☆思いがけない再会
「一体何処に……」
ローザは僅かに息を乱しながら、周囲を見渡す。
街の中心から外れた路地裏は人通りが無く、静かだ。
カツカツとローザが歩く音だけが周囲に響く。
ローザが探しているのは、町の中心部で見かけたあの男性だ。
街の中心部で見かけた時の違和感は、彼の後を追う事で理解できた。
そう、違和感の正体は、話しかけられた人々から発せられた空気だ。
彼はローザほどではないが、それなりの地位にいる人間なのか、声を掛けられれば人々は取り乱し、姿が見えなくなれば、疑問やほんの僅かな好奇心、襲ってくる高揚感に飲まれ、周囲に話す。
そのときの興奮しているような何かに酔うような空気……ローザはソレを肌で感じたのだ。
自分が声を掛けた時以上に人々が興奮している様子に、ローザは戸惑いながらも彼の後を追った。
路地裏に入るところまでは、しっかりと追えていたはずなのだが、彼がローザの視界から消えてかなりの時間が経つ。
迷路のような路地裏を探しても見つけられることは無いだろうと、ローザは仕方なく来た道を戻る。
男性を見失った事と彼の名前も家も思い出せない事に苛立つ自分を誤魔化すように、ローザは歩くスピードを速めた。
その時――
ドンッ!
「きゃっ!」
何かとぶつかり、その場で尻餅をついてしまったローザ。
慌てて前を見ると、黒のフードつきコートを着込んだ人間が立っていた。
背格好から男だと判断したローザは、「すみません」と一度頭を下げると、ゆっくり立ち上がった。
「お怪我は……」
ありませんでしたか? と訊ねる為に開かれた口は、そのままその言葉を紡ぐことをしなかった。
「貴方は……」
目深に被られたフードから見える赤い髪と碧の瞳。
見覚えのあるその髪と顔に、ローザは驚きの表情を浮かべる。
しかし、それも一瞬、ローザは腰につけていたレイピアを構えた。
「ロベール! やはり生きていましたのね!」
ローザの声が路地裏に響く。
しかし、全く人が居ないのか、ローザの声に反応するものはいない。
驚いた表情を浮かべてはいるものの、一言も発さない男――ロベールに、ローザは険しい表情を浮かべる。
「何故黙っていますの? 私は……待ちなさい!」
ローザの言葉を全て聞かず、ロベールはその場から走り去る。
レイピアをしまい、その後を追いかけ走るローザ。
人の多い場所に出られてはまずいと、ローザは足を速める。
「待ちなさい! ロベール・ウォレス!! ……風の精霊よ。今、我が名の下に集い彼の者を拘束せよ。 風の鎖!」
ローザの言葉に反応し、白く細い風が集まりロベールに向かう。
キリキリと音を立てながら近づく風に気付いたのか、ロベールは近くにあった木箱を倒し、街の中心部へと姿を消した。
「そんなっ……!!」
ガラガラと崩れる木箱に風が当たり、消えていく。
風がぶつかった木箱は少し傷がついたが、壊れることは無く道へと転がっている。
「何の音だ」
「聖女様?!」
「何が起きたんだ?」
木箱が崩れた音に気付いた人々が、口々に何か言いながら集まってくる。
ローザはロベールを捕えられなかった苛立ちを隠せず、唇を噛み、拳を握った。
「聖女様、大丈夫ですか?」
木箱を片付けながら、一人の少年がローザに手を差し伸べる。
「大丈夫ですわ。お騒がせしてしまってすみません」
差し出された手に軽く自分の手を添えながら、ローザは集まった人々に頭を下げた。
その姿に人々は「何も無いなら良かった」と安堵の言葉を口にしながら、その場を去っていく。
「あの……聖女様」
「何でしょうか?」
「もし、何かお困りなら、領主様に……カルマ様に訊ねると良いと思います。宜しければ、領主様の下まで、ご案内いたしましょうか?」
少年はそう言うと、ふんわりと微笑んだ。
ローザは考える素振りを見せると、ゆっくり口を開く。
「……そうですわね。でも、何かあると危険ですから、途中までお願い致しますわ」
「はい!」
少年は嬉しそうに笑うと、ローザの手を取り、歩き出すのだった。