体育祭(1)
「―市の今日の天気は晴れ。運動会日和となるでしょう。気温が高くなりますので、熱中症にお気をつけください。続いて―」
雪那が朝食を食べているとき、テレビでは天気予報が流れていた。ぼんやりとそれを見て、いつも使っているものより大きな水筒にお茶を入れ、制服ではなく体操服を着て家を出た。
「暑…」
九月の半ばを過ぎても暑い日が続いている。この暑い中一日中外にいなければならないと思うと今から気が重い。中学校最後の体育祭だと言って生徒も教師も盛り上がるが、そんなものは三年生になれば毎日が『中学校最後』だし、最後だからという理由で盛り上がる必要などない。そのような理由で盛り上がるなど、雪那には理解し難いものだった。
(おまけに…)
「…はよう!」
ぼんやりと歩いていると、突然背後から声をかけられた。
「…びっくりした。気づかなかったや。今日はずいぶんと元気だね。…こんなに暑いのに」
「だって最後の体育祭だぞ?絶対優勝する!目指せ三連勝ー!」
そんなテンションの高い春希に対して、雪那は鼻で笑ってみせた。
「残念だったね、A組は負けるよ。安岡先生のクラスは勝てない。そういうジンクス、信じるでしょう?」
「うっ…。というか、何か機嫌悪い?声かけたのまずかった?」
「暑いのと、こんな日に一日中外にいなきゃいけないのがうんざりするだけ。
それでさ、ジンクスの話はどう思うの?」
「うーん…。確かに、迷信とかジンクスとか、信じたくないものほど信じちゃうかな。逆もあると思うけど」
「そう。なるほどね…」
そこで会話が途切れ、雪那は考え込んでしまった。春希はそのことを気まずく思いながらも一緒に歩き、そのまま一言も話さないまま学校に着いてしまった。
学校にはいつもより早く登校してきた生徒が多くいて、高揚した空気が学校全体に流れていた。三年A組も例外ではなく、すでに黒板には生徒の抱負がいくつか書かれていた。
「今日も仲良く登校のお二人さーん、抱負書いてー」
「な、仲良くって…家が近くて今日はたまたま一緒になっただけだし!」
「またまたぁ、本当はタイミング見計らって声かけたんじゃないのー?」
教室に入ってすぐに春希はクラスの女子に引っかかり、
「あの人達のああいう言葉に耳を貸す方が馬鹿なんだよ。面倒なだけなのに」
「春希は馬鹿だから仕方ないだろー?でさぁ、本当のところどうなんだよ?」
「向こうが声かけてきた。それだけ」
と、雪那は雪那で女子をスルーして、近くで聞いていた拓海と話しつつ、さほど迷う様子もなく抱負を書いた。黒板の端とも中の方ともつかない微妙な位置に白いチョークで、『中学校最後の体育祭を忘れられないものに 立花』と。
それを見た春希はなんとか女子を押しのけて雪那の近くまで行き、ぼそりと言った。
「さっき面倒くさがってなかったか?」
「こんなもの、方便だろう?本心で書いてなんかいないよ。それに、『面倒くさい』なんて書いたら空気がぶち壊しだからね」
雪那は事もなげにあっさりと言って自分の席に行き、本を読み始めた。
その後春希は黒板の真ん中に三色のチョークで派手に『三年連続優勝!!! by春希』と書き、移動の時間が来るまでそのまま拓海や昌人と騒いでいた。




