99話~虎二くーん!~
「…つまり、何事もなく解決してしまったという事だな?ヘイジとか言う少年が失明しただけで」
「龍一様。ヘイジではなくセイジだそうです。それと、失明までは至っていないとの事です。弱視で、もうマトモな生活は送れない様ですが」
「そうか」
俺は運転手の言葉を聞き流す。どうでも良い事だからな。使えない道具がどんな末路を迎えようと、廃棄することに変わりはない。
「全く、使えないゴミが」
そう、ゴミの事はどうでもいい。それよりも、虎二にダメージを与えられなかったのが痛い。俺が思ったよりも早く事態を動かしたことは喜ばしい事だったが、結局は話し合いだけで解決してしまった。ゴミが自滅しただけで暴力事件にもならず、精々授業を数コマサボっただけ。
これでは弱い。せめて、誰かに手を出していれば、それを誇張して停学処分にも出来ただろうに。
今から捏造しようにも、ゴミが同級生を殴ったとかで、既に謹慎処分を受けてしまっている。これでは、後から虎二に罪を擦り付けるのは難しい。
「次の道具を探す他ないか」
最適の役者を見つけたと思ったが、仕方がない。いっそ、学園の外から見繕ってみるか?三日月か一陣学園から美女を送り、虎二を誘惑させてはどうだろうか?
「龍一様。到着致しました」
「ああ」
会社に着いたので、一旦考えは保留とする。
俺は夜の社内を闊歩する。まだいくつかの部署で明かりが付いているが、日中と比べると静かなもの。殆どの社員が帰っているのだろう。
俺も荷物を置いたら、とっととミサキの家にでも行ってやろうかと考えていると、執務室で父親の背中を見つけた。
ちっ。
「ただいま戻りました。お父様」
「遅かったな、龍一。まぁ、座れ」
窓の外を見ていた父が、振り返ってソファーを指さす。
…随分と険しい顔。嫌な予感がする。
そう思った俺の直感は、正しかった。
「さて、先ずお前に聞きたいのだが…学園の理事会を動かしたのはお前だな?」
有無を言わさぬ父の圧力に、俺は言葉を返せなかった。
すると、父はため息を吐きながら首を振った。
「全く、会社の不利益になるようなことをして、お前にはがっかりだ」
「なっ、ちが…」
がっかりと言う言葉に、俺はつい稚拙な返しをしてしまう。
それに、父は鋭い目を向けて来る。
「お前の考えは見え透いている。大方、虎二の台頭に焦ったのだろう。教師を操り、あいつの居場所を奪うつもりだったか?」
「違います!虎二の蛮行を止める為です!」
つい口を突いた言葉を、俺は上手いこと繋ぎながら語る。
虎二が教師に殴りかかろうとしていた事。同級生に対して、殺害を匂わす発言をしていた事。実際に暴力事件へと発展し、1人が失明したことなど。
多少誇張して話したから、より状況が酷く聞こえた筈。実際は何の問題にもなっていなかったが、まるで虎二が暴れた様に作り上げることが出来た。
出来たのだが、
「それがどうした?」
こちらを見る父の目は、更に冷たく鋭くなるだけだった。
「少年少女が集う学び舎で、多少の揉め事が起こるのは仕方がない。寧ろ、事件に発展させなかった虎二の手腕を褒めるべきだ」
「なっ!」
バカな。そんな所を褒めるのか?マイナスな事に変わりないのに。俺の失態と変わらないのに。
…ならば。
「ですがあいつは、恋愛ごとに現を抜かしています。しかも、相手はただのこむす…一般の少女です。なんら会社の利益にはなりません。あいつは私と違い、人脈を広げようとしていないのです!」
そうだ。俺は莫大な利益を引き出している。俺が付き合っている彼女達は有力会社の娘達だし、俺の婚約者は財閥の娘。こんなに貢献している奴は他に居ない。
その筈なのに、父はまた大きなため息を吐いた。
「その人脈だが、龍一。中院家との婚約の話は破談となった」
「…はぁ?」
突然のことで、俺は開いた口が塞がらなかった。
その間に、父が続ける。
「先方は大層お怒りだ。お前が娘に時間を割かぬからと、愛想を尽かしたそうだ」
「それは…仕事が忙しく…学業もあり…」
「愛人に割く時間はあるのにか?」
俺は一瞬、言葉を忘れた。だが、徐々に怒りが込み上げて来る。
気付くと、声を荒げていた。
「それは、貴方も一緒でしょう!愛人にばかりかまけておいて。母を、蔑ろにしておいて」
「ああ、そうだ。俺も一緒だ。だが虎二を見て、それは間違いだったと気付かされた。俺はただ芹花から…責任から逃げ回っていただけだとな。だから余計に分かる。今のお前が、間違っていると」
俺が、間違っただと?
「良いか?龍一。仮に虎二がこの会社に入らずとも、今のお前を社長に置く気はない。優秀な社員は他にも居るのだ。人の足ばかり引っ張るようでは、社員を率いることは到底出来ない」
「そっ、そんな。お父様…」
余りの暴言に、俺は震えた。
だが、父はもう俺を見ていなかった。憤然とした様子で立ち上がり、俺を置いて執務室を出てしまった。
1人残された俺は、不安で押し潰されそうになった。当然の様に歩いていた道が急に崩落したような気分で、心臓から嫌な音が響いている。
いつの間にか俺は、私用スマホを取り出していた。そして、指が勝手に電話を掛けていた。
俺からあいつらに掛けるのは、いつぶりだろうか?きっと、泣いて喜ぶだろう。
そう思って掛けた電話は、
『お掛けになった番号へは、お繋ぎ出来ません』
繋がらない。誰も電話に出ない。酷い奴は、着信拒否をしていた。
まさか…見限ったのか?この俺を?媚びるしか出来ない女の分際で?
「ふざけるな!」
俺はスマホを地面に叩きつけた。液晶が割れ、カラフルだった画面が一瞬で真っ暗になる。
真っ暗な画面が、まるで俺の心情を映している様に見えてしまった。
「何故、あいつばかり…」
思い出されるのは、式で見かけた虎二と少女の姿。何も持たない愚弟だが、あの時は良い表情を浮かべていた。
まるで、幼い頃を思い出させる笑顔。
俺も、あの時は同じように持っていたんだ。今は失くした、あの温かさを…。
「俺は、何処で間違えたんだ…?」
自問するが、答えは出ない。出て来るのは、幼いころの記憶ばかり。
俺はソファで独り、頭を抱え続ける。
〈◆〉
『え〜…であるからして、最近の夏は特に暑いので、熱中症には注意してですね…』
夏休み直前の本日。終業式という事で、教室のスピーカーから取り留めもない校長の演説が流れていた。
眠くないのに睡魔に襲われそうだったので、俺は「彼も異能の持ち主なのでは?」と、しょうもない考えを浮かべてしまう
そうして、何とか講話に耐えていると、校長の細々とした声が止み、代わってハキハキとした声が響く。
『生徒会長の万江村だ。諸君、生徒会は夏休み中にボランティア活動を行う。興味のある者はこの後、生徒会室に来てくれ。以上!』
「受験もあるのに、凄いっすね。会長」
後ろの席のヒデちゃんが、呆れた様に呟く。
確かに受験も大事だろうが、彼女にとってはボランティア活動も大事なことなのだ。相川先輩と一緒に居られる口実は、あの活動以外はなかなか作れないだろうから。
受験生で付き合うと言うのは、色々と大変みたいだ。
「そう言うヒデちゃんは、夏休みどうするんだ?」
「あっしは、その…おっ、温泉に…」
ほぉ。
この恥ずかしがり方からして、家族で行く訳ではないだろう。2人で温泉旅行とは、なかなかに攻めの姿勢。
もう草食系なんて、彼女に言わせるなよ?
「マモちゃんは?どうするんだ?」
「僕はねー。神社の手伝いするよー?」
「神社って…コハルちゃんの?」
「うん。あのねー。なんかねー、色んなところのお掃除しないとなんだってー」
ふむ。そうか。お掃除要員として呼ばれているのね。
だが一個上の、それも異性に態々手伝いを頼む以上、それなりに心を許しているとも言える。
あの事件以来、随分と仲良さそうだったしな。タイプも似ているから、ウマが合うのかも。
「そう言う虎二さんは、どうするんすか?」
「俺か?そうだな…」
ジュンさんとは、会う約束をちょいちょいしている。夏休みは膨大な宿題が課されているからね。2人で頑張ろうって約束はしていた。
しているが…俺もヒデちゃんみたいに、何かイベントを企画したいな。
よしっ。
「ちょっと、ジュンさんと話し合ってくるわ」
「流石は虎二さんっすね。会長以上に行動的っす」
ヒデちゃん達に手を振り、俺は廊下に出る。
そこで、壁に手を着いて歩く生徒を見かけた。
「上郷君!」
「…黒沢か」
彼は徐に振り返り向くも、俺の場所が分からない様子だった。
俺は彼に近付く。
「今から帰りかい?」
「…補習だよ。赤点3つも取ったからな」
ああ、そうだったな。
彼の為の勉強会も開かれなくなったから、自分で勉強しないと留年してしまう。
それが普通なのだが、今まで彼女達に頼り切りだった彼からしたら、大変だろう。
「そうか。頑張って」
「お前に言われなくても、分かってんだよ…」
セイジは弱弱しく呟いて、ズレ堕ちそうな濃い色の丸メガネをかけ直す。
弱視になった彼は、これを掛けないと何も見えないし、強い光に痛みを覚える様になった。なので、随分と窮屈そうだ。今も、俺に背中を見せて去って行く彼の後姿は、丸まって小さくなっていた。
可哀想に思ってしまうが、仕方がない。過ぎた力は必ず、代償を伴うものだから。努力せずに得た力など、所詮身を滅ぼす物でしかない。そんな物に頼ってはいけなかったんだ。
それを、彼は身をもって経験した。もう二度と、その力を使いはしないだろう。使えば今度こそ、僅かに残った光すら失うだろうから。
そんな風に考えていたからだろうか、急に俺の視界が奪われた。
次いで、背中に柔らかい2つの衝撃。
「だぁ~れだ?」
「ジュンさん」
イージー過ぎる。
「さっすが虎ちゃん。声だけで分かっちゃうなんて」
…実は、声よりもっと凄いヒントがあったんだけどね。
「丁度、君に会いたかったんだよ」
「え~?そうなの?じゃあ、帰りながらお話しよ?」
ジュンさんと並んで歩きながら、俺は夏休みの予定を立てる。水族館とかはどうだろうかと提案したら、ジュンさんは両手を合わせて謝って来た。
「ごめん、虎ちゃん。夏休みはお爺ちゃんの所で、農業を手伝わなくちゃいけなくなって」
「農業?」
「そう、そう」
なんでも、ジュンさんのお爺さんは農家を営んでいるのだが、つい最近ギックリ腰を再発してしまい、手伝いが必要になったのだとか。なので、近くに住んでいる親族の中でも、夏休みで手が空きやすいジュンさんに声が掛かったと言う事らしい。
「なるほど。それは俺も手伝うことは出来ないのかな?」
「えっ?良いの?」
「勿論さ。体力には自信があるからね」
俺が力こぶを作ると、ジュンさんが手を叩いて喜ぶ。
「ありがと、虎ちゃん。凄く嬉しい」
「俺も嬉しいよ。君と一緒に居られる口実が出来たんだから」
「も、もうっ。虎ちゃんの正直者」
ジュンさんがギュッと、腕に抱き着いて来る。
「それに、一緒に課題も出来るからね」
「うっ…」
抱き着いていた腕の力が萎える。
君も十分、正直者だな。
そうして2人で歩いていると、直ぐにロータリーに着く。黒塗りの高級車が、俺達の帰りを待っていた。
だが…。
「虎二くーん!」
その車の前で、何故かノゾミさんが手を大きく振っていた。
うん?
「どうしたんだ?ノゾミさん」
「どうしたって…今週末の事を相談しに来たのよ?」
今週末?
どういう事か分からず、俺は眉を寄せる。すると彼女は「またまた」と笑みを浮かべる。
「花火大会の約束をしたじゃない」
「えっ!?」
いや、それは覚えているよ。覚えているけど…。
「ノゾミさん。俺はジュンさんと付き合い始めたんだ。だから」
「でもそれって、私と約束した後の話だよね?ねぇ?ジュン」
「ノゾミ…あんた、まだ虎ちゃんの事…」
ジュンさんも押し黙ってしまい、ただ俺の手をギュッと握った。
それを見て、ノゾミさんは俺に大きく一歩近付いて来る。俺を、上目遣いで見上げて来る。
「だから、花火大会の約束は有効よ?」
可愛らしい笑顔。だが、その瞳は情熱的な光が鈍く輝いていた。彼女からは、俺を奪ってやろうと言う妖艶さを感じた。
これが、略奪愛者の末路なのだろうか?
俺は肩を落とし、青い空を見上げる。
熱い夏が、これから始まろうとしていた。
皆様。ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。
虎二君の苦難はまだまだ続きます…が。
「寧ろ、奪う立場から奪われる立場となった訳だ。だが…」
はい。我々の当初の目的である、この世界のバグは淘汰されました。
また新たなバグが発見されない以上、この世界を観測し続けるのは憚れます。
「新たな世界を観測するべきだな。次は…お前が行くか?イノセス」
えっ!?いや、まぁ、それは…。
あっ!ほら、何だか歪な世界が広がっていますよ。レポートを書かないといけませんね。
「ふんっ。また男女比が狂った世界だな。だがまぁ、随分と黒い感情も渦巻いている。これは、期待できる」
あなたも十分、黒いですよ。




