長良川
戦闘風景の書き方がわからん。
1556年 4月 観音寺城
婚儀は無事に終わった。慶事のすぐ後の戦ではあるが、皆士気旺盛。藤林長門守からの情報によると、美濃では斎藤父子が互いに軍を集めて合戦の準備をしているようではないか。利政のほうはおおよそ二千人なのに対して、高政は国内の者の殆どから支持を受けておりその軍は一万超えるという。利政のことを助けるような形にはなるが、高政の背後にある大垣城を奪いっとてくれる。我らの背後の三好は、三好家家臣の内藤宗勝が細川晴元方の波多野氏と激しく戦って居る。我らに手を出すことはないだろう。千載一遇の好機。斎藤が親子相克の状況にある中、美濃攻略の橋頭保を確保する。
「布施。浅井に使いを出せ。三日後、兵三千を集め先鋒を務めよと。そのまま其方は軍監として千五百の兵を率いよ。」
「承知。」
「蒲生、永原、進藤。そこもとはそれぞれ三千の兵を率い第二陣を務めよ。」
「承りました。」
「ははっ。」
「吉田、池田も同じくそれぞれ三千の兵を率い、後詰を務めるのだ。」
「最後にこの義賢が一万を率いて第三陣を務めん。副将は後藤が務める。」
合計二万九千五百の大軍。これで大垣一帯を切り取る。
「御屋形様、留守居役はどうされますか。」
三雲定持が問うてくる。無論そのようなことも決めてある。
「此度の留守居役は、其方と忠定が務めよ。」
結婚したばかりの忠定を無理に戦に連れていくこともない。しかし、留守の間に変なことをしでかさないように監視の役目として、三雲も一緒に置いていく。これで安心できる。
猶予の三日はすぐに過ぎ去り、出陣のための儀式を終えるとすぐさま観音寺城を出陣する。先鋒の浅井と布施は関ケ原の入り口にあたる、竹中家家臣杉内内蔵之助が城主を務める玉城に到達したようだ。
「長門守、大垣から関ケ原までの間に城はないのか。」
「今は廃城となっておりますが斎藤利政に攻め落とされた垂井城がございます。」
「なら布施に伝えよ。浅井と供に垂井城を確保修復し、第一陣の蒲生と永原と合流し、大垣城を囲めとな。道中の第一陣に、進藤は後詰がつくまで城の確保と修繕を続けるように伝えい。」
「承知つかまりました。では御免。」
藤林長門守は、郎党とともに馬を走らせる。垂井城を確保し、退路を確保する。退路を確保するからこそ後顧の憂いなく戦ができる。そして、城を囲む。城が落ちなかったら、一部を包囲のために残して迎え撃つも良し、落ちたら全軍で迎え撃てばよい。
長良川 斎藤道三
何とか策を練り、使者を方々に遣わしたが皆返事は否であった。儂の人望のなさというものを突き付けてくる。六角に負けたことが決定打となったか。息子の高政は旧主土岐頼芸を暗殺したが、その家臣団に揺らぎは見られない。統制がしっかりと行き届いているようだ。
「申し上げます。六角勢、関ケ原より乱入し大垣城を包囲とのこと。その数おおよそ三万を超える大軍。続いて織田勢一千も岩倉より御出陣とのこと。」
「竹中殿、六角家に同心!」
今や高政の背後には六角や信長が陣取っておる。今ここで要害である鶴山に籠れば信長が背後を突くであろう。されど合わせて三千に満たぬ軍勢では一万あまりの高政には勝てぬし、高政の軍勢もただではすまぬだろう。そうなれば完全に自由となった六角の軍勢が美濃を大いに荒らすことになる。ここは信長には悪いが、儂がさっさと討ち死にすればよい。それが、高政にしてやれる最後のことよ。
「今は辰の刻。戦を始め死ぬには良きころ合い。蝮の最後の戦、息子の高政に見せつけん。兵を進めい!銅鑼、太鼓鳴り物をかき鳴らせ!」
兵が雄たけびを挙げ、歩を進める。士気は十分。天を衝かんばかり。向こう岸からさらに大きな雄たけびが聞こえる。あちらもやる気十分なようだ。互いに川に近づくと鏑矢を打ち合う。空気を切り裂き、甲高く鳴る鏑矢の音は奈落の底から聞こえるようなものであった。
互いに矢合わせが終わると、早速先鋒が河を渡り始めた。数は五百くらいか。旗印は竹腰。とすると竹腰道薼か。あ奴の息子は大垣城の城主であったな。自ら儂の首を取り、早く息子を助けに行きたいのだな。されどこの首、焦るお前にくれてやるほど安くはないわ。
「竹腰か!お前ごときに首はやれんぞ!」
「道三!その首もらい受けん!」
そう言って、竹腰は槍を突き出してくる。焦りが穂先に滲み出ておる。突き出された槍を左手で掴む。慌てて引き戻そうとする力に合わせると同時に、此方の持っていた槍を捨てる。馬を一挙に走らせ空いた右手で馬手差しで喉元を突き切る。槍を握る力が弱くなったので、そのまま槍を奪い取る。首は周囲の旗本に取らせ、周囲を見ると道塵の率いた五百は我が旗本にことごとく討ち果たされておる。
「この道三、おいて益々盛んなり!」
道塵の首を対岸の軍に見せつける。すると、一挙に戦を決めるためか、高政以下全軍で攻め寄せてきた。こちららも負けじと、河を渡ってきた兵と切り結ぶ。
「誰ぞこの道三の首を取ろうとする勇者はおらんか!」
雑兵を七、八人切り伏せたたところに、一人の若い騎馬武者が寄ってきた。
「そこの騎馬武者、斎藤道三殿とみた。この長井忠左衛門生け捕りにせん!」
そういうと、突き出した槍を搔い潜り組み付いてきおった。互いに馬から落ちた。落馬後、互いに姿勢を立て直し再び組み合う。若人の精力あふれる肉体に対して、五十を超えた老人の肉体はすでに悲鳴を上げておる。
「小童、殺す気でやらんと儂を生け捕りになんぞできんぞ!」
突然脛から力が抜け、踏ん張りがきかなくなったところを長井もろとも押し倒される。最後に見たのは、儂の下敷きとなった長井が儂を押し倒した人物に激高している姿であった。儂の首を取った人物の名前を知らずに逝くは無念なり。地獄にて斎藤家の行く末を見守らん。




