第10話 帝都は動く されども事態は進まない
たいへん遅れました!
第10話 帝都は動く されども事態は進まない
ウィルテラート大陸
帝都を日本が抑えてから幾ばくかの月日が経過しているこの日、ニグルンド帝国東部地方で1つの区切りを付こうとしていた。
それは東部の大貴族 ジークザン侯爵家を筆頭とした日本派のニグルンド貴族が皇帝に忠誠を誓う同地方の最後の皇帝派貴族家への大攻勢を仕掛けていたからだ。
ニグルンド帝国
東部地方 マンテゾーロ伯領
東部地方の有力貴族家として領を構えるマンテゾーロ伯爵とその一族。
領地には湖と川が通っており、それらの間に広がった平野は川によって流れた栄養を含んだ土砂によって形成された肥沃な地であり、そこから作られた作物はマンテゾーロ伯爵家の大部分の支出を支えていた。
そんな肥沃な農地の近くには領都があり、そこは伯爵として立派な都市と評価される大都市で人口2万5000人を有していた。
好条件の立地を領地に構えるマンテゾーロ伯爵家は地方貴族では恵まれた環境下に置かれていたと言えるであろう。
しかしながら、有力家であるマンテゾーロ伯爵家もあと数刻程でその家名は帝国貴族廃絶名簿に記載される事となるのだ。
同地方 マンテゾーロ伯領
領都マントロ
先日まで平穏な生活を送っていた領都マントロの市民達は閉鎖された都市で生き地獄を味わっていた。
領都を囲む石壁は既に各所で損傷しており、防壁に設置されていた大型バリスタや投石機も焼け落ちていた。
その防壁の上に立つマンテゾーロ伯爵の私兵である騎士や兵士達も、傷付いた防壁のように疲弊した姿を市民達に無惨に見せつけ、士気の低下を招いていた。
防壁に立つも疲弊し切った彼等が向ける視線の先には、この領都マントロ包囲する形で陣形を構える敵の大軍が瞳に映っていた。
防衛側であるマンテゾーロ伯爵側の戦力は私兵騎士200騎とその下につく兵士1500名がボロボロの領都マントロ防壁に貼り付いていた。
それに対して領都マントロを包囲する日本派貴族連合は同地方の有力貴族 ブァイリッヒ副伯爵以下、同副伯爵とその下に爵位を位置する助伯爵数家を主力とした他貴族が集結する私兵騎士800騎と兵士8000名という大所帯であった。
そこから更に北部地方で急激に勢力を拡大する事に成功したロイスムール騎士団2000騎までもがマントロ近郊に展開していた。
数ヶ月にも及ぶ日本派と皇帝派との内乱、そして日和を決め込んでいた中立派は方面隊が実施した戦闘機による威圧飛行によって大半が日本派へと鞍替えしたことによって皇帝派は1つ、また1つと潰れていき、遂にマンテゾーロ伯爵が東部地方の皇帝派貴族として最後に残った家となってしまった。
皇帝派にとって頼みの綱であった皇帝率いる皇宮貴族等も遷都によって支援は完全に途絶え、各個撃破されていた。
マンテゾーロ伯爵家も一連の戦闘で領地内の殆どの村や町が占領され遂には最後に残ったこの領都だけが東部の皇帝派勢力圏となっていた。
そんな領都マントロも連日の攻城戦によって上記の状態となっており、市内も肥沃な農地から送られていた農作物等の配送が途絶えてから久しく、市民の多くが飢えに苦しんでいた。
防壁の内側からは先日の攻城戦による投石類で倒壊した家々や公共施設が未だに燃えており、市内の各所から黒煙が天高くまで立ち上っていた。
その一方で圧倒的な兵力差で包囲を敷く日本派貴族連合は既に勝利を前にした者達特有の緩んだ空気が陣形内で蔓延していた。
この包囲陣を敷く日本派貴族連合の主軸を担うブァイリッヒ副伯爵は悠然とした態度でかつての上位者であったマンテゾーロ伯爵の領都マントロ中心部に聳え立つ領城を見上げる。
東部地方の有力貴族の下に付くブァイリッヒ副伯爵にとって、自分達が包囲している都市は非常に魅力的な都市だ。
豊かな自然に恵まれ、良質な飲み水と豊富な資源を付近に併せ持ったこの地は周囲に痩せた土地を統治する彼等には垂涎ものと言えるだろう。
だが、彼が統治する領都よりも倍近くの民をその都市に入れる巨大都市も今や虫の息だ。彼は今後の日本派による完全なる平定を終えた後の報奨授与の暁には是非ともこの領都マントロを手に入れたいと野心を燃やした。
ブァイリッヒ副伯爵が攻城戦に当たって指揮可能な兵力は9000名程度だ。更に近郊で活動する友軍も合流すれば10000は優に越える。
それに対して防衛側であるマンテゾーロ伯爵は1700名に過ぎない。それもその大半はこれ迄の幾度にも及ぶ会戦や攻城戦で疲弊し切っている。
そして城攻めに必要な戦力差である3対1を大きく越えた約6対1という陣容だ。
勝利は確定。問題は勝利内容にある。そうブァイリッヒ副伯爵は思考に走った。
この大陸での都市占領では領都の心臓部である領城の占拠をした者が最大の功績者になるのが戦に知識のある者達での常識だ。
そして同時に領都を統治する権力者とその一族の身柄確保も成功すればこの場の最大の功績者は満場一致で決定するだろう。
それらを思い返したブァイリッヒ副伯爵は傍らに控えていた家臣である指揮官階級の騎士を呼び寄せて指示した。
「明後三日に総攻撃を行う。お前は秘密裏に我が配下の隊を割いて周辺の監視をするのだ。
領都陥落の混乱を突いて必ずや脱出する者がいる筈。」
その者達を生け捕りにするのだ。ブァイリッヒ副伯爵は最後に小声で指示するとそれを受け取った騎士は黙って頷いて下がった。
「ふふふふ……東部地方に覇を唱えるのは何もジークザン卿だけでは無いぞよ。」
東部地方の新たなる有力貴族 ブァイリッヒ副伯爵はそう静かに、だが興奮も冷めぬ様子で包囲された領都マントロを見下ろした。
その数日後、マンテゾーロ伯爵領 領都マントロは炎に包まれていた。
マントロ中心部に建てられた領城は燃え盛り、その周囲に軒並み立つ並んでいた住宅地も多くが燃えており、領都の防衛を突破した包囲軍からの苛烈な略奪にあっていた。
マントロの民達はニホン派貴族軍の兵士等から暴行を受け、住みかである家々は金目の物は全て持ち運ばされ、共同資産の倉庫がある教会は騎士達が押収していき、敵の首魁であるマンテゾーロ伯爵は首を斬られ、燃え盛る領城の門前にて掲げられた。
正しくこの世の地獄であり、帝国領土内で最後まで皇帝派を固持していた貴族の末路がここでも行われていた。
そんな光景を領都マントロ近郊で満足そうに見つめる集団がいた。
それはニグルンド方面隊 第2戦闘団 特索班であるユムル2等陸曹が率いるダークエルフであった。
彼等は阿鼻叫喚が相応しい敵の領都マントロを前に気分が高揚していた。
「はっはっは!!良いぞ!もっと燃えろ!良い気味だぜ!クソッタレの人間共!」
ユムル2等陸曹は両手を上げてそう天高らかに叫んだ。背後に控える部下達も同じように歓声の声を上げていた。
先日のロズ1等陸尉に露見されるという失態を犯した彼等、だが今の心情は彼等にとってこれ以上無い程に頗る機嫌が良かった。
ユムル2等陸曹が率いる特索班、彼等は東部地方最後に残った皇帝派貴族に息の根を止める為に派遣されておりつい数時間前、領都正門に侵入して門を開城させたのだ。
圧倒的な戦力差が開いた現状で、門が開かれればその後の展開は明らかだ。
予定よりも長期間の包囲戦を強いられていた兵士達はその鬱憤を晴らそうと領都マントロを火の海にした。
戦闘団本部からは現地勢力者等の略奪行為を出来る範囲で抑制するよう指示は受けていたが、ユムル2等陸曹達にその動きをする様子は無かった。
それも当然である。この世界にとって勝利後の略奪行為は正統な権利だ。規模に大小こそあれどもそれも阻害するというのは余程の名君でない限りは自身の足場を崩すというものだ。
「まぁ上もそれは理解しているようだがな。」
戦闘団本部に勤務する幹部自衛官からはあくまでも問題にならない範囲で構わないという言付けを貰っていた。日本人もそのことは理解していたようで、形式上に過ぎないのだろう。国内への最低限の説明さえ出来れば良いと。
「国家の非常事態だというのに呑気なものだな。」
自衛隊、正確に言えば政府は国民への正統性説明に苦心している事を把握していたユムル2等陸曹は僅かに呆れた様子で言い捨てた。
後頭部を搔いて頭を悩ますユムル2等陸曹、そんな彼の背後から付近の監視に回っていた部下が近付いて耳打ちをする。
「ユムル2等陸曹。東の湖付近で怪しげな集団を発見しました。」
それを聞いたユムル2等陸曹はニタリと口許を大きく崩して笑みを見せた。
東の湖。地図で見ればここ領都のほぼ間隣に記載される程の近さだ。そこからこのタイミングで集団が発見されたというのは確定に近い確率で炎に包まれているこのマントロからの逃亡者であろう。
「やはり逃げ道があったか。」
直近の調査で領都マントロには付近の川や湖に通じる秘密の隠し通路の存在が示唆されていたのをユムル2等陸曹は思い返す。
彼の笑みが正面で燃え上がる領都マントロによって照らされる。
「特索班、出動だ!マンテゾーロ伯爵一族、得に継承権のある奴は生け捕りにしろ!」
敵対する有力者又はそれに準ずる者の確保、それが本来ユムル2等陸曹等に与えられた別の任務であり、彼等が罰則を軽減させるのに必要な事でもあった。
彼等は懐の自動拳銃に装填したユムル2等陸曹は半長靴を地面に踏み絞めると同時に走る。
燃え上がる領都マントロから逸れて夜の闇夜に紛れるようにしたダークエルフ部隊は未だに略奪行為にふける友軍等を他所に動いた。
場所を東へ数kmほど進んだ先。
水気で足場の悪い湖の畔を歩く集団がいた。全員が外套で身体を隠すように覆い、集団の外側と先頭を歩く何人かはその腰に剣を下げて周囲を警戒していた。
そんな集団の中心部、最も守りの固い場所で歩いていた1人が背後を振り返り、その先の光景を目の当たりにして力無く呟いた。
「あぁ、私達の街が……」
口元を手で覆い涙を流すのはマンテゾーロ伯爵夫人だった。彼女が見たのは隠し通路の大元である領城と領都マントロの各所で燃え上がる黒煙と真っ赤な光で付近の地形を照らした光景であった。
「夫人、お急ぎ下さい。敵も直にこの周辺に捜索の手を広げるでしょう。」
護衛騎士が夫人の腕を掴んで言う。周囲も彼女の侍女達が支えるように動く。
そんな彼女等を横に同伯爵の一族にしてその長女であるエレノア・ウィリズム・マンテゾーロ令嬢も母と同じように燃え上がり続ける己の生まれ故郷を絶望的な表情で見つめていた。
平時の平和な時勢の頃は艶と光沢があり持ち主の若々しさを証明させた金髪の長髪も、この乱世では心労による影響でボサボサになり、この逃亡で土汚れも目立っており、かつての貴族令嬢に相応しき優雅さを喪いつつあった。
しかしそれで尚も周辺貴族の青年達から手紙や園遊会の招待が引っ切り無しに舞い居る程には整ったその美しき容姿は損なわれていなかった。
だがその見栄麗しき容姿も身分を隠すために外套のフードで顔を深く覆い隠していた。
そのフードの境目からエレノア令嬢は戦々恐々とした瞳でかつての住まいである領城を見る。そこに当主であり父親でもあるマンテゾーロ伯爵が残っていると知って。
領都の正門が破られた時、報告を受けた父は真っ先に家族を水路に通じる地下へと向かわせた。最後に父の姿を見たのは苦渋の決断で顔を堅くした姿であった。
あの時、父と行動を共にしたのは武装した家臣と私兵騎士の数十人だけだった。そして一族で脱出に成功したのは娘であるエレノアと母のマンテゾーロ伯爵夫人の2人だけであった。
相手は1万を越えた大軍。今頃どうなっているのかは争い事に無関係であった彼女でも完全に理解出来ていた。
憎い。私達を地獄に墜とした裏切り者とニホンが心底憎い。
エレノアは心の中で呪詛の様に唱え続けた。それに何の魔法的効力を発する訳が無いのは分かっている。それでも止められなかった。
平和だった彼女の生活を無情にも奪ったニホンと裏切り者にエレノアの身体から溢れ出る怨念。だが、それもこれから訪れる過酷な逃避行を前にして落ち着きを取り戻すと、今度は険しい道のりに大きな疲労が彼女を襲う。
感情の無くなった彼女は傍に追従する護衛騎士等の助けを借りながら先を歩く。
エレノア達が目指す先は、未だ帝国中心部の一部地域で抵抗する皇帝派皇宮貴族の領地だ。しかしその道程は過酷で遠い。
最低でも数十バレクの距離を徒歩で歩き、周辺は完全なニホン派の勢力圏だ。無事に到達出来る可能性は限りなく低いだろう。
それでも彼女達にそれ以外の道は無い。少なくとも東部地方で彼女達を助ける存在はいなくなってしまったのだから。
「さぁ夫人、そちらの荷物を持ちますので先を急ぎましょう……」
そんな状況で尚も母であるマンテゾーロ伯爵夫人は悲しみと足を止めるが、側の護衛騎士が何とか鼓舞して歩みを再開させた。
周囲の使用人は安全地帯までの避難に必要な荷物を持ち、護衛騎士は警戒をしながら歩いていく。
数バレク程歩いた頃、彼女達の疲労も限界に差し掛かった所で護衛騎士の隊長が一向を振り返って言う。
「この先に川があります!そこまで歩いたら今日はそこで1泊しましょう。」
その言葉に限界に近付いていた彼女達の表情が僅かに明るくなる。貴族生活に慣れていたエレノアや夫人、その侍従達にはこの行軍は耐えられるものでは無かった。
あと少しで休める。女性陣の多いこの一向に一筋の希望が見えた瞬間、外周を囲むように歩いていた護衛騎士の1人が断末魔を上げたと同時に倒れた。
「がっ!?」
「っ!敵襲!奥方等を守れ!」
「きゃあ!!」
突然の断末魔に侍女等を含んだ女性達の叫び声と護衛騎士の怒号が飛び交う。
腰に下げた剣を抜いてエレノア達を守るように展開する護衛騎士達。
「ぐっ!!」
しかしながらそんな彼等を嘲笑うかのように次々と騎士達は身体に矢を突き刺されながら倒れていった。
ある程度の矢が降り終わると付近の茂みから数十人の敵兵士が現れた。彼等は雄叫びを挙げながら突進してくる。
統一された剣と装備を纏う敵襲を前に護衛騎士達はニホン派貴族が周囲に監視させた1隊だと悟ると同時にエレノア達を守る為に防御陣形を取る。
襲撃側は民兵主体の様だが、その中に混じるようにして正規訓練を受けた騎士も見えた。数にして50人程度。
これに対してマンテゾーロ伯爵側は兵士は居らず、護衛騎士の15名しか居なかった。更に彼等は護衛対象であるエレノアと夫人だけでなく非戦闘員である侍女達も守らなければならない。
咄嗟に前衛に6名の護衛騎士が外套の内側から剣を抜いて構える。それに呼応して雄叫びを挙げながら突進してきた兵士が殺到し、互いに衝突した。
厳しい訓練を受けた護衛騎士達は最初の剣裁きで数名の兵士を討ち取る事に成功する。続いて続々と迫ってくる兵士達に剣先を変えて冷静に対処していった。
しかし彼等も愚かでは無い。1名の騎士に対して数人掛かりで囲み、あらゆる方向から迫ってくる武器を必死に対応している護衛騎士の隙を突いて襲撃側の騎士が的確に攻撃をしてきた。
そんな不利な状況で護衛騎士達は1人、また1人と倒れていく。その中に混じるように非戦闘員である筈の侍女達もが兵士達の剣によって倒れていった。
「きゃああ!」「命だけはお助けを!お願いします!」
「はしれ!散らばって逃げるんだ!」
後衛側に残る護衛騎士達も彼女等を守る余裕はなく、ひたすらエレノアと夫人の2人を囲むようにして戦うだけで精一杯であった。
やがて全員の侍女が倒れ、最後に残った護衛騎士までもが全身に兵士達の剣先を付かれて血を流して倒れると敵はエレノアと夫人を囲んだ。
「ひっ……」
エレノアと夫人は互いに身を寄せ合って恐怖で身体が壊れる程に小刻みに震わす。それを囲んでいた敵が嗤う。
「コイツ等がマンテゾーロ伯爵一族の娘と妻だな?」
「えぇ。間違いありません。」
敵側騎士の1人が隣に立つ小汚ない男と会話をする。話によれば裏切り者が居たようだ。騎士は男の言葉を聞いて懐から小さな通貨袋を取り出して男に手渡した。受け取った男はそれを何度か宙に軽く投げてその感触を前に意地の悪い笑みを浮かべた。
「へっへっへ。どうもありがとうございやす。」
小汚ない男はそういってそそくさと消えていった。端た金の為に裏切られたという事実にエレノアは心の底から深い絶望を味わった。
「私達から離れなさい!このような狼藉を……皇帝陛下の臣下たるマンテゾーロ伯爵家に行った不当な行為は決して皇帝陛下が御許しにならんだろう!」
絶望に打ちひしがれるエレノアの隣で怯えてはいるものの、それでも包囲する目の前の襲撃者達にそう口火を切る母の姿が見えた。
しかしそんな母の言葉に囲んでいた襲撃者達は呆けたような表情と一呼吸の沈黙のあと、呆れたように溜め息を吐いてから答えた。
「はっ……この期に及んで能天気なものだ。もう皇帝が支配する時代は終わったのだ。
今後、この国はニホンが支配する。そしてニホン派に加わった我等が主がお前達に取って変わってお前達の領地を治めるのだ。さっさとニホン派に鞍替えすれば良いものを……」
騎士はそう言い終えると周囲の兵士達が大声で嗤った。その反応に夫人は怒りを含んだ様子を見せる。
「無礼な……!ニグルンド人として簡単に皇帝陛下への忠義を棄てる行為がどれだけ罪深い業か分からんのか!
お、お前達はその天命が尽きた時、必ずや地獄の底に墜ちるであろう!」
エレノアは母の怒りに染まった顔と表情に狼狽えながらも、彼等の反感を買う行動をとる母を前に更に怯えていく。
しかしながら反感を恐れるエレノアとは裏腹に敵騎士は面倒臭そうにするだけで、囲んでいた兵士達に連行するよう指示をすると撤収準備を始めた。
指示を受けた兵士達は荒々しくエレノアと夫人の2人を縄で縛り上げる。それに2人は懸命に抗うため兵士達は両腕を掴んで無理矢理にでも歩かせた。
そんな彼等を背景にこの隊の指揮を勤める騎士の元へ周辺偵察に出ていた部下が颯爽と現れて報告をした。
「隊長。西から何者かの隊が接近しております。」
「うん?……閣下が寄越した別の隊じゃないのか?」
隊長は怪奇気味に首を傾ける。自身の主であるブァイリッヒ副伯爵が幾つかの隊をこの周辺に展開させたのを把握している故の発言だが、部下は首を横に降った。
「いいえ。確認した方向にはどの隊も配置されていない所なのです。」
その言葉を聞いた隊長は暫し悩んだあと、背後の部下へ振り替えって確認に向かわせた。
戦闘体制は取らなかった。彼の脳裏には主であるブァイリッヒ副伯爵から1つの連絡を受けていたのだ。
曰く、ニホンはダークエルフによる密偵組織を創設した。彼等は自身に組み付した者の功績調査を行っているため彼等との敵対行為は絶対厳禁だ。
そうブァイリッヒ副伯爵から何度も念押しされた経緯があるため、彼は一先ず接触してからその後のことを考えることとした。
上手く行けばダークエルフ経由でニホンに自身等の功績を証明する事ができるかもなのだ。
そんな思惑を抱いた隊長は生け捕りにした貴族令嬢と夫人を座らせて待機する。
その1刻後、転がっていた死体の処理で時間を潰していた彼等のもとへ、報告に聞いた集団が到着した。
ユムル2等陸曹は困惑している。その理由は目の前に広がる光景が物語っていた。
「どういうことだ?何があった?」
そう疑問を言葉にしたユムル2等陸曹の眼下には騎士と兵士と思われる死体の山が転がっていた。
彼の足元には騎士隊長とされる装飾を付けた騎士が倒れており、部下が検死するには、対面で剣のような鋭利なもので首を切られて絶命したらしい。
「駄目です。貴族らしき死体はありません。どれも兵士や使用人だらけです。」
「もっと探せ。近くで隠れてるかも知れん!」
周囲に転がる全ての死体を1つ1つ確認していた部下が言う。端には整列された死体があることから、2つの勢力が争い終わり、勝利した側が戦闘処理をしていたところを襲撃を受けたようだ。
「ユムル2等陸曹。騎士らしき死体を確認したところ、マンテゾーロ伯爵とブァイリッヒ副伯爵の紋章がそれぞれ記載されていました。
やはりここでマンテゾーロ伯爵一族の生き残りがいたのは間違いないようです。
恐らくは第3者が連れていったかと……」
部下の報告にユムル2等陸曹は困った様子で頭を掻きむしった。
「くそ。一体どこの誰がやりやがった?」
俺達以外にも何者かが付近に潜り込んでいた。それも偵察活動を得意とする自分達に気付かれずにだ。
「連中の追跡は可能か?」
「付近に多数の足跡を見つけましたが、途中で途絶えました。それ以外の痕跡も見つかっておりません。」
お手上げだと言わんばかりに顔を俯けて報告をする部下にユムル2等陸曹は苛立ちを隠すため荒々しく近くを歩き回り思考に頭を回す
「くそっ!もう俺達単独では無理か。」
虚空に腕を振り払い、何周か回りをグルグルと歩いたユムル2等陸曹は部下に指示を出した。
「すぐに後方の中隊本部に連絡をとれ。偵察ドローンでも航空機でも良いから周辺を捜索するんだ!
職を失いたく無ければさっさと動け!」
ここで少しでも手柄を立てなければ帝都帰還後に待っているロズ1等陸尉との面談という名の査問で不利になると考えた彼に、部下も蹴落とされたように慌てて動き始めた。
ユムル2等陸曹が率いる特索班はその後、中隊本部にことの顛末を報告した。しかしながら中隊本部はそれ以上の捜索は打ち切り、速やかなる撤収の判断をした。
当初、この判断にユムル2等陸曹は食い下がったが結局、渋々ながら命令を受け入れた。
彼等が撤収を終えて日本派貴族連合軍本陣から近くに設置された自衛隊 中隊本部との合流を果たした頃、夜も明けて朝日の陽光が大地に差し掛かっていた。その時には陥落した領都マントロでは粗方の略奪行為や残敵処理が終わったようで防壁付近にある開けた場所で大量の遺体が並べられていた。
主にマンテゾーロ伯爵側の兵士や民間人の死体が大半で勝利者である日本派貴族の兵士達は通行の邪魔となったこれらの死体を片付けていたのである。
倒壊した住宅に黒煙が立ち登る傍で並ぶ死体の地。そんな場所を静かに見つめるニグルンド方面隊 派遣部隊の中隊指揮官がいた。
帝国各地に点在する日本派貴族の支援及び同行の管理をするために派遣された部隊であり、指揮官であるこの男 佐藤3等陸尉はこれまでに幾度もの同じ光景を見ていた。
「……」
彼は淡々と並べられた死体の列を無言で歩き続ける。その表情に感情はなく、今も無条理に増えていく死体の列に視線を固定させていた。
何も語ること無く無情に歩き続けていた彼の元に、数人の男性が歩み寄ってき、彼は初めて視線を動かした。
彼が視界に収めた数人の男性達は彼も見覚えのある者達だった。日本派貴族連合軍の貴族達であった。
佐藤3等陸尉と視線が合わさった彼等はにこやかな表情で語り掛けた。
「こちらにお出ででしたか、サトウ殿。いやはや、本来ならば我等手の者に案内を付けるところを御一人にさせてしまい申し訳ありませぬ。」
そんな彼等の先頭に立つ壮年の男性、佐藤3等陸尉の記憶が正しければこの貴族連合軍の大将格に座るブァイリッヒ副伯爵であった筈だ。
彼は各部に高価な装飾を付けた貴族服の襟を正して友好的な表情で佐藤に話しかける。それに対して佐藤は出来る限り大陸の礼節に乗っ取った挨拶で返した。
ブァイリッヒ副伯爵は1通りの挨拶を終えると彼は佐藤に向けて自身の功績アピールを行った。
背後の他貴族等も周辺に広がる惨状が見えていないかのように平穏で穏和な表情と共に今回の敵領都の占領功績を声高らかに触れていった。
彼等の行動は多くが共通しているが特に似通っているのは、にこやかな表情であるがその瞳は非常に強い視線で熱心に自分達の功績を伝えようと必死であった点であろう。
彼等は口々に敵であるマンテゾーロ伯爵が如何に愚かなのかを語り、逆に日本側である自分達の忠義深さ、その価値をアピールするように佐藤へ語りかけた。
「……であるため我々は今後もニホンへの忠誠を誓いまする。是非とも帝都の長官閣下へも我等の忠義をお伝え頂きたく。」
やがてある程度のアピールを終えて満足した表情で語り終えた彼等に、佐藤は慣れた様子で返答した。
「勿論ですとも。ともあれ、皆様のお陰で東部地方は安定しました。貴方達の多大な功績とそれに伴う恩恵はしかと帝都にも日本本土にも伝わることでしょう。
なにぶん他地域の平定もあるため報奨に付きましてもう少しの期間お待ち頂ければ幸いです。東部地方最後の反乱地を制圧したのです。吉報をお待ちください。」
「おぉ、左様ですか!我等はいつまでもお待ちしておりますぞ。
今後も力が必要な際はどうか我等にお任せいただきたい。いつでも手勢を率いて馳せ参じますゆえ!」
佐藤の言葉にブァイリッヒ副伯爵等は顔を崩すと続けて更なる協力を惜しまない事を言って離れた。
再び1人だけの空虚な空間ーー死体だらけであるがーーになった佐藤はここ最近頻繁に目にした苛烈極まりない光景が脳裏にフラッシュバックしてしまい、大きな溜め息を吐いた。
おびただしい殺し合いと非戦闘員に対する虐殺行為、それらがかつての地球においても同じ事、現代の地球でも限りなく近い行為が行われていると再認識し、佐藤の心境は暗いものとなる。
「何はともあれ、これで東部地方は安定した……で良いんだよな?」
誰も答えない場所で1人問う佐藤。彼はそこで暫く深刻な表情で考え込み、何かのヒントでも無いかと思って空を仰いだ。
彼が見た空は太陽も見えたが周囲の厚い雲が囲んでおりその全容を見せずにいた。あの様子では近いうちに雨模様となるだろう。それはまるで答えが見つからず、気分の晴れない彼の心境を表しているかのようであった。
結局、満足のいく答えに辿り着かないまま撤収の時間を向かえた為、彼は領都外れにある中隊本部へと帰路を急いだ。
マンテゾーロ伯爵領の領都マントロから西南方向に通じる街道を暫く進んだ先に1つの小さな宿場町があった。
ここも上記の伯爵と同じく元は皇帝派であったが日本派貴族が同地を治めていた男爵が討たれたため自動的に日本派貴族となった町である。
300にも満たない村とも呼べる程度の町で唯一の宿であり、この町最大の外貨獲得手段でもあった建物で元伯爵令嬢 エレノアは目を覚ました。
「……ここは?」
「目が覚めたか。」
頬を土で汚れたままで寝台で横になっていた彼女はゆっくりと周囲を見回すと1人の武装した男性が椅子に座ってこちらを静かに見ていた。
平均的な帝国人の顔立ち具合だが、エレノアは彼を知らない。少なくとも伯爵家に使える使用人では無さそうだ。
男は手に持っていた洋杯を備え付けの机に置くと困惑しているエレノアに説明をした。
「ここはミーグ男爵領の町だ。君も知ってる通りに元は皇帝陛下に忠義を通していたが……今となってはニホン派の連中が幅を効かしている。」
だから騒ぐな。そう男は淡々と説明し終えると再び洋杯を持って中身の林檎酒を口にした。その間に彼女は大事な事を思い出して慌てて質問をした。
「……は、母上は!……っ!」
そんな彼女の質問に男は無言で人差し指を口の前に掲げた。
静かにしろ。その無言の合図を目にした彼女は口を閉じて何度も頷いた。それを見た男は再び淡々と答えた。
「安定しなさい。マンテゾーロ伯爵夫人は我々の仲間が丁重に南部へと連れていった。」
「……なら、なぜ私はここに?」
エレノアの最もな質問に男は何も語ること無く無言で外の景色が見える窓辺へと顔を向けた。それに釣られて彼女も寝台横にある窓辺に顔を向けた。
窓辺からはこの建物の横にある広場が見えており、そこで大人数の町の人々が歩いていた。そしてその中に混じるようにして武装した兵士達が我が物顔で闊歩していた。
「……彼等は?」
エレノアの質問に男はすぐに答えた。
「ニホン派貴族の送り込んだ私兵達だ。連中は占領した地域の至る所で残党狩りを行っている。そして同時に君のような皇帝派貴族の生き残りを探しているんだ。」
男が説明し終えたと同時に窓辺から見下ろしていたニホン派の私兵達が通り過ぎた露店へと戻ると怒号を挙げて店を荒らし始めた。
「っ!……」
「身辺調査とは名ばかりの強奪さ。この町だけじゃない。ニホン派が占領した場所ではごく一般的な日常に変わりつつある。」
ニホン派私兵達の横暴な行為を見て絶句したエレノアを他所に男は説明した。
「君と母君を一緒に連れていくのは容易では無い。だから別々のルートで移動して貰う。最悪の場合見つかった時でも片方が逃げれるようにね。」
「あ、貴方は一体……」
「私は……いや、我々はニホンに寝返られて無念にも討ち死に成された主君を持つ者達の集まりだ。一応だが西方へ遷都された皇帝陛下と志を共にする貴族や有力者等からも支援頂いている身でもある。」
「皇帝陛下が!誠ですか!?他にも貴方達の仲間がいるのですね!」
男の言葉にエレノアは身を乗り出して問う。それに男は再び静かにしろというジェスチャーをしたので彼女は慌てて口を手で抑えた。
「……小規模であるが我々は占領された各地に潜んでいる。この町もその内の1つだ。他にも幾つかの組織に別れて反撃の時を伺っている。
そして我々の組織はこの地で最後まで懸命に抵抗していた君達マンテゾーロ伯爵家を救わんと近くまで来ていたのだがね……結果は君の知る通りさ。」
男はそこで初めて明確に悔しそうな表情をした。それにエレノア自身も記憶を思い起こして表情を暗くする。
「……私達の領地は……父はどうなりましたか?」
「……先日まで君がいたマントロは陥落してから2日が経過している。
昨日まで付近にいた仲間からの報告では……残念だが父君、マンテゾーロ伯爵閣下の御首が城門に吊るされていたのを確認した。これで事実上、東部地方は完全にニホン派が制圧したことになった。」
「そんな……っ!」
覚悟していたエレノアであったが、それでも彼女の心をズタボロに引き裂く内容に彼女は抑えきれない感情が内側から押し寄せ、寝台に顔を埋める。
「君の気持ちは分かるが、悲しんでいる時間は無い。ここにもニホン派の手が来るのも時間の問題だろう。速やかに準備をしなさい。我々が責任を持って南部の安全地帯まで送る。
ニホン派に寝返った卑怯者共に君の身柄は引き渡せない。」
男はそう言うと部屋の端にかけてあった鞘に収まった剣を掴んで肩に背負う。同時に部屋の扉が開かれ数人の外套を着込んだ男性が入った。
男の仲間なのだろう。彼等はエレノアが目覚めているのを確認すると静かに頷き合って男に声をかけた。
「準備が出来たぞ。いつでも出立できる。」
仲間の言葉に男も頷くとエレノアに声をかける。
「……整理が追い付かないと思うが時間が惜しい。外へ出よう。道中までは徒歩だが次の町にいけば仲間の手配した馬が……」
「貴方達に入れて下さい。」
「……なに?」
エレノアの発言に男は怪奇気味に顔を傾けて聞き返した。それに彼女は埋めていた顔をあげて決心したように男を見つめる。
「私も仲間に入れて下さいと申しました。
父を……全てを奪った連中にこの手で復讐したいのです。」
エレノアの覚悟に満ちた表情と言葉に男達は黙り込む。
「……その気持ちは痛いほど理解できる。だが、君は貴族……それも令嬢だ。とてもこの先に待ち受ける過酷な状況には耐えられまい……そもそもの話として君は戦力として」
「訓練します。戦うためならば何でもします。」
「なに?」
エレノアの回答に男は目を丸くした。すると背後にいた仲間が耳打ちをする。
「仲間からの連絡では彼女以外にも他貴族の子女が参加を申し出ているらしい。
それにマンテゾーロ伯爵は皇室近衛騎士隊の名誉近衛隊長の称号を下寵されてた筈だ。剣の才能は受け継がれている可能性も……」
「いや、しかしだからといって彼女を……」
「おい。その話は後にしないか?」
両者が話し込んでいたところを別の男が遮る。彼も尤もだと理解しエレノアへと向き直る。
「詳しい話は道中でしよう。一先ずはこの町から脱出するぞ。」
男の言葉にエレノアは静かに頷くと寝台から立ち上がる。すると男の仲間が外套を彼女に手渡した。
「その着物では目立ちます。一先ずですが外套で隠しましょう。向こうの町で別の服を用意させています。」
「分かりました。」
仲間の言葉にエレノアは同意する。そして男達は彼女を囲むように動きを組んで部屋を出た。
建物を出た一向は今も広場で好き勝手に暴れるニホン派私兵達を背景に町へと出る道を急いだ。
そんな一向の中心を歩く彼女 エレノアは深く被った外套越しから、広場の露店商に暴行を加えるニホン派私兵に対して強い視線を向けて静かに呟いた。
「私達の全てを奪った罪は必ず償わせて見せるわ……」
1人の貴族令嬢が姿を見ぬ日本への復讐を堅く誓ったと同時期、視点を帝都へと移す。
ニグルンド帝国 暫定政権
帝都 帝城ニグール
帝城で最も豪華な空間と呼ばれている場所、複数設置された皇帝の執務室でも特に平時で使用されてきた第1執務室にて暫定ニグルンド政権の重鎮達が集っていた。
その中で最も高貴な位につき、この暫定ニグルンド政権の頂点に君臨する皇族 ブレイトン皇甥は席から立ち上がって帝都を一望出来る巨大な窓へと視線を向けて同執務室にいる臣下へと口を開いた。
「では東部地方は完全に掌握した……そういう認識で構わんのだな?」
威厳ある態度で暫定政権の主要人物等と望むブレイトン皇甥殿下。生来より皇族教育を受けた彼の動きには優雅さがあり、皇族特有の品を持ち合わせていた。
また彼の統治能力に着いては、自領にて大きな問題が赴任後に至って発生していない点、周辺領主等との騒動も起きていない点から、その統治能力に不備はないという評価を受けていた。
しかしながら特別優れた統治能力という訳ではなく、等級で表せば「良」ではあるものの「優」や「秀」の評価までには至っていなかった。
とは云えども、暫定政権を打ち立てた日本側からすれば非常に都合の良い相手とも言えるであろう。
革新的な改革を行う人物ではなく伝統を重んじる保守派ではあるが、現皇帝よりも穏健派であり不審な噂も他皇族と比べても少ないことから日本とダークエルフ陣営が擁立しただけあって彼の帝都到着後、そこに残る皇宮貴族からの評価は軒並み良かった。
30代と後半に差し掛かったそんなブレイトン皇甥は西方に移動した現皇帝と比べるとその威信は幾分か見劣りものの、皇族の名に恥じない態度で椅子に座るジークザン侯爵へ問うた。
「はっ。ニホンのジエイタイ 方面隊司令部の幹部より我が方へと送られた報告によりますと一昨日、ブァイリッヒ副伯爵等が最後まで抵抗していたマンテゾーロ伯爵の討伐に成功したとの事で御座います。」
ジークザン侯爵はそう報告すると座った姿勢で重々しく頭を下げて臣下の礼を取った。他の椅子に座る臣下達も同様に頭を下げる。
本来であれば跪くべきと彼の作法が訴えかけているのだが、それはブレイトン皇甥から構わないと言われているため渋々その考えを押し込む。
そんなジークザン侯爵の心境を他所にブレイトン皇甥は小さな息を吐いてから憂鬱な思いを口にする。
「マンテゾーロ伯爵は素晴らしき人物であった。そんな彼が逆賊として討ち召されるとは……何とも形容し難きものか。
願わくば、彼の一族が無事に逃げ仰せていれば良いのだが……」
「皇甥殿下!」
ブレイトン皇甥の言葉にジークザン侯爵とは別の臣下が血相とした表情で呼ぶ。仮に今の言葉を事実上の傀儡政権を建てたニホンの耳に入れば立場が危うくなると危惧してだ。しかし、それにジークザン侯爵が宥める。
「良い。ニホンもそのような下らぬ理由で殿下の立場を苦しめよう等という狭量な事はせぬまいて。
それよりも今は南部と西部に対する策を講じねばならん。」
ジークザン侯爵は腕を組んで机上に広げられた地図を睨んだ。未だ西部と南部は完全なる現皇帝派の支配領土だ。警戒しなければならない。
「……ニホンの軍勢を利用する事は叶わぬのですかな?
畏れながら申し上げますが、彼の軍勢であればこの大陸にそれを止める者達などおりますまい。」
現暫定政権の軍務卿が遠慮がちに言う。彼は先日の凱旋パレードを見てニホンの存在感をまじまじと見せつけられていた。
しかしながら、ジークザン侯爵は軍務卿の言葉を聞いて多少の躊躇を持ちながらも発言した。
「それに付いてはニホンの将軍、ホンゴウ陸将と直接話を聞いたが、どうやら彼の軍は今後暫くは大規模な動員を控える必要がある様子。
彼等は国粋派との戦闘よりも制圧した土地の整備と治安維持に専念したいと見て取れる。」
「何とも身勝手な!そもそも彼等が攻め込んでいなければ、このような国を二分する事態には成らずに太平の世が続いていたものを今さら、そのような理由で我々に負担を強いようとするとは……」
軍務卿は怒りを含んだ感情で反応する。それ自体はジークザン侯爵も日本からの回答を聞いた際、同じ事を抱いていたため彼の言葉を止めるのに少しの躊躇がかかった。
そんな彼を止めたのはこの暫定政権の臨時宰相を務めるカサンドラ伯爵であった。
「貴公の怒りも分かるがそれもそこそこに。今は国粋派との打開策を練る時間だということをお忘れなく。
それに、ニホンも全く助力をしないとは言って居ないのです。小規模ないし中規模であれば軍事的支援を確約する……それが暫定政権樹立時に交わした条約なのですから。」
重々しく宥めたカサンドラ伯爵。その様子に軍務卿も幾らかの落ち着きを取り戻したのか、この場に参席する主要人等に陳謝するとすぐに元の話に戻した。
因みにカサンドラ伯爵が発言した国粋派とは、一般的な皇帝に属する派閥の事をニホン派に属する首脳陣等が言い換えた言葉である。
彼等は既にニホン陣営に与しているのだが、それでも嘗て忠義を誓った主君に対して皇帝などという敬称を付けない無礼な言葉で呼称するのに憚れた彼等が苦渋の判断で決めた別名称である。
閑話休題、現状の彼等が国粋派に対抗できる且つ自由に動かす事が可能な軍事戦力は北部地方のオルデンブル侯爵筆頭の北部貴族連合軍及びロイスムール騎士団とこの場に同席するジークザン侯爵とその他数家の伯爵級による東部貴族連合軍。
更にここ帝国中央部でニホン派に鞍替えした皇宮貴族でもその自領が無傷状態である皇宮貴族も加わればある程度の戦力に成るだろう。
単純なニホン派貴族が動員可能な私兵等の頭数を数えれば最低でも4万~7万前後の戦力は集められる。そう彼等は皮算用して一先ずの安堵を得た。
「そう言えばニホンが契約を結んだ傭兵隊もおりましたな。確かそこの隊長の名前は……」
その時、財務卿として同席していた皇宮貴族が思い出したかのように呟いた。彼は名前を出そうと眉間に眉を潜めるが一向に名が出せない。
「ジェシカ。その者はウルブ・ジェシカだ。」
思い出せずにもどかしく感じていた財務卿を見かねてジークザン侯爵が答える。そして自身が発した名前にブレイトン皇甥の表情が僅かに曇るのを侯爵は見逃さなかった。
「あぁそうでした!ウルブ・ジェシカ。確か、元貴族家であり、傭兵稼業で名を挙げた中々の人物……!」
財務卿はつっかえてた棒が外れかような感覚になり明るい声で話していたがそこで漸くブレイトン皇甥、侯爵の間でそのジェシカで起きていた些細な問題にも気付き、慌てて口を紡いだ。
「大変失礼しました。」
「構わん。私もあの男の優秀さは耳にしている。ニホン側もそれを期待して専属契約を交わしたのだろう。」
先ほど表情を曇らせていたブレイトン皇甥は瞬時に通常の姿勢へと正し、先日ニホン側の連絡官から聞かされた内容に触れた。
『傭兵ターボ隊指揮官ウルブ・ジェシカ氏を東部地方での功績を認め、ニホン国との専属軍事契約を結ぶ。
今戦時の対皇帝派に限って戦闘行動に限定的な支援と戦術提供を行う。』
それがニホン国政府から伝え聞かされた内容であった。
この内容をブレイトン皇甥と同じように思い返したジークザン侯爵は1つの重い呼吸を行うと同時、座っていたソファに座り直して口を開いた。
「限定的な支援と戦術提供……果たしてこれらがどこまでの事を示してるのか、不透明で曖昧な表現であります。
しかしこれは事実上、ニホンが直接行う戦闘の一部を彼の傭兵隊に託したと受け取れるでしょう。」
「一介の傭兵隊に軍事行動を、それも内乱時に任せるとは……ニホンは我等以外の飼い犬を欲している様子。」
「我々暫定政権の監視役としての番犬。確かに効果的ではある。しかし何にしても良い気分には成れませんな。」
各分野の重要人物達はそれぞれの所見を述べると皆一様に苦々しい表情を隠さずにいた。
そんな彼等の重苦しい空気を払拭するかのようにブレイトン皇甥は手を叩いて全員の視線を集める。
1拍の乾いた音、両手を合わせて出したブレイトン皇甥の何かを決心した表情を前に彼等も姿勢を正した。
「ウルブ・ジェシカとニホンとの関係性は1議の機会が必要だが、我々の方針は1つ。
暫定政権に協力的な貴族と有力者と結集して対国粋派軍を結成。
また、緊急時に備えて暫定政権はジェシカのターボ隊を主力とした即応軍も同時に編成しよう。ニホンが名指しで彼等を指名したのだ。
少なくともジェシカが我々を裏切るような可能性は考慮しなくても良い……良いな?」
対皇帝派との大規模な会戦に備えてニホン派貴族主体による軍の編成。そして南部と西部国境での小規模な戦闘を任せるための傭兵主体の即応軍の採用。
以上の2点を纏めたブレイトン皇甥の提案に彼等も特に反対の意を持つ様子は無いのを確認した彼は大きく頷いた。
「異論は無いか……では、次に我々暫定政権領土内での経済について諸侯等と話し合いたい。
財務卿、ここからは頼む。」
「はっ。」
ブレイトン皇甥の進行に財務卿は恭しくお辞儀し、ようやく皇甥が席に座るのを確認すると今回の議題に置ける重要事項を話した。
「まず最初に現在の我々暫定政権が保有する各資産について記載したこれらをご確認ください。」
財務卿は自らの手で参席する者達に資料を手渡していく。
手渡された資料を彼等は険しい視線と共に読み込んで現政権が抱えている問題を頭の中に整理していった。
やがてその内容を1通り確認を終えた一同は重い溜め息を吐く。
軍事面では各地方の有力貴族、特に4大侯爵の2家が味方に付いており、更には皇帝直轄の騎士団を圧倒したニホン軍が背後に控えているため、彼等の抱いている不安は比較的浅かった。
しかしながら、今の議題となっている経済面においては彼等の頭を大いに悩ませる状況となっていた。
「……すぐに排出可能な資金は約90万ニグデン。これが本当なのかね?」
資料の1枚目に記載された内容を確認するジークザン侯爵。そんな彼の質問に財務卿は酷く申し訳ないといった様子で答えた。
「誠に残念ながら……帝城に保管されていた資金の大部分は皇帝陛下が西方へ移動する際、共に運ばれたとの事で、そこに記載された資金は帝都や近郊の皇室荘園等といった手が出されていない箇所から捻出したものです。」
財務卿の説明にジークザン侯爵は思わず手で額を抑える。
そこに記載された金額90万ニグデン。これは帝国が発行しているニグルンド通貨の貨幣単位の1つだ。
そして現在の市場では1ニグデンあたりニグルンド金貨8枚分となっている。高単価であるため、基本的には大口の契約時や戦争等に支払いで使われている単位だ。
因みにであるが、平時では1ニグデンあたり金貨5枚相当が普通なのだが、今は内乱中なので貨幣価値が高騰していた。
話を戻すが上記の点を考慮した結果、現政権が保有して運用可能な資産はニグルンド金貨で約720万枚相当となる訳だ。
金貨720万枚分の予算!平民であれば充分過ぎると考えてしまうが、この資産から大幅に拡大される軍事費と各地で荒れた都市や荘園といった施設修復するのを考えた場合、分断したとは言え仮にもウィルテラート大陸随一の帝国を自負してるには実にお寒い財布事情となる。
何せ平時でのニグルンド帝国皇室の運用資産が最低でも約300万ニグデン。つまり2400万枚もの巨額の資産を常に保有していたのである。
と言うことはその資産の7割相当を皇帝は西方へ持っていってしまったのである。実に360t分の金貨が喪われてしまったのだ。
仮に360t分の純金だと仮説した場合、日本国内での相場に換算すると8兆6800億円相当の価値となる。
とは云えども不純物も混ざる事が多い大陸金貨なのと金貨以外での資産もあるため、上記の数字よりも幾分かは下がるが、それでも大陸唯一の覇権国家に相応しい規模の資産力と言えよう。
地球の歴史でも最盛期を誇った17世紀 オランダ帝国では1,000兆円~1,200兆円という説がある。
※その殆どがオランダ東インド会社名義の資産と言われている。
世界最大規模の帝国を築き上げたイギリス帝国に至っては約120兆ドルという天文学的な資産を持っていたとされる説もある。
そんな平時の皇室資産を地方で活動する身だが、それでもある程度の目算ができたジークザン侯爵はその少なさを前に頭を痛める。
侯爵家である彼も帝国有数の資産力を持つがそれでも現政権の土台を支えるには不十分過ぎる元手資金。
今後、膨らみ続けるであろう支出額も自然と想定してしまい、一同の表情は再び暗雲が立ち込め始めた。
「……ハンザブレックを中心とした商人等に貸付を行うか?」
軍務卿の提案だが彼等の顔は変わらない。
この世界では一般的な領地経営費や軍事費の獲得手段の1つであり、中世ヨーロッパ時代でも基本的な手段でもあった商人からの資金貸付。
違う点は中世ヨーロッパでは利子付きの貸付はキリスト教会が固く禁じていたが、このウィルテラート大陸ではそんな決まりは存在しない。
故に彼等は商人等に支払う莫大な利子の額をその一瞬で計算して、危険が大きいと判断する。
最悪の場合、財政破綻ともなれば各地方で恭順する地方貴族等も一斉に国粋派に寝返ると容易に想像出来るからだ。
「……これもニホンに支援を要請するしか有りますまい。軍事面での支援は難しくとも資金面での支援まで渋るのならば向こうの面子も立ちませぬ。」
流石のニホンもそれを了承するだろうと考えた軍務卿。仮にこの場に日本側の事情を知る者がいれば、全力で沸き出た苦い感情を押し殺したであろう。
暫定政権に余裕が無ければ日本にも無い。現状のニグルンド方面隊の規模縮小案が本土では阿鼻叫喚に等しいレベルで論争され続けているのだから。
日本が帝国に全力投資しているのは資源開発とインフラ開発の2分野に集中していた。
そこへ暫定政権のその他に分類される分野への資金援助はハッキリ言って、日本の財務省が電光石火の如く拒否するだろう。資金はあるが物資と燃料が無い。それが彼等が否定する最大の理由であり、大陸に進出した理由でもあるのだ。
しかし状況がそれを許さない。ここで暫定政権が倒れれば連鎖反応で日本も崩壊する。
資源枯渇によってジワジワと干されてBadEndで終焉……その未来だけは何がなんでも避けなくてはならない日本なのだ。
しかし日本側の残された手段として公的には厳しくても民間による支援ならば充分に可能性は残されていた。
ただし、その場合は大陸進出に成功した財閥企業の級拡大を制御、監視する為の『外部インフラ開発庁』とは別の新たな機関を設置する課題が出るが背に腹はかえられぬ。
そんな日本の裏事情を知らぬブレイトン皇甥一同は日本側に対して大規模な経済支援を正式に要請することが決定した。
後日、その経済支援とその規模を詳細に記載された外交書が永井長官に提出される彼は大いに悩み挙げ、日本政府もその内容を完全に把握すると数日間の大論議が起こるが、やがて人道支援を名目に新たな予算案と民間企業への公的事業委託が決定された。
日本の前途多難な日々が晴れる日はまだ無いであろう。
視点は同じ帝都内へと移動する……
帝都
官庁街区 ストラルド王国大使館
西方の地 ラマ=リュマラニア大陸の大国である国から派遣された外交大使として帝都の大使館で勤務する男 マルク伯爵がいた。
この大使館からすぐ近くには同じ大陸から派遣された他国の大使館も設置されており、マルク伯爵のいる街区は官庁街区でも特別な区として指定されている場所だ。
そんな他国の外交に携わる者達の1人、マルク伯爵はそこに割り当てられた大使館でウィルテラート大陸で話題沸騰中のニホン人との交渉を終えたところであった。
彼は先ほどまで対談をしていた大使執務室からジドウシャなるニホン人が扱う乗り物でニホンの外交官が門を潜り抜けて敷地から出ていくのを見送った。
「……行ったか。」
視界から消えていったニホン人を眼下にマルク伯爵は呟いた。そしてその呟きに反応する人物がいた。
「して、如何がなさいますか?大使閣下。」
ストラルド王国 軍騎士の礼服に身を包んだ男性 外交武官の役職を持つラビート騎士爵は部屋の角で待機したまま彼に今後の方針について問う。
「……ブレイトン皇甥を暫定政権の新たな皇帝として認める。またニホン国との国交及び交易条約の締結か。」
ニホンの外交官が持ってきた話は至って普通の国交開設に関する内容ではあった。問題はニグルンド帝国の暫定政権の認可という点だが。
現在のニグルンド帝国の統治者は誰か。この議論は帝都に大使館を置く大国の国々が明確な回答を先延ばしにしていた問題である。
それが今日、遂にニホン側が動く形で回答を求めてきた。
「私の裁量でどうにか出来るものではないがな。」
無論、ニホン側もそれは百も承知であろう。今回はあくまでも警告に近い要求だ。近日中に明確な立場を示せという。
マルク伯爵はその場で静かに目を瞑り、深い思案へと没入した。ラビート騎士爵もそれを察してか口を紡いで上司の答えを待つ。
そんな時だった。2人のいる大使執務室に使用人が入室してきて、来客の知らせをした。
「失礼いたします 大使閣下。先ほど先触れが来まして、ポランド大使殿が今から此方に来られるそうです。」
使用人の言葉を聞いたマルク伯爵とラビート騎士爵は互いに顔を見合わせる。
ポランド大使は彼等と同じくラマ=リュマラニア大陸にある国の1か国、カープレ太公国の外交大使であった。
しかしながら大使級との面会には通常、例え相手が同じ大使であろうとも最低でも3日前には手紙等で要請を行うのが貴族界での礼節だ。だがマルク伯爵にはその類いの手紙が届いていない。
「ポランド大使殿が事前の手紙も無しでここに?……用件は何と言っていた?」
マルク伯爵の問いに使用人も困惑した表情で答える。
「申し訳ありません 大使閣下。先触れに来られた騎士殿からは、『緊急の要件』としか言っていないのでわかりませぬ。」
「……ならばニホンか?全ての大使館に対して動いたと見るべきだな。」
マルク伯爵が行き着いた答えにラビート騎士も同じ考えのようで大きく頷く。それならば断る理由も無い。彼は椅子から勢いよく立ち上がった。
「すぐに歓迎の準備をしよう。ポランド大使殿が到着され次第、ここにお通しするのだ。」
直感で判断したマルク伯爵の指示に2人は迅速に動いた。
それから半刻後、2頭立て馬車に乗ったポランド大使が大使館前に到着するとすぐにマルク伯爵との会談が行われた。
大使執務室に入って部屋の主であるマルク伯爵から着席を促されるがまま座ったポランド大使は開口一番での本題へと突入した。
「挨拶もそこそこに、マルク大使殿。貴国も本日、ニホンからの使者が来られましたな?」
貴族同士で行う会話の流れを無視した無作法を前にマルク伯爵は僅かに驚くが、すぐに気持ちを外交官としての脳に切り替えた。
「それでは貴国もですかな?」
マルク伯爵の問いに、ポランド大使はその通りだと大きく頷いて答えた。
「はい。現在のブレイトン皇甥殿下を正式に次のニグルンド帝国 皇帝への即位を承認すること。
そしてニホン国との国交開設に貿易協定締結等の関する内容の書面を先ほど送ってきました。」
やはりニホン国はラマ=リュマラニア大陸の主要国に対して動きを見せたか。
マルク伯爵は静かに呟き、対面に座るポランド大使を見た。
彼が大使を務める国であるカープレ太公国は大陸では大国に位置する国だ。
ラマ=リュマラニア大陸に複数存在する大国の1か国でありその国土の大半は肥沃な土地で占めており、彼の国が主導の同盟連合を牽引しているため大陸でも特に影響力の強い国でもあった。
更にカープレ太公国の最高位に就くグレニドール・ファルレイト・カープレ太公は同大陸の主要国の王族等との血縁関係を持っていた。
過去数百年の歴史でカープレ太公国は周辺諸国へ自家の一族を嫁がせ続けた結果、大陸でも屈指の格式ある王族として有名だ。
継承順位は低いが各王国への正当な王位継承者でもある人物をトップに据えたカープレ太公国。故にラマ=リュマラニア大陸においてその影響力は大きい。
カープレ太公国がニホン国の要請に頷けば他の諸国も姿勢を弛める可能性が出てくるだろう。
果たしてニホンがその意図を持っているかは不明であるが、諜報能力に優れたダークエルフを配下に治めているのだから、そう考えるのが妥当とするべきだ。
「成る程。して、ポランド大使殿は如何なるお考えで?」
「一先ず回答を先延ばしします。セレイ王国も同様の処置を取るようです。」
無難な対応だ。そうマルク伯爵は、同程度の国力を持つ大国の名を挙げたポランド大使の言葉を無言で評価した。
「それで事前の文も無しで来た理由ですが……マルク大使殿、ストラルド王国はどう対象するおつもりで?」
「ポランド大使殿……如何に貴殿との関係でも機密を故意に洩らす行為はできませぬぞ。」
会談内容の共有をする訳にはいかない。そうマルク伯爵が返すが、ポランド大使はそれで尚も引き下がらない。
「マルク大使殿。我々が脅威と捉えるべき相手はニホンです。
既にセレイ王国だけでなく、マルート聖王国にミジ・ブールス北部連合諸国の大使達が挙って皇帝派への支援をするべしと本国へ上奏すると言っているのですから。」
ポランド大使の言葉にマルク伯爵は僅かに視線を上げる。彼が挙げた国々はどれもラマ=リュマラニア大陸で大国の位置に立つからだ。
その全ての国々はニグルンド帝国と比べると劣るにしても挙げられた国々が結集すれば彼の国を上回るのだ。
それらの国々から支援を一身に受けたとすれば如何に帝都を失ったおうとも、ニホンに対して大きな痛手を負わせる事も適う筈。
「まさかもうそこまで手を回していたのですか?」
「ニホンはそれ程の相手だと言うことです。貴国もあの国と手を組むつもりはないのでしょう?」
ポランド大使の問いにマルク伯爵は無言をもって肯定した。彼等にとって未知の力を持った国が突如としての台頭とダークエルフの地位認可は極めて危険だからだ。
そうわざわざ大陸を跨いで来た本国の伝令官から受けた指令を思い出すマルク伯爵。
そんなマルク伯爵の無言の回答を見たポランド大使はそのまま話を続けていく。
「幸いにも皇帝派は依然として充分な力を保持しています。そこを我々が皇帝派を支援する形でいけば、自ずとニホンの全容を垣間見る事が出来る筈です。」
「皇帝派を背後から急き立てて、ニホン軍の強さを調べる訳ですな?」
「その通りです。未だにニホンの軍がどのような戦術で帝国軍を殲滅したか殆ど判明しておりませぬ。
あの凱旋で見たニホンの見慣れぬ兵器群……あれらが実際の戦場でどのような働きをするのかを武官達で確認出来れば今後の我々が採るべき方針も決まるでしょう。」
皇帝はその為のカナリアです。ポランド大使はそう言うと口を閉じた。
「ニホンに気付かれれば彼の軍との全面対決になる可能性もありますよ?」
あの帝国を一方的に叩きのめしたのだ。その矛先が此方に向けば、どれだけの損害を被ることになるのか想像するだけでもゾッとする。
しかしポランド大使の姿勢は変わらずにいた。
「それは遅かれ早かれ、いつかは訪れるものです。問題はその時、我々が持てる手札があるかどうかなのです。
飛竜を手懐ける事は出来ても、龍を檻に入れる事は出来ない……ニホンを野放しにすれば喰われるのは我々です。」
「成る程。そこまで腹を決めたわけですな。」
彼の意思を聞いたマルク伯爵は暫く瞳を閉じて頭を走らせる。
やがて1つの答えに辿り着いたマルク伯爵は閉じていた瞳を開けた。
「……本国に聞いてみましょう。私の方からも対ニホン同盟或いは皇帝への支援の必要性を解いてみます。」
「感謝します。マルク伯爵殿。」
ポランド大使はそう感謝の言葉を述べると意気揚々と椅子から立ち上がった。その眼光からは力強い何かを感じ取れた。
「ニホンは必ずやこの太平の世を乱す渦の目となりましょうぞ。」
「その前に出来る事をする訳ですな。」
「然り。話はこれだけです。私はこのまま西方へ向かいます故、あしからず。」
ポランド大使の言葉にマルク伯爵は目を見開いた。
「西方と言いますと……もしや皇帝と謁見なさるつもりか?」
「左様。皇帝を焚き付けて、ニホンを消耗させねばなりますまい。」
ポランド大使はそう言うと大使館から出ていった。
マルク伯爵は馬車に乗ったポランド大使の馬車が見えなくなるまで静かに見送った。その目は先ほどのニホン人に対しての視線とはまるで違い、彼の中で大きな決心がついたような目をしていた。
「次の連絡便で来る伝令官に伝えるぞ。皇帝一派への支援を実施するべし。我等が敵は異界のニホン国である……」
「承知しました。大陸諸国、一丸となってニホンの全貌を明かしましょうぞ。」
マルク伯爵の決断にラビート騎士も呼応するように力強く頷いた。
ラマ=リュマラニア大陸の主要国が秘密裏に連携を取り出し始めた頃、ニグルンド帝国北部地方においても新たな動きが起きていた。
ニグルンド帝国 北部地方
ハンザブレック
日本との協定で独立都市となることが確定した大陸最大級の商業都市 ハンザブレック。
ここは既に脅威となる存在が無いとニグルンド方面隊司令部に判断され、北部地方に待機させていた同方面隊を傘下とする部隊の大部分が帝国中央部へと移動されており、ハンザブレックにおいても少数の部隊しか駐屯されていなかった。
その代わりとして、日本財閥が展開させている民間軍事会社 所謂PMCの社員による武装警戒がハンザブレックで行われていた。
無論、都市の治安関連に携わる業務は既存する防衛組織が通常通りに担っている。
しかしハンザブレックへ展開する日本の民間企業が外敵組織への襲撃時にはこの民間軍事会社による武力行使が一部認められているのも確かである。
これが意味するのは日本政府が一部地域に限りだが民間での武装警備を認めたのだ。広大な土地を管理することが不可能という事情によって起きた例外処置と言えよう。
そんな背景を尻目に今日もハンザブレックでは日本企業による大規模な工事が各地で行われていた。
同都市
中央繁華通り
幾多もの現地商人や住民達の中に紛れるように本土から上陸していった日本の民間企業に勤務する日本人がいた。
そんな彼等の多くがこの地のインフラ整備事業に携わる建築関係者であり、ハンザブレックでも特に車幅と頑丈な造りとなっていた中央繁華通りを利用して資材を積んだ輸送トラックや建築車両である重機等を走行させていた。
ハンザブレックの人々は馬車の数倍以上ある大きさと異質な存在感を出す自動車にも既に見慣れた様子で視界に収めると、そのまま各々の生活へと戻っていた。
しかしながら、遥々遠方からこの都市にまで商売をしに来た者、大陸中の噂の的となったニホン国の姿を見に来た者は驚愕や絶句等、それらの反応に違いはあれども皆、一様にその場で立ち止まってそれらに視線を釘付けしていた。
この時日本政府が事実上の無償租借にあたるハンザブレックの一部港湾区域から近郊までの間を通るように鉄道敷設は既に完了しており、貨物駅建設と列車自体の搬入が終えれば一応の鉄道を名乗れた。
鉄道敷設に関連する各社の見解ではハンザブレックから帝都までの輸送鉄道開業見込みは2年以内と計算していた。
これを聞いた日本政府首脳部はただ一言だけ叫んだ。
「それじゃあ遅すぎる!」
……それが日本政府の本音である。だが現時点で大陸横断鉄道網の完成は8~10年が最低ラインだと告げており、これがますます日本政府首脳部の焦りを生ませていた。
目ぐましい技術の発展を遂げている地球においても未だ地上で最大効率を誇る輸送手段は輸送鉄道であり、これは日本においても変わることのない現実であった。
帝国各地に展開させたニグルンド方面隊の各部隊の補給体制・迅速な部隊配置に必要不可欠な鉄道網の完成が十数年後ともなれば現状の物資補給に頭を悩ませることになる。
「何としても鉄道完成を短縮させねば……」
これは日本政府と方面隊司令部の面々が共通認識した問題であり、当然ながら敷設側の企業も把握していた事実でもあった。
一応ながら大陸に進出する全民間企業も鉄道敷設を最優先事項とする事で同意を得ているため、日本中がこの事業に支援をしていた。
そのお陰か全面開業では無くとも一部運行であれば来年以降で可能となる明るい見解も出ているが、いずれにしても補給問題の解決はまだ先であろう。
そんな日本の逼迫した事情を知らぬ現地の人々は噂に違わぬ光景を前に、ニホンという巨大な存在に畏怖の念を抱いていた。
だが彼等現地人の中には畏怖以外の感情を持つ者達もいた。
ハンザブレックの中央繁華通りから脇道へと逸れる影の濃い場所で数人がいた。
彼等は今も正面に見える通りを走る重機と輸送トラックの車列を見つめていたが、その外套で覆った身体からは並々ならぬ雰囲気を醸し出していた。
その雰囲気と彼等の視線からは好意的な色は見えず、表情を険しくさせていることから警戒・敵意のような感情を出していた。
「……あれがニホンの鉄馬車ですか。」
そんな集団の1人 若者が呟いた。彼はあの異質な物体を前にして無意識に腰に下げた剣の柄を握り絞める。
「うむ。数多くの街で噂となっている大地を震わす程の力強い乗り物……そう聞いていたが、あそこまで噂通りだとは恐れ入った。」
若き仲間の呟きに顎髭の目立つ壮年の男性が重々しく反応した。
あれでは何処もニホンの話で溢れる訳だ。男性はそう言うと顎髭を撫でるように触れると若者とは別の仲間へと向き直る。
「あれらの鉄馬車は皆、港と先ほどの建物に向かっているのだな?」
壮年の男性はこのハンザブレックに入都する際に遠目で見かけた近郊物でニホン人が集まって建築をする謎の建物に触れて問う。
それに問われた仲間は静かに答えた。
「その様です。あれが何の目的で建設されているのかは全くもって検討も付きませんが、あれがニホンにとっても重要な何かなのかは間違いないでしょう。隊長。」
そう仲間から隊長と呼ばれた壮年の男性は頷くと再び通りの車列へと視線を戻す。彼等の元にも大型自動車から出た駆動音と排気ガスの臭いが漂い、その鼻を鳴らす。
「ふむ。あの音といい、この臭い……ニホンの乗り物というのはもっと静かに移動できんのか?
騒々しい故にこの臭いだ。あの瘴気で身体に害を及ぼさないか不安になるな。」
隊長はそう眉を潜めて、ニホンの鉄馬車から漏れ出る瘴気を警戒してか懐から取り出した布切れで静かに口元を覆う。その視線は鉄馬車後部に繋がる筒に向けられていた。
「それで、ニホンについて目新しい情報は手に入ったか?」
口元に布切れを押さえた隊長が背後に立つ部下へと問う。背後の男は彼等よりも人足先にこの都市に入って情報収集に走っていた男だ。
問われた男は外套で隠れた顔の表情を変えることなくここ直近の酒場で屯する情報屋、衛兵等の盗み聞き等で耳にしたことを思い返して答えた。
「はい。どうやら連中の正規軍の大部分は帝都を中心とした地域に移動しており、ここを警備するニホン兵は傭兵主体みたいです。」
「ニホンの傭兵と言うとあれの事か……」
部下の報告を前に隊長は通りの歩道を歩くニホン式の武装をする2人組を見て言う。
そこには彼等が帝都で見かけた緑色の斑模様ではなく、黒く見慣れない武装で身体を覆っていたニホン兵士が見えた。
そしてやはり彼等もニホンの正規軍と同様に、肩に黒色の長筒状の武器らしきものを所持して通りを警戒していた。
あの武器がどんな構造なのか全く分からないが、どれだけの威力を持っているのか、隊長は知っていた。
彼が属していた皇帝派貴族領で目にした戦いで隊長の主であった貴族は撃たれたのだから。
「傭兵も正規軍と同じ物を持っているのか。やはりあの黒い筒が連中にとっての剣って奴なのか。」
隊長はゆっくりと外套下に隠し持っている剣の鞘をなぞるように触れた。
「ニホン兵の大まかな数は?」
ハンザブレックに駐屯するニホンの兵力を隊長は問う。
「凡そですが400程度かと。しかしながら港付近には依然としてあの巨大船が常に停泊しているため、全体数が読めません……更にこの街の防衛隊もニホン側です。」
部下の言葉に隊長は尤もだと頷いた。港どころかこの都市の殆どの街区で今も停泊中の巨大船がいるのだ。
あれだけの大きさだ。内部には相当数の兵士を詰め込める筈であり下手なことはできない。
「この帝国にいるだけでも数万のニホン兵がいる……逆に言えばたったその数で帝国が未曾有の危機に追い詰められている訳だ。」
知れば知るほどとんでもない国だ。そう隊長はどこか傍観に近い立場で呟く。
「潜伏している同胞に連絡だ。まだ動く時では無い。少なくとも奴等の詳細が解るまではな……」
隊長はそう仲間に指示する。彼等 皇帝派貴族を主君に持っていた元騎士達はニホンへの反抗の時を待つ。
しかし隊長が周囲の仲間に指示をした時、彼等の背後にある裏路地から別の仲間が走ってきた。その仲間は全力で走ったせいか、滴る汗と共に身体を荒い息で揺らす。
「た、隊長!一大事です!」
部下のただならぬ様子に彼等の表情が一斉に緊張でしまる。
「何事だ?」
「この都市の倉庫区域でニホン人と別組織の同胞が戦闘をしています!」
息も絶え絶えで言う部下の報告に隊長達は驚きの表情で互いの顔を見合わせた。
「どこの貴族家だ!?」
隊長の横にいた部下が問う。
「ライヴェン伯爵家の騎士です!今は亡き伯爵閣下の仇を討たんが為に決起しました!」
伯爵家の名前を聞いた隊長は記憶を思い返して、その名が北部地方で今やニホンと協力関係にある大罪人 オルデンブル侯爵に討たれた貴族であると辿り着いた。
恐らくはその残党騎士達が最期の奉公として宿敵ニホンへの攻撃を決死したのだろう。
時を伺っていた自分達からすれば、悪戯にニホンの警戒度を上げる行為に迷惑な話ではあるが、隊長はこれを利用しない手は無いと考えた。
「場所はわかるか?」
隊長の問いに報告に来た部下は怪奇な反応をするが素直に答える。
「は、はい。場所は分かりますが、まさか加勢するのですか?」
周囲の仲間も同じような疑問を抱いた表情で隊長を見る。視線を一身に受けた彼は首を横に振って答えた。
「そんなまさか。ニホンの戦い方を知りたい。奴等と事を構えるのに肝心なところが不明では何も出来んだろ?」
隊長の明確な答えに部下達も納得し、報告に来た部下の案内をもとに現場を走った。
数十分前……
同都市 港湾区域
近海に展開している貨物船が随時、ハンザブレックの港から少しずつ積載した荷物を荷卸していく港湾区域へと視点は移る。
幾隻分もの莫大な物資は絶えず制圧された帝国領内に展開した自衛隊への補給やインフラ整備事業に使われる建築材として輸送トラックに載せて運ばれていく。
その輸送トラックに積まれていくまでの一時的な物資保管所となる港湾区域隣の倉庫区域で、財閥傘下の民間軍事会社のPMC社員が警備をしていた。
何十列にも連なって建てられた倉庫群の間を巡回パトロールする警備社員達。そんな彼等を1台の車が通り過ぎていく。
「…あれが警備社員ですか。話に聞いていた以上の物々しい装備ですね。」
車内の後部座席に座るスーツ姿の男は先ほど通り過ぎた警備社員の後ろ姿を見送ってそう隣に座る同じスーツ姿へと言った。
「そうですよ。何せ名目上とかでは無くて、名実共に軍事会社なんです。
彼等に支給された装備はどれも本物の軍が採用する程の正規品です。」
隣に座る男性はそう自信満々に答えた。それに呟いていた最初の男は別の巡回パトロール中の警備社員を見つけて、先ほどと同じようにその全身を観察した。
黒色の防弾ベストとフェイスシールド付きのヘルメットに自動小銃を装備したその姿は他国の兵士と言われても疑わない程の充実した装備であった。
「レベルⅢ相当の防弾プレートを仕込んだ防弾ベストに西欧諸国の各種小銃。
本社がウクライナや台湾向けとして開発させた装備品の品々です。
いま帝国軍と戦っている自衛隊と遜色ない装備ですから有事には予備部隊として共同戦線に組み込むのも可能です。」
再び自信満々に言う男、彼は小島財閥の傘下企業 警備会社の営業部長であり、その隣に座る男はその財閥本社"資源管理部門"の室長であった。
室長は本格進出を果たした傘下企業の進捗状態確認のためにハンザブレックへ上陸を行っていた。横の部長はそんな彼を出迎える為に現地の案内をしていた。
やがて2人を乗せた車は目的の倉庫の前にまで到着すると車から降りる。
2人は武装した警備社員が出入り口で立哨する目的の倉庫の中へと入っていく。
彼等が入った倉庫の中は等身大程の木箱が大量に積み重なって置かれていた。営業部長はそのうちの1箱の蓋を開けると中身を室長に見せた。
その中身は箱一杯に詰められた5.56mm銃弾の弾倉が入っているのを室長は確認した。
「我が社の警備社員が使用する銃弾です。ここの倉庫は全てそれ関連の物資が保管されています。」
「これ全部ですか?」
室長は周囲を見渡した。倉庫の中は広く、何列にも渡って数段に積み重ねられた木箱の数を見て、そこに収納された物資の量は相当なものだと推測できた。
「はい。約50t分の弾薬、200丁の小銃に500名分の装具がこの倉庫にはあります。これらは今後本土から派遣される追加人員分の予備も含めた数です。」
この都市の傘下社員護衛には充分かと思われます。そう部長は言う。
「重火器の類いは?」
歩兵装備しか置かれていない。室長が率直に感じた質問を聞いた部長は肩を竦めると口を開いた。
「我々の仕事はあくまでも護衛です。大砲や対戦兵器の取り扱いはまだ認められてませんし、そもそもの話、現地勢力に対してそれは……」
「過剰装備……ですか。」
剣や弓を相手に大砲等は対価が釣り合わないと部長は苦笑いで言った。
「その通りです。そんな高価なものをポンポンと使ってしまえば我が社は破綻してしまいます。弾薬も人件費もバカ高いですからね。
それに如何に国からの支払いが保証されていると言っても手段を間違えば即認可取り消しですよ。」
親指を首もとの前に掲げてスッと引くような動作をして答える部長を前に室長も納得した。
「……とは言えども未だに帝国領土内はキナ臭い。ここら周辺にゲリラ攻撃を仕掛けてくる事も充分にあり得るのでしょう?」
「はっはっは。この地方は問題ありませんよ。完全に制圧されていますし、いたところで極少数、大した影響は出ません。ここは安全ですよ。」
部長は断言する。彼にとってこの地は日本の領土同然だと謂わんばかりの様子だ。
「国は前線に集中するために我々民間をここに張り付かせた。ゆくゆくは我々PMCが前線任務を代行する日も近いですよ。仮に敵がいれば社員へのノウハウ蓄積には持って来いですね。」
新たな時代が来る。そんな部長の言葉に室長は何かしらの不穏を感じ取ったが敢えて無理をして話を戻した。
「では次の定期便で追加人員の受け入れは万全という事でよろしいですね?」
「えぇ。全く問題ありません。」
室長は本社での経営会議で決定された傘下にある複数社の警備会社からなる帝国領土内に派遣された社員と施設の警護としての警備員の追加投入へ言及をし、その装備を提供する会社の部長は自信を持って頷いた。
「他に何か懸念点はありますか?内容によっては本社への確認が必要ですが、大抵のものは私の方で手配可能です。」
室長への確認に部長は暫し考えてから何かを思い出したように答えた。
「そうですねぇ……強いて申し上げれば、前の連絡でお伝えしていた会社の敷地内に勝手に侵入する現地人の対応なんですが、監視カメラとテーザーガンや催涙道具といった暴徒鎮圧用の物も併せて装備させたいです。
それらを次の輸送便リストに追加しても宜しいですかね?
何分、供給元の現場責任者から度々、そんな苦情が来てましてね。」
部長の提案に室長は少しの時間をかけて考える。言われた品物はどれも国の認可が既に下りているが、彼の裁量でどうにか出来るかは疑問が残った。
「……本部長に問い合わせしてみましょう。しかし、そんなに侵入が多いのですか?」
室長は自身の部門で統括として指揮をとる上司の姿を思い浮かべると同時に抱いた疑問を口にした。
それに部長は心底、うんざりした様子で答えてくれた。その様子を見るに相当、現場は苦労しているようだ。
「そうなんですよ……この都市の役人や衛兵にも協力して貰って境界線を張っているんですがね、大陸中から来る商人や田舎者といったアホ共が会社所有の敷地に平然と入ってくるんです。
言っておきますが現場でも現地語で印刷された標識テープやフェンスで立ち入りを制限する努力はしてるんですよ?
だと言うのに文字が読めない馬鹿や意図を理解できない間抜けといった者が跡を絶たない様でしてね。
酷い時は『自分達を雇って欲しい』って田舎から来た若者が現場責任者に詰め寄ってきて騒動になったのも何件がありますよ。」
一度溢れた不満は留まる事がなく洪水の様に休みなく漏れでた。
やがて部長は我を思い出したかのように動かしてた口を止めて咳き込む。
「んん……失礼しました。まぁ、現場からはそういった内容の改善対策として必要なので可能な限り認可して頂けると幸いです。
さて、そろそろ行きましょう。この先の繁華街で我々の口にも合う料理店があるんですよ。その店では我が社の警備社員もよく通う程ですからね。」
気まずくなった空気を一変するためか部長は室長を連れて倉庫から出た。
車内の窓から幾重にも連なる倉庫とそこで作業を続ける作業員等を通り過ぎていく光景を傍らに部長が絶えず話しかける。
「ご覧の通り港の倉庫はどこも満杯寸前です。各大商団が所有する倉庫区域の借用も目下交渉中でありますが、自衛隊が優先的に使用していますので我々民間は後回し状態ですね。」
「新たに倉庫区画の整備を貨物駅の建築予定エリア内に設置する話を聞きましたが?」
「仰る通りですね。着工は既に入っていますが何せ、最優先は鉄道ですからね。完成は何年も先になると思いますよ。」
部長はそう言うと懐のスマホを操作して表示された画面を隣の室長に見せた。
その画面にはハンザブレック貨物駅の完成予想図をCGで再現されたものだった。1枚のCG図だけでもその貨物駅が非常に大規模なものだと室長にも分かった。
「総敷地面積110万²kmの巨大貨物駅です。完成すれば日本最大規模で、1日に最大10000tの貨物を移動させる事が可能になります。
謂わずとも大陸に展開する全ての自衛隊が抱える補給問題は解決するどころか、我々民間に対しても万全に対応できます。」
「交通面においても大陸屈指の要所として価値は高まりますね。」
「その通りです。大陸中から人と物が集まり、ここは日本最大の海外拠点になるでしょう。いずれここら周辺の土地は開発されまくります。
国内の投資家もこの地に興味を向けています。大陸東部の小国相手に細々と相手してきた頃とは訳が違いますからね。」
投資の付加価値は何百倍にもなります。部長は嬉々とした表情でスマホをしまう。
「ですが現地の既存有力者との摩擦が生じないよう調整は念入りにせねば成りません。
アメリカとベネズエラの二の舞だけは何としてでも避けたい。それが本社の……ひいては本部長の意思だと言うことを忘れずにお願いします。」
世界最大の油田を持つベネズエラの権益を得ようと暗躍して関係悪化させたアメリカの前例を持ち出すと同時に部長へ牽制をした。
そんな室長の意図を察してかは分からないが部長は顔を崩して応える。
「その点はご心配無用です。ハンザブレックの評議会議員は日本政府の意向に従う姿勢ですし、その下につく商人等も金で買えますよ。」
部長の返答を聞いた室長は失望に近い溜め息を吐いた。そういう事を言っているんだ。その一言を言いたかったがグッと堪える。
同じ車内に座るが対極的な感情を抱く2人。そんな両者を乗せた車は倉庫区画から出ようとしたその時、倉庫区画から出るゲートを通り過ぎたと同時に車が急ブレーキした。
突然の急停止で車内は慣性の法則が掛かり、後部座席に座る2人の身体が前へ寄りかかる。
「どうした?何があった?」
慌てて部長が前の運転手に問いかけた。しかし当の運転手も困惑した様子で答える。
「ぜ、前方に人集りが……」
そう運転手が前を指差した先には、この先に続く大通りの車道を封鎖するように列を成す人々の姿がいた。歩道側を歩く住民達は奇妙な視線を車道の彼等に向ける。
外套を纏った数十を越える人間がこちら側を向いて立ち尽くす光景が2人の目にも見えた。
「何だアイツ等は?」
室長は前方の列を組む集団に奇怪な視線を向ける。しかし部長の方はうんざりした表情で運転手に指示をした。
「えぇい!また馬鹿な田舎者が馬鹿馬鹿しい要求をしに来たのでしょう。構うな。クラクションを鳴らしてどかせ!」
「は、はい!」
部長の指示に運転手はハンドル中央のボタンを押して大音量のクラクションを鳴らすが、それでも相手側は一向に動かない。
「動きません!」
運転手の困惑した反応に痺れを切らした部長は窓を開けると顔を出して前方の彼等へと怒鳴った。
「おい!聞こえないのか!?邪魔だからさっさとそこをどけ!」
怒鳴る部長の隣で室長は眉を狭めて前方の彼等を注視する。
頭から足のくるぶしまでを覆う外套のせいで素顔すら見えない謎の集団に室長は警戒心を上げた。
「何のつもりなんだっ!?クソッ!全く聞き耳を持たないな。これだから田舎者共は嫌なんだ……」
観察している室長の横で怒鳴り続けていた部長は心底呆れた表情で額に流した汗を腕で拭う。
「一旦下がりますか?」
運転手が部長に指示を乞う。しかし部長は冗談じゃないと言った反応で応えた。
「何を馬鹿な事を!非常識な連中に合わせる必要なぞない!さっきのクラクションで直に警備員が飛んでくるさ……お、早速来たぞ!室長。もうしばらくお待ち頂きたい。なぁに、すくまに終わらせますよ。」
「は、はい。分かりました……」
部長は本社勤めの室長に気を遣うと同時にバックミラーから後方より走り寄ってくる数名の警備員を見て安堵の息を漏らした。
拳銃を腰に下げた軽武装の警備員達はゲート付近で停車するこの車に一直線で駆け寄ると中に乗る部長を見て慌てて声をかけた。
「お、大林部長!どうしましたか?」
警備員は部長の名を呼ぶと当の本人は怒りを露にした表情で指示を飛ばした。
「どうしたもこうもあるか!さっさと前の連中を下がらせろ!こっちは本社から来た客人を乗せてるんだぞ!?」
「承知しました!少しお待ちください……おい、行くぞ。」
部長の指示に警備員達は腰の拳銃を下げた状態で握り締めながら前の集団に近付く。
「おい、そこのお前達!歩道に寄れ!そこは馬車専用道だろうが!」
数名の警備員は早足で駆け寄りながら指示するが、やはり前方の彼等は全く反応を見せない。
その光景を車内の室長と部長は注視する。
「こんな事は前にもあったことが?」
室長の質問に部長は首を横に振った。
「いいえ。あんな非常識な連中は流石に初めてですよ。大方、また我々の傘下に加わりたい行商人共でしょう。
まぁ我が社自慢の警備員達がすぐに追い返しますよ。」
やがて警備員は拳銃では無く反対側の腰に下げた警棒を取り出して威嚇するように掲げ始めた。
「あそこの彼等は後方の小銃を持った警備員とは違って元自衛官とかでは無いですが、それでも柔道や剣道の有段者揃いです。
現地の貧弱な商人なんて目じゃありませんよ。」
そう開けた窓を閉めながら部長が言い終えると同時に先頭を歩いていた警備員が警棒を外套姿の男へと振り下ろすが、途中でその動きが止まる。
同時に両脇の歩道で見物していた人々から悲鳴が響いた。
「な、なんだ?何が起きてる?」
突然の悲鳴を耳にして部長が驚くと同時に警棒を振り回していた警備員が倒れた。
警備員が倒れるとその前に立っていた外套姿の人物が部長達の目に映り、その人物が持つ血で濡れた剣先が見えた。
「っ!!」
「な、な、まさか!?」
警棒を振り下ろそうとした警備員が殺された。
その光景に室長は絶句。部長は驚愕で眼を見開いた。先頭の警備員付近に立っていた他の警備員達も突然の事態に驚いて後ずさる。
「安川主任!?」
「お、お前等何のつもりだ!!?」
周囲の警備員等が外套姿の彼等に怒鳴る。それに剣で警備員を殺した人物はゆっくりと剣を構え直すと息を吸い込んで声を挙げた。
「我等、帝国を滅ぼさんとする異端者共を滅するライヴェン伯爵家の騎士なり!ニホン人よ、我々の主君を殺した罪をここで償うがいい!
者共かかれ!」
その宣誓と同時に車道を封鎖していた外套姿の男達は一斉に外套下に隠していた剣を抜いて残りの警備員へと殺到した。
突然の明確な殺意を前に警備員達は慌てて逃げようとするがすぐに追い付かれて背中を切り裂かれて絶命してしまう。
「なぜ銃を使わないんだ!?」
腰に見える拳銃を取らずに無謀にも背中を見せて倒れる失態を見た室長の怒号に部長が血相とした表情で答えた。その顔は完全に顔面蒼白だった。
「彼等に実弾の所持許可は持たされていません!中身は威嚇用の空砲なんです!」
元自衛官ではない一般の警備社員だという説明を思い出した室長。同時に財閥傘下で銃器取扱者の資格保有者の大半が自衛官か警察関係の経験者ばかりだというのも思い出す。
「銃を知らない現地の人間に対して威嚇用の空砲なんて意味が無いだろうが!」
「しょうがないでしょう!?だからテーザーガンの支給をお願いしたではありませんか!」
言い争う2人の間にも警備員を殺し終えた外套姿の集団が今度は目標を前方の車へと変えて殺到する。
「ひ、ひいぃ!こっちに来ます!?」
「も、戻れ!早く後ろに引き返せ!」
数にして50人は越えるであろう襲撃者に運転手は完全にパニックとなった。
必死にハンドルを回してUターンをするが、狭い通りのため車は何度も切り返しを繰り返す必要があり時間がとられた。
その間に襲撃者達は車に追い付いて車体に剣を叩き付けたり、突き刺していく。
「うひゃぁ!!」
運転手の情けない叫び声が2人の耳に響く。その間も車は急停止と急発進を繰り返して2人の身体を激しく揺らした。
「ば、馬鹿!さっさと引き返せ!」
無茶苦茶な軌道で気分が悪くなる部長を他所に運転手はハンドルを回しまくって漸く車体のUターンに成功した。
「くたばれニホン人!」
「ひぃっ!?」
そこへ窓に向かって襲撃者の1人が振り下ろした剣がぶつかり窓が砕け散った。砕け散った窓の破片が部長の顔に当たり、彼に出血をさせる。
防弾仕様や特別頑丈な造りではない一般の乗用車のため、数十人から囲まれて攻撃され続けた車体はあっという間にボロボロになる。
それでも何とか倉庫区画へと方向を切り返した車は全速力で来た道を引き返した。
「ぐぁ!?」
「逃げるなニホン人!」
急発進で車の前面で剣を叩き付けていた数人の襲撃者を轢いたが、運転手は構わず倉庫方向へと車を走らせた。
後部座席にいた室長は後方へと視線を向けた時、襲撃者の1人と目が合った。
外套のフードから溢れ見えたその顔はこの地でよく見た帝国人の顔立ちであるのを確認した室長はこれが話に聞いていた帝国派による襲撃だとそこで気付く。
「うぅ……野蛮人共め。」
「くそっ!何がここは安全だ!すぐに警備兵を集めさせろ!」
痛みで呻く部長の横で室長は悪態をつく。その指示に部長は痛む身体を動かしてスマホで連絡をとる。
「わ、私だ。倉庫区画のゲート付近で襲撃が発生した。すぐに警備隊を寄越してくれ。既に何人かの部下が奴等に殺されてるんだ!」
「さっきの倉庫付近には絶対に連中を入れるな!武器を強奪されたら最悪な事になるぞ!」
「は、はい!」
室長の言葉に部長も事の重大さに気付いたようだ。必死にスマホを操作して各部署との連絡を急ぐ。
黒い鉄馬車に乗ったニホン人と視線が合ったライヴェン伯爵家 元騎士隊長の ミルバ・ウォッペン・ハーベは血に濡れて紅の雫が地面に滴り落ちる剣を振り払うと背後に付き従う同じく元ライヴェン伯爵家の騎士へと向き直る。
そこには数人のニホン人の死体から荷物を漁る部下の姿がいた。
誉れ高き伯爵家の騎士たる自分達が盗賊や物乞いのように他者の死体を漁る事実に騎士隊長は強い不満を抱くが、己に課せられた使命を思い返すとそれを強引に取っ払った。
「ミルバ隊長!この死体から興味深い物が!」
すると死体の腰から何かを見つけた部下がそれを手に取ってミルバ騎士隊長へと手渡す。彼は手の掌に乗せたそれへと視線を落とした。
「これは!……」
黒い筒状のそれはミルバ騎士隊長も良く知る存在であった。直にそれを握り締めた感覚に彼の脳裏に強い感情が沸き上がるのを敏感に感じ取る。手渡した騎士本人も感情が昂っているのが分かる。
「はい!奴等ニホン人共が使用している武器でございます!」
嬉々とした表情で言う部下にミルバ騎士隊長は手にした拳銃を目の前まで掲げると周囲を見渡した。
彼等の回り全てが赤煉瓦による帝国式の建築方で建てられた倉庫だ。
「……ここはニホンが一時的に管理している倉庫区域だったな?」
「はっ!ここ数日の観察でも多くのニホン人がこの倉庫区画を出入りするのを見ています。
奴等の重要な物資保管所なのは間違いないです!」
「そうか。」
部下の答えにミルバ騎士隊長は満足したように頷くと周囲の騎士に指示を飛ばした。
「すぐに敵の増援が来る。予定通りに別れて行動する。奴等の足を挫いてやれ!」
ミルバ騎士隊長の命令を前に数十名の騎士達は着込んでいた外套を脱ぎ捨てるとその下に着用したライヴェン伯爵家の家紋が刺繍された騎士服が露となり、複数のグループに別れて動いた。
携行している無線から指示を受けた倉庫区画の警備員達はすぐさま班毎に集まって襲撃の受けたゲート近辺へと向かう。
「急げ!大林部長が襲われた!襲撃者への発砲を許可する!」
班長を務める警備班長は両腕で持つ小銃M4カービンの装填を完了させて先を急いだ。
20名程の警備社員は速やかに現場へ到着する。そこで大勢の襲撃者と思われる集団がゲートを超え、剣を片手に此方へ走ってくるのを確認した。
見たところ、彼等の装備は騎士によく確認されている全身鎧類ではなく胴体部のみ薄い鉄板を装着させた機動力を重視した部位鎧と見受けられた。
「襲撃者視認!手元に凶器も確認しました!」
班員がM4カービンの照準器で凶器を見つけると班長に言う。
「各員、各個にて射撃を開始しろ!」
指示が飛ぶとすぐに警備社員は各個に射撃を実施して何人かの襲撃者へと命中させた。
しかしながら襲撃者達は仲間が倒れるのも構わずに突進を続けていき、迎撃をとる警備社員に大きな精神的圧力をかけてきた。
だが迎撃する警備社員達は厳しい訓練を受けた元陸上自衛隊である。指揮者である班長の正確な指示の下で1人の死傷者を出すことなく視界に見える襲撃者の全員を射殺した。
「……これで終わりか?」
制圧を終えたエリアを歩き回った班長は呆気なく終わった戦闘に怪奇な呟きをした。
「死体は20人程ですね。それと向こうにゲート警備を担当していた4班の遺体全員を確認しました。」
「班長。襲撃者は恐らく元騎士かと。どの死体からも胴体鎧に同じ紋章が描かれてます。
日本政府への報復としてここへの襲撃を決行したのでしょう。」
死体の確認を終えた部下からの報告に班長は次々と考え込む。しかしながら正面先にあるゲートの奥から時間が経過する毎に増えてくる野次馬の喧騒が耳に入り、思考が邪魔された。
「……あの野次馬共をさっさと追い出せ。警備本部に増援と自衛隊への通報も急がせろ。そっちの事情聴取の方が面倒だな……」
日本の警察機構がまだ整っていないハンザブレックでは自衛隊がそれを代行していた。
班長は録な監視カメラ類の警備設備が整っていない現地の重要区域警備の厳しさを目の当たりにして不快感を増していく。
やがて後方に仮設置されている警備本部から追加の警備社員が現場に到着してゲート周辺に群がる野次馬の整備と現場の保存を自衛隊が到着するまで行っていた彼等だが、各自に支給された無線機から衝撃の報せが入り、班長は度肝を抜いた。
『こちら警備本部!巡回班は何をやっている!?A-1エリアで倉庫が火災しているぞ!?速やかに消火活動をしろ!
あそこは建設機材が収容しているんだ!急げ!』
本社の客人対応をしていた部長の声だった。普段なら鬱陶しく感じた彼の怒鳴り声も、その内容を耳にしては彼等は驚愕と混乱の2色に染まるだけであった。
「何だと!?」
咄嗟の判断で班長は上空へと視線を上げた。するとすぐに言われたエリアの方向である空から黒煙が立ち登るのを発見した。
「クソッ!してやられた!……」
ここの襲撃者は囮。本命は倉庫区画の中身だと彼等もすぐに理解した。班長の下した判断は一瞬だ。
「小山!2班を連れて消火器を持って現場へ急行!他は放下した敵の捜索と周辺を封鎖しろ!これ以上の侵入者は甚大な被害が出るぞ!
非番も夜勤連中も全員起こして対応に当たれ!消火活動は現地作業員も総動員だ!」
現地の未熟な消火設備を把握していた班長は血の気が引きたくなるのをグッと堪えて的確な指示を出していく。
更に警備本部の責任者は非常事態と判断して他社の警備会社や現地の衛兵詰所にハンザブレック駐屯の自衛隊基地にも緊急通報をして事の終息に全力であたった。
しかしその間も倉庫区画の一角では時が経つ毎に増していく炎でその被害区域を拡大の一途を辿っていった。
囮役としてこ決死隊と別れたミルバ騎士隊長は残った本命の十数人の騎士と共に事前の観察で目処を付けていた倉庫区域へと走った。
彼等がハンザブレックへと活動拠点を移してから充分な期間を費やして準備したこの襲撃。彼等はこの倉庫区域の実態をある程度把握することに成功していた。
ここ最近の倉庫区画と他区画を区切る門では昼と夜に関係なくニホンの鉄馬車が横断しており、迅速な輸送のためか殆ど門を出入りするための手続きや警備が緩和されており、彼等の襲撃決行を後押しさせていた。
更には一度倉庫区域に入れば門以外の出入りを制限する場所は皆無であり、彼等は小高い丘からこの倉庫区域を観察していき、ニホンの鉄馬車が頻繁に出入りする倉庫郡の発見に成功したのだ。
やがてミルバ騎士隊長達は目的の倉庫区域へと到着すると一瞬の息をつく間もなく、すぐに倉庫の大扉を開閉させた。
全長30ミリル程の倉庫へと入った彼等はそこに保管された大量の貨物を前に目を丸くした。
「これは……っ!」
「ここに目を着けたのは大成功です。ミルバ隊長!」
ミルバ騎士隊長等が目にした光景は天井を高く設計された倉庫内部に停車させた大量のニホンの鉄馬車であった。それもニホンが港から近郊部との間で何度も見た特殊な鉄馬車である。
それらは日本の建築会社がこの地に運搬させたばかりの建設車両であった。それらの車両は一時的にこの倉庫へと停車させていたのである。彼等はその倉庫に当たったのだ。
馬車後部を大きな容器の様な物を取り付けた恐らくは荷馬車のような役割を果たす鉄馬車。前面下部に筒状の何かを着けた鉄馬車。
「これは何とも不気味な光景だ……ニホン人はコイツらを何に使うつもりだ?」
騎士の1人が鉄馬車上部に腕のような物を取り付けた鉄馬車の前に立って呟いた。彼が見ているのは油圧ショベルカーである。
「戦争に使う……にしては東部地方や中央部でそういった噂は聞かないな。」
その騎士は「よっ」と気合いの声を上げると油圧ショベルカーの履帯部に足を乗せて車体の上に立ち、高い視点から倉庫内部を見回す。
倉庫内はどこもこういった奇妙な鉄馬車が並ばれており彼はここが彼の知る世界では無いと理解する。
「隊長。ここの鉄馬車が近郊の建設地で動いてるのを見ました。恐らくですがこれらは建築に使われる乗り物です!」
別の若き騎士がミルバ騎士隊長に言う。彼は近郊部の偵察に時間を費やした者であり、その用途をよく理解していた。
「建築……なるほど。ニホン人は単純な乗り物や荷馬車では無く、建物を造るための馬車を造り出した訳なのか……」
ミルバ騎士隊長は絶句した。乗車や運搬以外に馬車の用途を見出だす発想力とその技術力に彼は驚嘆したのだ。
「もしや港に停泊しているあの巨大船もこういった乗り物で造られたのでは?」
側に控えていた騎士が言う。確かにあの巨大な船を人の手で造れるとは思い難い。
「つまりは……ここの鉄馬車はニホンにとって重要な物という訳だ。」
これらの鉄馬車を失えばニホンに打撃を与えられるとミルバ騎士隊長は再び気分が高揚するのを感じ取ると同時に懐から先程のニホン人の死体から剥ぎ取った黒い筒…拳銃を取ると1人の騎士へと手渡した。
「これを西方へと届けるんだ。ニホンの情報、ひいては奴等の秘密を暴く切っ掛けになる筈だ。何がなんでもこれを皇帝陛下のもとへ御届けせよ。」
「はっ。この命に替えましても届けます。」
強い決心を表情に籠めた騎士を前にミルバ騎士隊長は満足そうに頷く。
「よし……すぐにここを離れろ。我々もすぐに行動に移る。」
「はっ!」
拳銃を受け取った騎士が外套を身に纏って倉庫から出るのを見送ったミルバ騎士隊長達は行動を開始した。
携行した可燃性の魔法薬の入った瓶を各々が懐から取り出し、倉庫内一面にそれをぶちまいた。
可燃性で錬金されたその魔法薬を全て撒き散らした後は火を付けて倉庫全体が巨大な炎で覆われる。
1棟の倉庫が燃え上がるのを前にミルバ騎士隊長は部下へと次の命令を下す。
「この調子で他の倉庫も燃やすぞ!ニホン人共に我々の力を知らしめるのだ!」
目標の達成を前に昂る感情のまま声を張り上げるミルバ騎士隊長に部下達も雄叫びのように返答すると周囲へ散開した。
続々と周辺の倉庫へと炎の手が広がっていくと同時に1人の外套を纏った男が騒動に誘われて集まった群衆の中へと混じり静かに消えていった。
18時間後……
辺り一面真っ黒の煤と倉庫の残骸が地面に転がった焼け野原と化した倉庫区域の1つ無言で歩く小島財閥本社の室長。そのすぐ傍を今も黒煙が各所に立ち登るためにハンカチで口元を覆った部長が続いた。
周囲では自衛隊所有の消火ホースと輸送ヘリによる海水投下といった方法で消火活動を続ける自衛隊と社員達がいた。現地ではいまだに消防局の設置はないため全て現場の人員でやるしかない。
「こいつは酷い……建築資材と車両を保管してた区域が全滅ですよ……何てこったい!苦労して船から荷卸した建築関連の貨物が!
これじゃあ鉄道建設に大きな遅れが出ちまいます!」
お手上げと部長は首を横に振って途方に暮れた。鉄道敷設に必要な建築資材約600t分と新品の建築車両40台があの火災で失ったのだ。
謂わずとも鉄道に関する全ての建設計画に大きな乱れが生じた。それも1つの財閥だけではなく大陸進出を計画した国全体に影響を及ぼすレベルのだ。
そして今回の騒動は現地の警備統括責任者である彼の失態であり、極めて深刻な被害を被った事実に項垂れた。
「あぁ畜生め!あの襲撃者共のせいで滅茶苦茶だ!港の貨物荷卸も停止命令を受けましたし、帝都と本土では今頃、大騒ぎだ!
このままでは全て私の責任になる!クソッ!畜生!」
怒りのあまり足元の煤で黒く汚れた木片を蹴り上げる部長。それを冷酷な視線で向ける室長。
「現場の杜撰な警備体制と消火設備の未整備……問題点を挙げれば切りがないです。すぐに本社に打診します。貴方は一刻も早い復旧に取り掛かって下さい。」
「あ、待って下さい!私の処分についてどうかあなたの方から取り繕って頂きたい!お願いします!」
室長はそう言って停車させた車へと戻る。部長は保身のために室長へと寄るが、車の周囲に待機していた室長直属の部下がそれを遮って室長を乗せた車が発進する。
焼け野原の景色を走る車内を同席していた直属の部下が報告をする。
「死体から確認された家紋は北部地方のライヴェン伯爵家に所属する騎士による犯行だと判明しました。
犯行エリアに確認出来た死体は全部で48人分……全員が警備隊と自衛隊との銃撃で死亡したと確認しています。」
「襲撃者全員を処理できたのか?」
車内の窓に視線を固定させたまま室長は問う。いまだ車は焼け野原の真ん中を走り続けていた。
「残念ながら断定は出来ません。監視カメラも無く、目撃者の証言でも正確な人数までは断定は不可能です……現状で判明している詳細はこちらに纏めてあります。」
雲行きの怪しい表情で部下は1枚の報告書を隣に座る室長に渡す。渡された室長は静かに息を吐いてから中身を読んでいく。
そこには現地人からも聞き込んだ証言も記載したようで箇条書きで大量に書き込まれていた。
・燃える倉庫区画の付近で襲撃者とは別の怪しげな集団を見た。
・ゲート付近で外套を纏った集団が日本に関する話をしていた
・燃え盛る倉庫区画方向から外套を纏った1人の男が住宅区画へ走るのを見かけた
・あの騒動で火事場泥棒をする集団が工房区画で発生した
・殉職した警備員装備品の一部が紛失している。
等々、興味深い情報もあるがそれを上回る数の小さなどうでもいいような報告もあり、室長の重い感情が更に拍車が掛かった。
「……まず間違いなく襲撃者の一部が逃亡しているな。ハンザブレックと帝都の政府関係者に犯行者全員の速やかなる確保を要請しろ。
本社の役員会から通達すれば向こうも重い腰を上げる筈だ。」
室長は自身の上司である本部長にもお願いする必要があると考え、同時にいま最も行うべき指示をした。
「最後にだが……あの警備責任者の部長を左遷させるように動け。あの無能がいつまでも現場の指揮を一任させてる限り同じことが起きるぞ。
念のため他の警備会社もここに派遣させて厳重な警備体制を整えさせろ。」
「分かりました。速やかに本社へその旨を伝えます。」
彼はこれまでの部長の粗暴な行動と杜撰な思考を思い返してこの日一番の大きな溜め息をついた。
「……計画修正を急ぐぞ。本社の総合企画部を何人か呼び込んで詳細を記録させる。少しでも早く復旧させなくては大陸進出事態が破綻する。」
既に数ヶ月単位の遅れは確定していると室長は捉えており、本社へ最重要案件として報告しろと部下に指示した。
室長の乗った車が黒煙が立ち登る倉庫区域を走る最中、その全体を見下ろせる都市内の小高い丘の上で外套を纏った集団がいた。
ほぼ1日前にニホンの情報を探ろうと動いていたライヴェン伯爵家とは別の元騎士達だ。
壮年の男性隊長は焼け野原と化した元倉庫区域で撤去作業を行うニホン人を眼下に呟いた。
「ライヴェン伯爵家の騎士達は見事に使命を全うしたか……見事だ。」
そう隊長は感心したように言った。彼の視線の先では広大な倉庫群が燃え、廃墟同然となってしまったニホンの物資保管所が広がっていた。
間違いなくニホン側に深刻な被害を叩き出した偉業だ。これで今は亡きライヴェン伯爵も報われる筈だ。
「隊長!我々もこれに乗じて続きましょう!今なら更にニホン人共を追い詰めれます!」
若き騎士が殺気立つ勢いで進言した。しかしそれを横に立つ別の騎士が彼の頭を引っ張ったいて諭す。
「愚か者が!情に任せて事を急がしてどうする!我々はニホンの情報を集める事を第一とすると隊長が仰ったであろう!」
「も、申し訳ありません……」
強い言葉で諭されたことに若き騎士は項垂れる。そんな2人のやり取りを背景に隊長は撤去作業を続けるニホン人を観察する。
「早いな……」
「はい?」
隊長の口から思わず漏れた呟きを前に背後の部下達は怪奇な反応をした。
「ニホン人の対応が早いのだ。普通、あの規模の火災なら今も燃え、対応を誤れば都市全体が危機に晒された筈なのだが……倉庫区域の何割から燃え尽きこそしたものの、もう既に消火を終えて撤去作業に入っている。」
ライヴェン伯爵の騎士も見事だが、ニホンの対応力も見事だと隊長は率直な感想を抱いた。
「……確かにそうですね。特に鉄の飛竜が腹に海水を落として消火するというのは中々に斬新でした。他の飛竜では真似できませんよ。」
騎士は十刻以上前にニホンが行った鉄の飛竜が用いた手法を目の当たりにしており、その衝撃的な光景を思い出し呟いた。
「さて……一旦、ここから撤収するぞ。衛兵やニホン兵が都市内の関係者を捜索する筈だ。我々は関与していないが、向こうから見れば怪しいと見るであろう。」
お陰で此方の計画に少なからずの影響が出た。その言葉こそ口には出さなかった隊長だが、そこに悪感情は無い。
「西方に吉報を持ち帰れるのは行幸。暫し身を隠し、時を計らったら再びこの都市に戻るぞ。ここはニホンの情報で溢れているのだからな。」
隊長はそう指示すると背後の部下達を引き連れて都市へ出る城門の方角へ急いだ。
後の調査で判明した騒動で日本が被った被害は倉庫45棟が全焼。そして数日前に荷卸されて保管していた物資と建設車両の全てを失った。
更に倉庫区域の復興を余儀なくされたため日本は再び帝国の手によって戦略を大きく変更させる事となった。
そしてその報せは帝都の外部インフラ開発庁の永井長官の元へも届いた。
数日後……
ニグルンド帝国 中央部
帝都
帝国に進出した邦人を管理、保護する機関である外部インフラ開発庁の永井長官は帝城ニグールの豪華絢爛な回廊を不機嫌な様子で歩き、目的の自身の執務部屋の前へと着くと、間髪付く間もなく扉を開けた。
「変更だ。全て変更になったぞ。」
部屋に入って開口一番に待機していたニグルンド方面隊の総監 本郷陸将に不満げに話かけると執務机の上に書類の束を荒々しく投げた。
本郷陸将は机の前まで歩いて投げられた書類の束を拾ってその中身を読んだ。
「……巨大空港建設はハンザブレックの倉庫復旧と鉄道建設の最優先のため無期限の停止。
……制空権は棄てるというのが本土の考えですか?方面隊任務に航空機は不可欠です。」
本郷陸将も不満を抱いた様子で永井長官へ問う。その本人はこの部屋にある椅子へと腰を落とすと重い溜め息を吐きながら答えた。
「敵である飛竜への対処と敵地偵察はヘリコプターで充分と判断されたようだ。
迅速な輸送能力と人員展開は今後の戦略で最重要項目となっている。
今の我々に巨大な鉄道と空港の2つを建設する程の物資と人手は出せない。
……ならどれを取るかは君も分かるだろ?
利便性と輸送能力は圧倒的に鉄道が有利だ。」
バスンッと魔獣の革で刺繍された貴重な黒檀の椅子に体重を預けた永井長官の答えにも本郷陸将は表情を変えずに反論した。
「確かに飛竜に対しての対応は戦闘ヘリで充分です。それは認めますが、即応性と偵察機能は圧倒的に航空機が上です。
作戦立案に航空機からの情報は何よりも重要です。偵察衛星だって自由に使える訳ではありませんし、緊急時に取れる選択肢が制限されるのは現場に大きな負担を強いさせます。」
現場の最高司令官として仮の空港基地だけでも欲しいと本郷陸将は言う。そして部屋の窓から見える景色を眺め、そこに見える帝都近郊の平原へと言及した。
「準備は完了しています。あとは滑走路と簡易な管制塔さえ建てれば戦略の幅は格段に広がります。」
彼の視線の先には整地作業をする自衛隊の施設科部隊が見えており、小規模であれば即席の航空基地設置はすぐに終わると言う。
「それでも……だ。本土と大陸の総力を挙げて鉄道建設を遂行させねばどっち道、この大陸進出計画は失敗に終わる。
全て完了させればそこの空港計画も復帰して総力を注ぐように私も善処する。一先ずそれで納得してくれ。」
永井長官の懇願に本郷陸将もそこで口を閉じた。彼もここでどれだけ言っても本土には届かないと理解しているのだ。
「……承知しました。私も理解はしています。ハンザブレックの件は我々自衛隊の過失も大きいです。防衛と監視を民間に委ねてしまったのですから……」
本郷陸将はこみかみに指を当てて顔を俯かせる。その言葉に永井長官は次の話へと話題を変えた。
「そのハンザブレックに関してなんだがね。方面隊 指揮下にある戦闘団の1つをハンザブレックとその周辺地域の警備に回したい。」
「戦闘団を……丸々1個ですか?それも本土の意向で?私からは何も聞いていません。」
現場の自衛隊司令官である本郷陸将に連絡が来ていないことを指摘したことに永井長官は言い難そうに答えた。
「まだ総理を説得中だからだ。だが、戦闘団規模で防衛に当たらせよと、周りが騒ぎ立てている。向こうは中世程度の相手だからと戦力を低く見積もっているのだよ。」
「それは無茶な話です。現地協力者がいても我々が監視すべき場所は日本並の面積ですよ!
そこから戦闘団1個分を引き抜かれては他地域で第2のハンザブレック火災が起きるだけです!」
本郷陸将は今度こそ強い反対という意思で反論した。
現在の本郷陸将が指揮するニグルンド方面隊の戦力は全部で16個戦闘団の170部隊から編成されている。
そのうちの第2戦闘団は帝都防衛として常駐。他の5個戦闘団は帝都周辺の中央部で防衛任務をしており、それ以外の10個戦闘団で前線とその付近を担当させていた。
だが、これらの戦闘団が管轄する場所は日本の国土面積とほぼ同等の36万²kmとなる。それらを防衛するのには上記戦力でもギリギリなのだ。
そこから1個戦闘団が1つの都市に釘付けとなればこれまでの防衛戦略を1から考え直さなければならない。
本郷陸将の事情と本土の議会側、双方の状況を把握していた永井長官は頭が痛くなるのを我慢して言葉を続ける。
「無論、君達自衛隊の逼迫した状態も理解している……だが、こっち側の事情も察して欲しい。」
最後の言葉に本郷陸将もなにかを察したようで重々しく口を開いた。
「つまり……財閥からの圧力ですか?」
本郷陸将の言葉に永井長官は静かに頷いた。
「そうだ。向こうの財閥から強く言われたようだ。自衛隊による防衛の確約。それが無理なら民間の警備会社の制限を解除するよう働きかけろともな。
安全地帯と思われていた北部であの大惨事だ。現地の安全性をこれ以上損なわれればいま大陸にいる企業はみんな撤退を始めるだろう。」
そうなればこの国は滅亡だ。そう永井長官はどこか達観したような声量で呟くと執務机の上に置いたペットボトルの水を豪快に飲み込んでいく。
「あの火災で補給に乱れが生じている。今後ますます君達の活動は制限される筈だ。先日も話し合った件……そろそろあの男に仕事を投げてやるとしよう。」
"あの男"という言葉が誰を指しているのかを察した本郷陸将は苦々しい表情をしながらも、これまでの会話から反対意見が通ることはないと判断し、静かに同意した。
「……承知しました。ウルブ・ジェシカ及びその配下のターボ隊へ正式に前線警備の仕事を委託させます。
それ関連の事務的処理はそちらでお任せしても?我々は幕僚等と共に捻出可能な戦闘団を選定致しますので。」
せめて其くらいはという願いで申し出た本郷陸将に永井長官は一瞬の迷いも無しに快諾した。
「勿論だとも。全てが終わった暁には君に長官の椅子を推薦して挙げよう。試してみる気持ちはあるかい?」
黒檀椅子をポンポンと叩く永井長官に本郷陸将は苦笑いをして返した。
「ご冗談でしょう?私に各機関の橋渡しなんて無理です。精々、各所の文句を受け止める位ですよ。」
肩を竦めて言う本郷陸将に永井長官は残念だと返した。
再び時が経過して1週間後……
同都市 帝都の1等住宅街区
無人となっている皇宮貴族用の邸宅を借りて滞在していたウルブ・ジェシカの元へニホンの役人が来たと部下から聞いた彼は役人の待つ玄関口へ急ぐ。
豪華な邸宅を堪能していたところへ遂に待ちわびていたニホンからの使者へ昂る気分を冷静に制止して玄関口に向かったジェシカはその使者の姿を視界に収めると内心でニヤリと笑みを浮かべた。
(やはりダークエルフを送ってきたか。)
玄関口で佇むのはニホンの役人が着用している黒すーつと呼ばれるニホンの一般的な仕事着であるダークエルフだった。
「貴殿がウルブ・ジェシカだな?」
背後に護衛として連れてきた2人の自衛官 共にダークエルフを背景に外部インフラ開発庁に勤務するダークエルフはジェシカを見ると確認の一言を発した。
「左様でございます。私めがターボ隊に身を置きまするウルブ・ジェシカでございます。
以後、お見知りおきのほどを……」
その言葉にジェシカは恭しく一礼をすると丁寧な口調て答える。それと同時に自身の態度を見たダークエルフの反応を伺い、再び心の中でニヤリと笑った。
無表情こそ貫いていたが、その瞳の中では驚きと感心の色があるとジェシカの鋭い観察眼が見抜いた。劣等種族が常識の大陸人がダークエルフを前に一瞬の躊躇もなく頭を下げたのだからその衝撃は相当なものだろう。
事実、護衛として連れてきたであろう背後のダークエルフ2人はその表情を明確な驚きで変えていた。ジェシカは勝ちを確信する。
「っ……うむ。外部インフラ開発庁 永井義政長官及びニグルンド方面隊 総監 本郷勝俣陸将の両名より貴殿へ書類を預かっている。
それとその内容に関連する物も持ってきた。それらの引き渡しも併せて行わせて貰う。」
「ははっ!」
口調からも驚きを隠せないダークエルフの役人と共にジェシカは邸宅から出ると、敷地に置かれた大量の荷物を見つけた。
「先程の書類がこれだ。帝国文字は読めるな?」
「はい。問題ありません。」
数両の輸送トラックの荷台から木箱を下ろしていく数人の自衛隊員を背景に外部インフラ開発庁のダークエルフから手渡された書類をジェシカは読み込んでいく。
日本語で記載されたそれをダークエルフ職員が帝国文字に翻訳された内容の全体を理解していくに連れてジェシカの笑みが深くなっていた。その様子を後から来た側近であるターボ隊のヴァレンチとロハーチは不思議な表情で見つめていた。
やがて中身を全て把握したジェシカは今も輸送トラックから下ろしていく荷物へと視線を向けて対面のダークエルフに質問した。
「内容は理解しましたが、あれらの荷物はもしや?」
「その通りだ。日本政府が貴殿等ターボ隊への業務委託を正式に受諾した。
あれらの荷物はその業務遂行に必要な物資と資金が入っている。」
その返答を受け取ったジェシカは明確な喜びを露にするとダークエルフに向けて再び頭を下げ、感謝の言葉を発した。
「ご丁寧にありがとうございます。我ら、ターボ隊は必ずやニホン国のご期待に沿えるよう全身全霊でお応えします。」
ジェシカのお辞儀をするとその背後で見ていたロハーチも頭を下げた。その横にいたヴァレンチも慌てて続くようにしてお辞儀をする。
「期待しているぞ。それとこれは業務に関連する規約事項だ。必ず全て読み、それらを理解して業務に取り組むように。いいか?必ず中に記載された内容は遵守するように。
特に人道面に関しては君達の常識とは大きく逸脱した内容だ。赤字で記入された重要事項欄の違反行為が確認された場合……即刻契約破棄となることを忘れるな。」
そう何度も警告するとダークエルフ職員は分厚い契約事項が記載された書類の束をジェシカに渡した。
ジェシカはそれを恭しく受け取り、その分厚さを手に握りしめて実感する。余りの分厚いさに後ろで見ていたヴァレンチの表情が一気に皺寄せになる程にそれは分厚かった。
だがジェシカは一切の表情を変えずに、寧ろ嬉しそうな表情で答える。
「お任せ下さい。我々ターボ隊はこれまで契約を羽子にした事がないので有名です。
円満に契約成立した事に感謝感激であること、是非ともナガイ長官閣下とホンゴウリクショウ閣下へお伝え下さいませ。」
規約書を目にして予想していた反応と違うジェシカを前に少し唖然としたダークエルフ職員だったが、すぐに気を取り直すと返答した。
「……その旨、必ず伝えよう。規約書の間に貴殿の身分を証明する証明書が挟んである。
自衛隊の隊員に身分証提示を要求された際はそれを見せるように。」
「ははっ!何から何までお気遣いありがとうございまする!」
その後、ダークエルフ職員は輸送トラックからの荷卸を終えたのを確認すると帝城の帰路へとついた。
借り与えられていた邸宅の敷地でジェシカ達だけとなると、ヴァレンチが呆れた様子で分厚い規約書を持つジェシカに言った。
「ちょっとオヤジ!……それ、本当に全部読むつもりなの?そんなイカれた量の規約なんて聞いたことないわよ……」
人差し指がすっぽりと収まる程の分厚い契約書を見て完全に引きつった表情をするヴァレンチだがジェシカは嬉々とした感情を維持していた。
「当然だ。あのニホンとの専属契約を捥ぎ取ったんだぜ?これくらいなら屁でもねぇよ。」
「ふーん……で、最初の紙には何て書いてあったの?」
ヴァレンチの問いにジェシカは持っていた書類を見せて答える。
「これか?ニホンの長官様からの専属契約書だ。あとこっちは証明書だと言っていたな。
この紙切れで俺達はニホン側だと証明できるって訳よ。」
自慢げに紙をヒラヒラてひけらかすジェシカを胡散臭げに見るヴァレンチだったが、そこへニホンが持ってきた荷物の中身を確認していた彼の部下である傭兵から声が上がった。、
「オヤジ!見てくれよこの中身をよ!すげぇな!これ全部かよ!?」
声の方へと視線を向ければ何人もの傭兵達が箱の蓋を片手に中身を見て歓喜しているのが見えた。
それを見たヴァレンチは訝しげな表情を、しかしジェシカは大きな笑みを浮かべた表情でそこに歩く。
2人が近付くと箱の前をどいた傭兵。そして中身を見たヴァレンチは驚愕に眼を見開いた。
「嘘でしょ……これ全部?」
「あぁ!そうだぜ!あそこの箱全部が金貨と銀貨で埋まってやがるぜ!」
驚くヴァレンチを横に傭兵の1人が箱の中身に入った金貨を掬ってジャラジャラと音を立てた。
黄金色に輝く金貨が太陽の光で反射してヴァレンチの顔を僅かに照らす。
「ニホンからの契約金として250ニグデンが前金で支払われた。その後、成果次第によっては定期的に20ニグデンを支払うと書いてあるな。
あと総額の4割は銀で支払うとも書いてあるぞ。そこら辺は市場の流通を考慮している訳か。流石だ。」
手元の契約書に顔を俯かせて説明をするジェシカ。金貨にすれば2000枚という大金がここにあることになる。1傭兵隊規模としては計り知れない程の契約金だ。
完全に固まっているヴァレンチを他所に、先に箱を改めていたロハーチが冷静な表情で中に入っていた金貨と銀貨のそれぞれを1枚手に取り、鑑定をした。
「……東部の大陸同盟で流通しているプリト金貨とゾーフル銀貨だな。」
ロハーチはそれぞれの硬貨に刻印された紋章を見て言った。それに周囲の傭兵が聞く。
「あん?帝国硬貨じゃねぇのかよ。ここらで使えるのか?」
「比率は帝国のとほぼ同じだから問題ない。それに大陸同盟のなら通りにある両替商の店にまで行けば帝国硬貨と取り替えて貰える。」
ロハーチの答えに周囲の傭兵達も安心したようですぐに隣の同僚と共に踊ったりして喜んだ。
「なら最初から帝国硬貨のにすればいいでしょうに。」
腕を組んで言うヴァレンチの言葉に契約書と規約書に目を通していたジェシカが答えた。
「こいつに依ると……帝国硬貨は占領した各地のいんふら整備に使いたいようだ。
ニホン様ってのは色んな方面に手を伸ばしているらしい。」
視野が広いね。そう感心するジェシカだが、ヴァレンチは先程の単語に不可思議な疑問を抱き、質問した。
「その、いんふらってのは何よ?」
「俺も詳しくないが、ニホンが効率的に軍や荷物を運ぶために必要なものらしい。」
ジェシカの説明を聞いてもあまり理解出来なかったヴァレンチだが、自身との関連性が薄いと判断するとすぐに忘れた。
「それでオヤジ。俺達もそろそろ動くって訳なんだよな?」
木箱を丁寧に邸宅へ運ぶ傭兵達を傍らにロハーチは問う。
「おう。チャベク達もフロマドと工房連中も合流したんだよな?」
長らく異大陸に向かっていたターボ隊の指揮官の顔を思い浮かべたジェシカ。それにロハーチは即答する。
「抜かりはない。いつでもオヤジの指定した所に行けると文に書いてあるぞ。」
その返答を聞いたジェシカは手を叩いて周囲の視線を誘う。
「よろしい。俺達の仕事が決まった。これから俺達は皇帝派と戦争をする。
だが、その前の準備として都市ヘルンフートに向かう。」
ジェシカの宣言に周囲は首を傾げた。都市ヘルンフートはここ中央部からやや西に位置するニホン派皇宮貴族の領地なのだ。前線からは少し遠い。
「すぐに戦争じゃないのか?」
誰もがそう思っていたが、どうやらジェシカはニホンの役人と念入りに何度も協議していたらしい。
「今はこっちも向こうも休戦状態だ。ニホンはこっちから仕掛けるのは禁止だとしてる。
だから俺達はその間を利用して準備するんだよ。金があったところで複数の大貴族を従える皇帝に勝てる訳じゃねぇんだ。
盗賊や小貴族との小競り合いとか言う規模の話ざゃねえんだぜ?……俺達は大国との戦争に突入してるんだ。」
「フロマド親方と工房を連れてきたのは武器と揃え集めるって訳か。そしてその道中の村々で傭兵の募集を兼ねる。」
ロハーチの言葉にジェシカはうなずく。
「その通りだ。」
(正確にはちと違うがな……)
部下達の納得した表情とは裏腹にジェシカは1人、ある計画を頭に思い浮かべ、影の濃い笑みを浮かべた。
この日、希代の傭兵隊長 ウルブ・ジェシカは大きな転換期を越えた。
日本 東京
首相官邸
ウィルテラート大陸を混沌へと突入させた国家の首都、その行政の最高監督者である首相の官邸へと視点は移動する。
首相が実務を執り行う官邸執務室で、総理は1人で本日の仕事を行っていた。
国旗を部屋に掲げた執務室で、執務机に備え付けた受話器には全ての省庁へ直通の回線が引かれており、有事には全ての情報がここに集結させることが可能となっていた。
そんな最高機密が集まる部屋のパソコンで事務仕事をこなしていた総理の元へ2人の人物が入室する。
両者共にスーツをきっちり着込んだ男。その身分は国家公安委員長を兼任する国務大臣、そして警察庁警備局長の2人であった。
「君達が揃って来るのは初めてだな。用件は手短に頼む。」
側近2人の入室を確認した総理 雄城正芳はPC画面から視線を動かすことなく、やや枯れたような声で彼等の入室理由を問う。
「はっ。それでは早速でありますが、昨日の公安会議で確定した『特機隊』の派遣への許諾をお願い致します。」
「特機隊……あぁ、だから君がいるのか。」
自身の執務机に書類を置いた国務大臣に雄城総理はそこで初めて視線を入室者に向け、警備局長である男を見た。
「はっ。詳細は全て彼が把握しておりますので連れてきました。」
特機隊の管轄は公安警察であり、警察庁警備局長は彼が実質的な管理をしていた。
「そうかね。そういうことなら中身を確認させて貰うよ。」
雄城総理は国務大臣の言葉に耳を向けつつ、置かれた書類へと手を伸ばし、1枚ずつゆっくりとその中身を頭へと入れ込んでいく。
15分程の紙を捲るだけの音が部屋に響く。その間の2人は一切微動だにせず、ひたすら上司である雄城総理の言葉を待った。
そんな2人の静寂に構わず雄城総理はゆっくりと中身を確認していき、やがて6枚目の書面に記載された1つの項目を読んだ時、彼の険しい視線が警備局長へと向けられた。
「……この『特機隊の治安活動を実施する活動範囲及び超法規的措置の限定的な権限解除』についてなんだがね……あれだけの予算を組み込んでおきながら活動範囲は帝都だけかね?
それに治安維持法に反する人物への即時処罰又は裁判所を得ずしての逮捕権所有を与えるとは実に強権的な内容だな。」
雄城総理はそこまで言うと先程まで読んでいた書類を彼等の前へ投げ捨てると眉間の細かい皺を寄せて2人を睨んだ。
「君達は私の目が届かない所で特機隊を新たな関東軍にでもするつもりかね?」
総理の言葉が届き難い大陸の帝都の治安組織としては過剰な権力だと怒りを露にする。これに2人も怯む様子を見せずに国務大臣が答えた。
「まずは有らぬ誤解を招くような文面で申し訳ありません……ですが、彼等の存在は総理にとっても利となります。」
「その心は?」
「先日の『ハンザブレック大火災』につきまして、実行犯の裏がとれました。
彼等は皇帝派からの支援を受けた反暫定政権組織であり、彼等の中には他国の支援を受けた者もいます。主に西大陸の大国諸国です。」
「ふん。それも当然だな……で、それとこの件と何の関係が?」
「既に帝都で彼等の支援を受けようと独立した反暫定政権組織の各代表や幹部等が接触を模索しています。」
「情報源。」
「総理のお手元であります。」
雄城総理の短い質問に警備局長が代わりに答えた。『総理のお手元』とは内閣情報調査室の隠語である。それを聞いた雄城総理は深い溜め息をついた。
「またあのダークエルフ達か……」
「大陸に展開する実質的な諜報チームはダークエルフだけですから。」
どうやら総理は彼等の活躍具合に多生の不満を持っているようだ。総理は続けて言う。
「専門的な諜報機関を設ける必要があるな。あそこだけでは連携も取れん。現にその情報を寄越したのが情報官ではなく君達なのだからな。」
アメリカのCIAのような情報組織設立を視野に入れる総理に、国務大臣が触れた。
「総理。特機隊をその先駆けとさせるのが我々の本命です。」
国務大臣の言葉に興味が引かれたのか、総理は続けろと無言の圧力をかけた。
「特機隊には自衛隊と警察の両組織から人員を引き抜いて編成された治安組織です。
その中には情報解析員も在籍しており、そこから彼等のノウハウを引き継いだ新たな情報機関の主幹を築いて貰います。」
「その新たな情報機関の上部組織は公安かね?」
総理は警備局長へと視線を向けた。
「いいえ。内閣直属とします。」
「つまりは私がトップか。」
「そうです。ですが名目上の指揮は官房長官が担って貰います。」
「野党対策は充分か……だが、彼等の限定的な活動範囲と過剰な権限とどう結び付く?」
「特機隊は最大限、独立した治安組織にしたいのです。活動範囲を帝都に限定させたのはそのブレーキ役です。」
その過剰な権限を行使可能な場所を制限させる。総理は2人の意図を幾らか理解した。
「財閥への圧力回避のためか……」
日本経済は財閥に片寄った状態であり、その影響力は政治面においても無視する事は不可能なものだった。
「お考えの通りであります。彼等には帝国領土内の反政府組織打倒に専念して貰います。
故に構成員の素性は全て機密扱いとし、組織運営に私も加わる事はありません。実質的な管理は彼とその直属の側近のみとします。」
国務大臣は隣の警備局長へと視線を向ける。
「彼への信頼は任せても良いのか?」
「能力共に問題ありません。」
国務大臣の保証に総理は一考する。
「特機隊の活動範囲については理解した。だが、帝都には西方の大国諸国の大使もいる。
反政府組織の排除方法によっては……外交問題と成りうるぞ?」
「総理。帝都は今や我が国の大陸進出における心臓部です。そこに反政府組織が混じり込むのは末期癌を放置するのと同等であります。」
「外交懸念を無視しろと言うつもりか?」
「そうではありません。連中からは一切関係の関連性は無いと断言させます。それ故の強力な装備と練度、後方支援を与えました。
彼等独自の緊急処置法と逮捕権限を与えたのはそれも含まれています。
どの道、自衛隊や警察では動きに制限され、手に余る相手です。」
自衛隊のような装備と警察以上の治安維持に迅速な対応をとれる組織。そう国務大臣は断言した。
そこまで彼の話を聞いた総理は時間をかけて再び思考に没入した。瞳を閉じて腕を組む総理を前に2人も静寂に意識を向けた。
やがて意を決したように表情を締めると、1つの条件を2人に示した。
「受理する代わりとして、この特機隊運営には決してダークエルフは関わらせるな。人事にも実働隊にもだ。特機隊は完全に日本人のみとする。」
総理の絶対に譲らないという態度に2人は即答で返した。
「はっ。特機隊設立は全て我々の直轄人員のみを徹底させます。」
返答を聞いた総理は、投げ捨てた書類を再び手に取る。
最後のページまで読み終えた総理は最初のページに戻し、そこの書面最上段にある最終受理者の欄に自身の判子と署名を記入して国務大臣へと渡す。
書類を渡された国務大臣は判子と署名に問題が無いことを確認すると警備局長と共に頭を下げた。
「ありがとうございます総理。早急に特機隊の帝都派遣を完了させます。」
「あぁ頼んだ。一刻も早い大陸安定。それが出来なければ特機隊は解体するつもりだ。それを踏まえた上で職務に励め。」
総理は主に警備局長へと向けた言葉を放つ。
「全身全霊をかけて大陸安定に尽力します。」
明快に返答する警備局長の言葉に総理は納得したか、そのまま先程のパソコンへと視線を戻すと2人は退出した。
この数日後、防衛省と国家公安委員会から選出された人員が新たな治安組織への異動辞令が正式に発令された。
視点は日本本島から再び大陸へと移動する……
ウィルテラート大陸
ニグルンド帝国 領土内
帝国領土内の暫定政権が支配する北部地方のハンザブレックから中央部の帝都に通じる北部大街道が敷かれた場所。
道幅を常に8ミリルで統一された帝国4大街道の1つで12台の大型トラックと4両の軽機動車、12両の自動オートバイによる輸送部隊が街道を走行していた。
一般乗用車よりも馬力の高いエンジン音による駆動音と振動が街道周辺の空気を揺らす光景はそれを観察する者達に大きな精神的圧力をかけていた。
その彼等は北部大街道からやや離れた場所に生える背の高い茂みに身を隠すようにして日本の輸送部隊を食い入るように見ていた。
薄い灰色の外套を着込み、うつ伏せ状態で睨むような表情をする集団。元は北部地方の皇帝派に属する子爵家の騎士だった男達だ。
その外套下にはここ数ヶ月間手入れのされていない薄汚れの部位鎧と鎖帷子で装備する元騎士達は宿敵ニホンの姿を前に心胆を冷やした。
「わ、若様。いいえ……モルツゥイ様。あれが我々が発見しましたニホンの輜重隊であります。」
そんな騎士達の1人が自身等と同じように茂みに隠れてニホンの姿を観察する若き男性へと丁寧に話しかけた。
その若き男性は異形とも呼べるニホンの鉄馬車の群れに絶句していた。
「あれが……ニホン。我が父上を自害させた元凶共なのか……」
「はい若様。あれが当主様を無念にも亡世へと向かわせた敵でございます。」
「な、何とおぞましい……」
明らかに顔面を蒼白させた表情で力無く呟いた若様と呼ばれた人物。彼はモルツゥイ子爵家の嫡男 正統な貴族家を背に持つベネレゼ・ルミイ・モルツゥイだ。
その周囲を囲む騎士達は、自身の家族を死に追いやった相手を見たいと若様が言ったため、危険を承知の上で連れてきたのだ。
しかし当の本人は余りの異質な姿と空気で周囲を威圧させるニホンの鉄馬車を前に恐怖で愕然と身体を震わせていた。
「若様!しっかりなさいませ。我等は何としてでもニホンを帝国から追い出さなくてはならないのです!」
そんな若様を見て隣の騎士が励ますように言う。
「だ、だが……勝てるのか?あんな人間とは思えない化物こような集団に……」
しかし騎士の励ましの言葉はまだ成人したばかりの青年貴族には届かず、先ほどから弱気とも捉えれる言葉ばかり吐いていた。
その間もニホンの鉄馬車の群れは茂みに隠れる彼等の前へを通り過ぎていこうとしていた。
距離はおよそ130ミリル程の場所の茂みに隠れた彼等にニホンから気付かれるような様子は無いが、鉄馬車が前方を通り過ぎていく光景にモルツゥイは慌てたように頭を下げて姿を隠す。
そんな頼り無い自分達の主となった若き貴族を見て騎士達は奥歯を噛み締めたような表情となる。
「……今日の所はもう撤収しよう。この先に町がある。そろそろ若様の休憩も必要だ。」
同僚である騎士がモルツゥイに激を飛ばした騎士に言う。確かにここまで来るのに幾日もの行軍で若様は疲れ果てた様子だった。
助言を受けた騎士も同意してまた次の機会でニホンの情報を探ることとした。
モルツゥイ達一行が偵察を中断してニホンの鉄馬車輜重隊が通った北部大街道から東南方向へ約25バレクの距離にある中規模の町まで馬に乗って移動を終えた頃には既に日が暮れようとしていた。
北部地方と中央部の境界付近にあるニホン派男爵貴族家の領地であるため、モルツゥイ達は目立たぬように町で唯一の宿場である1階で食事を摂っていた。
4階建ての町の中でも大きな建物であり、1階部分は壁を限界まで撤去した広い空間を確保した食堂兼受付の場所ではモルツゥイ一行と周辺の町や他の地方から来た大勢の客で賑わっていた。
「……若様。お気を確かに。」
椅子に項垂れて座り、明らかに落胆した様子のモルツゥイを前に騎士の1人が心配そうに、しかし周囲には他の利用客もいるため聞こえないよう小声で呟いた。
声をかけられたモルツゥイは少し顔を上げると意気消沈の表情で応えた。
「す、すまない。あんなに彼等を滅そうと強気でいたというのに、実物はあんなおぞましい物だとは思いもしななんだ……」
モルツゥイはそう言うと再び顔を俯かせた。それを見た周囲の騎士達は互いの顔を見合わせてどうするかと頭を悩ませた。
やがて隣に座る騎士が意を決して何かを言おうとしたその時、近くの席に座る他の客達からの声が彼等の耳に入った。
「本当かよ!それがニホンから手に入れた品にのか!?すげぇ!」
その声は大きく、他の利用客達も何事かと興味を持ったように視線や耳を向けた。それはモルツゥイ達一行も例外ではなく、モルツゥイ自身も俯いていた顔を上げてその方向へ向ける。
1階の食堂に座る多くの人々から視線を集めた席には数人の裕福な身なりをした男達が座っており、各々の両脇に見栄麗しい女性達を座らせて肩を掴んでおり、非常に上機嫌な様子で隣の席に座る他の客の質問に応えた。
「おうよ!ハンザブレックでは今、かつてない程の活気に満ちてやがるぜ!
牛の大群のように走り回るニホンの鉄馬車!海の上を山のように巨大な船が佇む巨大な鉄船!
更に更には、空までもが飛竜以上の速さで飛び回る鉄飛竜までもがハンザブレックでは当たり前の日常になってる!
あの都市は大陸最大の交易所になってるんだ!俺はそこで大金を稼ぐことに成功したぜ!」
そう男は声高らかに言うと両脇に侍らせた女性達の肩を掴んで自身に寄らせた。
「流石ねぇお兄さん。」
「はっはっはっ!俺達の時代が来たんだ!お前等も見ておけよ!いずれニホンは世界を手にする最強の国になる!そして俺達は貴族を越えた大金持ちになるんだ!」
女性達の世辞を前に男達は更に機嫌を良くして大きな笑い声を挙げた。それらを前に質問していた他の客達が次々と質問をしていく。
「に、ニホンってのはやっぱり皇帝達を圧倒させてるのか?」
客はそう問う。帝国の一般階層にあたる平民達の大半が現状の帝国情勢を把握していなかった。
そんな質問を受けた男達の1人が先の男のように上機嫌で応える。因みにその男は両脇に侍らせた女性の胸付近に手を伸ばしていた。
「そうだぜ。ニホンの鉄馬車や兵隊達を前に皇帝の軍と騎士団は連戦連敗。
北部や東部の皇帝派貴族共はみんな死んだか西へ逃げ回ってるんだ!
この国はニホンの物になるのも時間の問題ってもんよ!現にここら辺で皇帝派の貴族なんて見ないだろ?」
まさかその近くに皇帝派貴族の残党がいるとは思いもしない男達の発言に、食堂空間の端に座る彼等騎士達は強い憤りを感じ、無意識に腰に下げた剣の柄を握った。
しかしここで暴力沙汰を行える訳がない彼等は悔しい表情を隠すように顔を俯かせた。そんな騎士達を他所に男達の話は続く。食堂にいる者達は誰もが男達の話に熱中していた。
「俺達はハンザブレックの商人に伝があってな。しかも帝都でニホンの品を仕入れて財を成した知り合いの元冒険者もいるから、ソイツ等からニホンの品を仕入れ先を教えて貰ったんだ。
これからの時代、ニホンとの伝を持つ奴が成功するんだ!お前等も今のうちに俺達に顔を売っておくのが正解だぜ?」
最高に調子づく男達。しかし食堂の客達は不快感よりも男達の身に着けた豪華な衣服や装飾を見て、それらの感情よりも嫉妬や憧れの色が強かった。
両脇に侍る女性達も同様で、ことある毎に男達へと自身の魅力を強調するように身体を大胆に触れさせた。
それに男達もますます調子に乗る。それに騎士達の怒りが込み上がるという悪循環へと突入するが、食堂の熱気は収まることを知らない。
その後も男達の景気の良い話は続く。そんな最中で話を聞いていた1人の客が抱いた率直な疑問を口に出した。
「てか、そもそもの話なんだが……ニホンってのは一体どこの国なんだ?
西方大陸の国でも無さそうだが……」
客が発した疑問に食堂の他の客達と男達、ひいては騎士達もが、出されたその疑問に意識を向けた。
やがて全員の視線が再び男達へと向けられるが、当の男達も困惑した表情で応えた。
「いや、俺達も詳しくは知らねぇよ。ニホン人と取引したとは言っても既に仕入れて貰ったハンザブレックの商人から買ったってのだから、俺達だって大した情報は無ぇよ。」
そんな男達の返答に客達も僅かに失望した様子で肩を竦めると食堂の話題はニホンの正体を迫る関連に染まった。
「俺は東の果ての海から来たって聞いたぞ!そこにはこの大陸よりも遥かに広大な大地があるって話だ!」
「それは嘘だ。ハンザブレックから来たんだから、ニホンは北に船を進んだ先にあるんだよ。」
各々の推測や根拠の無い憶測が飛び交う最中、端に座る騎士達も静かに話し合った。
「実際のところ、どうなんだ?西方の皇帝陛下達は把握しているのか?」
騎士の1人が支援している国粋派貴族達の状況を同僚に問う。しかし問われた側は首を横に振った。
「残念ながら向こうも殆ど知らないらしい。
他の支援をしている西方大陸の諸国達も誰も知らない筈だ。」
「……どうするんだ?そんな状況でニホンをこの国から追い出せるのか?」
「滅多な事を言うな……若様の前だぞ。」
騎士の1人が咎めた言葉に彼ははっとした表情で口を閉じる。しかしモルツゥイ自身は何てこともない様子で言った。
「私の事は気にするな。だが、ニホンの事を何も知らないのでは確かに現実的ではない。」
明らかに気を遣わせたモルツゥイ様子に騎士は申し訳なさそうに頭を下げる。
その後もニホンに関する話題が尽きない食堂だが、それから半刻が経過した頃に彼等を震わす報せが届いた。
突如として宿場の出入口である扉が大きな音を立てて開いた。すぐ隣の空間は食堂なので全員の視線が扉へ向く。そこにはこの宿場の従業員である下男であった。
「馬鹿者!お客様の前で失礼だぞ!」
下男の正面にある受付で仕事をしていた支配人が怒り心頭に叱った。しかし下男はそれを覆すような報告をする。
「し、支配人!一大事です!に、ニホンの兵隊様達がこの宿を使いたいと!」
「何だと!?」
支配人の眼を見開いて口から出した反応。それは食堂にいた全員の反応を代弁していた。
聞けばこの付近を鉄馬車で巡回していたニホンの兵隊が暫しの休憩として使いたいという話だった。
「すぐに最上階の部屋を空けろ!高価な酒や食事の用意も急げ!」
それを聞いた支配人はすぐさま宿にいる全従業員達を集めると受け入れ準備を行った。
それらを食堂で見届けていた客達も一斉に件のニホンが来ることに色気立った。
口々にニホンの姿を一目見ようとこの場に居座ると言う客達を背景に騎士が同僚に言う。
「どうする?俺達もここで待つか?」
指示を乞う同僚に騎士は対面のモルツゥイへと向き直った。当の本人は昼間見た異形のニホンの鉄馬車を思い出したのか、小さく身体を震わせた。
「いま下手に席から動けば逆に他の客から怪しまれる……若様。いいですね?」
「っ!も、勿論だ。君の判断に従う。」
一応の指揮者であるモルツゥイからの同意を得た騎士達は外套のフードを深く被り、目的のニホン兵が来るのを待った。
下男の衝撃的な報告から1刻後、宿場内からでも聞こえてくる空気を振動させた音と振動が彼等の耳に入った。
「来たぞ!」
「しっ!静かにしろ。」
そんな客達を尻目に騎士達とモルツゥイは食堂の端で鋭い視線を他の者達と同様に扉へ向けた。
そこから待つと、宿場の外からニホン人らしき者達の声が聞こえると同時に扉が開かれ、彼等の緊張が最高潮に達した。
「あれがニホン人……」
「至って普通のニホン人だな?」
「いや、分からんぞ。戦う時には化物に変わるかも知れねぇ。じゃなきゃ、あの皇帝の騎士団を倒すなんて考えられないからな。」
彼等の前に現した数人のニホン人を見て口々にそう発する。それをニホン人は聞こえてないのか、それとも無視しているのか、はたまたは両方なのか、まっすぐに受付の方へと歩く。
すぐに支配人が媚びへつらうように受付から出るとニホン兵へと声をかけた。
「これはこれはニホンの兵隊様!当宿場へようこそおいで下さいました!
ささ、お食事の準備は既に出来ております!どうぞ此方へ!」
しかしながら、薄緑色の斑模様の服を着込んだ数人のニホン兵達は断った。
「いや。我々は小休憩をしに来ただけだ。腰を休めるための席さえあれば良い。食事の用意はいらない……その旨はこの宿の従業員に伝えたと思ったのだが?」
「そうでしたか!大変申し訳ありませんでした!すぐに特別室へ案内します!」
支配人は一瞬で下男の方を睨んだが、すぐにニホン兵へ満面の笑みを浮かべて言う。しかしニホン兵はそれも断った。
「それも必要ない。我々はあそこの空いてる席に座るだけで充分だ。見たところ、端の席が空いてるようだが……構わないか?」
ニホン兵の1人が食堂の空いている席を指差して言った。それは奇しくも騎士とモルツゥイ達が座っている席の隣であった。
その衝撃の言葉に騎士とモルツゥイ達の心臓が激しく鼓動する。無意識に騎士達は剣の柄へと触れた。
「勿論問題ございません!……何をしてる!すぐにご案内しろ!」
しかし支配人は知る筈もなく、即答で構わないと返し、従業員に指示を出す。
「こ、此方です……」
「すまない。ありがとう。」
緊張で怯えた様子で案内を終えた女従業員に数人のニホン兵達は軽い感謝の言葉を述べると各々の席へと座った。そこは騎士達の座る席と向かい合うような場所だった。
騎士達が角の丸テーブルを囲む席に座ったならニホン兵達はその少し先に並ぶ丸テーブルを囲む席へと座る位置は非常に近く、互いの話し声が聞こえる程だった。
先ほどから心臓の鼓動が痛い程に激しくなっていたモルツゥイはその音がニホン兵に聞こえないなと気が気では無かった。実際、隣の席に着く騎士がさりげなくモルツゥイを守るように体勢をずらした。
だがニホン兵達は全く気にした様子はなく、周囲の客達の食い入るように見つめる視線にも反応することなく席に座るとニホン兵達は互いに話し合った。
周囲の客達はニホン兵に違和感を感じられないように平静を装って会話を再開したが、その意識は完璧にニホン兵へと向けられていた。
あれだけ調子に乗っていた男達も完全に萎縮した様子で両脇の女性の肩にのせていた腕を下ろしてニホン兵へと視線を向けていた。
「まさかタイヤがパンクするだなんてな。」
「言われてみれば交換を先延ばしにしてたもんな。どの部隊も交換期間を延ばしてるって聞いたぞ。」
「だがまぁ、この調子なら交換時間を考えてもあと少しで帝都に着くな。」
(少し?……ここから帝都までは70バレクはあるんだぞ?……それにぱんく?ニホン独自の何からしいが、一体何なんだ?)
そんな彼等の視線を他所に数人のニホン兵達は会話に入る。だが、騎士はそんなニホン兵の会話に早速怪奇な疑問を抱いた。
この町から帝都までは70バレク……日本の単位で言えば約120kmである。大陸の一般的な交通手段である馬車や馬、徒歩においては数日以上はかかる計算だ。しかし自衛隊の車等であれば大街道を使うなら約2.3時間程度の距離だ。
しかし騎士達からすれば、ニホンがどこから来たかは分からないが、仮にハンザブレックだとしたら、ここは折り返し地点。とてもあと少しとは言えない距離感だと疑問を抱く。
そんな騎士を背景にニホン兵の会話は続く。他の客達もさりげなく聞き耳を立てて少しでもニホンの情報を探る。
「ここら付近は明かりも無いから本当に暗いな……※前に帯広に来たことがあったが、それと同じくらいだぞ?」
※北海道の自衛隊駐屯地
「だが道は良く整備されてる。大街道以外は未舗装だが、それでもカンボジアやケニアと比べたらずっと良い。」
「うん?お前PKO派遣されてた部隊だっけ?」
「俺の場合は司令部要員の護衛として動向したんだ。とは言ってもほんの2週間程度の軽い視察程度だけどな。護衛任務だって殆ど車両の清掃や基地巡回だったしな。」
ニホン兵の会話は弾むが、背中越しから盗み聞いていた騎士達からすれば何の話か全く分からずひたすら困惑していた。
彼等の会話を理解しようと必死に頭を動かす騎士達の横でモルツゥイだけはニホン兵の装備を興味深く観察していた。
特徴的な緑色の斑模様と胴体を厚みのある直着の他、最も目を引くのは彼等の足元付近に立て掛けた謎の黒い長筒だった。モルツゥイは何とか顔を微妙に少しずつズラして視線を背後へ向けていく。
(ニホンの武器……あれで父上達を……)
それは部下である騎士達から何度も噂程度で聞いたとするニホン兵の武器らしい。当の騎士達も気になっているようで頻繁に視線を別のところへと移すが注意深くそれを観察する。
「……興味があるのかい?」
その時、あからさまに黒い長筒を見ていたのかモルツゥイ自身も全く気がつかない程に視線を向けていたのを背後のニホン兵が声をかけてきた。
「っ!?……は、はい?……」
瞬間、モルツゥイは完全に動揺し、同じ席についていた騎士達は一斉に身体を震わした。
気付かれた。ここで殺し合うか?そんなやり取りを視線で交わし合う騎士達。
しかしながらニホン兵達はそんな彼等とは裏腹に足元付近に立て掛けた黒い長筒を手に取ると窘めるようにして続けた。
「悪いが坊主が持つには物騒な物だ。見たところは行商人かな?
そちらの行き先は分からんが帝都に行くならこの先の大街道を使うと良い。定期的に俺達が巡回しているから盗賊や魔物も少ない。」
彼等は後ろに座る男達が敵である皇帝派貴族だとは思いも依らなかったようで、淡々としかし穏和な姿勢で話しかけた。
「っ!忠告感謝します。」
動揺して言葉が詰まるモルツゥイの代わりに横の騎士が返答した。
「そうか。そちらの旅路に幸あれだな。健闘を祈る。」
「そろそろ移動するか?向こうのタイヤ交換も終わった頃だよな。」
ニホン兵達はそう言うと席から立ち上がり足元にかけた黒い長筒を手に取って宿から出た。
元の食堂へと戻った一同は暫しの静寂から一転、場内は一斉に大きな賑わいを見せた。
そんな彼等とは逆にモルツゥイ達だけは一気に疲れた様子で深い溜め息をついた。
以外にも奇跡的に危機を脱したモルツゥイが一足先に心労から立ち上がると騎士達に言う。
「わ、私は……帝都に行こうと思う。」
その一言に騎士達は驚愕で目を丸くした。まさか他でもない若様の口から出るとは思わなかったからだ。
「わ、若様……」
「危険なのは重々承知している……だが、ここにいてもニホンの事を知るなんて不可能だといま悟った。だから最もニホンの情報が集まるであろう帝都に行くべきだ。
そこはニホンも重要な場所。それならこの状況の起死回生となる弱点も見つけられるかもしれない……」
強い決心を持ったモルツゥイを見た騎士達は互いに顔を見合わせると頷いた。
実のところ、彼等も最初から帝都に向かう予定であった。しかしながらまだ若いモルツゥイだけは他の味方組織と共に西方の安全地帯へ一時的に逃がそうという考えだったのだ。
それに来て、モルツゥイ自身の当主に相応しい姿を見た騎士達はそんな彼の意思を尊重しようと反論はせずに彼の考えに従った。
「……分かりました。帝都には他の味方組織もいると聞きます。彼等とも連携……叶うなら他国の友好国との支援を頼めないか打診してみましょう。」
思惑は違えど、ニグルンド帝国の帝都で様々な勢力が集まろうとしていた。
次は強化日本の方を2話続けて投稿しようかなと思います!
向こうも数ヶ月単位で放置されてるのでそろそろマズい……




