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第02話 終わりの始まり

会社を辞めた僕は、何もしていなかった。

いわゆるニートというやつだ。


ニートとは、自分で稼ぎもせず、人の金で生活している社会不適合者――そんな言い方をされることもある。もちろん僕自身、収入はなかった。だが、その代わりに時間だけは有り余っていた。


ほとんど寝たきりの父の介護をしながら、親の金で生活する日々を送っていた。


用事がなければ、ほぼ引きこもり。そんな僕を見て「働かないクズ野郎」と思う人もいるだろう。実際、知人からは「介護を理由にしているだけで、ただ引きこもっているんじゃないか」と言われたこともある。


だが、働けなかった。

――いや、本当に無理だった。


過去を思い出すと、心臓が強く脈打ち、腕が震えて止まらなくなる。心療内科に通い、抗うつ剤や睡眠薬をもらいながら、なんとか日々をやりくりする。そんな生活を、もう8年近く続けていた。


そして――その時は、あっけなく訪れた。


どんなに元気な人でも、いつかは天に召される。

父が亡くなったのだ。


最期の数年、父は24時間寝たきりだった。電動ベッドの上で生活し、トイレも風呂も行けない。食事、排泄、体位変換――数十分おきに呼ばれ、そのたびに世話をする。時には訪問入浴の介護士に来てもらうこともあったが、基本的には僕が面倒を見ていた。


母は、朝の数時間こそ家にいたものの、それ以降はほとんど家を空けていた。


人は24時間起き続けることはできない。だが、完全に眠ることもできない。浅い眠りを繰り返しながら、父の呼び声に反応する――そんな毎日だった。


それでも、僕は不幸だとは思わなかった。


むしろ、幸せだったのかもしれない。


ヤングケアラーが社会問題になっているが、僕は違う。父の介護ができる環境にいられたこと、育ててもらった恩を少しでも返せたこと。それは確かに、僕にとっての救いだった。


もちろん、働いて安定した生活を送り、家庭を築くことが本当の意味での恩返しだというのは分かっている。でも、それができない自分にとって、この形でも誰かの役に立てたことは――確かな意味があった。


人は、誰かに必要とされることで満たされるのだと思う。

だからきっと、介護していた僕の方が、救われていた。




葬儀を終え、僕は社会復帰の一歩として、近くのスーパーでパートを始めた。


学生ばかりかと思っていたが、実際には高齢のパートも多い。どこか居心地の良さを感じながらも、ふとスマホで求人情報を見ては落ち込み――そんなことを繰り返しているうちに、気づけば三十手前になっていた。


「私、そろそろ出ていくから」


母がそう言った。


長年付き合っている北村さんと、一緒になるらしい。理解できなくはない。母にも人生がある。


だが、胸の奥に澱のような感情が残るのも事実だった。


父の介護をしていたのは、ほとんど僕だ。

その一方で母は、パチンコに通い、夜になれば身支度を整えて北村さんのもとへ行く。


北村さんは僕を会社にねじ込んでくれた恩人でもある。だが職場では、まともに口をきいてくれないことも多かった。


そんな二人が結ばれる――。


正直、祝福する気にはなれなかった。



一方で僕は、恋人にも捨てられた。


すべてが終わったあと、気づけば鏡の前に立っていた。


鏡の中の自分は、ひどく薄っぺらく見えた。


目の下にはクマ。無精髭。どこにでもいそうで、どこにも居場所がない顔。


「……なんだこれ」


思わず笑ってしまった。

いや、笑うしかなかった。


父が死んで、母もいなくなって、恋人もいない。

残ったのは、空っぽの部屋と、空っぽの自分だけだ。


そのときだった。


――ピロン。


スマホが鳴った。


見慣れない通知。


【ご案内】あなたは“適性者”として選ばれました。


「……は?」


思わず声が漏れる。


怪しい。どう考えても怪しい。

だが、なぜか指は止まらなかった。


画面をタップする。


■あなたの“経験値”が基準を満たしました

■これより新しい環境への移行を開始します


「は? 経験値って……ゲームかよ」


そう呟いた瞬間――


視界が、白く弾けた。



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