第四章 戯れ
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精緻な飾りが施されたグラスを片手に女は絢爛な椅子に腰掛け、嫣然と笑っていた。
「誰ぞおらん?」
艶やかな声が人を呼ぶ。すると、すぐに一人の青年が現れた。見目の良い金髪の青年だった。
彼だけなのを確認して、女は話しだした。
「で、昨日の宵からおらぬとか? ……勿論手は」
「はい、暗殺者を街に送っております」
「よろし」
彼女はグラスをテーブルに置いて、窓際に立つ。
「早ぅあの小生意気な娘の腸を見たいものよのぉ」
最初は小さく、だが次第に彼女は大きく哄笑した。その少年もそれを見て、同じく小さく笑っていた。
◆ ◆ ◆
よく分からない。ウィスタリアはずっとそう思っていた。
仲間になる。それは口から出任せだった。尊敬する父と接触させずに、なんとか人間への復讐をやめるよう説得させるためにやった演技だった。
かなり手こずると思っていた。ところが彼はたった二つ聞いただけで納得してしまった。拍子抜け、と言いたいところだが、逆に本当に信じられているのか分からない。
とりあえず、今は服に問題があるということで服屋に向かっていた。
「ここか」
適当な男物の服屋の前で彼は止まる。どう見てもブランド店なのに、彼は躊躇なく入っていった。仕方なくウィスタリアも中に入る。
女性の店員が二人を出迎えてくれる。ここでもシークの容姿が影響していた。
「あ、あの、どのような服をお求めですか?」
しどろもどろになりながら女性がそうシークに尋ねる。シークはその女性店員を一瞥して、ウィスタリアを見る。
「普段は着そうにない服を選んでこい」
そう言ってシークはレジ横の壁にもたれかかった。どうやらそれが待ちの体制らしい。ウィスタリアは店の奥へと行って大きく溜息をついた。
服についてはこうだ。この格好は世話役が知っている。そして、貸せる服をシークも持っていない。だから着替えさせる、ということだった。
にしても、とウィスタリアは思う。今朝言った言葉には一点を除いて偽りはない。だが、こんなに簡単に信じられるとは思っていなかった。
「複雑なのか、単純なのか」
どうにも分からない男だと思った。己に騙されているとは微塵も思ってないように見える彼。こちらは信じさせようと一世一代のかけで仲間になれるようにしたというのに。
「決まったか?」
「ん? あ、ああ」
適当に目立たないものを選んでシークの元へと行く。シークは服を見ると値札をきり、店員に渡す。ウィスタリアが試着室で着替えて出てくる時には、会計は済まされていた。
店を出て次に向かうは城。だったが、ウィスタリアスはふとそこに出ている露店に目がいった。城下でもたまにしかしていないため、普段からそれがあると必ず立ち寄っていた。そのためつい癖で、ウィスタリアスは立ち止まってしまった。
隣のシークは遅れてウィスタリアの目線に気づく。そして、相変わらずのぶっきらぼうな声で言った。
「行きたいのか?」
急に問われて、ウィスタリアは動揺した。協力者のふりをするのなら今のこの行動はNGだろう。ウィスタリアは頭を振って否定した。
「なに、ちょいと気になっただけのことさ。行こうぜ」
余裕の笑みは忘れずに。鼻で笑うようにして歩き始める。
「ああ」
肯定の返事に切り抜けた。そう思った。だが彼が向かったのは露店の方だった。
「ちょっ、アンタ城は?」
少々焦りながら問う。だが今度は彼が優勢で、さらりとなんともないかのように答えた。
「お前の興味のあるものに興味があるだけだ」
「なっ」
笑顔が崩れ、今度は頬に熱が集まる。これは何か。口説かれてるのか。いや、そんなことはないだろう。こいつは朴念仁なタイプだ。
ぶつぶつと言いながら、それでも仕方ないのでウィスタリアはついていくしかない。
そして、ふたりはアクセサリー屋の前で止まった。
「好きなものを選べ」
「な、急になんだい?」
「仲間になった証だ」
「そうかい……」
彼は本当に騙されていることに気づいていないのか。真っ直ぐなその性格に好感を覚えると同時に罪悪感が増した。
二人はそのアクセサリー屋の品を見て回った。ブレスレットやネックレスは邪魔に思えて見なかった。その消去法でかふと指輪が目に入る。これなら持ち歩きしやすいなと安直にそう思った。
そういえば、こうして外でアクセサリーを買うのは初めてだ。世話役が厳しく、買ったものは没収されることが多かったため、見るだけだったという裏事情があるが、まさかこんな形でとはと苦笑した。
ぐるりと指輪を見ていく。ひょっと一つの指輪がウィスタリアの目に留まる。アイオライトの宝石を使った実にシンプルな指輪だった。だがそのシンプルさ故に、宝石が際立ち、美しかった。
「欲しいのか?」
ちょっと立ち止まっただけなのに、もう見抜かれている。どうしてこっちは敏いんだ。思わず溜息が漏れた。
「ん? いや、純粋に綺麗だなと思ってな」
「貸せ」
彼は指輪を取ると、ウィスタリアの、よりにもよって薬指にそれをはめた。
「ぴったりだな」
「○×□△─!?」
声にならない声をあげる。これは婚礼の儀になるのか。というか意味知ってるのか。いや、というか知っていろ。
らしくもなく頭の中で叫ぶ、もはや沸騰状態だ。
「気に入ったらしいな」
真っ赤になっているウィスタリアが、喜んでいると勝手に判断したらしいシークは、店主に金を手渡した。ただの贈り物をしたかのようなその素振りに、帰ってきたシークにウィスタリアは詰問した。
「一応アンタのとこって恋人になったり、その、結婚の時のしきたりってぇのはねぇのか? オイ」
ウィスタリアは震える声でシークに問う。これでないと言われたら殴るかもしれない。いや、殴る。
シークは困った様子で頭を掻いた。
「婚儀というのはあまり……ただ男の許へ女が住まうようになるくらいか?」
「………」
言葉を失った。それでは獣と変わらないではないか。今更ながら亜人の暮らしはどんなものなのか。想像もつかない。
だが、もう完全にシークのペースで、
「行くぞ」
最後は手を引かれて歩かされることになった。
柵を隔て、二人は城の前へと立っていた。ついに下見の時間がきたのだ。ウィスタリアに緊張が走る。
「入れる場所は昨日会ったあそこか?」
会った、というかウィスタリアがシークを下敷きにした場所の事を指しているのだろう。ウィスタリアは肩を竦めてみせた。
「アンタ木登り巧い方かい?」
「いや、あまり」
やはり。一つ安堵してウィスタリアは首を横に振った。
「入るのは簡単な木だが、逃げるのに使う木を登るのは難しいと思うぞ」
「そうか」
惜しいな、と零してシークはその木を撫でる。本当の事をだが、罪悪感に苛まれる。これからやる事にも。
「こっちだ。ついて来いよ」
そう言って城の裏へ回る。シークは大人しくついてきてくれた。
ウィスタリアは裏口を知っていた。そして、そこには兵が密かにいる事も。そう、ここで彼に止まってもらうために、捕まえさせる。ここまでの行為はその誘導だったのだ。
裏口に近づく程、心拍数が上がっていくのが自分でもわかる。あと少しで終わる。
「ここだぜ」
そう指差す方には兵が待っている。自分でも知らずに息を飲んでいた。
「ああ」
そう言って進むシーク。それを後ろで伺う。
彼がその裏口に一歩踏み入れた直後。ヒュンと高い音がした。
「何者だ!?」
「捕らえろ!!」
寸でのところでシークは矢をかわしていた。そして酷く驚いた様子で周りを見渡していた。
今日は十人か。ウィスタリアはそう思いながら、両の手を上げた。一緒に捕まろう。そう口を開くが先か否か、ウィスタリアはシークに抱き上げられていた。
「逃げるぞ!」
「ちょっ、アンタ!?」
弓兵もいるのに、十人相手に不可能だ。だが、彼は躊躇いなく走り出す。
無論矢が飛んできたが、それを素手で払ったり避けたりと、めちゃくちゃな逃げように、ウィスタリアは驚くしかない。
「しっかり捕まっていろ」
男らしい、その雄々しさに胸がざわつく。後ろで兵士たちの怒号が聞こえたが、それより己の心臓の音の方が大きく感じられた。
そして、かなり強引ながらも、二人はその場を脱出した。
「アンタも無茶するよな」
草むらを進みながら、ウィスタリアは悪態をついた。これで計画もおじゃんだ。新しい手を考えなくてはならない。
だが、そんな事を大きな声でぼやいたせいだろう。一つの足音が近づいてきていた。おそらくまき損ねた衛兵だ。
シークも気づいたのか身構える。殺すために。
ここで彼に人を殺させるのか。そう考えた瞬間身体が動いた。
「オイ」
「何……っ!?」
強引に彼をこちらに向かせて、接吻を交わす。そして、突然のことに驚くシークを押し倒し、そのまま濃厚なキスをする。そこへタイミングよく、その衛兵が姿を現した。
「貴様何をして……!?」
「見りゃ分かるだろ? お楽しみ中だ」
「し、失礼しました!」
会釈だけして、彼は慌てて去っていく。それにウィスタリアは胸を撫で下ろした。こういう時、城内にある自分が女としての遊びを楽しんでいるという噂があったことに、初めてよかったと思った。いや、個人的に嫌なのは変わりないが。
だが、何より彼がこれ以上人間を殺さなくて済んだから、良かった事にしよう。
「ウィ、ウィスタリア……」
「ん? ああ、悪いな」
用も済んだので、彼からどく。だが、どうも彼の様子がおかしい。真っ赤なのだがどこか青い気もする。
声をかけようとしたところで、彼は信じられないことを口にした。
「子供……」
「あん?」
「できたらどうすればいいんだ……」
「なっ!? できるわけねぇだろうが!!」
急に頭が痛くなる。彼は性教育まで受けていないらしい。どこまで野生児なのやら。そもそもキスだけで子供ができていたら世界中子供だらけで、子供ができなくて困る夫婦もいないだろうに。
と、まぁそこまで考えたが、頬を朱に染めて、首を傾げているシークの姿は少し幼く見えて笑ってしまった。無論、彼はむくれて見せたが止まらなかった。
「……誰にでもするのか?」
「んなわけあるか! 大体さっきのあれだって勢いがなけりゃ、俺だってあんなことは……」
ごにょごにょと尻すぼみになっていくウィスタリア。そして、ちょっと間を置いて察したらしいシークが、今度は微笑んだ。
「なんにしても助かった。ありがとう」
無垢な笑顔。それが綺麗で、それからその目で見られるのが恥ずかしくて、俯く。その頭を大きな手で撫でられたらたまらなくなった。
「……行こうぜ。今日は失敗だ」
「そうだな」
二人はゆっくり歩き出す。今度は手を繋いでいた。
気づけば逢魔が時。二つの影が寄り添うように近づいた。それはまるで二人の距離を表しているかのようだった。
ちょっとこの章だけ少なくなってしまった><




