない」


荒い息を吐きながら、俺は再び構える。

傷ついた腕が熱い。けれど、この熱がある限り、後ろの少女には指一本触れさせない。

獣が再び、姿勢を低くする。

今度は、先ほどのような単純な突進ではない。

森の影に紛れ、獲物の隙を突くための狡猾な動き。


(来る……)


周囲の音に集中する。

風、葉の音、そして――背後で眠る、彼女の小さな鼓動。その鼓動が、自分の心臓と重なる。


【条件達成】

【リンク・コネクション:起動】


視界が、急激にクリアになった。

木々の隙間に潜む獣の体温、呼吸、次の筋肉の収縮。

すべてが、手にとるようにわかる。


「……そこだ」


俺は、迷いなく踏み出した。

逃げるためではなく、彼女の未来を確保するために。


激しい衝突の音が、朝の森に響き渡る。

しばらくして。灰色の獣は、こちらの気迫に押されるように、一度大きく吠えると、森の奥へと姿を消した。静寂が、再び戻ってくる。

だが、それは先ほどまでの「死に近い静寂」ではなかった。


「はぁ……はぁ……っ」


膝をつく。

全身の力が抜け、泥のような疲労が襲いかかる。

腕の光は消え、そこには浅い切り傷が残っていた。


「……あ……」


背後で、かすかな声がした。

慌てて振り返る。

少女の目が、わずかに開いていた。

焦点はまだ合っていないが、その瞳には確かに、今ここに生きている光が宿っている。


「……大丈夫だ。もう、どこにも行かない」


彼女の小さな手を、汚れた手で包み込む。

その温もりは、夜明けの光よりも、ずっと確かだった。ふと、視線を上げると、少年の姿はどこにもなかった。ただ、冷たい朝の空気の中に、彼の最後の言葉だけが残響のように漂っていた。


『おめでとう。これで君は、この世界の“当事者”だ』


森の向こうから、本当の太陽が昇り始める。

「それしかできない」はずの俺の物語が、ここから動き出そうとしていた。

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