65話~手合わせ、ですか?~
三方議員の誕生パーティーに出席したら、ナツ会長と鉢合わせてしまった。
どうして、ここに会長が?
いや、当たり前か。
俺は開いていた目を元に戻す。
この会は、地元の有力者を募って開かれたパーティー。四葉学園はかなり高額な私立であり、通っている生徒の中には権力者のお子さんが数多く在籍している。
俺みたいなボンボンとかね。
そしてこの会場は、その学園からも離れていないから、必然的に学園へ通う者も呼ばれる可能性は高い。
そう考え、いち早く立ち直った俺は、驚く会長に向かって頭を下げる。
「こんにちは、ナツ先輩。先日は京都案の承認を頂き、誠にありがとうございます」
「あっ、ああ…」
「おや?既に知り合いじゃったか」
お爺さんの問いに、俺は「はい」と大きく頷く。
「私も四葉の生徒でして、会長には日頃から良くして頂いております」
本当に、何時も世話になっている。
セイジを虐めていると、いきなり竹刀を突き付けられたり。問答無用で盗撮の疑いを掛けられたり。バスケで敵意を向けられたり…。
おっと。悪い思い出ばかりが浮かんでしまった。会長も、苦い顔をしているぞ。
いかんな。こんな事では、この目の前の達人に見破られてしまう。俺と会長の仲が余り宜しくない事を。
ここは…話題を変えよう!
「しかし、あまりに綺麗なお姿でしたので、ナツ先輩と気付くのに遅れてしまいました」
「なぁっ」
みるみる頬を赤らめていく会長。
あら?意外にも褒められ慣れていない?バスケの時も女子生徒から黄色い声援を受けてたと思うけど…。
まぁ、セイジがあんなだから、面と向かって言われ慣れていないのかもしれんな。
赤ら顔のナツ会長に、俺がニコリと微笑みかけると、彼女は慌てて視線を逸らす。そして、向こうも話題を変えてきた。
「何故、黒沢…君が、ここに居るのだ?普段は君の兄上が参加していたと思うが?」
おや。そんな事も知っているのね。
という事は、ナツ会長はこの手のパーティーに良く参加するのかも。我が家ではそれが兄であったが、万江村家ではそれをナツ会長が担っているのかも。
まぁ、見てくれはモデル並みだからな。パーティーに映えるのも頷ける。ただ、中身はかなりのじゃじゃ馬だけど…。
そんな事を考えながら、俺は愛想笑いをナツ会長に向ける。
「父に言われまして。兄の代わりに、私が参加する事となりました。きっと父は、私に見聞を広める様にと思われたのだと…」
「宿泊学習の予算を出す交換条件ですわ、ナツ生徒会長」
おいぃい!妹よ!
俺が恨めしく彼女に視線を向けると、舞花はそれを鼻で笑った。
「これ以上、お父様に花を持たせる必要はありませんよ?兄さん。もう十分に役割は果たしたでしょうし」
「いや、妹よ。周りの目という物があるだろう?」
三方議員に聞かれたらどうする?彼に直接聞かれずとも、誰か告げ口する奴がいるかもしれんだろ?
「嘘を言う方がどうかと思いますが?」
ぐっ。
まぁ、確かにそうだが…。
周囲を気にする俺の前で、舞花は笑い、ナツ会長は再び驚いた表情を浮かべる。
「なんと。簡単に予算が通ったのは、そう言うカラクリだったのか」
「ええ、はい。その通りです…」
仕方なく、俺は首を静かに落とす。
すると、ナツ会長の目が一層鋭くなった。
「何故そこまでして、京都に行きたいのだ?」
「それは、私が行きたいと思ったから…」
「式部先輩が行きたいと、兄に言ったからですわ」
うぉいい!舞花さん?ちょっと静かにしてくれませんかね?
「ジュンが、言ったから、だと?」
ほら、そんな正直に言うから、会長も困惑しちゃったじゃないか。
もう1人のじゃじゃ馬娘に困っていると、ナツ会長がグイッと近付いてきた。至近距離で、俺を見詰める。
小声で、囁いてくる。
「どういうつもりだ?」
彼女の鋭い視線が、俺を貫こうとする。
「今度はジュンを狙っているのか?去年はノゾミ君に迷惑を掛け、それがダメと見ると次の女と言う事か」
おいおい。この人には、そんな風に見えるのか?相変わらず、俺を敵視しているな。
「別に、誰でも良いと言う訳ではありません。俺はただ、ジュンさんが喜んでくれる事に全力なだけです」
「ふんっ。それが貴様の本心かは知らんが、教えてやる。ジュンはお前が思う程、軽い女では無い。金を積めば付いてくるなどと、安易に思わぬ事だ」
おお。そいつは嬉しい情報だ。会長から見ても、やはりジュンさんは素晴らしい女性みたいだ。
「ご忠告感謝致します。ナツ生徒会長」
「…くっ」
会長は何故か、悔しそうに奥歯を噛み、俺から顔を離す。そのまま「失礼致します」と言って去っていった。
なんだったのだろうか?
「孫と何かあるみたいだの、黒沢の」
去って行く先輩の背を見送っていると、お爺さんが興味深げに聞いてくる。
どう反応するか迷っていると、お爺さんが片頬を引き上げた。
「少々気難しい奴じゃが、あれは良い娘に育った。是非君には一度、手合わせ願いたいものだ」
「手合わせ、ですか?」
俺の疑問に、しかしお爺さんは答えない。そのまま、孫の背中を追いかけて行ってしまった。
あの人も、あの人で、食えないご老人だな。
「兄さん、兄さん」
嵐のような万江村一族が居なくなり、一息着いていると、舞花が必死に俺の背中を突く。
振り向いて彼女の視線を追うと、こちらへと近付いてくるご令嬢の姿が見えた。
…なんか、嫌な感じだな。随分と足取りが荒々しいし。
「ごきげんよう、黒沢さん。今日は龍一様のお姿が見えないようですけど?」
身構えていると、令嬢は俺達の前で止まり、そのまま舞花に向けて優雅なカーテシーを行った。
でも、その表情はあまり優雅じゃない。隠し切れない不満んと怒りの感情が、顔のあちこちに浮かんでいた。
「ごきげんよう。お久しぶりです、白月さん。龍一兄さんは今日、別の用事で来られませんわ」
「別の用事ですの?」
白月と呼ばれた少女は眉を大きく歪め、更に不機嫌になった事を表していた。
それに舞花は小さく頷き、俺を手で指す。
「ええ。そうです。彼の代わりに、次兄の虎二兄さんが来ております」
「えっ!?それが、あのブ……龍一様の弟君?」
ブタと言おうとしたのは聞き逃さなかったぞ?少女よ。
しかし、そうか。彼女は以前の俺を知っていると。そして龍一目当てで来たのに、その兄が来ない事で気分を害しているみたいだ。
そんなの、知らんけど。
勝手な少女の思惑に、俺は構わず頭を下げる。
「こんにちは、白月さん。こうして挨拶するのは初めてですね?龍一の弟の虎二と申します。どうぞお見知り置き下さい」
そう言って名刺を差し出すと、少女は大層驚いた顔をこちらに晒した。
うん。どうした?
「ちょっと、兄さん。未成年の彼女にまで、名刺を配る必要はないでしょ」
舞花が俺の袖を引っ張り、忠告してくる。
ああ、そう言う事で驚いていたのね。
だが、その考えは違うぞ?
「舞花よ。この方は白月社長のご令嬢であろう?であるなら、我々の競合相手であると同時に、立派な取引相手だ。困った時は、互いに手を取り合える事もあるだろう。こうして顔を繋ぐことが出来ればな」
「いえ、ですから、それは社長同士の話であって、私達みたいな女子には関係ないことでしょ?」
おいおい。舞花よ。
「関係ない筈がないだろう。女性だろうと、将来大成する可能性は十分にある。白月さんがお父さんと世代交代する可能性も大いにありえるのだ。勿論、君も例外ではないぞ?舞花」
「その話、龍一兄さんの前では絶対に出さないで下さい」
おおっと、舞花の目が怖い。こいつは本気で怒っている。
やはり長兄は、そこら辺に厳しいのか。ならば俺も、最大限に警戒しないとな。
「私が、お父様の跡を…」
反対に、白月さんの視線は幾分か優しくなっていた。
俺は大きく頷く。
「左様です。白月さん。ですから、もしもその時は是非とも、黒沢グループをよろしくお願い致します」
かなり無理を言っている自覚はある。白月は黒沢に負けない大企業。国内シェアで見ればうちよりも広範囲に手を広げている。
だから、三方議員に挨拶へ行った時、白月社長は俺を潰そうとしたんだろうし。
だが将来は分からん。日本で見れば競合でも、世界で見ればまだまだひよっ子な企業同士。今後、海外にも手を広げていくのなら、蟠りを捨てて共に手を取り合う必要も出てくるだろう。
そう言う時に、繋がりと言うのが大事なのだ。将来会社の中枢を担う可能性のある彼女と、今のうちに良好な関係を築ければかなり大きい。
「なるほど。そう言う事ですのね」
白月さんは納得したみたいで、表情を明るくして…。
「貴方、私を狙っていますのね?」
いや、全然理解してなかったよ、この子。
「困りますわ。私、婚約者がいますの」
おーい。どんだけお花畑なんだよ、あんたの脳みそ。
そもそも、婚約者居る状態で兄貴にちょっかい出そうとしてたのか。いつか、その婚約者に婚約破棄されるぞ?
「白月さん。私は何も、個人的な繋がりを欲している訳ではなくて…」
「ですが、私に目を付けた貴方の才に免じて、特別にアピールする事を許可いたしますわ」
自分の世界で話を進める白月さん。
でもその話、ちょっと興味があるな。アピールって、どう言う事だい?
「あちらをご覧下さい」
白月さんが手で指すのは、会を始める時に議員が挨拶していた舞台。そこでは今、タキシードを着たおっさんがロボットダンスを披露していた。
ダンス会場だ。招待状にもそんな時間を設けると書かれていたけれど、こうして団欒の余興として開かれる物だったみたいだ。
ただ、そのダンスを見ている観客よりも、周囲の人との挨拶を続けている人の方が多い印象。
今踊っている人が、それ程の権力者じゃないのかな?
「あそこで、私とダンス勝負を致しましょう。そうですわね…私との相性を見る為にも、ペアで踊りませんこと?こう見えても私、様々な踊りを納めておりましてよ?」
おいおい。ペアダンスって。
「それはいけません。婚約者がいらっしゃるのに」
ホントにこの娘は、そこら辺の貞操観念どうなってるの?これがお貴族様の常識なの?
「あら?随分と誠実な方でしたのね。でしたら、私はその婚約者と踊る事に致します」
…婚約者も来とるんかい。
もう、ツッコむのも疲れたわ。
俺が肩を落としている間にも、白月さんは三方議員達の所に突っ込んで、白月社長と何か会話をする。そして、彼らを率いてこちらへ戻ってきた。
「聞いたよ、虎二君。次は君達が出てくれるんだってね?ひっひっひ」
楽しそうに笑う議員に、俺は頭を下げる。
「飛び込みとなってしまい、申し訳ございません。三方様」
「いやいや、大歓迎だよ。おじさん達ばかりが舞台に上がっても、どうも盛り上がりに欠けるからね。君達若人が頑張ってくれると、盛り上がってくれるから助かるよ。ねぇ、白月社長」
「ええ。その通りですね」
ニコニコの議員に振られた白月社長は、しかし、仏頂面をこちらに向ける。
おいおい、白月嬢。お父さんになんて言ったんだい?




