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光を背負った王――神力を宿す王太子エルドウルフの戦記  作者: RE:ANNE
神が降りた戦場

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9/20

第9話 〜選ぶ者、選ばれる者〜


 薄雲に覆われた空から、白い光が均されるように落ちていた。


 昼食会後、エルドウルフは一度自室に戻ったが、戦後算定の実務責任者から、急ぎの報告で謁見の伺いが入った。

王や宰相ではない。

だが、数字を扱う人間だった。

 

「王太子殿下」


深く頭を下げた男は、年配だが疲労が滲んでいた。


「宰相補佐を務めております。戦後算定の実務を預かる者です。昼食会の場では……申し上げられませんでした」


机に置かれる書類。

封蝋は、すでに割られている。


「再計算を命じられたのは、初めてではありません。

 ですが――今回ばかりは、正直、助かりました」


「正確であればいい」


それだけだった。


「数字は、嘘をつかない。

 つくのは、人間だ」

 


 謁見を終え、

 エルドウルフは貴賓室へ戻る廊下を歩いていた。


 明るさはあるが、温もりはない。

 高い空の下、冷えた空気が廊下を満たしている

 

 形式的な確認と、実務的な指示だけの短い席だったが、

 終戦直後の今、そうした呼び出しは後を絶たない。

 エルドウルフは、アストロフと並んで歩いていた。

 足取りは揃えられているが、言葉はまだない。


 先に口を開いたのは、アストロフだった。


「殿下。一つ、ご報告がございます」


 声音は低く、いつもと変わらない。

 だが、その抑えた調子が、内容の重さを伝えていた。


「マエル・ド・フォール伯が、戦死しました」


 エルドウルフは歩みを止めなかった。

 ただ、視線だけが、わずかに前方へ固定される。


「……後方の役目だったな」


「はい。ですが領地が近く、初動で前線へ出たと聞いております。殿下がこちらへお越しになる、三日前のことです」


 白い光が、二人の肩口を均等に照らす。

 影は短く、床に淡く滲むだけだった。


「古参の一人だ」


 それだけを、エルドウルフは言った。


「はい」


 アストロフも、それ以上を付け加えない。


「使者を送れ。弔意を伝えろ。形式は簡潔でいい」


「承知しました」


 家門の内情も、遺族の名も出ない。

 今は、それで十分だった。


 二人は再び歩き出す。

 靴音が、静かに石床に反響する。


 外では、冷えた風がどこかで鳴っていた。


 ――戦は終わっても、死は続く。


 その現実を胸に留めたまま、

 エルドウルフは次の扉へ向かった。



  扉が静かに閉じられる。


「……戻った」


 エルドウルフが外套を外しながら言うと、室内の空気がわずかに動いた。


 長椅子には、フェギスノーラの隣にルーソル。

 向かいのソファに、エランとゴディエ。

 少し離れた一人掛けの椅子に、アンリが背を預けている。


 扉脇には、オリビエが控え、

 エルドウルフの背後から、アストロフも室内へ入ってきた。


「おかえり」


 ルーソルが、いつもの調子で言う。

 フェギスノーラは、ちらりと視線を上げた。


「……つかれた?」


 短い言葉。

 気遣いなのか、ただの事実確認なのか、判別はつかない。


「いや。」


 そう答えながら、エルドウルフは室内を一度見渡した。


 ――距離が、近い。


 それが最初に浮かんだ感想だった。


 ルーソルとフェギスノーラは、肩が触れそうなほど近くに座っている。

 ルーソルは、相手の言葉を遮らず、穏やかに聞く姿勢を崩していない。


「……何を話してた」


 意識して抑えた声だったが、

 自分でもわかる程度には、少し硬かった。


「庭を散歩してただけだよ」


 先に答えたのは、ルーソルだった。


「鳥の話とか」


「鳥?」


 フェギスノーラが、小さく頷く。


「死んでた。小さいの」


 一瞬、空気が止まる。


「……コマドリだったね」


 ルーソルが補足する。


「埋めた」


「違います、弔ったんです」


 被せるように、ルーソルが訂正する。


「弔った?」


 言葉の意味を確かめるように、フェギスノーラが首を傾げる。


「そうです」


 少し間を置いて、


「……わかった」


 短く答えた。

 

 

 エルドウルフは、ほんのわずかに目を伏せた。


「そうか」


 それ以上は聞かない。

 聞けば、拾わなくていいものまで拾ってしまいそうだった。


「謁見は?」


 自然に話題を戻したのは、エランだった。


「想定通りだ」


 エルドウルフは、ソファの背に手を置いたまま答える。


「城の連中は多少使える。宰相も補佐官もな」


「軍馬の件は?」


 ゴディエが続ける。


「ああ。投げてきた」


 アンリが、低く笑う。


「再計算させるの、好きだよな」


「命じさせた。砦の修復も、釘は刺した」


 それだけで十分だった。


 エランは小さく頷く。


「では、主導権はこちらですね」


「一時的にな」


 エルドウルフはそう返し、ふとフェギスノーラを見る。


 彼女は、会話の流れを半分も追っていない顔をしていた。

 だが、視線だけは、まっすぐ彼を捉えている。


「……ねえ」


 唐突に、フェギスノーラが言った。


「なんで、みんな

 そんなにあなたの話、するの?」


 一瞬、沈黙が落ちる。


「戦争の話も、国の話も。

 全部、エルドウルフのこと」


 悪意はない。

 ただの疑問だった。


 

「……神さまの方が、

 よほど規格外だと思いますが」


 アンリが、ぼそりと零す。

 

 話題の中心が誰か、という問いではない。

 この場に“神”が座っていること自体が、

 すでに常識の外だという意味だった。


 フェギスノーラは首を傾げる。


「……会いにきただけ」


フェギスノーラの言葉は、ひどく簡素だった。

宣言でも、誓約でもない。

ただ、事実をそのまま置いただけの声音。


一瞬、室内の空気が止まる。


最初に動いたのは、エランだった。

次いで、ゴディエ。


二人は顔を見合わせることなく、ソファから立ち上がる。

歩みは静かで、迷いがない。


フェギスノーラの前まで進むと、

膝を折り、深く頭を垂れた。


国教における、正式な作法だった。


ルーソルが、息を呑む。

アンリは一瞬だけ目を伏せ、何も言わない。

護衛のアストロフとオリビエは、その場から一歩も動かず、

ただ姿勢を正した。


エルドウルフだけが、動けなかった。


「……確認させてください、神さま」


エランの声は低く、慎重だった。

だが、そこに疑念はない。


「それは、シュバリエ王国のためでも、王家のためでもなく」


間を置く。


「エルドウルフ個人を選び、

 この地に降りた――そう理解してよろしいですか」


フェギスノーラは、少し考えるように首を傾げた。


「うん」


それだけだった。


ゴディエが、跪いたまま言葉を継ぐ。


「王になるかどうか、国を治めるかどうか

 ――それらは、本質ではない」


「うん」


重ねるように、短い肯定。


室内の誰もが、その意味を理解した。


国が先ではない。

信仰が先でもない。


「……なるほど」


エランが、静かに息を吐く。


「では、神さまは、国を選んだのではなく」


視線を上げ、はっきりと言った。


「人を選んだ」


フェギスノーラは、少しだけ困ったように笑う。


「だって、エルドウルフだから」


その名を呼ばれた瞬間、

エルドウルフの胸の奥が、わずかに揺れた。


――ずれている。

――だが、嘘ではない。


それどころか、

これ以上ないほど、真っ直ぐだ。


エランとゴディエは、ゆっくりと頭を下げたまま動かない。


その姿を見下ろしながら、

エルドウルフは初めて、自分の立ち位置が

どこにも用意されていないことに気づいた。


王でもない。

神の代理でもない。


ただ、一人の人間として、

神に選ばれている。


「……ずっと」


フェギスノーラが、ぽつりと言った。


「会いたかった」


胸の奥で、何かが溢れかける。

整理できない感情と、積み重なった記憶と、

「ここに至った」という事実が、一度に押し寄せる。


彼は無意識に、片手で顔を覆った。


深く、息を吸う。

そして、ゆっくりと吐いた。


感情を切り捨てたわけではない。

ただ、優先順位を付けただけだった。


最も大切なものが、はっきりした。

 

 

更新 月曜日/木曜日 20:00


X更新情報/活動報告など発信してます

たまにイラストも

https://x.com/REANNEcreative

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