第8話 帝都放棄
お待たせしました。
第8話 帝都放棄
ニグルンド帝国の帝都は現在、混乱の真っ只中にあった。
帝国の中枢である帝城ニグールの城門前は見渡す限りの人で溢れ返っており、皇宮近衛騎士や騎士隊がこれ以上の進入と集まりを阻止していた。
彼等は帝都に居を構える一般階層の住民達であり、集まった理由は東部から襲来してきた異国の軍隊がこの帝都が属する帝国中央部にまで侵攻されているという噂を聞いて真実かどうかを問いだたしていたのである。
朝日の陽光が帝都に差し掛かったと同時に帝城へ押し寄せた大衆を前に皇宮貴族達は大いに困惑した。一体どこから情報が漏れたと言うのかと。
何せ彼等がその情報を耳に入れたのも昨日の事なのだから。
速すぎる。何者かが意図的に漏らしたとしか思えない……
皇帝によって箝口令を敷いた直後に起きたこの騒動。国務大臣はこれをニホンの諜報組織が行ったと勘繰った。
「ニホンの間者が帝都に潜んでいるぞ!市内の随所に騎士隊を配置して怪しき者は根こそぎ引っ捕らえよ。
帝都防衛隊と警備隊とも連携して一刻も早い密偵者を排除するのだ!」
本日の帝国戦時会議が行われる会場の帝城ニグール内の道中で、国務大臣は管轄下にある側近に指示を出していく。
厳重な警備で守られた帝城ニグールの最奥手前にある大回廊を歩いた国務大臣はその先にある大扉の前まで到着した。
国務大臣は歩行速度を弛めずにいるが、大扉脇に立つ侍従官がタイミングを合わせて開けると同時にその先の大広間へと入室する。
既に固定の参加者達が勢揃いしている会議所で国務大臣は、例によって参加している賢者会の面々を前にして大きな溜め息が出るのを堪える。
昨日に続き今回も出席者に変化は無いようだ。ここ数日間出席していないのはヘルムツィ教の高位神官ぐらいだろう。
彼等は不穏な空気が流れている帝都の民達に対して熱心な信仰活動をして、自分達の影響力を拡大させるのに熱中してると国務大臣は把握していた。
この緊急時に随分と他人事な、そう彼はヘルムツィ教関係者に対して小さな失望を感じつつ通例の挨拶と登城に遅れた謝罪を一通りして席に座った。
席に腰掛けてそのまま暫くの時が経過すると侍従長が皇帝の入室を宣言し、その皇帝が最上座である玉座に座って連日続いた何時もの会議が始まった。
宰相が開始を宣告したことで大広間端に机を並べる書記官達の筆が一斉に動いて、会議内容を記録し始めるのを傍目に賢者会に名を連ねる老人が最初に口を開いた。
「陸軍大臣に問う!中央部の境界線に守護させていたアヴァラント公の軍勢が破られたという噂がこの帝都で溢れておるぞ!これは一体どういう事か!?
仮にこれが事実ならば我々には何も知らされておらぬ!挙げ句の果てにはジークザン侯までもが反逆したと言うぞ!
なぜその話が我々に伝えられていないのだ!?」
怒りを露にした老人を皮切りに賢者会から糾弾の嵐が吹き荒れた。
政務から引退した彼等 賢者会がこの会議で烈火の如く挙げた言葉は、現職の政務に就く者達へとぶつけれる。
彼等曰く……
ーー帝都中に知れ渡った事で暴動が起きれば誰が責任をとるのか?
ーー中央部に敵が入れ込んだのが真であれば我々の領地と荘園はどうなるか?
ーーなぜ帝国に寄進し続けた自分達に一切の情報が入ってこないのか?誰が指示したのか?
ーーこの帝国が築き上げてきた威光が墜ちた事を理解しているのか?
数日前の会議と同様のいや、それを遥かに越える声量と迫力で賢者会の老人達は捲し立てる。
「賢者会の帝国と皇室を想う御心境、我らも重々承知しております……しかしながら、現在の帝国は大きな転換点に立っております。
そして、誠に遺憾ながら戦況は市内で民達が噂している内容の殆どが事実であります。
……陸軍大臣、既に各方面からの報告を粗方精査し終えたと聞きました。その報告を。」
いまだ怒りの修まる様子を見せない賢者会の面々を前に国務大臣が一旦、それを強制的に制止させ、建設的な話を陸軍大臣に促した。
名指しを受けた陸軍大臣は己の手元にある資料を震える手で持って報告をした。大臣職が装着する事を赦された彼の肩飾りの装飾品が細かく揺れる様子はまさに不味い報告内容を前に不安で激しくなる彼の鼓動に呼応し、暗い心境を示しているかのようだった。
陸軍大臣は最初に、一部未確定のものも混ざっていると口上で述べながら報告を行う。
彼がこの会議で報告した内容は一先ずの怒りを抑えられた賢者会の煮えたぎった油に火を注ぐようなものだった。
ーー既に中央部は少なくとも全体で2割程度の領地がニホンに侵攻されており、その勢いは一向に衰える様子を見せていない。
ーー北部地方でオルデンブル侯爵と共に反旗を翻していたロイスムール騎士団の南下を中央部北部支部の第6騎士団 偵察隊が確認した。現在は近場の部隊と連携して更なる南下の阻止に成功している。
ーー想定を上回るニホン軍の進軍速度に討伐軍の編成完了前に帝都近郊へ到達する見込み。
ーー帝都の防衛体制に不備はなく、帝都近衛飛竜連隊を編成してニホン軍の迎撃を整えている。
どの事項も看過できる内容ではなく、地方喪失どころか、帝国の存亡が懸かった重大な局面に立っている事を彼等は認識しだした。
怒り心頭であった賢者会の面々もそれは同様で、最初に口火を切った老人が顔を震わせる。
「ま、待て!ニホン軍はもう既にそこまで来てるというのか!?」
その表情を蒼白させた老人の問いに陸軍大臣は重い頷きをした。
「なっ……」
それで老人も返答内容を充分に理解したのだろう。全身の力が抜けたように椅子へ腰掛けた。
「……経済面から見ても帝国全土で影響が出ています。中央部の各都市で物流に滞りがあり、物価が前例のない程の勢いで上昇しています。」
財務大臣も国内の影響を報告する。帝国が支配する地方2つの陥落に、経済の中心である中央部への侵出は彼等の想定を越えた速さでインフレが起こっていた。
大臣2人の報告に流石の賢者会も互いの顔を見合わせて話し込む。
「ニホン軍撃退に目処は立っているのか?いつを目安に反攻を結構するつもりなのかね。そして、反乱した地方の鎮圧もいつ頃になる?」
そんな賢者会の1人から出た質問に、周囲の視線は陸軍大臣に集まった。
国家として重大な質問であるが故に慎重な回答が求められる。しかし陸軍大臣が選択できる回答内容はどれもこの会議に参加する者達が求めていないものだ。
「誠に恐れながら申し上げますが……現状の騎士団及び管轄の地上戦力でニホン軍の撃退は厳しく……また、反乱地域の鎮圧も現実的ではありません。」
言葉を述べるにつれて周囲の視線が厳しくなる最中、陸軍大臣は生唾を飲み込んでから最後にこう締めくくった。
「軍事面での解決が厳しい以上は、外交面での事態解決が望ましいと具申します。
ニホンとの講和を結んだ後に、ニホン討伐軍を地方への鎮圧軍として反乱を治めるのが得策だと言うのが軍部の見解です。」
「外交面でだと?……馬鹿な!突如として侵攻してきた連中とどう外交せよと言うのだ!?」
賢者会から反対意見がくる。それも当然の意見であるが、ここで外務大臣から衝撃の報告が舞い降りてきた。
「その件でありますがつい昨日に、ジークザン侯経由でニホンが我らと接触してきました。彼の国は我々との会談を要請しています。」
その報告に全員が驚愕に動きを止めるのを他所に外務大臣は『ニホンからの書簡です』と言って手元に持っていた紙を侍従長に手渡した。
侍従長は渡された紙を皇帝へと渡す。皇帝はそれを静かに広げて中身を静かに読んだ。
読み終えた皇帝はここ最近の会議で常に沈黙を貫いていたが、久し振りに喉から声を捻り出した。
「奴等め……向こうから攻撃してきた分際で即時停戦と国交開通に、北部地方の独立。そして……ダークエルフ共の国家承認を求めてきおったわ!!」
受け取った書簡をぶん投げて怒鳴った皇帝の怒りはまるで雷のように周囲の臣下達を震え上がらせた。
「我がニグルンド帝国は断じてこのような無作法な連中と話し合う事は無い!何がなんでもニホンをこの帝国へ追い出し、逆賊共々討ち滅ぼせ!」
皇帝の断言した皇命。無礼千万の国に対して自分達のトップが見せた大国としての姿勢、これに触発された賢者会の面々の瞳に危険な色が入ったのを国務大臣は察知した。
不味いと国務大臣が血相を変えて口を開く前に賢者会が先に動いた。
「流石は帝国の太陽たる皇帝陛下であります!我ら偉大なる皇帝陛下の臣下一同、御皇命をしかと受けました!」
「確かにウィルテラート大陸の覇者たる我ら帝国が何もかような無礼を働く国に慈悲を見せる必要はありませんな!」
「これ然り!ましてやダークエルフ共の国を認める等、他国に示しがつきませぬ!断固とした姿勢を貫いてこそ、大陸の支配者に相応しき姿、本来あるべき姿です!」
賢者会が次々と皇帝を讃え始める会議場を前に国務大臣は何も出来なかった。国務大臣は期待を込めて周囲を見渡す。
しかし現状を重く受け止めている現職の彼等はみんな顔を俯かせていた。国務大臣はこの空気を止める程の豪の人間は居ないと悟る。
だが、彼にとっては想定外の人物が流れを止めた。陸軍大臣である。
「お待ち頂きたい!先ほども申し上げましたが、ニホン軍は近日中にこの帝都へ達する勢いです!何卒、外交面での事態収束について御再考下さいますよう……」
陸軍大臣は懇願するように言う。帝国の軍事を総括する彼にとっては、いまの状態がどれほど深刻で追い詰められているのかを最も理解している故の言葉だった。
「仮に帝都までニホン軍が到達すれば、そこから迎撃する方法が絶たれます!
この帝都の防衛兵器が撤去されてから久しく経過した今、攻城戦となった場合の被害はどれ程になる事か!」
ニグルンド帝国が建国されてから数百年。現在の覇権国家と周辺諸国と呼ばれてから100年以上も経過したは帝都が脅威に晒される事は無くなった為、当時の皇帝が景観と維持費の観点から主要な防衛兵器を撤去してしまった。
如何に高い防壁があろうとも、マトモな防衛兵器が無ければ敵の攻城兵器を一方的に受けてしまうと陸軍大臣は言った。
そんな彼の様子を見てか、賢者会の面々も帝都、つまり自分達のすぐ近くに敵が来るという認識を持ち、狼狽え始めた。
国務大臣は陸軍大臣への評価を上げた。ここに来て賢者会の説得に成功すれば希望が見えてくる。
そして同時に彼も再認識した。数日前まで賢者会の顔色を窺っていたこの男が強く意見をしなくてはならない程に今の帝国が崖っぷち状態なのだと。
賢者会も自分達に直接の被害が出てしまうのであれば、とその表情に陰りを見せた。一体どうすれば現状を打開出来るのか、賢者会の面々が他の手段を模索しようとする直前、皇帝の言葉が再び会議場を震わす。
「ならば私がこの都市から移動すれば良い。」
他でもない皇帝が言い放った発言に会議場は沈黙が支配した。流石の賢者会達もその顔を驚愕で口をあけた。
「へ、陛下いま、何と?」
国務大臣はそう問う。何かの間違いであってくれという願いを籠めて問いかけた。
「陸軍大臣の言葉をそのまま受け取るのならば、ここで籠っていては却って戦況に響くのだろう?ならば暫しの間、帝都から離れて軍を集めれば良い話だ。
皇帝が存在する地こそ帝都、帝国の中心なり。それに我が直接一声挙げれば民達もその心を奮わせて軍に加入するであろう。」
正気とは思えない言葉の数々に国務大臣は混乱する。他の大臣達も絶句して皇帝の一挙一動を見逃すまいと見つめた。
戦時中に皇帝が城を出る。それは事実上の帝都放棄を意味しており、帝国全土は無論のこと、周辺諸国に対する名声と威光は失墜する。
「それは成りません!帝国の君主たる皇帝陛下が帝都から離れたとあれば帝都の民は大混乱します!そればかりか、地方貴族や他の皇宮貴族にも示しがつきませぬ!
何卒御再考下さい!それだけはあっては成りません!」
宰相が言う。他の大臣職や各長官に向書までもが同意していた。
さしもの賢者会に名を連ね、これまで帝国と皇室の威光を強める事に心血を注いできた彼等も皇帝の意見を真っ向から否定しようとするが、他でもない皇帝が先に動いた。
「ならば貴様達はニホンから要求してきたダークエルフ共の国を認めると申すか?
小国共が認めるならばまだ良いが、この帝国が認めたとあらば、西方大陸の獣共が黙って見てると思うか!」
皇帝の鋭い指摘に彼等は押し黙る。これには国務大臣も納得してしまったのだ。
ダークエルフの国家承認。これはこの世界にとっては禁忌に等しい蛮行だろう。これを聞けば西方にある大国諸国が即座にこの国へと侵攻しても大罪者を断罪する為と正統な行為だと認められるくらいには。
国力的に拒否権の無い小国や日本の技術を目の当たりにした者達で無い限り、誰もダークエルフと手を結ぶ事は考えない事だ。
日本政府が皇帝に向けた書簡に然り気無く条項に入れた『ダークエルフの国家承認』であるが、これが日本の最大の過ちと言える。
仮にこの書簡の中身をこの世界の住民であるダークエルフやオルデンブル侯爵といった関係者が確認していれば、即座に待ったをかけた筈であろう。
大陸の覇権国家の、しかも大陸有数の歴史を誇る皇室の皇帝にそんな極めて無礼な要請をしたとあれば……言ってしまえばこの世界で最も下品な侮辱と同意味だと彼等は知ってるのだから。
しかしながら、この書簡は日本政府の総理と大臣間でそれも極短期間の間に作成されたものだ。何せ彼等からすれば本題は会談で話し合うつもりなのだから。
総理達も確かに反感が来ると想定はしていたが、オルデンブル侯爵やジークザン侯爵といったこの世界でも最高位に近い彼等がダークエルフとの接触をーージークザン侯爵は嫌々であるが最終的にーー納得したのだから、皇室にも有効であると勘違いしてしまった。
まさかそれが最大限の罵倒になってしまうだなんて想像の範囲外だ。
そして当のダークエルフ達も日本が皇帝に直接渡る書簡にそんな大それた事を記載するとは想定外であった。
日本の事情を良く知る彼等ですらその認識なのだ。余りにも当たり前過ぎて、誰も日本の大臣達に警告しなかった。することすら、考えなかったであろう。精々が外交官にそれとなく話して既成事実を作ってからという工作を張り巡らすのだろうと。
また、日本政府の最深部である総理達の決定を盗み聞き出来るほど潜り込める能力もなく、またその積もりも無かった。
そしてダークエルフ進出に危機感を持った一部の人間が敢えて彼等を遠ざけたのも理由の1つになるだろう。
故に秘書官であるダークエルフや道中のオルデンブル侯爵達に中身を知られる事なく、そのまま皇帝へと手渡ってしまった。
これが後の歴史で転移後日本で起こした最大の戦略ミスとその後の日本の命運を大きく変えてしまったと記録される事となる。
結果として皇帝は決断した。ダークエルフの国家承認をして世界の恥として帝都を守るよりも徹底抗戦を掲げ、帝国と皇室の名誉を守る方を選択すると。
それは奇しくも日本側が最も追い詰められる策を皇帝はとったことになる。その代償として両陣営で泥沼の展開になるのだが。
だが日本とダークエルフ達がこれを知る事になるのは、もう完全に手遅れの段階であった。
数日後……
ニグルンド方面隊 臨時司令部
帝国中央部、帝都から南東へ50km時点にある小高い丘に5万人の陸上自衛隊を指揮する場所で本郷陸将は与えられた天幕で1人、頭を抱えていた。
椅子に座った彼の手元には、各偵察隊とダークエルフを主とした特索班達から提出された報告書が束であった。
本郷陸将はその内容を再び一読して更に頭を悩ませる。
『皇帝と皇族が帝都から移動。西方にある都市へと選都を開始。主要な政治機関と近衛騎士と帝都防衛飛竜騎士は全て皇帝と共に移動を完了させている。
帝都は現在、無政府状態であり大規模な暴動が発生中。』
そんな内容の報告書がズラリと並んでいる事実が変わらないのを確認すると本郷陸将は深い溜め息を吐いた。
皇帝に書簡を送ったのは失敗だった。まさかエルフェン=ニル国の国家承認で覇権国家たる帝都を放棄する事を選ぶなんてあり得ない話だ。
そのまさかを決断した皇帝を捕まえようとした時には時既に遅し。最低限の人員を連れて退避した皇帝はとっくに西方の有力者のもとへ到着していた。
ダークエルフ達を駆使して帝都中に自分達の存在を宣伝したのが仇となり、帝都は大混乱なのも日本の頭を悩ませた。
「ここまで来て、まさかこんな事になるとは……」
「私達を信用しないからこうなるのですわ。本郷陸将。」
彼の独り言に反応する者が現れた。当然のように総監用天幕へと入ってきた女性ダークエルフ アンジェラは相変わらずの妖艶とした色気を醸し出している。
突然のしかも褐色肌の麗しき女性の出現にも関わらず、いまの本郷陸将の精神状態はどうでも良いようで、そのまま話を彼女に振った。
「……我々が最重要とした地の確保に成功したのがせめてもの救いか。」
石油が埋蔵されている可能性が最も高い地域、ベリバラル平原は現在、方面隊隷下の第4戦闘団が同地を統治していた皇宮貴族の領地を占領していた。
最低限の戦略目標を遂げ、彼等の首元まで到着したからそこからは交渉で終わらせようと政府が皇帝に会談を持ち掛けたが、勘弁に仇となってしまった。
やるせない気持ちで吐いた言葉をアンジェラは首を横に振って応える。
「内側であればそれで良いですが、国外、それも今回の件で味方についた者達にすればかなり不味い状態ですがね……放置すれば離反者が相次ぎますよ?」
帝国各地で今回の件は大々的に公表されましたから、地方の反感は凄まじいですよ?そうアンジェラは付け加えると近くの椅子に座った。
「それで、如何がなさるお積もりですか?北部は完全に私達の支配下ですが、東部はまだ半数以上が中立もしくは皇帝派ですし、肝心の皇帝は対談に応じる処か、少しばかりの臣下を連れて西方へ逃げました。皇帝一派を追いかけますか?
我々の燃料と人員が持つかどうかですが……」
アンジェラ片目をつむって送る艶かしい視線にも本郷陸将はいまだけはそれ処じゃないといった心境で無気力に答えた。
「……本土の首脳部からは一旦、我々が帝都まで進軍した後に、先日ジークザン侯が確保したブレイトン皇甥を連れて暫定政府を立ち上げる事で纏まった。」
方面隊が帝都から40kmの距離まで到達した時、ジークザン侯爵が東部地方から南部地方へと移動する直前の所で確保した事を聞いていた本郷陸将の言葉にアンジェラは反応した。
「では西部地方と南部地方の処遇については?」
「……今は確保した土地の維持が優先だ。なんなら、南朝と北朝みたいに別けるのも悪くないだろう……兎に角、これ以上の戦闘行為は避けたい。
大陸の端までここから200km以上なのだろう?そんな広大な面積を平定するだけの余裕は無い。幸いにも帝都にはまだ皇宮貴族が残っているのだろう?最低限の政権維持には暫くは問題ないはず。」
最低限の資源と皇族は確保した。あとは外交で片付ける。そう本郷陸将は理由を挙げ終えると腕を組んで指示を出す。
「これより方面隊は帝都占領に動く。叱るべき対応を終えた後に暫定政府を立ち上げて北部地方の独立及びまだ混乱の止まない東部地方の完全攻略に邁進する。
幕僚達を集める。君達は特索班等と連携して西部と南部の同行を調べてくれ。」
「承知しました本郷陸将。そして方面隊総監殿。」
ニグルンド方面隊の方針を聞いたアンジェラは満足した様子で敬礼すると天幕から出た。
皇帝が民衆に何の通達ないまま帝都へ脱してから幾日後、帝都の混乱は絶頂期を迎えようとしていた。
異国の軍隊がこの帝都近郊に迫っているという噂が出回ってから
残された皇宮貴族達が皇帝と皇族の居なくなった皇宮殿と皇城を中心に統制の効かない無垢の民衆達に戒厳令を発動、残存する騎士隊と都市衛兵、役人等を動員して宥めるが、彼等は自分達を置いて逃げた現政権を前に不信感が募るばかりであった。
解除されない戒厳令に不確かな情報の拡散、帝都が混沌とした戦乱の中心部になると残された知識階級者達が危惧した時、それは現れた。
最初にそれを気付いたのは、不在となった帝都上空を防衛する近衛飛竜騎士の代わりに皇宮貴族が手配した地方の飛竜騎士であった。
もぬけの殻となった近衛飛竜騎士基地を借用して帝都近郊の空を旋回飛行していた飛竜騎士は地平線の先に見える土煙を発見。
そんな土煙の根元には、彼が見たこともない大量の鉄馬車の大群が帝都目掛けて進軍していた。
あれがニホン軍!
ニホン軍を視認した飛竜騎士はすぐさま基地ではなく帝都の近衛飛竜騎士本部へ帰投して事の顛末を報告した。
飛竜騎士本部から報告を受け取った帝都を管理する臨時統括官の役職を拝命した皇宮貴族達でも高い爵位を持つカサンドラ伯爵は帝都全体に戦闘体制を発令する。
「ニホン軍から動きがあるまでは此方から攻撃してはならん!奴等の対応を待て!」
防衛戦力の要である近衛飛竜騎士と近衛騎士の全てが不在、そして防衛に不向きとなった城壁設備を背景にカサンドラ伯爵は不要な交戦を制止した。
そんなカサンドラ伯爵の命令を受けて帝都の城壁で弓矢や魔法の発動を構える衛兵と騎士達は固唾を呑んでニホン軍の動向を見守る。
既に彼等のいる城壁からでもニホン軍の姿は視認出来ており、彼等はその異質な姿を前に形容しがたい思いを抱いていた。
帝都を守る彼等の誰もがこの後に巻き怒るであろう苛烈な攻城戦に覚悟を決めた時、帝都の正門前に展開していたニホン軍から1団が突出して現れた。
その1団は正門付近まで到達すると旗を掲げた。高く靡かせた旗を城壁に立つ彼等はその1団の正体を見破る。
「あれはオルデンブル侯爵の旗だ!」
「あのオルデンブル侯がここに!?」
動揺が広がる彼等をよそに正門前まで近付いて立ち止まった1団の中から年若き青年が声を上げる。
「我はオルデンブル一門が1人!ウィット・ロレンツォ・オルデンブルである!ニホン国の使者として参った。城門を開けよ。」
ウィット卿の言葉に城壁につめる彼等は互いの顔を見合せて、カサンドラ伯爵達のもとへ報告を持っていった。
対話の意志があることを確認したカサンドラ伯爵は無血開城を決意。帝都の城門を開けてニグルンド方面隊を受け入れた。
この日、帝国の中枢たる帝都はウィルテラート大陸の新興国 日本の手によって陥落した。
1つの区切りをつけることが出来た日本であったが、首脳部は今後の戦略を根底から変更せざるを得ない状況を前にして頭を抱え続けていた。
帝都に日本のニグルンド方面隊が入城してから数日後……
日本が占領する帝都のある中央部に限ればニグルンド帝国は初期の戦乱からは落ち着きを取り戻していた。
北部地方はオルデンブル侯爵を筆頭とした日本派が幅を利かすが、皇帝派の残党が一部の中央部と東西南の各地方で未だに日本派との間で衝突が続いていた。
しかし日本としては一刻も早く占領した地域のインフラを整えて重要資源の調達を安定化させる必要があり、これを怠れば国家の存続に関わる。
ニグルンド方面隊と日本派の彼等は帝都を落とした勢いに乗せてこの戦乱を早期に治める必要があった。
ニグルンド帝国
帝国中央部 某皇帝派の子爵家 皇宮貴族領
帝都を占領して尚も中央部で皇帝に忠誠を捧げる事を表明した子爵家の領地を北部地方の有力勢力であるロイスムール騎士団と方面隊の部隊が共同戦線を張って攻勢を仕掛けていた。
「チャーリー03より地上部隊へ、領都の城門を攻略中のロイスムール騎士団の攻城塔が破壊された。これより当機で城壁を破壊して支援を行う。」
『戦闘指揮車よりチャーリー03へ、城壁破壊を了解。領都の対空攻撃に注意せよ。此方よりバリスタの類いを4基確認した。』
背の低い草木が這える平原の先に見える敵の領都、3000人の人口を持つ小さな街を包囲するロイスムール騎士団。
その包囲網の上空を1機のAH-64D アパッチが旋回飛行して見守っていたが芳しくない戦況を前に機体高度を下げる。
隊員は操縦席のモニターから眼下に広がる戦場を見渡すが、その様子を見て眉間に皺を寄せる。
領都の中心部に立てられた領城を包囲する者以外に、その外周の人々が住まう城下町で略奪に腐心している者も散見しているロイスムール騎士団。
彼等は北部地方の属領から蜂起した集団であるが、属領になる前は公国として地図に載っており彼等はそこの元騎士団である。
しかし名称こそ騎士団とされているが、属領になってから永らく帝国によって軍を解散されていた。
そのため実態は元公国領から徴兵された民兵に等しい装備と練度であり、とても騎士団とは呼べないほどお粗末な軍隊と言えよう。
そんなロイスムール騎士団は懸命に領城を守る本物の騎士と兵士達を前に苦戦しており、いまも貴重な攻城塔が防衛側の火炎魔法によって破壊されていた。
木造で造られた3階相当の高さを持つ攻城塔が上部から燃え上がり、内部に待機していたロイスムール騎士団の兵士達が慌ててその場から飛び降りたり、身体に炎を咲かせて狂ったように走り回る光景を隊員は見る。
これは不味いと隊員は機体翼下部のロケットポットに搭載したヘルファイアミサイルを城壁に向けた。
防衛側の皇帝派兵士達は燃えながら倒壊する攻城塔を見て歓声を上げるが、空を飛行していて日本の戦闘ヘリを見つけてすぐに狼狽え始める。
それを尻目に隊員は操縦桿を操作して一気に両方のロケットポットから4発ずつのミサイルを発射した。
対戦車として使用されるミサイルはその強力な威力を石壁に遺憾無く発揮され、その上にいた多数の兵士ごと吹き飛ばした。
数m程の石壁は簡単に崩壊し、包囲していたロイスムール騎士団は日本の攻撃に大歓声を上げた。
「それ!ニホンの鉄の飛竜が城壁を破壊したぞ!我に続け!城に籠る反逆者共を討ち取るのだ!」
ロイスムール騎士団の指揮官が剣を掲げて後ろに付き従う兵士達へ鼓舞する。兵士達は雄叫びを合図に穴の空いた城壁へと突撃した。
防衛側で唯一の利点であった城壁が破られればその後に残るのは一方的な殺戮である。
もとより領都を包囲するロイスムール騎士団の兵力は1800人と他北部地方の日本派貴族500人に方面隊から1機の戦闘ヘリ・1個中隊の普通科部隊という編成だ。
それに対して防衛側の皇宮貴族は騎士50人と私兵150という極めて少数に過ぎなかった。
そんな圧倒的有利な戦力を全面に押したロイスムール騎士団はその勢いのまま領城を制圧、この領地の主である子爵の首を切った。
子爵を討ち取ったロイスムール騎士が城の最上階にあるバルコニーから旋回する戦闘ヘリの隊員へアピールするように生首を見せびらかす。
「……終わったな。」
戦闘終了を悟った上部操縦席の隊員が呟きに後部座席の隊員が反応した。
「勝てば官軍とはこの事かい。城下町の方を見てみろよ。手当たり次第に家を荒らしてやがるぜ。」
後部座席の隊員は機体真下にあるカメラを使って後方に広がる光景を見た。
ロイスムール騎士団達は領都の広場に住民を集めて、空となった家々の扉を破壊し、中にあるであろう家財を持っていった。
戦乱ならばこの世界では極当たり前の光景であり、地球でもよく見られた行為であるが、それでも隊員達はやるせない気持ちでいた。
「まだ勝ったかどうか分からんがな。結局、皇帝は西方の大貴族の元で軍を集めてるらしい。
……いよいよ泥沼化が見えてきたぜ。」
「そして俺達は皇帝じゃなくて放置された皇帝派の残党処理って訳か。」
上部操縦席の隊員は落胆した様子で言う。事実、この子爵領以外にも日本陣営の支配下でこういった鎮圧処理は各所で行われていた。
帝都を含んだ中央部は方面隊主力と余裕のある北部地方のオルデンブル侯爵と影響力拡大を目論んだロイスムール騎士団が。
東部地方では同じく方面隊から別れた戦闘団とジークザン侯爵に経済連盟諸国が分担して新たなる政権土台の磐石化を図っていた。
方面隊も参加しているが、燃料と弾薬の問題が常に背後を回っているため、この子爵家のように1機の戦闘ヘリと1個中隊という小規模の部隊編成で現地勢力の支援をする形式である。
方面隊の役目は資源埋蔵地の死守とインフラ構築する民間企業の護衛が目下の任務となっていた。
「やる気が削がれるぜ……おっと、城の連中はもう撤収か。俺達も帝都に戻るぞ。燃料がそろそろヤバイ。」
溜め息を漏らした隊員は操縦席の残り燃料を示す計器を見て撤収を促した。
「チャーリー03より地上部隊へ、領城の占領を確認した。また当機の残り燃料が帝都までギリギリのため帰投する。」
『戦闘指揮車よりチャーリー03へ、目標の制圧了解。帝都まで気を抜くことなく帰投せよ。』
「了解……さて、うちに帰るか。」
無線を切った隊員は操縦桿を傾けて帝都の方角へと進路を変えた。
地平線の彼方へと消えていく戦闘ヘリを、領都を包囲してきたロイスムール騎士団の兵士達が手を振って強力な宗主国の飛竜を見送る。
帝国中央部 帝都への帰路
方面隊配下の戦闘ヘリ AH-64Dアパッチ 帝国中央部の子爵領都の攻城戦を終えて帝都へ帰投する姿を地上から見つめる1つの集団がいた。
その集団は2000ミリル以上の高さを飛行する奇怪なニホンの飛竜を一心不乱に見つめていた。
やがて集団の中で最も位が高いであろう人物が外套を剥いでその顔をさらした。
「ほう。あれが噂に聞くニホンの鉄飛竜か……何とも奇怪で興味深いものだ。」
その人物は堀の深い顔立ちをした壮年の男で外套下に着込んだ身なりは高い地位に立つ者のそれであった。恐らくはこの集団の指導者であろう。
「薄い羽のような物を回す理由は分からぬが……確かに生物の類いでは無さそうだ。」
男はそう直接目にした感想を周囲に呟く。
「奇怪な見た目もそうですが、私はこの轟音に興味が向きまする。なに用でかような音をわざわざ出し続けるのでしょうか?正直、鬱陶しい事この上ないでございまする……」
それに後ろに控えていた若き男が耳を押さえながら反応した。彼はヘリコプター特有の空気を叩き続けたような音を前に、何とも形容しがたい気持ちを抱いたようだ。
「うむ……あれは常に飛行魔法を展開している訳でしょうか?
目測ではありますが、其処らの飛竜よりも速く移動できそうです。」
「確かに。あれから飛竜槍を使われれば大抵の飛竜では一溜りもありますまい。
身体全体も堅そうです。地竜でもない限りは傷を付けるのも一苦労でしょう。」
若き男の言葉を皮切りに指導者の周りに立つ男達が各々の感想を口に出した。
指導者らしき男以外は全員が若い青年とも呼べる者達であり、彼等は若者特有の興味津々な様子で隣の仲間へと話し合う。
指導者から見れば和気藹々と話し合う自身の弟子達を前に、口角の上がる光景だが気持ちを切り替えさせる為に片手を軽く上げた。
その意図を察した若者達は一斉にその指導者へと視線を向ける。それに満足した男は軽く頷くと口を開いた。
「勉強熱心なのは大変結構……しかしここで足踏みしていては何時まで経っても帝都に着かん。帝都まであと僅かだが、先を急ぐぞ。
なぁに、帝都まで行けばあの鉄飛竜のようなものはたくさん見れるさ。」
「はい!先生!」
威勢良く応える若者達を見た指導者は大きく頷いて1歩を踏み出した。若者達はそれに続いて歩く。
ニグルンド帝国でも名高き学者は噂の絶えないニホンの姿を見ようと弟子を連れて帝都への歩みを再開した。
更に時は経過する……
ニグルンド帝国
帝都
主である皇帝が居なくなった帝都を日本の陸上自衛隊が入城してから3週間が経過した今日。
帝城の敷地内にある広大な大庭園の一角を1機の輸送ヘリコプターが着陸した。そのヘリコプターの先で方面隊司令部の幹部を傍らに本郷陸将が先頭で待機していた。
機体が着陸と同時にメインローターの回転速度は緩やかになるが、完全に止まるのを待たずしてハッチが開かれ中に収容されていた人物が帝都の地に降り立った。
「ようこそお越し下さいました、永井長官。」
方面隊の最高司令官の歓迎を前に永井長官と呼ばれた男性はにこやかに応えた。
「世話になるよ。本郷君。」
そう永井長官は言うと、すぐ後ろに付いた3人の秘書と共に庭園内を歩いて自身の仕事場を確認する。その傍らを本郷陸将がついて現在の帝国の治安状況等を永井長官と共有する。
だが、その前に永井長官は本郷陸将との共通認識について確認をした。
「本郷君も知っての通り、暫定ニグルンド政府は、戦後処理が完了するまでは内閣府管轄となった。だが、直接の管理は新設された『外部インフラ開発庁』が行う。それに伴って君達ニグルンド方面隊の一部指揮権限が私に譲渡された。だが、自衛隊の現場指揮は全面的に君に任せるつもりだ。」
「承知しております 永井長官。」
本郷陸将は側で歩きながら敬礼して応え、数日前に本土から伝えられた内容を思い返した。
彼の斜め前を歩く壮年の男性、永井義政。この人物こそが暫定ニグルンド政府の上部政治機関『外部インフラ開発庁』を取り纏める長官だ。
外部インフラ開発庁は、国土交通省と経済産業省の間で共同設立された日本のインフラ・システム関連の海外展開、国際的な資源開発に海外展開した日本企業の保護を目的とした組織だ。
日本が戦前に存在した朝鮮総督府や台湾総督府と似通った組織であるが、最大の違いは総督府が恒久的な統治を目的としているが、外部インフラ開発庁は該当国の独立を目的とした組織である。
あくまでも日本は、同国が所有する地下資源と穀物地帯等といった日本の存続に重要な資源確保、安定的な生産体制の構築が目的であり、ニグルンド帝国の広大な領地を欲している訳ではない。そもそもの話、そんな国力と余裕なんて無いのだから……
そんな日本政府の思惑を理解している2人は簡易ながら今後の展開と自分達の立場についてを確認しあった。
永井長官の経歴は国土交通事務技監から経済産業大臣政務官の役職を経験しており、両省の管轄業務に知識があったため彼が抜擢されたのを理解している本郷陸将は彼の到着に安堵をした。
「帝都の混乱についてはどうかね?だいぶ落ち着いたと聞いてはいる。空からも見て、そこまで荒れてるとは見えなかった。
しかし現場の人間から見てどう思う?」
永井長官の質問に本郷陸将は静かに思案してから答えた。
「帝都の一般階層は表面上は普段通りの生活をしています。問題は中級階層以上の貴族、そして組合組織や治安部隊である騎士隊です。」
「ふむ……具体的には?」
顎に手を伸ばして問いかける永井長官に対して本郷陸将はダークエルフや友好関係を結んでいるオルデンブル侯側から受けた報告を述べた。
「組合組織に関しては、商業組合や建設組合といった、一般人との関わりが深い組合はひとまずの危険性はありません。
しかし鍛冶組合、傭兵組合や宝飾組合といった主な顧客が貴族である組合です。あとは一部の帝都騎士隊も怪しい動きを確認をしています。……いまだ動向が不明なのは冒険者組合に魔導師組合ですね。」
「現状で強硬手段に出る可能性は?」
「目下監視を強めていますが、何とも……そもそも監視に適任な現地協力者が限られていますので、完全に掴めてるとは言えません。
治安実働部隊も方面隊隷下の警務隊が現地の騎士隊と連携する流れですが、やはり反抗的な騎士もいるため対応に難があります。」
重い内容の報告に本郷陸将は危機感を抱いた。しかし永井長官が思い出したかのように言葉を出した。
「あぁそうだった。その治安問題に関してだがね……本土から実働部隊の派遣が決まった。自衛隊や今後くる警察組織では、能力不足なのを考慮しての話だ。」
「自衛隊や警察組織以外でですか?公安でも寄越してくるのでしょうか。」
本郷陸将の反応に永井長官は首を横に振って神妙な表情で答える。
「公安では無い。新設された組織だ。正確に言うのであれば……公安直属の武力部隊だよ。
名を特殊機動戦闘隊……『特機隊』と呼ぶ。」
「特機隊……そのような動きがあったとは、知りませんでした。能力については問題無いと見てもよろしいので?」
本郷陸将は言外に"余計な騒動を起こさないのか?"そう永井長官に問う。それを完璧に読み取った彼は言いずらそうに答えた。
「君の言いたい事は分かる。私もそこまで把握はしていない為、詳しい事は言えない。
だが、従来の機動隊や自衛隊とは全く異なる、逸脱した部隊とは聞いている。」
「……それはどういう意味ですか?強権的な憲兵隊という意味ですか?」
だとしたら勘弁願いたい。そう再び永井長官に訴えかけるが彼は申し訳なさそうに言う。
「すまんが本当に詳細は聞いていないのだ。だが異様な装備で任務に従事して幾つかの海賊や山賊の討伐任務を既にこなしたらしい。」
「いつの間にそんな事を……てことは警察と我々自衛隊の間に位置する治安部隊という認識でしょうか。」
山賊や海賊を相手にするには警察では火力不足、しかし自衛隊では過剰とも言えるので口にした本郷陸将。
「恐らくは……謎の多い組織だな。少なくともここに派遣されるのはまだ先だ。それまでは何とか頑張ってくれ。必要があれば応援も送るよう手配する。」
「承知しました。何かあればお願いします。」
治安に関しては一つの段落が着いたと判断した永井長官は別の重要な話に移した。
「うむ。次に帝国の暫定政府についてだが、政権維持に必要な人材に問題があるらしいな?」
永井長官は方面隊から本土に最重要項目として報告された内容に触れた。
「はい。主要な各政治組織である大臣や長官等はみんな、皇帝と共に西方へ逃げましたので帝都には長官以下の上級役人や聖職者しかおらず、臨時としてブレイトン皇甥とジークザン侯爵家から派遣された地方役人が主な政務を取り仕切って貰っています。また、一部の皇宮貴族もにも協力を要請しております。」
苦虫を噛み潰したように言う本郷陸将。現在の暫定政府を支えているのは中央とは言え下級役人と地方役人であり、磐石な政権とは到底言えないのがこの暫定政府の実態であった。
「ブレイトン皇甥のほうはどうなんだね?我々に協力的なのか?報告書では特に問題なさそうだが。」
「そのブレイトン皇甥につきましてですが。1つ長官からお願いしたい事がございます。」
これまでで一番神妙な表情と声で言う本郷陸将を前に永井長官は立ち止まった。
「その顔を見るに重大な案件の様だ。分かった。他の話についてはそれが終わってからにしようか。」
「感謝します。早速ではありますが、ダークエルフ達からの報告でブレイトン皇甥の確保に貢献した現地協力者がいると受けています。その人物の対応を長官にお願いしたくあります。その男は……」
この帝国に展開する日本の代表 永井義政に最初の仕事が舞い降りた。
同日の帝城にある臨時長官執務室
永井長官に割り当てられた執務室、元は帝国の宰相が使っていたとされる豪華な部屋に主である永井長官と本郷陸将。
そして本郷陸将の後ろには方面隊司令部付きのダークエルフで最も高い階級に就く男 オルフェン=ニル国の国防省からの出向者 ライネル・アヴィグルース1等陸尉が同席した。
本郷陸将は自身に依頼したから分かるが、何故ダークエルフである彼が居るのかというと、彼等ダークエルフの諜報活動で判明した情報だからと説明を受けた彼は受け入れる。
そしてそんな3人の前に跪く男へと永井長官は視線を向けた。
「頭を上げたまえ。」
豪華絢爛な執務室の中央、唯一の椅子に座る永井長官から正面に位置する場所で跪いていた男は静かに、だが作法に知識がある者特有の優雅さを見せて顔を上げた。
その男の顔を見た永井長官はまじまじと観察する。
白髪に顔は豊かな皺で刻まれた老人。最大の特徴は片目を眼帯で覆った隻眼という点だろう。そんな己よりも年上の現地協力者を初見で見た永井長官は印象深い老人という評価だった。
しかし彼は執務机に置かれた資料を1通り読み込んで、それは大きな間違いだとすぐに認識を変える。
ダークエルフ達による素性調査とここ最近の動向が記載された資料の束を掲げて永井長官は目の前の老人に言葉を投げた。
「……ウルブ・ジェシカ。元は地方の男爵家の嫡男出。しかしながら当主、つまりは父親が現皇帝が発令した増税政策に反対した為に貴族位を剥奪……以後は傭兵稼業で身を立て、現在のターボ隊を設立。
更に東部地方で皇帝派の男爵領を占拠。そこを中心に皇帝派と交戦している……ここまでで何か修正点はあるかね?」
淡々と資料を読み上げていく永井長官を前にジェシカは端的に答えた。
「何もございません、長官閣下。」
全く表情を変える事なく真っ直ぐに自身に視線を固定させるジェシカを前に永井長官は思案した。
自身の身辺情報を読み上げられても動揺する素振りは見せなかった事に、その資料の重要項目に記載された内容は間違っていないと確信した永井長官は続けて口を開いた。
「遥々東部からここ帝都まで来て貰って悪いね。部下から君の功績についてを聞いて、こうして直接話したいと思っていたのだよ。」
「とんでも御座いません。しがない1傭兵であるこの私が他でも無い閣下から直々に御言葉を頂ける栄誉に悦が絶えない所存であります。」
本当はつい数時間前に聞かされたばかりという事実は心に置いといて永井長官は続ける。
「ふむ……君はジークザン侯爵と共にブレイトン皇甥殿下の確保に尽力したらしいが、侯爵とは一体いつ、面識を持っていたのだね?」
永井長官はここで1つの罠を張った。それにジェシカはここで顔を俯かせて応える。
「まさか、元貴族とは言え没落した私には東の獅子たるジークザン侯との顔を繋ぐ事は出来ませぬ。全てはただの偶然でございまする。他の皇帝派の貴族家へ進軍したところを鉢合わせしたのであります。」
「……では意図的では無いと?」
永井長官は意識を集中して視線を向けた。それに構わずジェシカは表情を固定して応える。
「左様でございます長官閣下。私如きが畏れ多くも皇族の、それも皇甥殿下を捕えるなぞどうして出来ましょうか。」
そう言葉を放つジェシカに対して永井長官は老人の表情を細かく観察したが目当ての異常を見つける事は叶わず観察を中止した。
「成る程成る程……あくまでも偶然という訳か。実に幸運な事だ。その幸運のお陰で我々は大いに助かったぞ。」
「お褒めに預かり光栄であります。この身の運には我が祖の英霊に感謝をしますとしましょう。」
両者は互いに牽制し合うかのように視線を交差させた。それを側から見ていた本郷陸将とアヴィグルース1等陸尉は神妙な表情で見る。
「うむ。話を本題に移すとしようか。どんな形であれ、我々は君に大きな借りが出来たのは事実である。我が国には信賞必罰という言葉があり、功労者には褒美を、罪を犯した者には罰をという意味だ。そして此度の君には褒美を与えたい。単刀直入に問おう、何を望む?」
永井長官の言葉に本郷陸将が驚いたような視線を向けた。最初の段取りとは異なる永井長官の言葉に驚いたのだ。そしてジェシカはアヴィグルース1等陸尉がそんな上官に不思議な表情をしたのを見逃さなかった。
同時にジェシカはここが攻勢のタイミングだと確信して、1つの願いを永井長官に言った。
「ならば私の願いは1つ。我が傭兵ターボ隊を閣下の……いえ、ニホン国との専属契約を交わしたく思いまする。」
ジェシカの言葉、それに永井長官と本郷陸将はそこまで表情を変えなかったがただ一人、ダークエルフのアヴィグルース1等陸尉だけはその表情を驚愕に変えた。
「専属契約……傭兵として我が陣営に加わるで良いのか?必要であれば君が占領している領地を邦国として認めてもよいのだが?」
永井長官の言葉に本郷陸将は僅かにアヴィグルース1等陸尉が大いに驚いた表情をするがジェシカだけは変わらずの表情で応える。
「いいえ。私は傭兵の方が身が軽くて性に合うのです。どうか我が隊をニホンの戦列の一部に加わる栄誉をお与え下さいませ。
必ずやお役に立つことでしょう。我が隊は閣下等ほどでは御座いませぬが足が軽く、この地をよく理解しております。その点については閣下もよく御存じかと思われます。」
ジェシカの自信溢れる姿を前に永井長官は数秒間の沈黙を経てから答える。
「………その件については追って連絡をしよう。まだ暫くはこの帝都に滞在して貰う。無論、その間の滞在費用は此方で持とう。アヴィグルース1等陸尉。」
突然指名を受けたアヴィグルース1等陸尉は少し慌てて敬礼をして応えた。
「は、はっ!永井長官殿。」
「彼の滞在する建物を用意してくれ……確か、無人となった皇宮貴族の邸宅が幾らか余ってたな?そこの1つを割り当てよう。そこに掛かる費用は治安維持管理費として落とす。滞在中の世話人についてはどうするか……」
「その点に付きましては私の部下を同行させております故、御気遣い無く。」
「そうかね?ではそうするとしようか。他に何か要望はあるか?」
永井長官は最後に再び視線をジェシカに向けて観察を再開した。
「充分すぎる次第であります閣下。」
その短い言葉で彼は思案に走るがすぐに話を終わりにさせる。
「そうか。では今日のところはここで終わりにしよう。」
永井長官がそう締め括るとジェシカは部屋から退出した。
執務室の窓から帝城を出るジェシカと数人の傭兵らしき人物を連れた一行を見下ろしながら本郷陸将は永井長官に問う。
「……何故、あのような事を?」
当初の取り決めでは事実関係を終えたら彼の爵位を復活させて戦乱で東部の空いた領地を与えるで決まっていたのだ。
そんな本郷陸将の問いに永井長官は静かに答える。
「アヴィグルース1等陸尉君、君達が書いた報告書を隅々まで読ませて貰ったが、あの男 ウルブ・ジェシカだったか?
彼は確かに中々の人物だよ。君達が思っていた以上と言葉が付くがね。」
「……と言いますと?」
本郷陸将とアヴィグルース1等陸尉は揃って疑問を浮かべた表情をする。
「奴はブレイトン皇甥の確保は偶然だと言い張った。侯爵とは面識を持っていないとも言ったな。」
「はい。しかしそれが何か?」
何ともない発言だと思っていた2人の頭は疑問が晴れなかった。
「私は侯爵と連携して確保したという話に持っていきたかったのだよ。
それで侯爵とジェシカの功績を分配させてジェシカの領地を侯爵と同じ地方に設置させる。互いを監視させるように近場の領地を与える手筈だった。」
本郷陸将はその通りだと頷き、アヴィグルース1等陸尉は成る程と頷いた。
「侯爵からすれば功績を横から掠め取られたと思い、ジェシカを監視する。
対して奴も報告書通りの頭の切れる人物ならそれに気付いて侯爵との対立を優位にしようと我が国への貢献に腐心する……それが理想なんだが、奴は目の前の餌に食い付かずに罠がある事に気付いた。」
「……では何故、奴は傭兵に固執したのでしょう?少なくとも領地を貰う方が安定的ではありませんか?」
アヴィグルース1等陸尉の言葉に永井長官も同意した。そして己の知見を述べる。
「詳しくは奴のみぞ知るだが、西方討伐を視野に入れたのかもな。そこでより大きな功績を立てて、狙っていた褒美を貰う。この報告書を読むに西部地方は奴の生まれ故郷だ。我々目線からでも奴の知識はある適度役に立つかもな。」
「では傭兵として雇うおつもりで?」
「本郷君の話では、ここ暫くは戦闘団規模の動員は難しいのだろう?」
「お恥ずかしながら、燃料消費について本土から抑えるよう警告を受けた次第です。
無論、向こうから出向いて来た場合には万全の体制で迎え撃つ事に問題ありませんが。」
「ならば現地勢力の戦力強化をして現地人同士で戦わせる……資源調達が安定するまではその方針も考えねばなるまい。」
それを見越してジェシカは提案したかも知れない。そう永井長官は悟った。
「我が国が代理戦争を仕掛けると?……他でもない我が国がアメリカやロシアと同じ事をするのですか?」
苦々しい表情でいう本郷陸将を背景に永井長官は答える。
「大陸進出に伴って、我が国の在り方は大きく変わろうとしている。案外、あのジェシカの率いる傭兵隊が法人としての民間軍事会社先駆けになるかも知れんな。
……そう言えばあのブレイトン皇甥とも話を通さねばならんな。
早急に彼との会談予定を合わせてくれ。いきなり訪問という訳にも行かないからな。」
「永井長官。ブレイトン皇甥以外にもこの帝都の別大陸から来ている国の大使等が面会を要請しています。彼等との外交戦略も打ち合わせするべきかと。」
「あぁそうだったな……全くやることが多い。それなら先に暫定政府の外交官との打ち合わせだな。彼等から少しでも情報を抜き取らねば話にならん。」
ニホンの高官との対話を終えて帝城の敷地内を歩いていたジェシカは後ろに付き従う女傭兵ヴァレンチが声をかけた。
「……で、ニホンのお偉い様との対談はどうだったの?オヤジ。」
その問いにジェシカは歩くまま拳を上げて応えた。
「まずは上々ってところかね。」
「へぇ、それは凄いわ。それじゃあ私達は晴れてニホンの傭兵隊って訳?」
「まだ言質は取れてねぇが、あの長官の様子だと十中八九、そうだと言ってもいいな。返答を貰うためにもう少しここで滞在する必要があるから、今のうちに準備しておけ。」
「それも良いが俺としてはニホンについて調べるのも手だと思うぜ。折角そのニホンの懐まで来たんだ、調べれる範囲でやっときたい。」
同じく同行していた大柄な男 ロハーチが短く刈り上げた金髪を撫でて言う。
「そう慌てるな。今後は嫌でもその情報が入り乱れるんだ。奴等に怪しく思われないよう確実に足を揃えるぞ。」
そうジェシカは機嫌の良い様子で歩いた。彼の野心はニホンとの接触を果たして膨れ始めた。
永井長官がジェシカとの対談を終えてから更に時が流れて1ヶ月後……
帝都
日本政府が帝都を抑えて暫定政府の大まかな取り決めに一段落が着いたこの頃、暫定政府主導の対応もあって民衆の混乱が占領初期に比べて落ち着いていた。
そこで日本政府は帝都市民及び周辺領地を管理する貴族達、そして帝都に滞在する他国の大使達を相手にした大規模な凱旋パレードを実施する事が決定した。
東部地方の鎮圧と皇帝派が主流の西部地方・南部地方に対しての牽制する観点からパレードに動員できる人員は1個連隊……つまり1個戦闘団が精々ではあるが、その準備は着実に進んでついに開催日である今日を迎えた。
帝都で最も大きな大通りは朝から封鎖され、歩道は民衆でごった返しそれ目当てに出店が客を呼び込んでいく。
久方振りの好景気を見せる帝都は活気を取り戻しており、それだけでも暫定政府の役人はやって良かったと安堵したが、日本側はここからが本番だと謂わんばかりに、開始時刻と同時に盛大な音楽が通りの各所から流れた。
帝都市民は突如として聞こえてきた聞き馴染みの無い音楽に驚き周囲に視線を回す。
電源設備から繋いだ音響設備から流れた曲 陸上自衛隊の伝統ある『抜刀隊』の現代verが大通りで奏でると帝都の正面城門から陸上自衛隊の行進が始まった。
先頭を行進するのは第4師団 第16普通科連隊を母体とした第2戦闘団だ。彼等は完全機械化歩兵連隊らしく高機動車が進みその周囲を偵察用オートバイが囲んで進む。
異国から来訪した軍隊の姿を前に通りにいる帝都市民への大きな関心と驚きを表情に浮かべた。
先頭を進むのは偵察中隊であるが、そのすぐ後ろを4t輸送トラックと装甲人員輸送車といった輸送大隊の車列が続いた。
牽引する馬を必要としないまた不思議な自動車という存在が大群を成して目の前を進む姿は、最近帝都に訪れた者達に大きなインパクトを与えたであろう。
パレードが始まった当初は出店や音楽等で賑わいを見せていた通りだが、自衛隊による行進が行われている今では帝都市民の興奮はその自衛隊によって大きなに賑わいと活気を表した。
そしてその興奮は次の部隊を前にして更にボルテージを上げる。
輸送車輌を多分に含んだ輸送大隊の行進が終えると第2戦闘団の予備主力である偵察戦闘大隊が姿を見せた。第4師団隷下の第4偵察戦闘大隊の戦闘車輌が輸送大隊の後ろを行進する。
82式通信指揮車を先頭に後方を2列で進む16式機動戦闘車6両を先発に96式装輪装甲車、軽装甲高機動車が各号機ごとに数両の偵察用オートバイが均等に配置させて、その戦闘車輌に相応しい圧倒的な威圧感を大通りの人々に示した。
しかしながら彼等が最も圧倒され、その興奮度を最大値に更新させたのは通りを進む地上車輌では無かった。彼等が最も驚いたのは空である。
突如として帝都上空の正面城門の方角から轟音が聞こえてきた。何事かと帝都市民が視線を目の前の車輌から天空へと向けた時、それは彼等の瞳に現れた。
「な、なんだ!あれは!?」
誰かが空に指を指して特定の者に対してではなく問うた。驚きおののく彼等の視線と掲げた指の先には天空を飛行する複数の物体だ。
ニグルンド方面隊に所属する航空団が帝都上空800mという低空を時速850kmの巡航速度で編隊飛行を実施した。
帝都市民が知る存在で羨望と栄光の対象にして最高の栄誉と栄華の象徴でもあった近衛飛竜よりも遥かに大型で速い速度をもってC-2輸送機は両脇に国産戦闘機F-2戦闘機を各々4機ずつ従えてあっという間に通り過ぎていく姿は見る者全員に大きな稲妻を落とした。
地球人ですら編隊飛行する航空機を前にすればその姿に驚きを感じさるを得ないというのに、飛竜よりも大柄でありながら、飛竜よりも何倍も速い航空機、この世界の人間に突然それを見せつけられれば何も考えられなくなるのは自明の理であろう。
彼等が圧倒された時、その後方に続くようにしてヘリコプター連隊が続いた。
『UH-1J 』『UH-60JA』輸送ヘリコプターと高い機動力と攻撃力を兼ね合わせた『AH-64D』『AH-1S』戦闘ヘリコプターの混成ヘリコプター部隊が回転翼機の特徴的な轟音と共に空を埋め尽くすかの数で飛行。そして所定の位置で旋回して彼等にその機動力の高さを見せつけた。
日本政府が絶対的な自信を、皇帝へ送った書簡の大失態を払拭させる意気込みで行ったこの凱旋パレードは彼等の反応を見て大成功と評価して充分だった。
知識ある者はこの行進パレードに参加したのは1個連隊規模とこれまで帝国側が行ってきた凱旋パレードと比較して小規模と捉え、ニホンの軍隊に侮りや嘲笑といった軽視していた者達はその圧倒的な存在感を前に開いた口が動かずにいた。
そんな者達の一部、行進パレードを実施した大通りで最も見学に適した場所を日本政府側が設置した閲覧席会場の席に座る帝都に駐在する異大陸の大使及び駐在武官等も例に漏れず、圧倒された表情を浮かべていた。
「こ、これは……!」
上空を飛行する航空部隊に視線が釘付けする西方大陸のラム=リュマラニア大陸にある大国のシー・ヴァレッタ王国 外交大使 マット・ラヴァーソンもその一人だ。
暫く空を食い破るかのように見つめた彼はハッと己の職務を思い出して周囲を見渡す。しかし周りに座る他外交大使の誰もがニホンの異形とも呼べる軍隊から視線と意識を外せずにいた。
ラヴァーソン外交大使はそれを見て強い落胆と恐れを抱いた。
(しくじった……よもやニホンという国がこれ程までの存在だったとは!)
最初、皇帝が突如として帝都を放棄したと聞いた時はその判断の愚かさを嘲笑した。そしてそのすぐ後に帝都に入城したニホン軍がダークエルフを優遇していると聞いてそれ以上の嘲笑と侮辱をした。
そこから更にニホン軍主催の凱旋を行うと聞き、配下の間者と密偵等を総動員して手に入れた情報で参加する軍隊の数が二千にも及ばないと聞いた時のそれは最高潮を迎えた。
しかし蓋を開ければどうだろうか?目の前を行進するニホン軍はもはや1国の力どうこうでは無く、もっと違う次元の何かという不気味極まれないものを我らに見せつけてきたではないか!
「何という軍勢であるか……」
思わずそう呟かずにはいられない。想像にもしなかった圧倒的な姿を前にして彼は口を震わす。
そしてこの凱旋パレードも佳境に入る。最後に締める重要な部隊は2丁の機関砲を搭載した高射特科大隊であった。
第3戦闘団の母体である第8師団隷下の部隊より数両の87式自走高射機関砲が大通りを途中まで進んで他国の外交大使等のいる閲覧席のところで停車した。
市民は何事かと彼等が近くの知り合いと話し込む間に、87式自走高射砲に搭載された35mmの対空機関砲が空に向けて動いた。
見学していた彼等は機械音と共に駆動した2つの鉄筒を前に驚きで目を見開いた。
そして上空にはいつの間にか多数の気球のような丸くて白いものが浮かんでいた。
知識ある者が見ればそれは飛竜騎士が飛行訓練の際に使用される訓練用気球だと気付くだろう。
元は飛竜騎士が装備する騎士槍でその気球に直接突いたり、飛竜自体がブレス攻撃などで破壊する物だが、それが100は超すほどの量が浮かんでいた。
鉄筒の先端が空に浮かぶ気球へと向けられるから幾ばくかの時を得て、その先端部から火花と白煙がとてつもない轟音を撒き散らしながら発火した。
ものの数秒間の出来事だが、周囲から突然の破裂音に近い轟音を前に悲鳴が上がる。閲覧席に座る外交大使や駐在武官も何事かと驚き、腰に剣を携帯していた者に至っては柄に手を伸ばしていた。
そんな彼等は上空で繰り広げられた光景を目にしてニホンの意図を察した。
大量に空に浮かんでいた気球が目の前で発火した鉄筒の手によって一瞬で破裂していたのだ。それもとてつもない速度で破裂していく。
あの鉄筒を着けた鉄馬車がやったのだと。誰もが瞬時に理解し、彼等の驚愕と歓声は最高値に近い勢いを取り戻す。
これまで幾多の戦闘車輌を前に歓声を上げるほど興奮してた帝都市民も後半に移るにつれて、ある程度の収まりが見えてきた頃合いを見計らった政府は最後の締めとなる実弾演習を計画したのである。
市民は圧倒的な力を前に驚くだけだが、外交大使等はその凄まじき武力に気付いて戦慄した。
もしあの気球が飛竜であれば?あの速度で破裂していくのであれば、どんなに速い品種の飛竜であろうとも簡単に撃ち落とされるだろう。彼等はそれに気付いたのだ。
市民、外交大使といった階級問わずこちらの用意した演目に熱中している光景を帝城の特等席から見下ろしていた永井長官は満足げに呟く。
「ひとまずは成功に終わったな。」
90口径の35mm機関砲2丁が一瞬で数百発、複数両が同時に発砲したからあの数秒間で数千発が発射されたのだ。
銃を知らなくても誰だって驚く。そう考えた永井長官は1人の空間で笑みを浮かべた。それと同時にこれで期待できる効果を計算していく。
十中八九、あの観客の中に皇帝派の人間がいるだろう。限りなく100%に近い確率で。
同時に帝国内で皇帝派か日本派か両陣営の顔色を伺っている日和見派貴族が送ったスパイ達もあそこに潜んでいるのはダークエルフ達による諜報活動で判明している。
今回の凱旋パレードはどっちかと言うと日和見派に向けての演目に近かった。こちら側の力を見せ付けて戦わずして味方側に引き込む。それが永井長官と日本政府の作戦だった。
異大陸含む他国戦力については政府も特に脅威な存在とは考えていなかった。無論、警戒はしているものの、この世界の技術力と社会基盤から見て、即座に海を隔てた地に軍事的脅威を浸透させるのは極めて困難だと分かっているからだ。
故にまずは敵対勢力のままである皇帝派と中立派を瓦解させてこちら側の負担を最小限に納めるのが先決だと考えた。
だが観客に紛れた彼等は報告に苦心するだろう。見たことをそのまま報告しても全容を理解させるのは難しい。
だからこそその後にこちら側でもうひとつのアクションを起こす。動員可能な戦闘団の一部でも良い。中立派の領地内を通過するだけでも航空機を彼等の領都上空を飛行するだけでも良い。
悩んでいた彼等は焦る筈だ。服従か敵対するか。そこに甘い内容の提案をすれば自ずと向こうから近寄ってくるであろう。
「その為には速いところ滑走路の建設を急がせねばならんな。」
永井長官はそう言って凱旋パレードとは別の方角に視線を向ける。
そこは帝都近郊に広がる平地で、現在は民間企業と陸自の施設科が総力を上げて滑走路とそれに必要か設備の建設に勤しんでいた。
安定的なインフラを得るためにも鉄道以外に大規模な航空輸送の体制も整えねばならない。
政府と財閥が立案した計画では、あの地に6本の滑走路と数百の大型航空機が収容可能な倉庫と整備施設が並ぶ巨大空港が建設されることになっている。
それは日本の本土でもその規模の空港は存在しない。まさに世界最大規模の空港となり、経済的な有利だけでなく戦略面においても完成すれば帝国全土を、更にウィルテラート大陸のほぼ全域をカバー出来るようになる。
やるべき課題は多いが達成するための土台は整いつつある。
次の話も孤高日本の予定ですが、ここからは私の休日残高も底を着いたのでまた投稿期間が開いてしまうかも……
また次回をお楽しみに!




