「もう引いたと思ったんだけどな・・・」「僕で良ければ相談にのらせてください。」
俺と宮之原さんが家に帰ると朱さんが晩ご飯を作っていた。
「佐和田さん、巧くん。お帰りなさい。もう少しで晩ご飯が出来るから先にお風呂に入ってて。」
料理をする手を止めることなく,朱さんは話した。
「どうやら、お風呂は出来ているようですね。佐和田さんが先に入ってください。私は少し片付けたいところがあるのでその後にお風呂に入るとにします。」
「そうですか。それでは先に失礼します。」
俺はそう言って風呂へ向かった。
「貴方も疲れているのですから、人の家だからって遠慮せずにゆっくりとリラックスをした方がいいですよ。貴方の体を借りたときとても重かったですから。」
体の干渉はそこまで分かるのかよ。流石に干渉をしすぎだと思うけどな。本当に大丈夫なのか?
「僕も心配になったので調べてみたんですけど、どうやら一日に一回、最長で十分しか干渉は出来ないらしいです。」
だったら、今日はもう使うことは出来ないからお前は近くにいるだけって事か。
「そう言うことになりますね。まあ、僕としても貴方の体を干渉するのは極力避けたいですし。」
そう思うならば、俺を説得すればいいだろ。ここについてのことは聞いてあるんだし、ある程度の理由があるなら素直にしたがってやるよ。
俺がそう言ってアクアの顔を見ると,アクアはそっぽを向いた。
「まあ、僕だって興味本位で動くことくらいありますよ。悪魔ですから。」
お前な、どっちなんだよ。
俺は風呂に入りながらアクアと話しているとほんの少しだけ声が聞こえてきた。
「巧くん!片付け終わった?」
「私が片付けをする前に片付けてありましたよ。」
「そうだったっけ?」
「朱、不注意で怪我をしないでくださいね。」
そんな楽しそうな会話が聞こえてきた。
「貴方も家庭を持ってみようとは思うことはないんですか?」
アクアが唐突に言ってきた。
「貴方だっていい年なんですから。」
俺がいつ結婚しようとお前には関係ないだろ。それに、俺が結婚するなんてあり得な・・・
「ツキーーーアッテ-クダーーーサイ。」
おい、今のは確かに聞こえたよな?
「まだ疲れているんじゃないですか?僕もあっちで仕事が残っているので、今日のところは失礼します。」俺が高圧的にアクアに言っても、呆れた顔で返答された。その後、苦笑いでフェードアウトしていった。
俺は久々に聞いた謎の声に疑問を持ちつつも、風呂を出た。
「お先にありがとうございます。」
「いえいえ、私たちも色々とする事があったのでかまいませんよ。」
そう言って宮之原さんは風呂へ向かった。
「下の名前は『翔』であってる?」
朱さんが料理の盛り付けをしながら,質問してきた。
「そうですよ。」
俺がそう返答すると、朱さんはクスクスと笑い始めた。
「じゃあ、翔くんもほとんどの人には、敬語で話してるんだ。巧くんと一緒だね。」
「自分では特におかしいとは思っていないんですけど・・・。」
「言い訳も一緒だよ。」
朱さんの笑いはクスクスからニコニコに変わった。
「もっと,翔くんと話してみたいな~。」
何だろう。以前にもこんなことがあったような気がする。
「何か特技とかないの?記憶力がいいとかさ。」
「そのまさかなんですよね。」
俺が返答すると朱さんは驚いた。
「やっぱりそうなんだ。見た目がそんな感じがしたんだよね。でも、記憶力がいいと疲れちゃうでしょ?巧くんも大変だって言ってたし。」
楽しそうに朱さんは喋っていた。朱さんの質問攻めが収まった後、俺は質問した。
「二人は本当に仲がいいんですね。宮之原さんのどういうところが好きになったんですか?」
朱さんは数秒間考えてから答えた。
「うーん、巧くんは気づいてないだろうけど、『好き』よりも『放っておけない』の気持ちの方が互いに強いのかな?」
さっきまでマシンガンのように出てきていた言葉が、今度はスナイパーライフルのように一つ一つ確実に喋った。
「巧くんって鈍感じゃん?だから、凪颯ちゃんにも平気できつい言葉で言っちゃったでしょ?巧くんは昔からそんな感じだったから、放っておけなくてちょくちょく会ってたんだよね。そうしたら、一緒にいた方がいいじゃんって思ったからかな?勿論、巧くんの事は好きだし、一緒にいれて楽しいけどね、なんか弟といるみたいな感じだよ。」
話し終わった後に朱さんはすぐに立ち上がった。
「巧くんがもうすぐ出てくるから、少しだけ手伝ってくれるかな?」
朱さんは,また笑顔に戻って食事の準備をした。
俺と朱さんが料理の準備が終わって一息ついている時に、宮之原さんも風呂から出てきた。
「もしかして,お待たせしてしまいましたか?」
そう言って,急いで席に着いた。
「そんな事はないですよ。準備もちょうど今、終わったところですから。」
「朱も私が遅かったら、先に食事をしていてもいいと言いましたよね?」
「だって、折角三人で食事なんだから、みんなで一斉に食べたいじゃん?」
朱さんが笑顔で答えた。宮之原さんはため息をつきながらも、箸を取った。
「すぐに口論してしまうのは私の悪い癖ですね。」
朱さんはその言葉を聞き、両手を合わせた。
「いただきます!」
意外と二人は食べるスピードが速く、目の前にあった大量の料理はみるみる消えていった。
「翔くん、あまり食べないんだね?」
朱さんが口をモグモグしながら、それでも、箸を止めないで聞いてきた。
「多分、僕が遅いんじゃなくてお二人が速いんだと思いますよ。」
朱さんが、不思議そうな目をしながら宮之原さんの事を見た。
「巧くんはどう思ってる?」
その質問をされて、宮之原さんは箸を止めた。
「二人とも速いと思いますけど、どっちかって言うと朱の方が速いですね。」
「そんな事ないよ!巧くんだって私以上に速いときはあるって!」
朱さんの顔がほんのり赤くなっていくのが分かった。やっぱり、朱さんでも他人の前で堂々とそのような事を言われるのは恥ずかしいかったのだろう。
「もう知らない!」
朱さんは席を立って、寝室へ行った。宮之原さんは平然と食事を続けている。
「宮之原さん?朱さんは放っておいていいんですか?」
その質問に宮之原さんは不思議そうな顔をした。
「もしかして、何かまずいことでも言いましたかね?」
これはやばい。宮之原さんは俺以上に女性には鈍感なのか?
そんな事を思っていると、宮之原さんは頭を掻きながら,寝室へ向かった。
「佐和田さんは食事を続けていてください。」
そう言って、寝室に入った。食事を続けてほんの少し経ってから、
「巧くんのバカー!!!」
その夜遅い時間にはとても迷惑であろう大声が響いた。心配にはなったが、数分後に宮之原さんが一人で出てきた。
「佐和田さん。すみませんね。私のせいで変な気を遣わせてしまいましたね。何しろ、家に人をあげること自体が初めてのことなので・・・。」
宮之原さんは申し訳なさそうに俺に頭を下げた。
「佐和田さん、片付けは私がやりますので今日はもう休んでください。連絡不十分の中できっと疲れているでしょうから。」
そう言いながら、料理にラップをかけ始めた。
「ありがとうございます。それではお先に失礼します。」
「おすみみなさい。」
俺が部屋につくと、いつも通りの声が聞こえてきた。
「最近はアニメが見れなくて残念ですね。」
そんな事はもう言ってられねーよ。俺もこのことに関しては考えて動かなかったことは正直なところ迂闊だったしな。
俺の言葉に対して、アクアは不思議そうな顔をした。
「だから,瀬戸社長が来たんですかね?」
もしかしたら、そうだったのかもしれないな。
「それにしても、大きな声が響きましたね。会話を聞いていましたけどイヤホンが壊れるかと思いました。」
お前また盗聴してたのか。
「それはしょうがないですよ。貴方のことを監視していなければいけないんですから。」
お前は明日も俺の体を使って、何か行動するのか?
「先ほども言いましたけど基本的には最終手段ですから、使わないと思いますよ。」
アクアはいつも通りの笑みを浮かべながら、楽しそうに話していた。俺は話しかけるつもりはなかったが、ふと心の中で何かあったのかと考えてしまった。
「そうなんですよ、僕の話を聞いてくれますか?」
大体、その常套句から始まる会話は長いから避けたいんだが・・・
「いいじゃないですか。」
そんな俺の意見を聞かずにアクアは話を始めた。
「僕ってゴールドになったじゃないですか?そのせいで忙しくなってしまったんですよ。そのおかげで、あなたに会う時間が少なくなりそうなんです。」
確かにそれは困るな。俺にとっては唯一この世界のことについて話が聞ける奴だからな。それでどれくらい忙しくなるんだ?
「今よりも、10分くらい貴方を直接監視することができなくなりそうですね。」
それって俺に支障ないな。
「そうですね。ただ、僕が貴方の面白い行動が見れなくなってしまうことが残念で残念で・・・」
心配をして損したわ。今日はやることがないし、仕事でもやるか。
「そんな呑気な事を言ってていいんですか?煽っておいて心配するのもおかしなものですが、一応ここは現実の世界ではないんですよ。」
そんなことは知ってるよ。ただ、未だに違和感を感じないのは不自然だし、生活に支障がないのは何の配慮化は知らないけど、俺に何かを考えさせたいんだろ。
「・・・貴方もだいぶいい顔になりましたね。これからも監視していくのが楽しそうです。時間はありませんがイヤホンで会話は聞いていますからね。しっかりしてくださいね。」
アクアはフェードアウトしていった。
俺は前回のように鹿野先輩に仕事を送ってもらうように頼んだが、鹿野先輩も急な準備で多くの仕事を送る時間はなく、午前一時にはすべての仕事が終わった。一度大きく背伸びをして、大きく息を吐いた後に水を飲むために台所へ向かった。意外なことに扉を開けると電気がついていた。
「あれ、もしかして翔くんのこと起こしちゃった?」
朱さんは申し訳なさそうに聞いてきた。
「いえいえ、水を飲もうと思って出てきたんです。」
すると、朱さんはコップに水を注いてくれた。コップを受け取る際、朱さんの目が少しだけ赤く、そして腫れているように見えた。その表情が分かったのか朱さんは目をこすった。
「もしかして、まだ目が赤いのかな?もう引いたと思ったのに・・・。ごめんね、翔くん来てるのに感情的になっちゃって。」
「そんなことはないですよ。さっきのも宮之はr・・・」
「巧くんは悪くないの!」
俺の言葉を遮るように、朱さんは勢いよく発した。その後にもう一回、同じ言葉を小さな声で言った。
「・・・ほんとにごめんね。先に寝るね。」
寝室に向かおうとした朱さんの右手を俺は掴んだ。
「もし、僕でよければ相談に乗らせてください。」
なんで、そんな言葉が俺の口から出たかは分からない。でも、この言葉は社交辞令とかではなく、確実に俺の本心から出た言葉であることは確かだった。
「じゃあ、相談相手になってもらおうかな。」
昼間とは少し違った笑顔で振り向いた。俺と朱さんは食事をとったテーブルで向かい合わせになって座った。相談に乗るとは言ったものの俺も詳しいことは知らないし、朱さんは下を向いている。
「・・・馬鹿だよね。」
それはいっぱいいっぱいになったコップから水が溢れるように、ゆっくりと静かに出てきた。
「巧くんのことが心配になって、それがいつしか好きの感情に変わっていって、そして結婚をして楽しい生活のはずなのに・・・。ほんの少しのことなんかで怒ったりして、結局は巧くんに迷惑をかけている。」
俺の顔を一切見ずに話を続けていく。そして、机には涙が一粒、二粒と落ちていた。
「でも、そんなことは気にしていないみたいで・・・、巧くんは優しいから。」
最後の一言を言い終えた後、涙の量が増えているのに気付くのは容易だった。
「朱さん。僕はそんなこと無いと思いますよ。」
その言葉に朱さんは涙を拭きながら顔を上げた。




