66話〜その必要はない〜
「では、先行は私達が踊らせて頂きますわね」
舞台が整い、役者も揃うとすぐに白月嬢が申し出る。
それは良いのだが…彼女の隣に立つ青年が、ずっと俺を睨んでいるのだが?
「あら、ご紹介が遅れました。彼が私の婚約者で、花山院雅彦様ですわ」
ああ、婚約者君か。なら納得。
俺はマサヒコ君に頭を下げる。
「この度は、対戦を受けて頂きありがとうございます」
「受けてない」
マサヒコ君がポツリと零し、俺の目の前まで歩みを進める。面と向かってメンチを切る。
「お前の事は、うちでも噂になってるぞ?四葉の黒豚」
おや。そんなあだ名が付いてるの?
でも、うちって何処?まさか、由緒正しい花山院家の中で?
「カエルの子はカエル。顔だけの黒沢家に、蘭子さんは渡さない。兄弟まとめて俺が潰してやる」
ランコと言うのが、白月嬢の名前なのだろう。
そう理解している間に、マサヒコ君達は舞台へと上がる。そして、曲が流れ出すと同時に踊り出した。
なんと言うか、優雅なダンスだな。ジュンさんから習ったダンスとは偉く違うぞ?
「舞花。これはなんてダンスだ?」
「ワルツだと思います。掛かっている曲も、良くワルツを踊る時に使われる物ですし」
ワルツね。俺でも知ってる曲だ。
抱き合って踊る2人を見て、俺は「良くやるなぁ」と何処か感心する。俺がジュンさんとこんなダンスをしたら、きっと途中で果ててしまう。
しかし、隣で見ていた舞花は「上手い」と零していた。
あっ、これって上手いんだ。
「「おぉおお!」」
「素晴らしい」
舞花の見立て通り、彼女達が踊り終えると多くの来場者から拍手と賛辞が送られた。議員も「お見事」と拍手している。
むむ。これは強敵みたいだ。
「さて、次は我々の番だぞ、舞花」
「ええ…」
ちょっと緊張気味に舞台へ上がる舞花だったが、踊りだすとすぐに自分のペースを掴んだ。ジュンさんのレッスンで見せたように、小気味良いステップで可愛らしいダンスを披露する。
だが俺は、上手く合わせられないでいた。習ったヒップホップのステップで合わせようとするのだが、どうしてもテンポが掴めない。掴もうとすると、音楽のリズムを取り逃してしまいがちだった。
初めて聞く曲だからね。音を拾い、リズムに分解し、それを最適なステップに置き換えるのに苦労した。
得意になりつつあるブレイクダンスにするか?いや、あれでは舞花のダンスと調和がとれない。彼女の繊細なダンスとは、あまりに違い過ぎる。
しまったな。まさか、ペアで組まされるとは思っていなかった。
「いやぁ、良いダンスだったよ」
踊り終わると、議員が拍手してくれた。それに釣られるように、周りの大人達も拍手を送ってくれる。
だが、それがお情けの物であるのは一目瞭然。現に、すぐ手前でこちらを見上げる白月ペアは余裕の表情だから。
「口程にも無かったな、黒豚君。やはり四葉の生徒はレベルが低いな」
口程って、別に何も言ってないんだがな。
「仕方ありませんわ、マサヒコ様。三日月と違い、四葉にはダンスの授業がありませんもの」
「ああ、そうだったね。庶民が作った学校だから、それが限界か」
嘲笑を向けてくるマサヒコ君。
なるほど。彼らは三日月と言う学校に通っていて、そこは四葉よりも貴族学校に寄せたカリキュラムになっていると。
道理で、花山院なんて旧侯爵家の人間が在籍している訳だ。
「虎二さん」
白月嬢が、微笑みながら手を差し出してくる。
おおっ。勝負の後の握手だな。負けたのは悔いが残るが、こうして健闘を称え合えるとは予想外。
この娘、思ったよりも性格が良い…。
「今の勝負、フェアじゃございませんでしたわ。練習量の違う四葉と三日月では、私達が勝つのも当たり前。ですので、私が貴方にダンスをお教えして差し上げますわ。手とり足とり、ね?」
良い性格してるよ、ホント…。
「白月さん。お気持ちは嬉しいのですが…」
「その必要はない」
俺の言葉が、誰かに押し潰された。
声の方を向くと、ナツ先輩がドレスを靡かせ近付いてきた。
「四葉の力はこの程度ではない。私がそれを、証明してやる」
腕を組み堂々と言い放つ先輩に、白月さんが小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「あら、ナツ生徒会長が出て下さるの?でも、これはペアダンス勝負ですのよ?貴女に付いて来られる方がいらっしゃいまして?」
「こいつがいる」
俺の肩をぐわしっ!と掴む先輩。
ええっ?俺?
驚いて彼女を見上げると、厳しい視線とかち合う。
「私のドリブルに着いてきたのだ。嫌とは言わさんぞ?」
嫌なのはそっちじゃないの?
そうは思ったが、この人も学校を馬鹿にされて怒っているのだろうと考え、「お手柔らかに」と頷くだけにした。
「それで?貴様は何が踊れる?先程の腑抜けたダンスが全てではないだろう?」
舞台に上がると真っ先に、先輩が聞いてきた。そして、俺が素直にブレイクダンスモドキだと答えると、「ならばあの曲か」と裏方に曲名を伝えてた。
ええっ?
「先輩は、そっちもいけるんですか?」
「私に出来ないことなど無い」
流石は天才。ダンスまで習得されてるとは。
俺が無言で拍手すると、先輩はクイッと格好良く笑う。
「だから、お前は好きに踊ってみろ。私がそれに合わせてやる」
やだ、ちょっと。この人イケメン過ぎない?一瞬、抱かれたいって思っちゃったわ。
危ない、危ない。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
俺が小さく頭を下げるとほぼ同時に、音楽がかかる。
舞花と踊った可愛い曲ではなく、重厚で荒々しいストリートな音楽。
正に、アメリカのクラブで流れそうな曲だ。
歌詞は英語だし、今まで聞いた事の無い曲。
だがリズムは取りやすく、何より荒々しさが俺にマッチしていた。
俺の頭の中に、自然と動きが浮かんでくる。そのステップを踏みながら、俺は拳と足技を繰り出した。
〈◆〉
「「おおっ!」」
黒沢が踊り出すと、会場が一気に盛り上がる。
奴のダンスが…いや、カポエラに似た足捌きが、周りの関心を集めている。
黒沢が持つ高い身体能力も合わせて、低い位置で足払いを放った後、高い位置で回し蹴りを放つ。その勢いのままバク宙すると、観客が一気に沸き立った。
「見事なブレイクダンスですな」
「いえこれは、カポエイラと言うダンスだと思いますよ?」
「おや?カポエラとは、格闘技ではないのですか?」
「元々は、格闘技とダンスを融合したものだと聞いた事があります」
「ほぉ。ダンスと格闘技の融合…」
そうか。格闘技の。
では、私が負ける訳にはいかんな。
私も黒沢の動きに合わせ、踊り始める。
流石にカポエラまでは手が出せていないが、足技なら他の武術で習っている。それを使って、黒沢に対抗する。奴とギリギリの間合いで勝負する。
黒沢の回し蹴りが私の目の前に迫り、鼻先を風が通り過ぎる。私も奴の寸前を狙うも、奴は怖がる事なく微動だにしない。お陰で、寸分狂わず私の拳が奴の頭上スレスレを通り過ぎる。
「「おおっ!!」」
私達の攻防に、更に会場が盛り上がった。紙一重のせめぎ合いに、まるで格闘技の試合を観戦しているかの様な熱気が押し寄せてくる。
チラリと覗く黒沢の表情にも、同じ色が見て取れた。
次はこの動きだ。付いて来れるか?
そんな思いが読み取れる。
舐めるな黒沢。私を誰だと思っている!
「はっ!」「はぁっ!」
私達の呼吸音が重なる。私達の体は一切接触しないが、その下で動く影は何度も交差し。互いの熱は混じり会う。
私達の心の中では、何度もぶつかり合っていた。
これは正に、試合だった。心地良い試合だ。
「「「わぁああ!!」」」
「素晴らしい!」
「良いダンスだったぞ!」
そんな大きな声援で、曲が掻き消える。
いや違う。終わったんだ。もう、終わってしまった。
「先輩!」
残念に思っていると、ハツラツとした黒沢の声が聞こえた。彼の手が、真っ直ぐにこちらへ伸びていた。
「ありがとうございました」
「ああ」
私はその手を握っていた。力を込めて握り返し、言葉が自然と零れていた。
「実に良い試合だった、黒沢。また仕合おう」
「はいっ!」
「「おおっ!!」」
私達が手を結ぶと、また数多の拍手が生まれた。多くの人がこちらを見ており、急に恥ずかしくなって、慌てて握手を解いた。
「で、ではな、黒沢」
「はい。また」
私はそそくさと舞台を降りて、人混みに紛れる。
誰の視線も向いていないと分かって、やっと一息着いた。
ふぅ…。ふふっ。良い試合か。確かに今のは、拮抗した良い試合だった。あれだけの試合が出来たのは、黒沢がそれだけの技能を持っていたからだ。
以前の奴であれば、そんな技能も気概も一切持ち合わせてはいなかった。それが、私の技を前にしても怯まないだけの場所に立っている。
「ああ、そうだな、黒沢」
認めよう。お前は確かに、変わったのだと。
〈◆〉
「いやぁ〜、大盛り上がりだったね。虎二君」
「乱暴なものをお見せてしまい、済みませんでした。三方様」
ダンスが終わって降壇すると、待ち構えていた議員が俺を労ってくれた。
俺が謙遜すると、「とんでもない」と肩を軽く叩いて笑ってくれる。
「とても素晴らしかったよ。君達のエネルギッシュな姿を見てたら、私も何か頑張ってみようって思えてね。君を習ってダイエットすることにしたよ」
そう言って、議員はサラダばかりが乗ったお皿を見せつける。
良いですね、議員。それで長生きして下さい。
「そういや、君と名刺交換するのを忘れてたね。これ、私のね」
「ああ、済みません!」
これで、何とかノルマをクリアした俺。
でも、議員は父の名刺を見ても首を傾げ、ひっくり返して何かを探していた。
どうしました?
「君の名前が無いね、虎二君。君の名刺はないのかい?」
「済みません。何分、学生なもので」
「あら?そうね?」
議員は頭をポリポリ掻いて、もう1枚名刺を取り出す。そこに、何かを書いて渡してきた。
「じゃあこれは、虎二君用の名刺ね。私のプライベート番号も書いといたから」
「えっ?!」
驚く俺。それに、議員は微笑む。
「先行投資だよ。君もさっき、言っていただろ?」
聞いていたのか…。
「何かあったら、遠慮なく連絡頂戴ね」
「ありがとうございます」
そんな失礼な事、出来る筈ないけど。
そうして、何とかパーティーを終える事が出来た。白月嬢もあのダンスを見て、「貴方に釣り合わない」と落ち込んで帰って行った。
あの落ち込みようは、かなり本腰を入れて浮気しようとしていたみたいだ。やっぱり貴族って怖い。
「黒沢」
舞花と一緒に1階まで戻ってくると、声を掛けられた。見ると、ソファーから立ち上がったナツ生徒が、こちらにゆっくりと歩いて来た。
凛とした表情を向けていた彼女だが、ふと小さな笑みを浮かべた。
「ああいや、済まん。2人とも黒沢だったな。君の事は虎二君と呼んでも構わないだろうか?」
「ええ、それは構いませんけど?」
「ああ。助かる」
随分と柔らかい感じになった先輩に、俺は戸惑いを隠せないでいた。
もしかして俺、彼女の頭とか蹴り飛ばしちゃってたりする?
「では虎二君。先ずは君に謝りたい」
俺が心配を膨らませている間に、先輩がより心配になる事をし始めた。
俺に向かって、頭を下げたのだ。
これ…別人だろ?
「謝るって、何に対してですか?」
「上で会った時、口走ってしまっただろ?君が金でジュンの気を引こうとしていない事は、今なら分かる。君の真っ直ぐな蹴りと熱意を見れば、どれだけ本気で練習を重ねたかが分かる」
つまり、俺の演武で認めてくれたって事?どんだけあんた、戦闘狂なんだよ。
…いや、それが先輩なのかも。武を極めんとする彼女だから、人はなかなか変わらないと頑固になっていたし、拳で語れば全てを理解するのかも。
「ご理解頂けて、安心しました」
「ああ。だがもしジュンを泣かせるようなら、容赦せんぞ?」
「はいっ!ありがとうございます!」
俺がはっきりそう言うと、先輩は厳しく作った表情を崩し、小さく笑った。でもすぐに、悲しそうな顔をした。
「羨ましい」
そんな声が聞こえた気がしたが、先輩はすぐに「では」と言って立ち去ってしまった。
「兄さん。私達も帰りましょう。…虎兄さん?」
「あ、ああ」
俺は曖昧に頷いて、去っていったナツ先輩の後ろ姿を目で追う。
先輩。貴方を思う人も沢山いるんです。だから、早く目を覚まして下さい。




