「車で来たからおくってあげる。」「じゃあ、この傘は必要なかったですね。」「確かに!」
久々に漫画を一気読みして、俺は太陽が昇ってくるのを感じた。その時、俺はふとアクアが試験を受けているのだと再認識をした。
「もう、試験なんてとっくに終わってますよ。」
そんな声が後ろから聞こえてきた。
「人間の人みたいに長々と悪魔はやらないんです。面倒ですからね。」
確かに早朝とは言ってたけど流石に速かったな。
「勿論です。優秀ですから。」
うざいな。毎回思うんだが、お前は俺を煽ってるのか?
「そんな事より、今日からまた歌を頑張りましょう。」
俺の質問をはぐらかすなよ。まあ、どうせ答える気はないんだろうからいいけど。それに俺はお前に言われなくても頑張るわ。
「それに今日は日曜日ですしね。」
そう言えば今日は日曜日だった。スマホを確認すると、鹿野先輩から今日くらいは休んでおけと連絡があった。
「先輩のご厚意もある事ですし、一日練習が出来ますね。」
いつも通りの笑顔でアクアは俺に話しかけてきた。
「でも、僕今日から晴れて『ゴールド』ですから、貴方にもっと干渉が出来ますね。」
はぁ!?今でさえ干渉をしているのにこれ以上何を干渉する気でいるんだよ。
「それはされてからのお楽しみです。」
何なんだ、そのドッキリみたいなのりは。俺が結局疲れるだけだろ。
「多分そうでしょうね。僕は準備をする側ですし、何より貴方の事を監視していないといけませんから。」
たまに、しっかりしたことを言うからより一層ウザいんだよな~。
「だって『ゴールド』ですから!」
・・・お前、結構喜んでるだろ。
「そりゃもう、今回の合格者の数も少なかったですし、そこのところは実力主義って事もあって鼻も高いです。あ、後ついでですがリュウタも合格してきたらしいです。」
あいつでも合格できんのか。
「一応、頭はいいですからね~。魔力も親譲りって事もあるでしょうから。」
悪魔の遺伝子関係あるのかよ。
「そこら辺は人間と同じですよ。僕は養子ですし、そこの構造は人間に模したところはあります。」
悪魔にも養子が存在したのか。てっきり捨てられたらそのまんまってものだと思ってたわ。
「心優しい悪魔も中にはいるんですよ。僕みたいなね。」
そんな会話をしていると、玄関でチャイムが鳴った。俺は扉に向かった。
「こんな朝早くから一体誰ですかね?」
アクアは俺に対してそんなことを言いながら俺についてきた。勿論、俺にも思い当たる節なんてない。そんなことを思いながらも、扉を開けると、そこには宮之原さんが立っていた。
「こんな朝早くからどうもすみません。」
宮之原さんはこれ以上ない、きっちりした会釈で俺に頭を下げた。俺とアクアは目を点にした。
「外は寒いでしょうから、中に入ってください。」
そう言って、俺は宮之原さんを家に入れた。
「佐和田さんは確か、うちの会社を後期で受けて入社されたので前期の入社方法を知りませんよね。」
宮之原さんは確認するように俺に言った。確かに、この時期はオーディションのために大学では最低限の就活指導しか受けていなかったから全くと言っていいほど知らなかった。
「まあ、本来なら電話でもよかったのですが、いろいろと事情がありまして、迎えに来ました。とりあえず、入社試験のことについては電車の中で話しましょう。」
「どこかに行くんですか?」
「第2支店です。」
俺のこの数日間は休みがないのか?そんなことを思いながらも、俺はまた遠出の準備をした。
「昔から先輩支店長の半分が残りの半分を迎えに行くという制度なんです。」
「なかなか、面白い制度ですね。でのもしも遠くの人に当たったときはどうなるんですか?」
「それが私です。」
宮之原さんは深くため息をつきながら言った。
「それは、すみませんでした。」
「いやいや、私はこれで6回目なので慣れましたよ。それに今回はなぜか皆さん遠いですから、不服はありません。」
「・・・宮之原さんは僕にも敬語なんですね。先輩なのに敬語だとなんか変な気分ですね。」
「そんなに変なことではないと思いますが?佐和田さんも女性全員には敬語と聞きました。それは私は今、丁寧語を主体に使っています。これが神田さんや瀬戸社長だとしたら尊敬語を主体にして会話を構成するので、私の中では十分に砕けているつもりです。」
そう言いながら、宮之原さんは資料を渡した。
「うちの後期は佐和田さんが受けてもらった、いたって普通の入社試験です。しかし、うちの前期は全く違うものとなっています。」
俺は資料を読んでいって驚きを隠せなかった。
「ド、ドラフト制?一体、どういう意味ですか?」
「一言で言ってしまうと『私たちがスカウトする』んです。」
確かに、いろいろなスポーツで一つ上の段階に上がるとき、有名選手ならチームから声がかかるなどというが、それは一年間やそれ以上の観察があってこそのもののはず。
「佐和田さんが思っていることは大体わかります。『その場で決めるなんて危ない』とか『偏見が入ってしまう』などと思ってるのだと思います。」
「実際、そのよなことはないんですか?」
「あります。しかし、この制度には最大のメリットがあります。それは、『スカウトをもらった支店にしか入社できない。』というところです。どんなに入りたい支店にアピールをしても声がかからないと絶対に入ることはできないし、その逆もあり得ます。全く気にしていなかった支店から大抜擢を貰って入社して結果として大きい功績を残す人も年に数人います。つまり、私たちは就活生にアピールをされていないときでも細心の注意を払って観察を怠ってはいけないと言うことです。」
俺は宮之原さんが淡々と喋っているのを聞いていた。
「『推薦状』と言う制度がありますが、基本的には使わない方がいいですね。どの意味にしろ自分の支店にはいらないって言う意思表示になりますから。」
「でも誰かが使うからあるんですよね?」
「そうですね。数年前から誰かの意向で『推薦状』の機能が欲しいと言い始めて、社長が採用したのです。社長は何でも採用してしまうので毎年忙しいですよ。佐和田さんはどうですか?社長から何かありましたか?」
「僕は第4支店の進退について決めろって言われてしまいました。結局、僕は決めていないんですけどね。」
「そうでしたか。南戸さん達は頭がいいですからね。」
そのとき、俺はふと疑問に思った。
「宮之原さんは南戸さんとお知り合いだったんですか?」
「いいえ、たまたま出ていた大学が同じなだけです。大学内では勿論会ってませんし、それ以外ではあまり接点はありません。佐和田さんは潮海支店長と幼馴染みなのですよね?あの後は佐和田さんに迷惑をかけたのだと思います。」
「凪颯が何か言ってきましたか?」
「いえいえ、私の方から電話をしました。妻にこのことを話したらこっぴどく怒られてしまいまして、おそらく潮海さんが第5支店から帰った後くらいにしました。」
「迷惑をかけるようなことしませんでしたか?」
その時、宮之内さんは少しだけ微笑んだ。
「僕は何かおかしな事を言いましたか?」
「佐和田さんは潮海さんの保護者みたいですね。」
「後先を考えないのがいけないんです。昔から心配しかしていないです。仕事だってまさか同じ職場だと思っていなかったですし・・・。」
「いいじゃ無いですか。そのくらいの距離感の友達を私も持ってみたいものです。こんな性格ですからしょうが無いと言ってしまったらおしまいなんですけどね。」
宮之内さんは苦笑いをしながら話を続けた。
思った以上に宮之内さんとの会話は弾み、気がついたら駅に着いていた。
「雨が降っていますね。天気予報では降らないと言ってはいたんですが・・・」
「しょうがないですよ。近くのコンビニでビニール傘でも・・・」
「こーおーくーん!」
俺が言い終わる前に一人の女性が近づいてきた。
「はい!傘持ってきたよ!」
「ありがとうございます。」
「この方が迎えに行った人?」
そう言いながら,その女性は俺の周りをキョロキョロ見ていた。きっと,宮之内さんの奥さんだろうけど・・・
「初めまして!宮之内 朱です。巧くんの妻です!」
「またまた新キャラが出てきましたね。」
アクアが俺の横に出てきたがいつもより色が薄かった。
「貴方の視界に影響があるといけませんからね。この方は活発そうですし、僕からの配慮ですよ。」
そんなステルス機能みたいなものまであったのかよ。だったら,もっと早く使ってほしかったわ。
俺は朱さんが手を出していることに気づき、握手をした。
「先日は巧くんが迷惑をかけてしまい、本当にすいませんでした。」
「朱、その事は話しましたから大丈夫です。私たちはまだまた仕事が残っているので仕事場に戻ります。」
その時、朱さんは目一杯背伸びをして顔を近づけた後、口を開いた。
「車持ってきたからそれで送ってあげる!」
「それはとてもありがたいのですが、それだったらこの傘は必要なかったですね。」
宮之内さんが言った後、朱さんは数秒間固まった後に
「確かに!」
と言った。
「何はともあれ車があるのであれば、佐和田さんが濡れることも無いでしょうから使いますよ。」
そう言いながら、宮之内さんは朱さんの頭を撫でながらいった。
「貴方、置いてけぼりですね。」
アクアがぽかんとしながら見ていた。
「佐和田さん、行きましょうか。」
「分かりました。」
俺は宮之内さんの車に乗った
ん?俺は南戸さんの時みたいに宮之内さんの家に泊まることになっているのか?
「それは早めに聞いといた方がいいかもしれませんね。」
アクアはニコニコしながら言った。
「宮之内さん。」
「何ですか?」
「僕は今日、どこに泊まればいいのでしょうか?」
「ああ、その事に関して話をしていなかったですね。ホテルを取ろうと・・」
宮之内さんが話をしている最中に朱さんが口を開いた。
「佐和田さん、うちに泊まっちゃいなよ。余っている部屋も1つあるし、ホテルを取るとお金がかかっちゃうでしょ?」
あ、やっぱりそういう流れになるのか。
「朱、佐和田さんだって人の家だとリラックス出来ないでしょ?」
「そう?気にしないけどなー。」
「朱はそうなんだろうけど・・・」
「私と巧くんで話し合ってもしょうがないよ。佐和田さんに聞いてみようよ。」
よし。俺が決めるのであれば当然ホテルでしょ。一日だし,大したお金にはならないでしょう。
そう思って俺が口を開こうとした瞬間、金縛りに遭ったかのような感覚がした。
その時俺の隣に座っていたアクアはクスクス笑いながら俺に話しかけてきた。
「いやー、話には聞いていたんですが本当に体まで干渉領域が広がったですね。」
お前、後でぶっ飛ばしてやる。
「いいじゃないですか。せっかく、朱さんも家に来ていいって言っているんですから、そのご厚意に甘えましょうよ。」
お前の好きなようにしろよ。どうせ俺は全く抵抗が出来ないから、俺が否定しても言っちゃうんだろ?
「よく分かってるじゃないですか。じゃあ、そのご厚意にも甘えさせていただきますね。」
そう言いながら,アクアは満面の笑みで俺の体を使って喋った。
「宮之原さんが迷惑でなければ家に泊めさせてもらってもいいでしょうか?」
コイツがいるとろくな事が起きないな。
「僕はとても楽しいですけどね。」
「ほらー、リラックス出来ないのは巧くんだけだって。」
「本当にいいんですか?朱が無理を言っているのを気にしなくてもいいんですよ?」
その質問を答えるときにはアクアからの干渉はなくなっていたが、意見をひっくり返すのも色々と大変だと思ったので普通に返した。
「いえ、無理なんてしていません。折角ですのでご厚意に甘えさせていただきます。」
「そうですか。佐和田さんが無理をしていないのならばいいんです。」
宮之原さんは腑に落ちないような顔。一方、朱さんは笑みを浮かべながらドライブをしていた。
仕事場に着いてからは想像もしていなかった事態がたくさん起きた。はじめに第2支店の人々から質問の嵐に遭ってしまった。第2支店ではどうやら俺はスーパーマンみたいな存在らしい。その場はなんとか宮之原さんが収めてくれたが、その後も色々と大変だった。その後に、宮之原さんから第5支店は誰を連れてくるかを聞かれたときは頭がフリーズした。俺は慌てて鹿野先輩に連絡を取り話を聞くと諒が電話で聞いたが,俺に伝え忘れたらしい。その事を鹿野先輩も初めて聞いたらしい。どうやら、鹿野先輩と梨紗さんがくるらしい。その後は、第2支店の人に会えば話を聞かれ、話以外は何も出来なかった。そんな感じで仕事を終えて、宮之原さんのところへ行くと一人で仕事をやっていた。
「僕で良ければ手伝いましょうか?」
「そんな事してもいいんですか?順位でうちが勝ってしまいますよ。」
「宮之原さんはどうしてそんなにも順位にこだわるんですか?」
「私は順位にこだわっているのではなく、邦明さんに一度でも勝ってみたいだけです。」
「それってどういう・・・」
「佐和田さん、今からデータを送るので勝負しましょう。打ち込む量はほとんど変わらないので。」
宮之原さんは少し微笑みながら俺のノートパソコンにデータを送った。俺は工学部でパソコンのタイピングも相当出来る方だと思っていたが宮之原さんも相当早かった。まあ、結局は勝てたから良かったけど。
「は~、やっぱり佐和田さんは早いですね。」
「いやいや、宮之原さんも相当でした。」
「私も、昔はもっと遅かったんですけど、第4支店に敏正さんがいらっしゃるでしょう?あの人のタイピングなんで機械みたいでしたからびっくりして,練習したんです。でも、もっと精進です。」
勝てなかったことを少し残念そうにしながら、宮之原さんはパソコンをシャットダウンした。
「それでは帰りましょうか。朱が家で待っているでしょうし。」
「そうですね。でもこれから帰るとなると時間がかかりますね。」
その発言に宮之原さんは苦笑した。
「佐和田さん。私の家は道路の向かいなのでそんなに時間はかかりませんよ。」
ん?支店長は全員、家の場所が特殊なのか?俺は支店長の家の特殊性に驚きながらも宮之原さんと一緒に家に向かった。




