漫遊3
1556年 6月 伊勢国 桑名
ハ風街道を馬によって一気に下る。御礼の品々は事前に桑名に集めてある。これを船に積み込むのだ。御礼の品々はかなりの量があるので、今回は横関商人から人足を供出させている。彼らと桑名で合流し、駿府を目指すのだ。
「若様、此度の人足の頭が御目見えを願っております。」
「我が面前に通すがよい。」
桑名の宿にて、旅の疲れを癒していると早速、人足のまとめ役から御目見えを願ってきた。これから長い旅路を共に歩むことになる者共であり、高価な品々を運んでもらうことになる。ここは、彼らと中を深めることが大事である。
「お初にお目にかかります、某横関商人の末席を占めております弥太郎と申すもの。どうかお見知り置きを。」
「弥太郎、そなたらを初めとする横関商人には大いに期待しておる。この旅程が無事終わった暁には一人一人に十分な恩賞を与えよう。」
「我ら横関商人、信頼こそ最も重要な資産であることを重々承知しております。どうか安心して我らに品々をお任せ下され。」
「此度の駿府までの間、鈴鹿の山々を往復し鍛え上げられた横関商人の健脚、間近でせて貰おう。」
翌日、横関商人と懇意にしている渡しの者たちの船に品々を積み込んだ。我ら一行と人足を合わせるとなかなかの数の船団となった。その殆どが沖合に出るような大型の船ではなく沿岸部からは離れない小さな船なので仕方がない。
「見渡す限り、海は穏やか、程よい風が吹いている。船頭、これならどれほどの時間で宮宿に着くか。」
「これくらい船を出すのに良い条件ですと二刻ほどでつきますぜ。」
思ったよりも早く着くようなので、熱田には泊まらず、岡崎までの道中で一泊するべきだろうか。
「定持、このまま当初の予定の通り熱田で宿泊するべきか。それとも、熱田を通り過ぎ岡崎を目指す道中で宿を探すべきか。其方はどう思う。」
「何度も話したように三河国は今、賀茂郡をはじめとして北西部に反今川の反乱が起きております。三河を通り過ぎるまでが最大の鬼門にございます。ここは一気に岡崎まで行ける準備を行うために熱田で宿を求めるべきかと。それにこの後我らは皆陸酔いに苦しむことになるでしょう。そのような状態で動くことはあまりにも危険でございますゆえ。」
「定持がそういうならそうしよう。」
はるか彼方まで広がる太平洋の眺めを見ているといつの間にか宮宿に着いたようだ。波が穏やかであったとは言え、小さい船だったのでから大きく揺れる場面もあった。幸いにも吐くことはなかった。しかし、陸地に上がると定持の言う通り陸酔いしてしまった。
確かにこの状態のまま動こうとするのは良くない。ここは早く宿を取ろう。そこで役に立つのは、寺である。日本に数多ある寺の中でも交流があり組織化された教団を持つ、本願寺より身分の保証とともに便宜を図るように記された書状を得ているのだ。
これを使い熱田にある寺に宿泊させてもらうことが出来た。無論幾らかの寄付をさせてもらった。やはり金銭で解決できる問題は金銭で解決するべきだな。坂井政尚は海でも陸でもかなり酔ったらしく、いつもの閑雅重厚な雰囲気が大きく崩れていた。
寺で一夜を明かすと、さすがは普段より鍛えてある武士たちである。昨日の酔いに苦しんでいた者たちの姿は跡形もなく消えていた。岡崎まで一気に行くために朝早くに出立する。移動速度を上げるために一部の品々は馬に運ばせる。一頭当たり大体四十貫ほど運ぶことが出来る。我らは、馬に乗って移動する。
「流石は天下の大動脈である東海道。戦乱が近くにあるというのに商人や旅人たちは恐れるどころか、商機や立身出世の切っ掛けとして喜び勇んでいる者もいるようだ。」
「若様、民草の強さ・したたかさというのは我ら武家の想像を超えるようなものがあります。若様におかれましてはこの民草の姿をしかと目に焼き付けてくだされ。」
定持が語り掛けるのを聞きながら、横を通り過ぎる商人の一団を見やる。彼らからはしたたかというよりも自分の力ではどうにもならないという傍観の念を感じた。長いこと戦乱が続いており皆この戦乱の世に慣れきっている。その中に私も含まれている。普通ならここから天下統一の気持ちを持つのだろうが、才気に乏しい私では、広がった領国を纏め、次の世代に受け渡すことだろう。天下統一はきっと私ではない誰かがやってくれる。
恐れていた野盗などの襲撃はなく予定の通りに岡崎に着くことが出来た。ここで岡崎城代である山田景隆の歓待を受けることとなった。城内の雰囲気としてはなかなかに殺気立っていて歓待の雰囲気ではない。聞くところによると、反今川勢力の蜂起が続いていることに加え、武田晴信が三河北部を攻め、根羽、津具、河内大谷、武節を武田領に加えたことによるものだそうだ。
「忠定殿も知って通り、三河の国は大いに荒れております故、客人をもてなす準備か整っておりませぬ。多大な不便をおかけすることどうかご容赦ください。」
「山田殿、突然押し掛けたのにこれほどまでの歓待、なんと御礼を申し上げればよいか。」
山田景隆に父義賢からの書状を手渡すと今川義元への取次を依頼する。取り次いでもらえるための数日間ここで留まることとなった。




