第9話 帝都の新たな日常
お待たせしやした。
第9話 帝都の新たな日常
ニグルンド暫定政府領
帝都
自衛隊の凱旋パレードを前に帝都市民の活気に満ちた通りを1組の通行人が歩く。
先頭を歩くのは今回の戦乱で日本側に名を売る事に成功をしたウルブ・ジェシカだ。
そんな名高き傭兵の老人は背後に側近である2人の傭兵指揮官を連れて活気の最高値が更新され続けている大大通りの市民達に視線を向けた。
大通りの車道側を等間隔に自衛隊の隊員が歩道に向けて立ち並び、その背後を重厚な戦闘車輌を中心に通りを堂々と行進するその光景を目の当たりにした市民達は新たなる支配者層の移り変わりを受け入れたと見える。
当初の彼等が抱いていた困惑と疑惑の目は今や熱狂的な興奮と熱気に染まっているのを長年の人生経験を持つジェシカは見抜いた。
「……本当に凄いわね。どれも見たこともない乗り物だらけだし、これ程の大きな街がこんなに盛り上がった事なんてあったのかしら?」
ジェシカと同様に、熱狂的に盛り上がる市民を見た女傭兵ヴァレンチが心底驚き切ったような表情で呟く。
驚愕の言葉と共に彼女の視線は真横を通り過ぎていく高機動車の車列を追いかけていた。彼女だけではない。その横を歩いていた大柄の金髪男性ロハーチも同様で、その体躯に似合わぬ間抜けな表情で行進を続ける自衛隊を注視していた。
「俺にはもう良く解らん……何が凄くてどこに驚くべきかも判断が付かんぞ。」
そうロハーチは後頭部をポリポリと爪で軽く掻いて呟く。その間にも自衛隊の凱旋行進は続いており、続々と車輌が帝都の正面城門をくぐり抜けていってその姿を市民に見せ付ける。
大通りで見物をしている誰もがその光景に圧倒されていた。それはヴァレンチとロハーチ2人の驚愕に満ちた表情とは異なり、険しい表情をするジェシカもそこらの市民等と同じ思いだった。
(参ったな。これはちぃと予想外……いや、予想を超えてやがらぁ。)
ジェシカの読みは的中していた。あの平原での合戦を目の当たりにした結果、ニホンは帝国を上回る力を持っていると彼は考えた。
しかし今回の凱旋パレードでその姿をより鮮明に見る事が出来た時、その力の上限が自身が想定していたそれを完全に振り切っており、既に天高くまで、正確な力を読み取る事が不可能な程のものだと今さらながらにジェシカは理解して小さく歯噛みをする。
(一体全体どういう訳だ。何だってこんな国がいきなりこの大陸に現れやがったんだ?
確か…奴等ニホンは東の海から来たって話だな。大陸の東となるとイルミク海を渡った先に別の大陸があるのか?……確かにあの辺の大海は荒れた波が多くて、とても普通の船では西みたいに渡れるものでは無い。
が、それを踏まえても連中のあれは異常だ。)
ジェシカは自ら率先して膝を着いた存在の異様な力を再認識して静かに冷や汗を皺の目立つ額に流す。
それと同時に彼の心中には安堵の色もあった。これ程の力を持った存在と敵対する必要が無くなったからだ。
そう考えたジェシカは気分転換に周囲を見渡してこの凱旋パレードの観戦をしようと顔を上げる。
幅の広い歩道を埋め尽くす帝都市民の壁に幾らかの視界が遮られるもこの活気に満ちたパレードを見るには充分な位置を歩くジェシカ達。
「……ん?」
その時、ジェシカは通りを歩く群衆の中にただ者成らぬ気配を放った何組かの人を発見してその内の1組に視線を静かに向けた。
身なりこそは周囲の人々と遜色無いが、問題はそれを着込んでいる者達の顔であった。
ただ群衆に紛れてその場に立ち竦んでいるように見えて、その立ち姿は有事の際には即時移動が出来るように体重を足を踏み締めており、気配は感じ取られる事が無いように訓練を受けた者特有の立ち姿。
そして刃の切っ先のように鋭い目元の中心に光る眼光は真っ直ぐに通りを進むニホン軍兵士へと向けられていた。
まず間違いなく隠密訓練を受けている。恐らくはどこぞの勢力の間者や密偵であろう。彼等は複数の勢力同士で固まっているのか、この通りに分散してパレードを見ていた。
「オヤジ。どうもここら辺は嫌な臭いがしてるね。」
背後を歩くヴァレンチとロハーチも彼等の存在に気付いたようで静かに声をかけた。
「皇帝派か中立派か、はたまたは何処かの国の連中共か……何にしても関わっても録な事は起きないだろうな。
オヤジ、念のため引き返そう。あの程度なら万が一があっても問題なく返り討ちに出来るが、いざこざは回避したいだろう?」
ロハーチが外套中の懐に下げた剣の柄を握り締めてジェシカに問う。この3人が気配を察知したのを向こうも気付いた様子で、僅かに彼等の視線がジェシカ等に向く。
怪しげな内の1人が僅かな殺気と共に視線を一瞬だけジェシカに向けた。それにジェシカは軽い薄ら笑いで返すと背後のロハーチに言う。
「確かにな。アイツ等も情報収集だけだろう。俺達は反対側に戻るぞ。」
そう言ってジェシカは賑わいと熱気に溢れる大通りの来た道を引き返していった。
帝都で凱旋パレードが行われているのと同時刻、西方へ180km進んだ先にあるニグルンド帝国 西部地方へと視点は移る。
ニグルンド帝国
西部地方 西の大都市
北部のオルデンブル、東部のジークザン南部のガンプリアに続いて西のウェールベルクと呼ばれた西部の大貴族がいた。
ニグルンド帝国の最西部に領地を持ち、大陸西部で最大の港湾都市を領都に構えた大貴族 ウェールベルク家として帝国の4大侯爵に名を連ねる名家だ。
領都であるウェーズブルには20万を越える領民が居住し、大陸西部の商業拠点として他大陸からも多くの商人等が集うため帝国の財布として財源を支えてきた歴史を持つ。
オルデンブル侯爵やジークザン侯爵等の領都をも上回る人口を持つこの都市は北部の商業都市ハンザブレック程で無いにしても、上記の両家を越えた財力と商人数を保有しており、そこから得られる税収は全貴族家でも最上位の収入であると有名だ。
領都の周囲は堅牢な城壁で囲まれており、背後には西の大海によって守られていた。そして街の中心をなぞるように大きな川が海と繋がる河口となっているため、海だけでなく川からも船で辿って大陸内部の物資が運ばれてくる。
大陸西部の経済活動の中心地として栄えた領都ウェーズブルは皇帝派の命綱としての役割を大きく果たしていた。
更に近隣には皇族直轄都市 現臨時帝都ニグルブルグという人口13万人の大都市もあるため、本来の帝都を喪った皇帝派にはまだ勢いがあった。
それを裏付ける証拠としてこの領都ウェーズブル近郊には数万を越える皇帝派の兵士が集結していた。
遷都を終えた皇帝は帝国中の貴族や有力者へ向けて徴兵令を発令。それに従った皇帝派の貴族等が続々と私兵を引き連れて各重要地点に集まっていたのだ。
臨時帝都であるニグルブルグには皇帝直轄の騎士団が集まり、ここウェーズブルには西部地方の貴族軍が固まっていた。
しかし真の帝国の支配者が誰か、その雌雄を決する時が来るのはもう暫くの準備を必要としていた。
「……して、皇帝陛下は何と?」
領都ウェーズブルの港湾区域から程近い場所の小高い丘に建てられた領城の一角にてウェールベルク家当主は自身の前で跪く家臣に問う。
皇帝程では無いにしても高齢であるウェールベルク侯爵は年齢によって弱くなった脚を支えるために杖を持つ姿は老人そのものであるが、その細かな所作や振る舞い、その容姿からは歳を感じさせない貴族特有の紳士に相応しい高貴な空気を纏っていた。
そんな高齢の大貴族の前に跪く家臣は先日まで臨時帝都ニグルブルグで皇帝派の重鎮等との会合に主人の代理として参席しており、現在はその内容を報告するところであった。
「はっ。賢者会の皆様が仰るには、皇帝陛下は一刻も早い逆賊の討伐を望んでおりますが、最も打倒すべき存在は異国人…つまりニホン人である見解を示しました。
そのため南部のガンプリア侯爵閣下が率いられる南部の討伐軍と連合して帝都を奪還した後に東部へと軍を伸ばすべきと決まりました。」
報告を聞いたウェールベルク侯爵は一頻り考える素振りをして口を開いた。
「ふむふむ。皇帝陛下のお考えも尤もであるな。侯爵家でありながらも皇室に刃を向けたオルデンブル、ジークザンも度しがたい所業であるが、恐れ多くもダークエルフと皇族、しかも皇帝陛下への書簡に国家を認めよ等という不届きなことを書く異国人は最も罪深き者共と呼べよう。」
ウェールベルク侯爵はそう納得したように大きく何度も頷くと満足したように言った。
「我が西部貴族家も皇帝陛下の御意向に全面的に従う旨、次の会合でしかと伝えよ。」
「ははっ、必ずや皇帝陛下とその御一考方に御伝えします旦那様。」
家臣に返答を聞いたウェールベルク侯爵はそのまま退出させるとその部屋に1人残った場所で思案にはしる。
帝都を中心に活動している敵側の動向は彼自身の諜報組織や皇室直属の諜報機関等の働きによって把握しているが、それらからもたらされた報告内容の一部、いやそこそこの範囲で解釈に困るものが混ざっており、ウェールベルク侯爵引いては皇帝派がこれから取るべき行動に著しい弊害が出ていた。
見たことの無い怪異がニホンの下僕として帝国の騎士を喰らい尽くしたや怪異が放つ轟音で騎士達の耳が腐らせて殺した。膨大な数の怪異によって帝国騎士団は壊滅した等々、それらの情報はウェールベルク侯爵達の表情を曇らせる一因となっていた。
確かに怪異、つまりは猛獣や魔獣といった人間からすれば討伐対象である存在を軍に利用する手段は歴史を紐解けば実例はある。しかしながら実用されたのは極少数規模であり、とてもそれで軍隊を壊滅させるのは困難だ。
「荒唐無稽なものとは言え、それで南部の討伐軍がニホンに敗戦したのは事実。ならばニホン軍の中に相当数の怪異使いがいても可笑しくあるまいな。」
ならば此方も数を集めねばならない。
西部地方と南部地方の貴族等に大規模な徴兵を行って大軍を編成させる。どの陣営にも派兵せずにいる諸侯等にも例外無く行わせるのが賢いだろう。そうウェールベルク侯爵は考えた。
幸いにもそれだけの軍を維持する資金はある。ここは帝都やハンザブレックにも匹敵する巨大都市 ウェーズブルだ。この他にも南部の侯爵領都カンブリアスや皇室直轄地の肥沃な地にある巨大都市から集められた税収を使えば良い。
「それも限界ならば最後の手段としてラマ大陸の国々がある。」
流石に西方大陸へ協力を要請するのは追い詰められた際の最後の手段であるが、ウェールベルク侯爵は反乱鎮圧の目処が立っていると確信の念を抱いた。
帝都防衛騎士団である近衛騎士団と中央部を拠点とする第1騎士団、ここ西部を拠点とする第4騎士団を含めた皇帝の本軍とウェールベルク侯爵を筆頭とした西部貴族軍も含めれば10万を越えた規模の官軍になる。
更にウェールベルク侯爵家は帝国軍以外に独自の強力な海軍を保有していた。
ウェールベルク侯爵の眼下に広がる港湾区域、そこの侯爵海軍専用の埠頭に数十席もの大型帆船が停泊する。
全体的に丸みを帯びた船体に高い位置に置かれた船首と船尾、そこの中心部に3本のマストを差し込んだキャラック船だ。
優れた運搬量と耐波性を持つ大型帆船であり、ウェールベルク侯爵はこの船を西大陸との交易船や私設の軍艦として扱っていた。
実際に船体の各所には大型の弓、バリスタが設置されており高い攻撃力を有している。
ニグルンド帝国海軍が使用する最新鋭帆船と同型であり規模こそ劣るが、それに乗る水兵や武装する設備は拮抗するだろう。
まさにウェールベルク侯爵が自慢の侯爵海軍を前に彼は満足したように表情を変えた。
「ふほほほ……ジークザンもオルデンブルも愚かなものよ。」
先程までの厳格な老紳士という印象を抱かせた所作から一転、その顔に散らばる皺を更に細かく刻ませながら大きく口を開けて嗤う。
ウェールベルク侯爵は部屋の窓辺へと歩くとそこから見下ろせる港湾を眼下に両腕を水平に掲げた。
「反乱鎮圧の暁には我がウェールベルク家が帝国を席巻するのだ。」
西部の大貴族 ウェールベルク侯爵の自信に満ち溢れる笑い声が領城に響いた。
暫定政府が統治する帝都ニグルンドより南へ数十km南下した先にある1つの街へ視点を移動させる。
皇帝が帝都放棄の報せを受けた帝国中央部に領地を構える皇宮貴族は直近の日本派の快進撃を見て、つい最近になって皇帝派から日本派へと鞍替えした男爵家が統治する領都で動きがあった。
ベリバラル平原につくられた人口1500人前後の小さな街、そこは帝都から続く南部大街道に連なる場所にあり、そこを軸にして多くの人々の往来が激しい地域にあった。
そして現在、その人々の往来は以前よりもその数を大きく上昇させていた。その理由が街の郊外に広がる光景が物語っていた。
街の活気も聞こえなくなる程度に離れた先の平地、そこで多数の日本の民間企業から来た技術者達が周囲を方面隊隷下の陸上自衛隊 隊員等に護衛されながらそこで働いていた。
そのは大陸人がベリバラル平原と呼ぶ地域であり、日本政府が石油埋蔵の可能性が高いと判断した最重要地域である。
そこを中心に数十台もの車輌型調査車が該当する地表の地下を搭載したレーダーで調査してその地下にあるであろう地下資源のデータを解析する為のプレハブ小屋が横並ぶ場所で関係者が真剣な表情でパソコンで確認する。
それらを背景に短期間で調査を終えて有望箇所だと判断すると直ぐ様、鉄骨造りのやぐらを組み立てて掘削リグによる試掘採掘が既に数ヵ所で行われていた。
通常では考えられない調査から1ヶ月程度での掘削作業への移行を前に、この事業を担当する者達全員が休むことも忘れて業務に没頭していた。
複数箇所で10mを越えた掘削リグを支えるやぐらが平地に建てられた場所の1つで、数人の技術者達が話し合う。
「主任。1号掘削機が先ほど200m地点を通過しましたが、コンダクターパイプの打ち込み作業が追い付いていないので、一時停止させるべきかと。」
日本有数の財閥傘下である資源開発会社の現場部署の社員が上司である男性主任にそう提案した。
提案を受けた主任は手元にある資料を読み込んで今朝から判明した現場の詳細を確認して苦々しい表情でうねった。
その内容はどれも急ピッチ作業によって準備不足や作業手順の食い違い等の弊害が顕著に現れていた。
「次の資材搬入はいつになる?そもそもここ最近の搬入は予定日より遅れてるぞ。」
3日前に掘削作業に必要な資材を載せた輸送トラックの車列が到着していたが、それも本来の日時よりも遅れており、主任達のいる現場では常に何かしらの部材が不足している状態が続いていた。
更には地震探査等の地質調査部門、掘削・整地やインフラ整備といった多数の部門と部署が合同で行うため、この現場だけでも数百名以上の民間人と護衛をする自衛隊もいる。
そんな彼等の生活に必要な物資も併せて輸送する必要があるため、一度の輸送に到着する資材の量は想定よりも制限されたための遅延だ。
主任の言葉に同席していた輸送関係に従事している社員が答えた。
「明日の午後一で輸送団が到着すると連絡を受けています。ここは到着までは他作業への人員調整を行うのが良いと思われます。」
「資材搬入の内訳は?」
主任の続く質問に担当者は慌てて手元の資料を傍らに読み上げる。
「は、はい!……主にセメント関連が中心でありますがケーシング資材も1000m分が入っています。あと交換用のドリルビットもあります。」
掘削リグで掘った穴の坑井保護に使われるセメントと筒状の鋼管が主であるケーシング資材が明日の輸送便で届くことを聞いた主任は決断する。
「分かった。1号掘削機は明日の午後まで停止。その代わりとして6号機と7号機の掘削リグの建設を優先しろ。
それから同時進行で解析設備の設置を完了させろ。1号機と2号機の検層到達までに測定設備は完璧に揃えるんだ。
来年の6月には一次採油を終わらせるようにするんだぞ!」
推定される石油の埋蔵地は数千m地下で、生産開始までの猶予はまだあるが、主任はより迅速な採油体制を整えるよう指示する。
男爵領都近郊の一角で1基の掘削やぐらに対して複数台のクレーン車を使って石油採掘所建設に邁進する日本人集団を遠くから見ていた現地人は神妙な表情で顔知りの者達と話し込む。
その現地人達は街の住民や付近の行商人、自衛隊と共に皇帝派貴族の攻勢作戦に従事していた日本派貴族の私兵までもが掘削作業をする現場を見下ろす事が可能な丘の上でそれを見ていた。
彼等からすれば何もない平地の上で何に使うのか皆目検討もつかない謎の塔を造ったかと思えばその根本に大勢で群がり、なにかをしているニホン人に尽きない疑問が沸き上がっていた。
「あれがニホン人か……」
そんな疑問を抱いていた者達の1人、帝国中央部出身の若き行商人 ユレイ・シューブルは他の者等と同じく丘の上で佇み、その眼下に広がるニホン人達を前にそう呟いた。
シューブルは見慣れない身なりをしたニホン人達を一頻りに観察すると同時に脳内で己の考えを巡らせる。
ニホン人が使役する鉄の乗り物、用途不明な箱型の何か、骨組みの塔に多種多様であるが統一された服装に別れて働くニホン人等々、シューブルの瞳にはニホンに関する全てが新鮮であり全てが考えても正解に辿り着かないと判断するしかないものだった。
「しっかし、ニホン人ってのは良く分からねぇな。あんな何もない土地に塔を造って何をするつもりなんだ?」
そこへ行商人仲間である男が声をかけた。それに他の行商人達も賛同するように口を開く。
「回りにニホンの兵士がずらりといるから、ニホン軍の砦でも造るつもりか?」
「こんな辺鄙な所に建てる意味なんてあるか?城つぅもんは普通、丘の上とかに建てるもんじゃないのか?」
「うぅむ。分からんな。ニホンの噂は絶えず聞くが、どれも大した情報じゃないから何が目的なのかも想像できんな。」
お手上げて言わんばかりに壮年の行商人は腕を組んで眼下のニホン人を見下ろす。彼の視線は4基目となる掘削やぐらを設置する為にクレーン車が動く様子に固定されていた。
「にしても大した物をニホン人は使ってるな。奇怪な乗り物であんな大きな塔を持ち上げるたぁ、すごい事だぞ……」
壮年の行商人の言葉に周囲の行商人達も頷いて同意を示した。
その中の1人でもあるシューブルはただ静かにそれを観察していたが、一定の場面で区切ると足を動かして丘から降りようとする。
「おいシューブル、もう行くのか。良いのかよ?あんな珍しいのなんて滅多に御目にかかれないぞ。」
行商人仲間がそんなシューブルに声をかける。それを背中で受け取った彼は背負っていた行商袋を背負い直して意気揚々と答える。
「あぁ俺はもう行くよ。それにきっと帝都に行けばあれ以上のが沢山見れるに違いないだろ?今に帝国は大きく変わるぞ。」
シューブルはそう自信満々に言い切ると丘をあとにした。彼はここに来る道中でニホン人達が帝都を中心に活動しているという噂を耳にしており、そこを目標としていた。
1人の若き商人が帝都のニホン人に興味を示すが、それは彼だけでなく帝国中の人々がその関心を帝都に向けていた。
そんな注目を一身に向けられた帝都へと視点は移動する………
暫定ニグルンド政府
帝都ニグルンド
日本のニグルンド方面隊司令部と外部インフラ開発庁の公共事業本部が設置された帝都ではこれまでの日常風景が一変された光景が持続的に増えていた。
あの世間を大きく騒がした凱旋パレード以降、正体不明の恐怖を抱かせていた存在から、とてつもない力を持つ存在へと良い方向へ転がったのかは審議が必要であるものの、想定されていた略奪行為や圧政で今すぐに逃げるべきではないと帝都市民に抱かせるには充分な役割を全うさせていた。
今の帝都は安定していると評価して良いだろう。それを確認した永井長官一同は次の段階へと移行させた。
それが帝都街区の改築事業だ。より詳しく説明するならば帝国中枢を管理するための施設を既存の管理施設へ更新するための工事である。
直ぐ様、日本政府はハンザブレックに進出している民間企業へと工事を委託すると、帝都に大規模な改築工事が行われた。
特にその傾向が強く現れているのは官庁街だった。そこにあった旧体制時代の政府機関は現代式の建築物に一新され、帝都の中心部に高層建築物が立ち並ぼうとしていた。
流石に着工から数ヵ月も経過していないため現在は仮建築や既存の建物を再利用しているに過ぎないのだが、それでも帝都で生活する市民からすれば、全くの新しい建築様式が目立つ構造群の出現に物見客が官庁街通りに溢れていた。
そんな官庁街区の一角、4階建てのプレハブ式建築物では外部インフラ開発庁傘下の事業部署である都市開発本部が置かれていた。
主に帝都のインフラ改善とこれから大量に来る邦人収容の為に必要な設備を整える為の部署で現在は50人前後の職員が勤務していた。
建物入口周辺を武装した自衛隊によって警備された場所をこの部署を統括する開発部長が現地人との協議をしていた。
建物の1室にある会議室で机に広げられた資料から部長は対面に座る帝都の建築組合の幹部に視線を上げて口を開いた。
「では人足の提供は予定通りにお願いしますね。」
今後の改築工事に必要な人員調整を終えた部長の言葉に対面の組合幹部は大いに満足と安堵の色を見せて反応した。
「お任せ下さい!我々、建築組合一同、全力を持ってニホンの方々にご協力します!
我が組合には腕に自慢のある親方や職人等が大勢在籍しております。必ずやそちらにご満足頂ける仕事振りをしてくれます!」
大口契約を手にした幹部の表情は明るい。彼は昨今の不景気の最中での組合全体を動員した大仕事獲得したことによる高揚感で身体が熱くなる。
そんな熱量を相対的に受けた部長は気圧されながらも表情を崩すことなく応える。
「期待しています。それで次に……官庁街区と隣接する工房街区の間にある倉庫街そちらの倉庫の一部を借用したい旨を先日、各組合に通達したと思いますがその件について如何ですか?」
現在地から程近い場所にある倉庫街区。そこの倉庫は各組合が使用する場所でもあるため、日本側はその使用権を保有している各組合に借用許可を求めていた。
部長の問いに幹部は一瞬の間を開ける事もなく迅速に答えた。
「それに関しましても我が組合としては全面的にご協力します!当組合管轄の倉庫はご自由にお使い下さいませ!」
「承知しました。倉庫の借用に関する契約書は後日、そちらへ送りますので確認して頂いて問題なければ承認をお願いします。」
熱気の篭る幹部とは相対的に事務的に対応していく部長。そのお陰もあり予定通りに会議が終わりに差し掛かっていく。
そして最後の締めに入ったと判断した部長は机に広げた資料を纏めて話す。
「……以上で、本日の打ち合わせは終わりにしましょう。最後に前金の方をこの場で精算させて下さい。」
そう言うと部長は組合幹部に少し待つよう言葉をかけてから椅子から立ち上がり、部屋から退出した。
通路を歩いて幾つかの部屋を通り過ぎていったその先には経理課のある部屋に到着した。入口には2人の軽武装した自衛隊隊員が立っており部長はその間を通って経理課に入る。
その経理課の部屋は2列に組んだ机が並び、その間を通った先の壁際に1つの扉があった。
「部長。お疲れ様です。」
経理課の女性職員が部長の入室に気付くと椅子に立ち上がって彼を迎えた。
「うむ、お疲れ。先日言っていた建築組合の前金の支払金を受取に来た。用意してくれ。」
「畏まりました。少しお待ち下さい。」
部長の指示に女性職員は部屋の奥にある扉の先へと入る。
その部屋に入った彼女の視界には複数の背の高い棚が壁一面に設置されており、その棚の収容部には何かが入った膨らんだ小袋がぎっしりと仕舞われている。
その棚に並んでいる大量の小袋の1つを手に取って袋の口紐を弛ませて中身を確認した。
小袋の中身は部屋の明かりに照らされて黄金色に反射して輝く金貨が袋一杯に入っていた。
ニグルンド帝国が使用する通貨であり、この部屋には開発部が管理する資金が集められていた。
この部屋の壁に並ぶ棚に置かれた小袋は数えれば100袋は超えており、その中身も金貨と銀貨や銅貨の入った袋があった。
彼女はその内の金貨が入った小袋を取って中身を確認した後、取った棚から横の棚からも追加で幾つか取り出していくと隣に置かれた重量計測器にかけてその表示された数値を確認して部屋を出た。
「お待たせしました。金貨1袋と銀貨2袋です。」
「うむ、ありがとう。」
1袋に50枚ずつ入った小袋を受け取った部長はちそれを自ら受け取り、近くにあった木箱に入れると先ほどの組合幹部のいる部屋へと戻る。
「お待たせしました。こちら前金です。」
「おぉ、これはありがとうございます!」
組合幹部は仰々しく木箱を受け取る。
「中身は確認しなくても宜しいので?」
そのまま脇に抱えた組合幹部に部長は問う。
「とんでも御座いません!そちらを信用させて頂きます!」
既に何回かの取引で無事に終了した為に確認は不要だと返す。そう熱量の覚めない対応に部長も引き下がり、会議は終了した。
帝都のインフラ整備に尽力する官庁街区の職員。そこから再び視点を帝都内にあるとある区域へと移動する。
官庁街区と工房街区は帝都の中心部から近い街区だがその中心部と逆に離れた街区、端の位置にある貧民街区がある。
帝都で最も治安の悪く、貧困層がそこに住を構える街区へと視点は移り変わる。
皇帝が見捨てた地と呼ばれる街区は他の街区よりも薄暗く、手入れのされていないと分かる程に荒れた通りの道、少しそこから逸れた裏道に入れば昼間でも鳥肌の立つ程におぞましい雰囲気に包まれ、常人であればそこに立ちいようとはしないだろう。
しかしそんな貧民街区の通りを歩く自衛隊姿をした集団がいた。
貧民街区を通る街道の歩道脇に項垂れるように座っていた貧民街区の住民達はそんな彼等の姿を見るとその瞳孔を驚愕で広げると慌てた様子で建物の中や脇道へと逃げていく。
貧民街区の住民が自衛隊姿の彼等を見て逃げる理由、それはその隊服を着込んだ集団の正体が理由であった。
自衛隊の隊服を着込んだ彼等、しかしその細部に改良を施した独自のものをでありそれを着込む彼等の正体はダークエルフであった。
方面隊隷下の特索班に所属するダークエルフ ユムル2等陸曹は部下の同輩達を引き連れて貧民街区の道を進む。
彼等は例外なくダークエルフでありその肩には装填済みの20式自動小銃を背負い、腰にも装填した9mm自動拳銃を装備していた。
更にユムル2等陸曹に付き従うダークエルフ達全員が各々の得意とする近接武器を持っており、まるでこれから戦闘に赴くかのような険悪な空気を振り撒いていた。
貧民街区の住民達はそんなユムル2等陸曹一向を見ると来た道を引き返し、両脇の建物の窓辺では何事かと彼等を怯えた様子で見下ろしていた。
しかしユムル2等陸曹達はそんな住民達には目にもくれずにひたすら貧民街区の道を歩き続けていく。
彼等に行き先に迷う様子は無い。それもその筈。ここは彼等の生まれた地であり、長年生活の場でもあったのだから。
ここは帝都最底辺の人々が住まう街区。それは同時にこの世界の最下層種族である彼等 ダークエルフが唯一公的に住む事を許された街区でもあるのだ。
しかし逆にダークエルフ達はそこ以外で住む事は禁じられているのだが、当時の彼等にそれを拒む力など無かった。そして貧民街区の住民達から見ても彼等 ダークエルフの立ち位置は最底辺であるのだ。
日本がこの世界に転移する前、ユムル2等陸曹達は常に貧民街区の住民達から執拗な嫌がらせや暴行、略奪行為に強姦等を受け続けていた。
邪悪なダークエルフ。奴隷以下の存在に過ぎない彼等はひたすらその理不尽な迫害を耐えるしか無かった。
それから逃れようと一度、貧民街区から出れば褐色肌の彼等ダークエルフは目立つ。それ故にすぐに騎士隊に通報されたり、その街区でも他の住民等に暴行を受けるのが待っていた。
そんな地獄の日々を彼等は幼少の頃から記憶に刻み続けられていた。ひたすら終わる事のない惨めな生活をその日暮らしで生きていく……筈だった。
数年前、ユムル2等陸曹達ダークエルフの元へある噂が静かに飛び交った。
ーーこの大陸の東端にダークエルフを保護する存在が現れた。
ーー彼等は見たこともない技術と力を併せ持ち、東部の人間国家を次々と征服している。
ーーソイツ等は人間であるが同輩であるダークエルフが彼等と手を結んで安寧の地を手に入れた。
ーー東部の仲間は集結している。彼等は同胞達を迎え入れ、自分達の力を欲している。
ダークエルフ達独自のネットワークで密かに囁かれてきた日本の噂を聞いたユムル2等陸曹の家族はそれに縋る想いで帝都から逃げた。
数少ない家財とボロボロの衣服を持てるだけ持ち、掘っ立て小屋以下の裏路地に建てた家を捨てて、人の目を忍び歩き続けた数年前の記憶をユムル2等陸曹は思い出す。
あの道中も実に惨めなものだった。路銀もなく食料もない自分達は道中の人間共から物乞いをし、時には彼等の余興として言われるがままに芸者の真似事や家族である女達に1夜を過ごさせたりした。時には旅を共にした何組かの家族は人間共の気紛れで殺された。そんな屈辱の日々が待っていたのだから。
だが、いまは違う!俺達は力を手に入れて戻ってきたぞ。
そう闘志を奮い起こすユムル2等陸曹達。全ては日本の影響下に入った東部の小国に入った時に変わった。
そこには当時の自分達の常識では考えれない程に小綺麗な身なりをした同胞達が迎え入れてくれた。
そんな彼等の熱烈な歓迎を受けたと思えば巨大な船に乗せられ、あの希望に満ちた理想郷、日本の地へと足を踏み込んだ。
生まれた頃より目にした巨大であった筈の帝都が玩具のように見えてしまう程の超巨大都市 東京。そこに乱立する山の如し高層建物達。
全てが理解する事を手放してしまう程に無茶苦茶だった。ユムル2等陸曹もその家族も呆然とするしか無かった。
やがてその国に住む人間達が大陸人とは比べ物にならない程に豊かな日々を過ごしていると知ったユムル2等陸曹は堪えきれない程の嫉妬を抱き、1つの決断をした。
自分も日本人のような生活と身分を手に入れてやる。そしていつか自分達を見下し、迫害してきたあの糞ゴミ共に復讐してやる!
それはユムル2等陸曹だけではない。他の帝都や大陸中から逃れてきた同胞達もがその想いを抱いた。
ユムル2等陸曹達は付近の島に建国されたオルフェン=ニル国への国籍取得ではなく、日本本土での難民申請を行い、それが受理されるとすぐに日本語を覚え、日本の教育機関で高卒認定を受け、自衛隊への道を選んだ。
復讐を胸に陸上自衛隊の幹部養成機関 防衛大学校に入校して競合であり同胞でもあるダークエルフ達と切磋琢磨しながら死にもの狂いで任務に励んだ。
必死に各分野の知識や乗り物の操縦、自動小銃といった武器の使用方法や点検方法、自衛隊内の厳しい生活と専門知識を覚えた。
そうしてユムル2等陸曹は帝都組のダークエルフでは上位に入る程の出世を遂げた。
そうして自衛隊での成功を成した折に、今回のニグルンド方面隊編成を耳にした。
帝都で惨めな日々を送った彼は迷うこと無く志願した。幸いにも帝国に知識のある彼等はそれをする必要もなく既に編成に組み込まれていると聞いた時は歓喜で涙を流した。あとは日本が帝国との対戦でどう事が運ぶかだった。
帝国の力は知っていた。この大陸では圧倒的な国力を持つ国相手に日本は大丈夫なのか、正直、ユムル2等陸曹は不安を抱いた。
しかし現実は日本はユムル2等陸曹の想定を越えた圧倒的な力で帝国を追い詰めた。1ヶ月以内に皇帝が帝都を捨てたと聞いた時、ユムル2等陸曹達は首脳部等の苦悩とは裏腹に爽快感に満ちた感覚を覚えた。
今の帝都は日本の影響下にある。そして自分達は日本国の一員だ。地位も力もある。
土台は揃った。こうしてユムル2等陸曹達は思い出したくもない記憶が甦るこの貧民街区へと舞い戻ったのである。
かつて自分達を迫害した連中は、この姿を見ると慌てて逃げ去っていく。あの頃であれば有り得ない光景だ。その度に気分は高揚感に包まれ、復讐の念は一層強まった。
本音を言えばこの街区に住む全ての人間共を殺してやりたい。だが流石にそれは不味いという最低限の理性はまだユムル2等陸曹には残っていた。
だから彼は狙いを1つに絞っていた。その目標はもうすぐ到着する。
幾つかの貧民街区内にあるブロックを通り過ぎていったユムル2等陸曹は裏路地へと道にそれた。
帝都を抜ける数年前、あの頃は絶対に自分の意思では足を運ばなかったであろう通りを歩く。
あの時はこの道を一定期間に1度歩くしか無かった。その先にある建物の人間共に稼いだ金を納める為に。
裏路地に入って暫く歩いた路地の突き当たり、そこに建てられた建物の前でユムル2等陸曹は止まる。
それに後ろを付き従っていた20名前後のダークエルフ達も足を止める。
彼等の正面に建てられた建物。そこはこの貧民街区内で暗躍する裏組織が支配する建物の1つだった。
3階建の石造り製の建物、そこは金貸し業で営む場所であり、貧民街区の住民では到底支払えない暴利で苦しめ続けていた。
当時のユムル2等陸曹も無理やり貸し付けられた元本の利息を払う為に定期的にこの建物に出向いていた。
物乞いや盗みで必死に稼いだ端た金を上納する日々、そんな記憶が思い起こされユムル2等陸曹の顔が曇る。
「兄貴……いやユムル2等陸曹!何時でもいけます。」
そんな彼を前に後ろの弟分である同胞が言う。反射的にユムル2等陸曹は後ろを振り返った。
綺麗に整列する部下であり同胞であるダークエルフ達。その全員がかつての苦々しい記憶を刻まれていたが覚悟を決めていた。その記憶を断ち切ることに。
それを見たユムル2等陸曹は視線を戻して静かに指示した。
「……やるぞ。あの頃の俺達を捨てに。」
その瞬間、背後のダークエルフ達は一斉に声をあげて動いた。
貧民街区 ラジール一派
ヤーマ=ハミ裏通り 金貸し屋
帝都の貧民街区を取り仕切る裏組織ラジール一派傘下の建物で金貸し屋を営む支配人は最上階の支配人室で今日の稼いだ金の帳簿をつけていた。
ここ最近の景気が良いため支配人は上機嫌であった。噂の絶えないニホンが帝都に侵攻してきた際は終わりだと思ったがニホン主導の大規模な工事だとかで大量の金を受け取った労働者達が一派の傘下が経営する店で落とした金が回りに回って此方にも来るため店の懐は暖かい。
「ぐふふふ。これは今月も大儲けだな。穢らわしい連中も見なくなったし、良い方向へ転がってきておるわ。」
ニホン様々だと支配人が上機嫌に呟いた瞬間、部屋の扉を荒々しく開けて入室してきた従業員もとい子分。
「し、支配人!大変です!」
「馬鹿者!誰が入れと言った!?」
血相を変えてきた子分だが、支配人はそれを無視して怒り心頭の様子で怒鳴る。
「それどころじゃないです!奴等が襲撃してきました!」
その報告に支配人の顔から一気に血の気が引いた。すぐに開いていた帳簿をしまうと報告を聞く。
「ど、ど、どこだ!?ヤジーム一派か!?それともウロンド団共か!」
支配人は同じくこの貧民街区を取り仕切る別組織の名を上げていくが子分は首を振る。
「違いますよ!奴等です!ダークエルフ共が来やがりました!」
想定外の名に支配人は一瞬固まる。
「はぁ!?」
理解が追い付いた時、支配人はそう反応するしか出来なかった。
何故、帝都から姿を消したダークエルフ共が今さら来たのか。しかもこの建物に襲撃だと?
逃げるよりも混乱が先にきた支配人。焦れったく狼狽える支配人を避難させようと子分が腕を引っ張ったその時、報告のダークエルフ達が部屋に雪崩れ込んで来た。
「はひぃ……」
「な、何なんだお前達は!?」
部屋の端へ追い詰めれた子分と支配人の2人。どうやら下の階は既に雪崩れ込んできたダークエルフ共によって制圧されたようだ。
壁に背中をくっ付けて怯える支配人達を前にダークエルフの1人が質問に応えた。
「ふん。随分と滑稽だな。自分が情けない顔になっていると気付いているのか?」
ユムル2等陸曹の侮辱染みた言葉に支配人は状況を忘れて怒りに顔を赤くした。
他でもないダークエルフに侮辱されたという事実が支配人に理性を吹き飛ばさせた。
「い、賤しいダークエルフ風情がふざけた事を!いまお前達はラジール一派に喧嘩を売ったのだぞ!」
荒々しく肩を揺らして呼吸を繰り返す支配人の姿にユムル2等陸曹は静かに首を横に振って室内を見渡す。
彼等のいる支配人室は全体が派手目な調度品と美術品が置かれ、一言で評価すれば成金と呼ぶが似合っていた。
派手な色彩を多様して品がまるで感じられない装飾品を乱雑に置きまくったような部屋、それがユムル2等陸曹が抱いた感想だ。
それでもあの頃の自分が見ればきっと切望と嫉妬で視界が暗くなるであろう、富裕層特有の豪華な部屋を前にして、彼の心の底で燃え上がっていた感情が更に激化していく。
言葉にするにもおぞましい感情に染まったユムル2等陸曹は今も恐怖で身体を震わす支配人へと視線を向けた。
「2人共外に連れ出せ。」
ユムル2等陸曹の短い命令。それに背後に控えていた忠実な部下達は一斉に2人の髪の毛を掴んで部屋の外へと連れ出す。
「ひぃ!命だけはお助けを!」
「か、髪に触るな!お前等、一生後悔することになるぞ!?ラジール一派を敵に回して只で済むと思うな!」
ダークエルフの連行に2人は当然抵抗するが、日本式の厳しい訓練を受けた彼等に敵う訳がなく、頭部に走る痛みに顔を険しくする。
乱暴な手段で支配人室から追い出された2人は建物内の通路を歩かされていくが、その途中で激しく荒らされた建物を認識した。
金貸し業として運営された建物の各部屋は執拗に荒らされ、壁や床に家具等には子分達の血で染まった紅の滲みが至る所に付着していた。
貧民街区を暴力で牛耳っていた子分達は突然の精練されたダークエルフ達の襲撃を前に一方的な暴力で打ちのめされていたのだ。
彼等が持つ粗悪な剣で対応しようにも収納棚から取り出すよりも前に装備していた近接武器で効率良く戦闘行為にはしるダークエルフによって血まみれの被害者に変貌していく姿はかつて彼等がダークエルフ達にしてきた光景とよく似通っていた。
「わ、私達をどうするつもりだ!?こ、殺すつもりか!?」
殺伐とした建物内を歩かされる支配人は周囲を囲むダークエルフ達に問う。しかし誰も答えずにひたすら正面を向いていた。
支配人は考える。建物内は血まみれだが子分達の死体はない。自分と同様外に連れ出されただけか、それとも死体を片付けた後なのかも分からない。
答えの出ない現状に支配人は何とか逃れようとするが、自身の髪を掴むダークエルフの腕を両腕で抑えるが、びくともしなかった。
「ひ、ひぐっ!どうか命だけは……お慈悲を!私は無関係です!」
隣で支配人と同じく髪を掴まれて歩かされる子分は先ほどから見える部屋の荒れ様を目の当たりにして情けない声と表情で命乞いをする。
しかしダークエルフ達は一切意に返さずに淡々と外へと歩くだけだ。
やがて建物の正面玄関まで到着して外の裏路地へと連れ出された2人の髪を掴んでいたダークエルフ達は荒々しく掴んだ腕を振り回して支配人達2人を裏路地に転がした。
「いて!」
「うわ!」
裏路地の水気の帯びた泥と土が混じった裏路地の地面に服を汚して転がる2人はそう叫ぶ。
支配人は乱暴過ぎる対応に再びなにかを言おうとするが、視界の端で大勢の子分達が地面に跪かされているのを発見した。
全員が彼の子分であり、正面の建物で働いていた男達だ。貧民街区で幅を効かせていた屈強な体格を持った子分達の全員が暴行を受けてボロボロの雑巾のような有り様であった。
敵対する組織との襲撃に備えて喧嘩自慢ばかりの猛者を集めた筈の彼等の情けない姿に支配人は口をあんぐりと開けた。あれに対してダークエルフ側は全員が然程疲労も負傷した様子もなく、彼等との差を思い知った。
コイツ等、ただのダークエルフじゃない。支配人は漸くそれに気付いた。
「これで全員揃ったな?」
そんな支配人を他所にユムル2等陸曹はそう呟いた。それに支配人は転がっていた体勢で後ずさる。
「な、何をするつもりだ……わ、私達を本気で殺すつもりか?
そもそも一体何の理由でこんなことをする!?お前達になんの得があると言うんだ!」
叫ぶように問いかける支配人だが、そんな質問を受けたユムル2等陸曹の瞳が変わる。
彼だけでは無かった。彼の背後に整列する全ダークエルフ達がその瞳と表情を険しくなる。それは油に火を付けたような強い怒りの現れであった。
「ひっ!」
空気が変わったダークエルフ達を前に支配人と子分達は一様に怯え始める。特に地面に跪かされていた子分達は支配人よりも彼等の強さと残虐さを脳裏に焼き付いていたため、中には股間を温かい水を滴らせる者もいた。
しかし支配人を初め子分達の怯えた反応を見たユムル2等陸曹達はそれを見て満足したようで機嫌を良くした。
落ち着きを取り戻したユムル2等陸曹は彼等の視線を集めるようにゆっくりと歩き出す。その動きに支配人達は彼へと視線を向けた。
コツンと音を立てながら歩くユムル2等陸曹。それに対して地面に跪く彼等からすればまるで死刑執行前のカウントダウンのように感じた。
一定の距離を歩いて何往復かしたところでユムル2等陸曹の口が開いた。
「お前達は数年前、我々ダークエルフを虐げた罪を犯した。その中には同胞と家族を殺した大罪を犯した者もいるな?」
その言葉に支配人達は心臓が掴まれたかのように動悸が激しくなる感覚に見舞われた。彼等は理解したのだ。
いま目の前に立ち並ぶダークエルフ共はかつて帝都の貧民街区にいた連中なのだと。
途端に彼等の記憶からこれまでダークエルフ達にしてきた行動が甦り、その身体を大きく震わし始めた。
「いま、この帝都を支配しているのは誰だ?
まぁ、言わずとも解るだろう。破竹の勢いで帝国騎士団を壊滅させた日本だ。
そして我々ダークエルフは日本と手を組んでいる。つまりはこの帝都で誰もお前達を守る者はいないのだよ。」
あからさまに態度が変わってきた支配人達を心底愉しそうに見つめながらユムル2等陸曹の口は饒舌に動く。
まるで子供が念願の玩具を親から貰ったかのようにユムル2等陸曹の瞳は愉悦と歓喜に満ちていくのを見て支配人は間違いなく殺すつもりだと確信した。
そして彼等ダークエルフ共の姿をよく観察すればそれが主要通りや帝都の重要地区で警邏しているニホン軍兵士の姿と酷似している事にも支配人は今さら気付いた。
コイツ等はニホン軍の一員なのか!?あの噂は荒唐無稽なガセでは無かったというのか!?
支配人も風の噂であの邪悪なダークエルフ達に協力する国があると聞いたことがあった。
しかし彼はそれを一蹴していた。彼だけではない。当時の世間全体が同じ反応をした。
一体どこの世界の馬鹿がそんな事をするのかと。穢れた種族を認めるなど世界を敵にするのと同意義だ。
そんな馬鹿な国が本当にいたとは。それも今は帝都を支配するあのニホンだとは!支配人は混乱と恐怖で頭が真っ白となる。
「全て理解したようだな?これからお前達が辿る末路は想像の通りだ。」
ユムル2等陸曹は彼等の心境を察してそう言い放った。支配人達は死刑執行の鐘が幻聴として耳の中にこびりつく。
「ま、待ってくれ!頼む!許してくれ!わ、私達が間違っていた!」
支配人が子分達を代表して命乞いをした。しかし今のユムル2等陸曹等にそれを聞き入れる者はいない。
既に彼等の殺意は抑えが効かない段階にまで到着しているのだから。
そんなダークエルフ達は各々が装備する武器を手に持ち出した。彼等の手に銃器は握られていない。
銃弾を使うのは流石に不味い。今回の一件はあくまでも裏組織の一部が突然行方不明になったで終わらすつもりだからだ。
日本の官給品消費に関する監視体制は異常だ。訓練時代でも同胞が紛失した部品1つを探すために丸1日を潰した事がある程だ。
故に使うのは剣やナイフといった彼等が得意とする得物だ。
「たっぷりと時間をかけてやる。お前達が俺達にしてきた事を何倍にもして返してやろう。」
ダークエルフ達は動いた。今も怯えて身体が動けない彼等へと近付いていく。
「は、はひぃ……!」
屈強な子分達は反撃に出ない。出ても先ほどのように圧倒的な体術で殺られるだけだと諦めが付いていたのだ。
ダークエルフ達の持つ武器が地面に尻を固定させる彼等へと振り掛かるその瞬間、両者の間に1本の剣が突如として生えた。
「待て!」
ユムル2等陸曹は突然目の前に剣が突き刺さる現象に驚いたと同時に、短いが鮮明に届いた女性の声が裏路地の先から聞こえる。
その女性の声へとダークエルフと支配人達は視線を向けた。彼等の視線に入ったのは5人組の女性で構成された集団だった。
「薔薇姫っ!」
支配人側の子分の1人がそう彼女達の姿を見てそう名を叫んだ。帝国最上位の冒険者チームの登場に目を剥けた。すると他の面々もそれに気付き、場は一気に騒然となる。
「薔薇姫!?なぜこんな所に……」
「始めてみたぞ。あれが噂の最高位冒険者!」
支配人達は困惑と驚きに満ちた反応であるが、対するダークエルフ側は驚愕と動揺が彼等の脳を占めていた。
最高位冒険者の強さと名声は彼等もよく知っている。この世界に住む者であればそれらと対峙する事は終わりを意味すると。
ユムル2等陸曹も流石に狼狽えを見せるが、毅然とした態度で先に立つ彼女等へと言葉を投げた。
「ぼ、冒険者が何のようだ!我々の邪魔をするな!」
彼はそう強い言葉で言い放つが、対する相手側も最初の態度と変わらない。
「そういう訳にもいかん。貴様達は一体なんの権限があってそこの彼等に危害を加える?」
薔薇姫のチームリーダーである剣士 ロウリナ・メルヘネデスはその透き通った声で逆にユムル二等陸曹へと問い返した。
その質問に彼は口ごもる。ここで日本の名を挙げれば彼女等も引き返すかも知れない。だがそれは彼女達、最高位冒険者達の前で公的権力を行使したという事が事実として残ってしまう。
彼女等の影響力を考慮すれば相当な反響を持って現地の日本勢力に突っかかるであろう。そしてその元凶が自分たちだと判明した際、上層部がどう動くのかを彼は考えた。
かなり不味い事になる。ユムル二等陸曹は短時間の思考でその答えに行き着いた。今回の行動だって上には何も伝えずに直属の部下を動員したのだ。
それで大陸でも最高峰の戦闘力を持った彼女達とひと悶着あったとなればその責任は全て自身に降りかかるのは明白だ。ただでさえ日本政府と方面隊上層部は帝都勢力との敵対行動は絶対に避けるよう布告を出しているのに。
ここで彼は今の状況が極めて窮地に立たされている事に気づいた。向こうに立つ彼女等からすれば、邪悪なダークエルフ達が帝都の住民に暴行を加えているようにしか見えないのだから。
実際、彼女達の目にはそう見えているようでメンバー全員が各々の武器を構えていつでも武力行使に出れるように身構えていた。
糞っ!なんてことだ。よりにもよって伯爵令嬢もいる薔薇姫がこんなゴミ溜めに来ているとは!
薔薇姫の副リーダーであるフィーリア・メイリア=ベイン・カサンドラは伯爵を父に持つれっきとした貴族令嬢だ。しかも現ニグルンド暫定政権の臨時宰相としてブレイトン皇甥と共に日本政府と協力しているときた。
「さぁ、どうした?貴様等は一体どういった理由で帝都の民に暴行をした?」
先頭に立つ女剣士 ロウリナ・メルヘネデスは腰の鞘から剣を抜き始めた。両脇に立つメンバー達も魔法杖と剣を持つ手に力を入れてるのが彼等には分かった。
「ユ、ユムル二等陸曹、どうすれば?」
背後に立つ部下が問う。しかしユムル二等陸曹は強い怒りに見回られた。その相手は軽はずみにも自分の名を出した間抜けな部下に対してである。
「……あ!?も、申し訳ありません!!」
その反応に部下も遅れてその失態に気付いたようで慌てて己の口を両手で覆ったがもう遅い。彼女達ほどの実力者であればこの距離での小声でも正確に先ほどの声は聞きとれたハズだ。
これでこの場でどうにか場を収めないと彼女達はカサンドラ伯爵経由で自分の名を確認をするはずだ。
「う、うぐ……これはそのですね、彼等はこの貧民街区を牛耳っているならず者なんですよ。
わ、我々は治安維持として彼等を取り締まっているのですよ!」
ユムル2等陸曹はそう言い繕った。事実ではあるが何の根回しもしていない現状は突き刃以下の弁明である。
「確かに見たところ貴様等は、通りのニホン兵と同じ身なりをしているが、なぜニホン人がいない?
噂が正しければ貴様等ダークエルフはニホンと手を組んだ筈。貴様等の上官を連れてこい!この状況説明をニホン軍に求める!」
これの譲渡はない。そう堂々とした態度で示す女剣士 メルヘネデスに、ユムル2等陸曹はますます崖っぷちへと追い詰められていく。
「それよりもリーダー、先にコイツ等を取っ捕まえる方が楽じゃない?」
女盗賊 メロイが短刀を逆手に持って言う。彼女の鋭い視線はユムル2等陸曹に集中していた。
「メロイの言う通りだわ。何よりも奴等の表情は危険だわ。あれ程までに暴力に満ちた殺気も看過する事は治安を乱すと同意義。」
魔法杖を掲げた スターシャ・リリオンは真っ直ぐにユムル2等陸曹等を睨む。その手に持つ魔法杖からは強力な魔力が籠められるのをユムル2等陸曹は敏感に感じ取った。
「喩え帝都の支配者が変わろうとも、貴方達ダークエルフの暴走を見逃す訳にはいかない。」
完全に戦闘体勢に入った薔薇姫の面々を見たユムル2等陸曹は思わず後ずさる。
以下に人間よりも優れた身体能力と魔法適正を持った種族 ダークエルフであろうとも正面に立つ彼女等と戦えば勝敗は目に見えていた。
勝てない。恐らく1分もしない間に全滅する。
十数mの距離越しでも互いの強さの差を理解したユムル2等陸曹はそう悟った。
魔道師 リリオンが行使できる攻撃魔法の中でも強力な魔法がユムル2等陸曹等へと向けられようとした時、副リーダーの聖騎士 カサンドラが片腕をリリオンの前に上げて制止をかける。
「待って!……そこの貴方達、姿を見せなさい。」
「そこにいるのは気付いてるよー」
凛々しい声と茶化すような声でカサンドラとメロイは背後へと声を投げる。するとその先に立つ建物の影から数人の人影が姿を表した。
「っ!」
ユムル2等陸曹はまた新手なのかと身構えるが、その人影の正体を見て大きく動揺した。
背後に並ぶ部下達も同様で、彼等の表情からは大きな混乱と動揺が広がっていた。部下達は主に彼等の腕に下げた腕章を見て怯えに似た感情が制した。
そんな彼等の反応を見たカサンドラも、その正体を見て理由を察したようだ。
「貴様もそこのダークエルフ達の仲間だな?」
「その通りです。カサンドラ嬢氏。お恥ずかしながら彼等は私の部下であります。」
カサンドラの問いに一切の間を置かずに答えた介入者、それはユムル2等陸曹等と同じダークエルフであった。
そのダークエルフは背後に同じ3名のダークエルフを連れて此方に向けて歩く。
薔薇姫の面々は新たなダークエルフの出現に警戒しながら声をだす。
「そこで止まって名を名乗れ。」
「おっと失礼しました。私はそこのユムル2等陸曹と同じ日本の陸上自衛隊 ニグルンド方面隊に所属するロズ・フィレンブと言います。
因みに階級は1等陸尉……分かりやすく言えば上級騎士隊長に相当する役職を承っております。」
そうニグルンド方面隊 第2戦闘団所属のロズ1等陸尉は優雅な動きで敬礼をした。むろん日本式の敬礼であるが。
第2戦闘団に限ればダークエルフ内で最も高い地位に付く同胞の登場にユムル2等陸曹はその表情を険しくした。
そんな彼の反応を他所に薔薇姫リーダーのメルヘネデスが手に持つ剣をゆっくりとロズ1等陸尉へと向けながら質問をしていく。
「その後ろに立つダークエルフ達は?」
ロズ1等陸尉の背後を守るように並ぶ3名のダークエルフに視線を向けて問うメルヘネデスにロズ1等陸尉は静かに答えた。
「私の部下です。主に憲兵騎士団と同じ職務を担う警務官であり、職務から逸脱した行為をする兵士を取り締まっております。」
ロズ1等陸尉がそう言い終えると背後に立つダークエルフ達は一斉に靴底を地面に甲高い音を鳴らした。彼等の腕に下げた『MP』と記載された腕章がその動きに呼応して揺れる。
彼等は自衛隊内に所属するダークエルフ達を監視・捜査及び逮捕する権限を持ったダークエルフだ。
日本がダークエルフを移民として受け入れた結果、日本の生活に憧れ、それに慣れたダークエルフの一部では身勝手な行動、時には職務に大きく反した違反行為をする者が後を絶たなかった。
そんな彼等を取り締まるのがいま、ユムル2等陸曹達の前にいるロズ1等陸尉達なのだ。
「さて……ユムル2等陸曹。君には特索班としての任務を与えたと記憶しているが、私の勘違いかな?」
ロズ1等陸尉の冷たい視線がユムル2等陸曹の顔を収める。それに彼の全身から冷や汗を大量に流し始めた。
「こ、これは!そ、その……」
彼は必死に言い訳を考える。しかしあの様子を見るにロズ1等陸尉は最初から彼の行動に気付いて、見張りを付けていたのだろう。
警務官を引き連れた上官の出現、自分達の兄貴分であり直属の上官ユムル2等陸曹の狼狽と焦りを見た部下達も、先ほどまでの支配人達に見せた強気は完全に喪失していた。
ロズ1等陸尉の名乗り、そしてそれを聞いたダークエルフ達の狼狽えようを見た薔薇姫のリーダー メルヘネデスは彼に向けていた剣先を少し下げた。
「貴様等が真にニホン軍の一員だという証拠は?」
「官庁街区のマーズ3番通りに第2戦闘団 指揮本部が設置されています。そこに私の名と種族を照会して頂ければ分かるかと。ご用命であればそこまでご同行しますか?」
ロズ1等陸尉は警戒を続ける彼女等を刺激しないようゆっくりと言う。
謙虚であるが、それでいて媚びるような姿勢を見せないロズ1等陸尉の姿を前に薔薇姫の面々は互いの顔を見合った。
荒くれ者の雰囲気を持ったユムル2等陸曹等に対して、新たに現れたこのダークエルフは知的と品の良い雰囲気を醸し出している。
言ってしまえば彼女達の知る賤しきダークエルフではなく、教養を持った人間という印象を抱いていたのだ。
これまでそのようなダークエルフは帝都の貧民街区は無論のこと、仕事で赴いた先の地においても見たことが無かった。
「……どうするリーダー?フィーちゃんの親なら、コイツの所属を直接ニホンに確認できるんてしょ?」
ニホンとの繋がりを得たカサンドラの父に触れたメロイはメルヘネデスに問う。その間もメロイは短刀を構え、懐にしまった捕縛道具をいつでも行使できるように警戒を続けていた。
「確かにダークエルフがニホンと手を組んだという噂はあるけど、コイツ等がそうだという確証は無い。
でも、かといってここで下手な対応を取って事実だった場合、今度は私達が不味い立場になる……」
女魔道師 リリオンは真顔で淡々とだが、考えられる選択肢を分析する。
メンバー達の意見を聞いた上でリーダーであるメルヘネデスは暫しの時をかけて思案に走る。彼女の視線は対面に立つロズ1等陸尉の全身に向けられていた。
ダークエルフは愚か、富裕層でも目を見張る程の仕立ての良い服、それもこの大陸にはないデザインであり仮にニホン人から強奪したと仮定しても、正面に見えるダークエルフからはそうでは無いと言える程に似合っていた。
ニホンとの争いは絶対厳禁。それは冒険者組合本部の幹部と組合長達から懇願されていた事を彼女は思い出し、構えていた剣を鞘に収めた。
「……一先ずは信じましょう。後で確認の使者を送りますが、大きな騒動は起こしたくありません。構いませんね?」
メルヘネデスは何かしら思うことがあるのか、瞳を閉じて言い、区切りを付けた所で真っ直ぐに立つロズ1等陸尉を睨む。
艶のある長髪女性、帝国人によく見られる顔立ちをした見え麗しき女性の睨みを正面から受けたロズ1等陸尉はにこやかな表情を変えること無く恭しくお辞儀をして答えた。
「ご協力ありがとうございます。此方としても我が同胞の恥ずべき行いが世に出るのは少し困ります故、その点に付きましてご容赦頂きたいところでした。」
ロズ1等陸尉はそう彼女等に言うと、その背後で未だ狼狽えるユムル2等陸曹達へと視線を向けて、にこやかだった表情が消えた。
「うぐっ!」
ユムル2等陸曹の後ろにいた部下の1人が無表情となったロズ1等陸尉を見て、まるで屠殺された瞬間の家畜のような呻きを上げた。ユムル2等陸曹もその表情を見て身動きが全く取れなかった。
いまのロズ1等陸尉に感情を示すような表情は無い。しかしその瞳は暗闇の深淵が覗き込んでいるかのような恐ろしさを感じさせるには充分過ぎる程の威圧感を与えていた。
「報告は本来の任務を遂行した後に聞きます。懲戒免職が嫌なら、何をするべきかは分かりますね?
ユムル2等陸曹。部下達をしっかり纏め上げなさい。」
「は、は!!すぐに特索班の任務に復帰します!近日中には必ずご期待に沿う報告をしてみせます!」
両手を腰の後ろに組んで敬語で命令をするロズ1等陸尉に、ユムル2等陸曹はにべもなく従い、敬礼をした。
それを確認したロズ1等陸尉は小さく視線を裏路地の先の方へと向ける。
すぐに行動に移せ。そう受け取ったユムル2等陸曹は慌てて部下の方へと振り返る。
「いくぞ!」
荒々しく命令をしたユムル2等陸曹に部下達もこれ幸いと謂わんばかりに足早で裏路地へと姿を消していった。
水気の多い泥混じりで未舗装の裏路地に、跪かされていた男達と薔薇姫にロズ1等陸尉と警務官等が場に残る。
些か微妙な空気が場に流れるが、先に動いたのはロズ1等陸尉であった。彼は命の危機にあった建物の支配人等へと歩くと声をかける。
困惑と安堵の色が混じる彼等は新たなるダークエルフの接近に恐れと警戒をするが、そんな彼等に対してロズ1等陸尉は淡々と言い放った。
「今回は助け舟を出したが、彼等の目につく場所にいればまた同じことが起きるかも知れん。
それが嫌なら早いうちに根城を変えることをお勧めする。」
次は命があるか分からんぞ?そうロズ1等陸尉は最後に締め括る。言われた当人達は悲壮感漂う表情となるが、すぐに立ち上がると脱兎の勢いで建物へと駆け込んでいった。
彼等は建物内の最低限の荷物だけ纏めてここを去るつもりなのだろう。自分達が卑下していたダークエルフが帝都を支配するニホンの仲間だと知った彼等に迷いは無かった。
そんな彼等を満足そうに見たロズ1等陸尉だが、今度は背後で自身を凝視する薔薇姫の面々へと向き直り、そこで彼女等の姿を再確認する。
(成る程……流石はオリハルコン級冒険者か。ここまでにこれといった隙は全く見つけられない。私が居なければユムルの馬鹿共は今頃、死体の山になるところだったな。)
見え麗しき令嬢達。しかし彼女達が身に付ける装備は各々の衣服や武器は当然ながら指輪や耳飾りに至るまで、大陸内でも最上位に入る程の強力な魔道具としての魔力を宿していた。
その1品だけでも裕福な商人が全財産をはたいて買えるかどうかというレベルの逸品を彼女達は全身に装備するという事実。それがまさしく帝国最高峰の冒険者として何よりの証明であった。
ロズ1等陸尉は静かに脳内で脅威であると評価して、彼女達の存在を方面隊本部へ報告をするべしと決めた。
そんな彼の心境を他所に薔薇姫のリーダー メルヘネデスが言葉を投げる。
「確かロズ・フィレンブ いっとうりくい?…失礼。そう言っていましたね?」
後半の聞き慣れない階級名に困惑の意を示しながら確認をとる彼女にロズ1等陸尉はすぐに返答した。
「左様でこざいます。メルヘネデス様。なにぶん日本の階級は少し特殊な名前ばかりでして、余計な混乱が生じてしまうかと思われますが、どうかご容赦下さいませ。」
そうロズ1等陸尉は詫びると、深々と頭を下げる。それに後ろに控えていた警務官達も静かにお辞儀をして彼女等に敬意を表する。
これまで見てきたダークエルフ達とは大きく異なる礼節を弁えた姿を見せるロズ1等陸尉を前にして彼女達は再び互いの顔を見合せた。
「動きの節々に荒さが見えない……知れば知るほどに驚き。
まさかダークエルフに作法を教える物好きがいるとか?」
女魔道師 リリオンの驚いた様子ーーしかし真顔なのは変わらないがーーに隣にいたカサンドラが慌てて割って入る。
「スターシャ!……すまない。彼女は魔法に関しては一流だが、他の礼儀に関してはこれっきしであってな。非礼を詫びよう。」
伯爵令嬢の顔を持ったカサンドラが腕を水平に胸の前にまで掲げて頭を僅かに下げた。
騎士が行うお辞儀であるが、それをダークエルフに対して行った事にロズ1等陸尉は初めて驚きに目を丸くした。
「……これは失礼しました。伯爵令嬢から騎士礼をして下さる栄誉に感極まってしまいました。」
あまりの衝撃に騎士礼への返答に遅れたロズ1等陸尉はすぐに我を取り戻して口頭による返礼を行った。
これに彼女達は更に驚いた。騎士間でしたあまり知れ渡っていない作法にも知識を持っていることに目の前のダークエルフに知的好奇心が湧いてきた。
「これは驚いた……最近のダークエルフはみんな教養を身に付けているの?それとも貴方だけが特別?」
指摘されて尚も一つ一つの言葉に無礼という要素を含めたリリオンの言葉にカサンドラの目蓋がピクピクと痙攣しだすが、ロズ1等陸尉はそんな物言いにも気にする様子を見せずに応える。
「ご明察通り、私もまだまだでありますが、他のダークエルフ達も皆、日々精進する毎日を追っています……先ほどの彼に関しては語弊がありますが。」
「その言葉だと貴方以外にも学びの場を得たダークエルフが居るということ?
それがニホンなの?貴方達は一体どこでニホンと接触してどういう立ち位置に立つの?」
「待ちなさい!」
次々と質問を投げ掛けるリリオンにメルヘネデスが遮り、彼女はロズ1等陸尉の顔へ視線を向けた。
どんな些細な異常も見逃さないといった様子で見つめる彼女にロズ1等陸尉は僅かに身構えた。
「単刀直入に聞きます……ニホンとは一体どういう国ですか?」
「どういう国、ですか?はて、どうお答えするべきか……」
やや曖昧な質問にどう応えようか判断に悩むロズ1等陸尉の反応を見て、メルヘネデスは更に食い込む。
「ニホン等という国名はつい数年前まで全くと言って良いほど、噂も聞きませんでした。
ようやくニホンに関する噂が出回ったと思えばいま、この帝都をあっという間に占拠している……そのような大国がなぜ、今まで無名だったのか?多くが謎に包まれています。」
「一応、私の方でニホンに関する情報を集めてみたけれども、大半が訳の分からないような噂程度だし、実物を見ても何が何だか本当に判断に困るものばかりって……そんな国ある?」
女盗賊 メロイは腕を頭に回してその場をクルクルと回転しながらお手上げと謂わんばかりにその表情を曇らせた。
メロイは盗賊職で大陸を暗躍した経歴から、彼女の知る情報収集を行ってきたが、その努力量に釣り合わない内容の薄さに落胆していたのだ。
数回ほどその場で回転を終えると今度はロズ1等陸尉の瞳を真っ直ぐに見つめ始めた。
「それで匙を投げようとした矢先……ニホンが創設したというかんたいへいよう経済連盟っていう連合の最上位国にアンタ達ダークエルフがいるって話を聞いたのよ。」
オルフェン=ニル国、ロズ1等陸尉の家族がそこで暮らす安寧の地に触れた彼女に、彼は小さく呟いた。
「成る程。」
大きな反応を見せない彼をじっとりと見つめるメロイ。そこに学者肌を持ち合わせるリリオンが口を開いた。
「更にニホンの特産品とされる工芸品や芸術品といった品々を見たことがあるけれど、そのどれもがこの大陸にはない風潮だったわ。
西方のラマ大陸や南方諸島といったどの地域にもそぐわない……全くの新しい系統の物と評価すべき。
馬鹿みたいな話だけれど……とてつもない遠方から来た物ではなくて、もっと別枠……まるで突然、ある日、そこに突如として現れたかのような違和感を覚えた。」
そんな訳が無いとリリオンは先ほど己で提唱した仮説に首を振って否定した。
しかしながらロズ1等陸尉は極力自身の表情を固定するよう努力したが、内心は驚愕に満ちていた。
彼女の仮説は大正解だからだ。この世界で日本という存在を最も把握している彼等ですらも納得いかない現象、国を丸ごと覆った超広範囲の転移、それも全く別次元の世界から転移された大異変がまさしく起こったのだから。
いま日本列島のある地は元々、小さな島々が多少点在するだけの、何も変哲もない辺境の大海だった。
大勢の日本の知識人やダークエルフの長老達が挙ってその発生原因を探ったが、全く解明する兆しのないそれを、彼女は当てたのだ。偶然とはいえ彼が驚く理由としては充分であろう。純粋に拍手を贈りたい気持ちになった。
だがそれを彼女等に説明しようという選択肢を彼は取るつもりは無い。機密保持もあるが、そもそもの話、それをした所で彼女達が完全に納得するとは到底思えなかった。
魔法に知識がある者故に、国単位での超広範囲を転移させる現象を自然・人為的問わずに発生させる事がどれだけふざけた理論なのかを理解出来るからだ。
変な邪推をされるよりかは曖昧に応えた方が利があると判断した彼は肩を竦めて反応した。
「大変興味深い話ですが、イルミ海を抜けた先にある地……としかお答え出来ませんね。隔離されたような地理的位置ですので、どの地域にも当てはまらなくても不思議ではありません。」
この大陸進出で統一されたアリバイを自然に盛り込んだロズ1等陸尉の言葉に、薔薇姫の面々は彼を囲んで今一度、強い視線を向けた。
いつも間にか半包囲される形の位置に薔薇姫の面々が移動してきた事にロズ1等陸尉は遅れて理解して少し度肝を抜かしたが、努めて平静を装う。
護衛も兼ねた部下達もそれに気付き、静かに懐の拳銃に指を触れるように動くが、彼は背中に手を回して、その背後に待機させていた部下に自重するよう無言の指示を出す。
「……謎は深まるばかりだけれど、ここで無意味に時間を潰すのも惜しいわね。
ロズ1等りくい殿……でしたね?先の無礼は後々別の形で謝罪させて頂きます。」
幾ばくかの時が経過して半信半疑ながらも観察を切り上げたメルヘネデス。そこにカサンドラが追及をした。
「念のため言わせて貰うが、部下の教育はしっかりと頼む。我が父の名に懸けて帝都の民を悪戯に害を為そうとする行為は貴族家に名を連ねる者として看過できない。」
カサンドラはそうロズ1等陸尉へと念押しするように強い言葉で言った。それに彼も紳士に応える。
「当然でございます。本日は私の役不足で不要な騒ぎを起こしてしまい大変申し訳ありません。今後このような事が起きないよう徹底させます。」
彼は自衛隊帽を被り直しながらそう宣言する。それに彼女達もそれ以上何かを言う事もなくこの場は解散となった。
帝都の貧民街区の裏路地で二つの陣営が離れた。
虐殺一歩手前の事態に陥りかけた貧民街区から抜けたロズ1等陸尉は連れてきていた3人の警務官に原隊復帰の任を与えて戦闘団駐屯区域への帰投を命じると、一息付くために1人で帝都を散策することにした。
帝都市民が日々の日用品や食料品を購入するために集まる帝都中央広場、そこにロズ1等陸尉は足を運んだ。
平時を取り戻した帝都で真昼間から中央広場に行くのは雑多な人通りをくぐり抜ける苦労を要するのが必須であるが、ダークエルフである彼にその苦労は幾らか軽減されていた。
その理由こそが、彼と擦れ違う市民等との反応が何よりも物語っていた。。。
「だ、ダークエルフだ……」
「あの着込んでるのを見てみろよ。本当にニホン人はダークエルフ共を利用してるらしいぜ。」
「だからって何で同じ服を着てるんだよ。あんな連中が帝都の大通りを普通に歩いてる所を見るだけで気が滅入るってのに……」
「奴隷階級かと思ってたがあの様子を見ると多分違うよな?
馬鹿なニホン人だよ。あんな不吉な種族と行動を共にするってだけで疎まれるどころじゃすまないのに。」
「ニホン人だけなら良いが、俺達まで同じ目で見られちまうぜ。本当にいい迷惑だよ!」
「ニホン兵は暴れたり金を踏み倒したりしないから評判良いけど……あれさえ無ければ完璧なのになぁ。」
大通りを歩くロズ1等陸尉を発見した帝都市民は例外なく二度見をすると、慌てて距離を取ったり来た道を引き返したり、明らかに目的のルートでもないのに横の路地へ急軌道で入ったりしていた。
まるで家畜の排泄物を見たような、場合によってはそれ以上の嫌悪感を隠さずもしない陰険な視線でロズ1等陸尉は囲まれていた。
人々が隣の者同士で陰口を叩く様子は当人であるロズ1等陸尉も聞こえているが、彼は慣れた様子でそれを無視して中央広場を目指す。
大勢の人でごった還す大通りも、彼が歩けば否応なしに道を開けてくれるので彼は予定よりも早く広場に到着した。
帝都 中央街区
中央広場 ジブー青空広場
帝都に複数設置された大型市場の一角、広大な敷地に無数のカラフルな露店と店頭が規則的に並ぶジブー青空広場。
仕事場へ働きに出た主人達を見送った婦人や手伝いに来た子供達、愛する恋人のために己の腕を奮おうとする若い女性がその日の食材や日用品を買いにきた層を顧客にしたこの広場は天気を問わず常に客で一杯である。
露店の主人が目の前を通り過ぎていく客達に呼び込みをかけ、露店見習いの青年が少しでも興味を示した客を逃すまいと必死に自身の商品をアピールして己の商才を磨く光景が至るところで広がっていた。
そんな無数に広がる光景の中で、郊外で育てた野菜を採れたての新鮮なうちに売り捌こうと親の露店から少し離れた場所で客の呼び込みをしていた少年は、そこから更に少し離れた所で人集りが出来ているのを発見する。
只でさえ人で溢れるこの広場で、より人々が集結している理由が気になった少年はその年頃特有の無限の好奇心が刺激されて、自分の仕事も忘れてそこへ走った。
乱雑する大人達の足を掻い潜ってどうにかその人集りの中心部付近にまで入ることに成功した少年は大人達がある方向に指を指して話し合う先へと視線を向けた。
少年はすぐに人集りの理由を理解した。そこにら明らかに人間ではない存在が広場を歩いていたのだ。
最近この帝都でよく目にするニホンという国の兵士達が着た緑色の点々が目立つ服を同じように着込んだ褐色色に近い黒い肌をもつ男を少年は視界の中央に納める。
「ダークエルフ……!」
生まれてはじめて目にしたその種族を見た少年は瞳を精一杯広げて観察する。
「クッソ……ダークエルフ共め。こんな所にまで現れたやがったか。」
目を輝かせて見つめていた少年の近くで露店の主らしき大人達が深刻な表情で話し合っているのを少年は耳にする。
坊主頭に布を巻いて腕を組む露店商は隣で露店を開いていた仲間との会話を続ける。
「あれを見るとあの噂は本当なんだな。」
「あの噂って?」
「決まってるだろ。ニホン人がダークエルフ共の国を造ってそいつ等を大陸同盟の序列最上位国として認めたって噂だよ。」
「ほぇ……それは随分と馬鹿なことを考えたもんだな。ニホン人はダークエルフの事をなんも知らねぇってのかよ。」
坊主頭の露店商から話を聞いた相手は心底驚いた様子で反応した。それに少年は聞き耳を立てて大人達の深い世界に足を踏み込んでいく。
「ニホン人ってのは世間知らずが多いのかね?この前だってダークエルフお断りの貼り紙を貼った宝飾組合傘下の宝石店に貼り紙の撤去命令を布告したらしいぜ?」
「それは本当かよ!?……そんで宝飾組合はどうしたんだよ?」
坊主頭の露店商はその質問に、心の底から不快極まれない様子で応えた。
「もちろん最初は無視したさ。不吉なダークエルフを店に入れただけでその店の評判はガタ落ちだろ?
……けどよ、そしたらニホンの役人が帝都の役人達を大勢引き連れてその店の営業停止令を出したんだよ。」
「おいおい……それは正気かよ?そんなの普通有り得ねぇって。」
相手は失望や呆れを含んだ表情で反応した。
「それで結局、宝飾組合は貼り紙の撤去命令を受け入れたんだとよ。お陰で工房街区とかでは大騒だよ。
なんでも『ダークエルフ共に納品する位なら廃棄した方がマシだ!』って抗議するみたいだぜ?」
「それは当然だろうな。俺だってあのダークエルフがうちの店に来たら追い出すしな。」
大人達の会話を聞いていた少年は新しい情報を手に入れる事に成功して、満足そうにした。
少年には複雑でよく分からないが、それでも気分を良くするとそのまま件のダークエルフへと視線を向けた。
大勢の広場の人間から集中的に視線を向けられてもポケット手を突っ込んでに全く意に還さない様子で広場を歩くダークエルフに少年は新鮮な気分を感じていた。
「あれがダークエルフかぁ。」
思わずそう呟いた少年。少年の視線はそのダークエルフの服装に向けられていた。
帝都の警備を行う騎士隊とは全く異なる見た目をしたニホンの兵士達はまだ知る世界の少ない少年から見て、非常に憧れのあるものであった。
無論、少年にとって一番の憧れは他の少年達と同じ飛竜騎士であることに変わりは無いが、それでも異色を放つニホン兵の姿も同じように憧れを感じずにはいられなかった。
何せ随分前に行われていたニホン軍の凱旋パレードを直に見ていた事もあり、そのときに抱いた気持ちを少年はいまだ薄れさせていなかった。
そこへあの時の街道に等間隔で立ち並んでいたニホン兵と同じく、腰等によく分からない黒い筒を下げていることに少年の過敏な視線がとらえた。
「あれって何なのかな?……」
大人の手の平よりも少し大きい用途不明な黒い筒状の何か。少年にはそれがどんな物なのか全く分からないが、それでも彼を惹き付ける魅力のようなものをあの黒い筒は醸し出していた。
少年の純粋な視線と大人達の嫌悪感と軽蔑等を入り混ぜた視線。それを一身に受け取り続けるロズ1等陸尉は広場を歩いていく。
彼が両脇に見える露店の品々に視線を向けるだけで、その店主は険しい表情になって手や手近の天幕の布切れ等で遮らせる対応にも彼は悉く無視していく。
常人で耐えられない孤独感にもロズ1等陸尉は全く意に還さない態度を貫く。彼にとってこれは日常なのだから。
ハッキリ言えばダークエルフであれば誰もが経験する事だ如何に帝都を支配する程のニホンが後ろ楯であろうとも大陸ではこんなものだ。。あのユムル2等陸曹でだって、この程度ならわざわざ突っかかることはしないだろう。
その時、ふとロズ1等陸尉はユムル2等陸曹の姿を思い浮かべる。
彼は日本から離れた帝都組である故に、出世競争ではロズ1等陸尉とはその差が大きく離れていた。
何せロズ1等陸尉はこのウィルテラート大陸の極東部の小国 カカロ国出身なのだ。つまり最初期に日本との接触に成功していた。
そんな自身をユムル2等陸曹が嫉妬の目で見ていたことは理解していた。順番という下らない理由でダークエルフ内でも上位の立ち位置に立つ自分が気に食わないのだろう。
(全く……気持ちは分かるが、事には時期というものがあるだろうに。)
そうロズ1等陸尉は周囲の視線を無視して1人で軽い笑みを浮かべた。
日本国内でのダークエルフの立ち位置は悪くない。列島本土に踏み込めば周囲の視線が集まるというのはこの大陸と変わりないが、その内容は全く違かった。
ここでは嫌悪感や軽蔑、憎みが強いが日本では反対、少しの驚きと興奮、感動といった好意的な視線が圧倒的に占めていた。
日本では自分達を受け入れてくれる。彼にとってそれだけで充分であった。この世界で受け入れてくれる国の存在、それが日本であり、彼は日本に永遠の忠誠と義理を通す覚悟を決めていた。
だがユムル2等陸曹のような幾らかの同胞達は日本だけでは不十分のようだ。
そして自分達を迫害してきたこの世界の大陸人に復讐を誓う者もいる。オルフェン=ニル国内でもそういった内容の派閥で別れているのが現実だった。
本質的には日本との全面協力で一致しているが、日本主導の連合加盟国の拡大による融和政策派と日本の技術を受け継いだ自国の手で直接、国土を拡大して同化政策をとる過激派等で細かく別れている。
しかし中には最終的に日本の首脳部を乗っ取ってオルフェン=ニル国を不動の超大国へと変貌させる危険思想の超過激派の存在をオルフェン=ニル国と日本の首脳部は察知していた。
何と愚かな事か!そんな過激派の存在を耳にしたロズ1等陸尉は静かに憤怒の色を見せる。
(一体誰のお陰で何百年と叶わぬ夢と想いながら祈り続けた安寧の地を、我々は手に入れる事が出来たのか!
そんな大恩ある国を、人々を乗っ取るだと?馬鹿馬鹿しいにも程がある!)
しかし現実は非常だ。国内だけではなくそんな思想を持つ同胞がこの方面隊にも一定数いるだろう。
故に彼はダークエルフで選抜された警務官を組織したのである。必ず奴等の尻尾を掴んで平穏の時代を子供達に引き継がせる。そう彼は心に誓ったのであった。
そんな決心を共に1通りの広場を散策し終えたロズ1等陸尉は気分転換を終えたと判断して彼の駐屯地のある街区へと来た道を引き返していく。
そうやって中央広場を歩くダークエルフの存在を周囲の人々よりもひときわ強い嫌悪感で見つめる存在がいた。
彼等は遠い距離からロズ1等陸尉を睨むと、強い決心をして人混みの中へと消えていった。
日本とオルフェン=ニル国にニグルンド帝国にその他 多数の国の組織……様々な思惑を背負った人々は再び波乱の時を動かそうと身体を踏ん張らせる。
この世界の大波乱時代はいまだ始まってすらいなかった。
次も孤高ですかね?
強化日本も盛り上がる所にいるから、どっち優先か悩む……
にしても物語の展開を考えるだけで楽しいですねぇ。この感覚は癖になります……




