君の理想に近づきたい《後》
ローレンスは二学期から学校に通い始め、僕と同じクラスになった。
特に女子に騒がれるような見た目ではなかった……のだが、それが大問題だった。すらりとした長身に、透き通るような琥珀色の瞳、さらさらの黒髪は、ソフィア嬢の理想そのものだったからだ。ソフィア嬢の趣味は変わっているので、どんなイケメンも敵ではなかったが、ソフィア嬢がローレンスを見たら一目惚れしてしまうんじゃないかと不安になった。
悪い予想は当たるもので、ソフィア嬢はローレンスとすぐに仲良くなってしまった。しかも、ソフィア嬢はローレンスを『ローリー様』などと呼んでいるのだ。僕だってクリスと呼んでほしいし、フローラ嬢のようにソフィーと呼びたい。なのに、なんでぽっと出の男が愛称で呼ばれてるんだよ……
焦っていた僕はローレンスに近づいた。親切を装って、ローレンスがどんな男かを探ろうと思ったのだ。しかし、ローレンスはそんな思惑も知らずに僕に感謝してきた。性格が悪かったらいいのに、と思っていた自分が恥ずかしかった。
それからもソフィア嬢には避けられ続け、僕は人生のどん底にいるような気分だった。
図書室でソフィア嬢と久しぶりに話したとき、ソフィア嬢は僕が何かして避けているわけではないと言ったが、目も合わせてくれなかった。ソフィア嬢が『ローリー様』に会うと言って立ち去ろうとして、僕の心はドロドロした感情でいっぱいになった。気がついたら壁に追い詰めていた。
「ソフィー」
ずっとそう呼びたかった。
夢中で、ソフィア嬢にもクリスと呼んでほしいと言ってしまった。
「……クリス様」
震える声がかわいくて、愛おしくて、僕は声も出せなくなった。多分、僕の顔は真っ赤になっていたと思う。
僕が固まっているうちに、ソフィア嬢は逃げて行ってしまった。
……きっと嫌われてしまった、と思った。顔は見えなかったけれど、あんなにか細い声で、嫌がっていたに違いない。ソフィア嬢の気持ちも考えずに自分の欲望を押しつけた僕は最低だ……
次の日、ソフィア嬢が少しふらついていたように見えて心配だったが、前日のことがあって話しかけられなかった。
その後、先生に用事があって職員室へ行き、教室に戻ろうとしていたところ、ソフィア嬢が階段で倒れているのを見つけた。全身から血の気がひいた。僕はとにかく、ソフィア嬢を抱き上げて保健室に連れて行こうとした。そんな状況なのに、柔らかい……などと思ってしまい、自己嫌悪した。
「ローリー様……」
そのとき、ソフィア嬢が確かにそうつぶやいた。
僕はソフィア嬢を保健室に連れて行った後、ローレンスに彼女の見舞いに行ってあげるよう頼んだ。
その後、帰りにローレンスがソフィア嬢を送っているのを見てしまった。ソフィア嬢が元気そうで安心したけれど、ローレンスと楽しそうに話していて、僕は胸がえぐられるような気がした。
ソフィア嬢は、ローレンスが好きなんだ……ソフィア嬢が僕じゃない人と結ばれるなんて、吐き気がする。でもそれ以上、ソフィア嬢に嫌われたくなかった。
翌日、ソフィア嬢に話しかけられたけれど、思わず避けてしまった。ローレンスのことを話されるのだろうか、嫌だ、聞きたくない……
放課後、僕はソフィア嬢の作った花壇を眺めに行った。ガーベラの花が綺麗に咲いていた。
ソフィア嬢の笑顔を思い出す……ずっと前から好きだったのに。ソフィー以外いらないのに。もう他の人を好きになれる気がしないんだ。
そうやって悶々としていると、ソフィア嬢に話しかけられてしまった。その場を離れようとしたけれど、ソフィア嬢の明るい茶色の瞳に見つめられて、僕は観念するしかなかった。
「クリストファー様は昔、私の理想の殿方を目指すと言ってくれましたわよね」
「私、理想の殿方はもう……」
予想していたことなのに、実際に言われるときつい。ローレンスという理想の男にもう、出会ってしまったということだろう。でもソフィア嬢の口からそれ以上聞きたくなかった。
聞きたくないと言うと、ソフィア嬢を泣かせてしまった。僕のせいで泣くのが嬉しいと思ってしまうなんて末期だ……いや、僕はソフィア嬢を困らせてばかりだ。僕は腹を括ってソフィア嬢の話を聞くことにした。
「私……クリストファー様が好きです」
信じられなかった。理解が追いつかずに固まっていたところ、ソフィア嬢が僕に好きになってもらえるよう頑張るとか、僕の理想の女性を教えてほしいとか言い出して……僕は思わずソフィア嬢を抱きしめた。
どさくさに紛れてソフィーと呼んだら、ソフィーは戸惑いながらも『クリス様』と呼んでくれて、僕の心臓は早鐘を打った。ソフィーからも腕を回してくれて、僕は幸せでどうにかなりそうだった。
理想の女性なんていらない、ソフィーさえいればいいんだ。
聞いてみると、ソフィーとローレンスは友達で、『ローリー様』というのはソフィーの初恋の人らしい。ローリーは小説の登場人物だと言っていたが、嫉妬心がわいた。僕はかなり嫉妬深いみたいだ。
「私はクリス様が一番ですわ。大好きです」
ソフィーがそんなかわいいことを言うから、とりあえず他の男のことは忘れて抱きしめた。もう絶対に離さない。
* * * * *
それから僕たちは婚約して、学校を卒業後、先日結婚した。
ソフィーと過ごす毎日が幸せすぎて、ソフィーがかわいすぎて辛い。僕がソファーに座り、目を閉じてソフィーのかわいさについて真剣に考えていると、ソフィーの声がした。
「クリス様……寝てしまったのですか?」
「……」
……ちょっとした出来心で、少し寝たふりをすることにした。
「クリス様、いつもお疲れ様です」
ソフィーの優しい声とともに、僕の頭が撫でられる。
なんだこれ、かわいすぎる。起きるに起きられなくて、僕は必死に顔がにやけるのを抑えた。
「……愛していますわ」
そう聞こえたかと思うと、一瞬、唇に柔らかいものが触れた。
たまらず目を開け、ソフィーを抱き寄せる。ソフィーは顔を真っ赤にして、慌てふためいていた。
「クリス様、起きていましたの!?」
「ごめんね。ソフィー、かわいすぎるよ……僕も愛してる」
そう言ってソフィーに深く口づける。
一体、どれだけ好きにさせたら気がすむんだろうか。僕は出会ってからずっと、君に惹かれ続けてやまないんだ。きっと、これからも__
番外編まで読んでくださってありがとうございました!




