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光を背負った王――神力を宿す王太子エルドウルフの戦記  作者: RE:ANNE


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第7話 〜虚飾の食卓〜

 貴賓室には、ハンサン王と宰相、将校たちが揃っていた。


 厚い絨毯の上、重厚な卓を挟み、正面奥に王の席。

 左右には宰相と軍部の要人が並び、銀の食器と杯が整然と置かれている。

 戦後とは思えぬほど、室内は明るく、香辛料と焼き物の匂いが満ちていた。


 扉が開く。


 先に入ったのは、シュバリエ王国の護衛騎士だった。

 アストロフとオリビエ。

 佩刀は外しているが、腰の位置、足の運び、視線の高さ――

 武人としての緊張だけは、一切緩めていない。


 その後ろに、エルドウルフが現れた。


 噂に聞く豪傑の姿を想像していた者の何人かが、

 一瞬だけ、目を瞬かせる。


 白金プラチナブロンドの髪。

 細身に見える体躯。

 だが、歩みは揺れず、視線はまっすぐ前を向いている。


 その腕に、フェギスノーラを抱いていた。


 群青の髪。

 薄く伏せられた瞳。

 重ねられた外套の奥から覗く白い指先。


 誰もが、言葉を探した。

 だが、どの言葉も、適切には思えなかった。


 亡国の姫――と紹介された存在。

 しかし、王太子妃でも、捕虜でも、客人でもない。

 扱いを決めかねる沈黙が、卓の上に落ちる。


 エルドウルフは、その空気を意に介さず、静かに一礼した。


「本日は、終戦の確認と今後の協議のため、席を設けていただき感謝する」


 形式通りの挨拶。

 だが、声は低く、よく通った。


  ハンサン王は、椅子に深く身を沈めたまま、杯を傾け、

 初めて見る玩具でも眺めるようにエルドウルフを見た。


「ほう……これが、噂の王太子殿か」


 声には屈託のない響きがあった。

 だが、それが無遠慮だという自覚は、どこにもない。


「戦場で鬼神のごとく戦ったと聞いておったが……」


 王は一度、言葉を切り、

 白金の髪と若い顔立ちを、あらためて眺め回す。


「ずいぶんと若いな。

 それに――顔立ちも、よく整っている」


 まるで褒め言葉を与えたつもりのように、

 王は満足げに頷いた。


「鎧に血を浴びた姿より、

 こうして卓に着いている方が、よほど似合うではないか」


 その言葉が落ちた瞬間、

 卓の周囲に、ごく短い静寂が広がった。


 宰相は、杯に指を添えたまま、何も言わない。

 将校たちも、視線を逸らさず、動かない。

 誰一人として、王の言葉を拾おうとしなかった。


 否――

 拾えなかった。


 この王が、次に何を口にするか。

 それを知っているからこそ、

 誰も余計な動きを見せない。


 オリビエは、ほんの一瞬だけ、エルドウルフの背を見た。

 主が動かないと確認してから、何事もなかったように正面へ戻す。

 

 エルドウルフは、その沈黙を当然のものとして受け止め、

 静かに一礼した。


「光栄です」


 それ以上、言葉を足さない。


 王は、その返答に満足したようで、

 杯を鳴らし、上機嫌に笑った。


「はは。若い英雄というのも、悪くない」


 誰も同意しない。

 だが、誰も否定しない。


 その空気こそが、

 この席での力関係を、何より雄弁に語っていた。


 

 王が、満足げに頷く。


「いやはや、英雄を迎えるには、いささか簡素だったかな」


 宰相が、わずかに咳払いをする。

 王は気にも留めず、手を上げた。


「さあ、掛けてくれ。

 同盟国の王太子殿に、失礼があってはならん」

 

 給仕が動く。

 皿が並び、果実の鮮やかな色と、香ばしい肉の匂いが広がる。


 エルドウルフは席に着いた。

 フェギスノーラを隣に下ろし、外套を整える。


 彼女は何も言わない。

 卓の料理にも、王にも、宰相にも視線を向けない。

 ただ、静かに座っている。


 その沈黙が、

 この席の誰よりも、重かった。


 

  ハンサン王は、満足そうに椅子へ深く身を沈めた。


「いやはや、こうして同盟国の英雄を迎えられるとはな。

 我がハンサン王国としても、実に誇らしい限りだ」


 言葉とは裏腹に、王の視線は自然と己の衣装へと落ちていく。

 胸元を覆う濃紺の生地には、金糸で幾何学模様の刺繍が施され、

 袖口には淡く光を返す宝石が散らされていた。


 わざとらしいほどに身じろぎし、

 燭台の光を受けて、装飾がきらりと瞬く。


「この衣も、今朝仕立てさせたばかりでな。

 北方産の上質な生糸に、我が国伝統の刺繍を重ねたものだ」


 得意げに腕を広げる。


「生糸の扱いは、我がハンサンの誇りよ。

 寒冷地で育まれた繭は強く、染めの乗りも良い。

 戦の最中であろうと、文化を疎かにする国ではない」


 宰相が控えめに視線を落とす。

 将校の一人が、わずかに椅子の背に体重を預けた。


 王は気にも留めない。


「貴賓室も、見ただろう?

 戦後とはいえ、同盟国を迎えるにあたり、

 粗末な場で済ませるわけにはいかぬ」


 誇示するように、周囲を見回し、満足そうに頷く。


「同盟とは、そういうものだ。

 力だけでなく、格も示さねばならぬ」


 その言葉に、宰相が静かに咳払いをした。

 王は一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに話を続ける。


「それから――」


 声の調子が、少し弾んだ。


「南方から届いた果物も、今朝入ったばかりでな。

 この色合いを見よ。

 北ではなかなか手に入らぬ」


 卓上の果実を指し示し、

 満足そうに杯を揺らす。


「交易路も、戦が終われば再び活気づく。

 これもすべて、同盟の成果というものだ」


 その間、

 エルドウルフは静かに料理へ視線を落としていた。


 並べられた皿の中で、

 彼が口をつけたのは、白インゲン豆の一皿だけだった。


 匙を運ぶ音は小さく、

 王の饒舌さの中に、ほとんど溶けていく。


 フェギスノーラは、相変わらず何も口にしない。

 伏せた睫毛の影が、皿の縁に落ちている。


 その沈黙に気づく者はいない。

 王の自慢は、まだ始まったばかりだった。


 

「それから――馬だ」


 唐突に、王の声が弾んだ。


「我が愛馬は実に優秀でな。

 血統も、体躯も、毛並みも申し分ない。

 北方馬特有の忍耐力に、南の系譜の脚を掛け合わせた逸品だ」


 王は、満足そうに顎を撫でる。


「戦の最中はなかなか跨る機会も減ってしまったが、

 眺めているだけでも気分が良い。

 良い馬というのは、それだけで価値がある」


 将校の一人が、わずかに視線を逸らした。

 宰相は、無言のまま杯に手を伸ばす。


「もっとも――」


 王は軽く笑った。


「最近は専ら、世話役に任せきりでな。

 この身体では、長くは走れぬ」


 自嘲めいた言葉だったが、

 そこに悔しさはなく、むしろ誇示に近い響きがあった。


「だが、馬というのは良い。

 戦でも、運でも、国を支える」


 一拍置く。


「そういえば――今回の戦で残された軍馬の件だ」


 場の空気が、ほんのわずかに張る。


「敵が統制を失い、放棄した騎獣が、

 千頭規模で残っていると聞いている」


 王の視線が、ようやくエルドウルフへ向けられた。


「無論、戦利品の扱いは難しい。

 だが――」


 言葉を区切り、意味ありげに笑う。


「同盟国である我がハンサンにも、

 相応の権利があるのではないかと思ってな?」


 その瞬間、

 卓上の空気が、わずかに重く沈んだ。


 宰相が、反射的に息を吸う。

 将校たちは、言葉を探す前に口を閉ざす。


 白インゲン豆の皿に、

 静かに、匙が置かれる音がした。


 エルドウルフは、ゆっくりと顔を上げる。


 視線は王に向いているが、

 表情には、肯定も否定も浮かんでいない。


 ただ――

 次に来る話題を、正確に待っているだけだった。

 

  王の言葉が途切れた、そのわずかな隙を逃さず、

 宰相は静かに口を挟んだ。


「軍馬につきましては、現在――

 戦場放棄物として一時保全の措置を取っております」


 王が眉を上げる。


「ほう?」


「多くが負傷、あるいは衰弱しております。

 疫病検査と再調教が必要なため、

 現時点では戦利品としての算定が困難でして」


 言葉は丁寧だが、逃げ道を先に塞ぐ言い回しだった。


「処理が済み次第、改めて同盟国間で協議を――」


「なるほど、なるほど」


 王は鷹揚に頷き、深く追及する様子もなく杯を傾けた。

 興味を失ったというより、話題を変えたい顔だった。


「それにしても――」


 視線が、ふいにフェギスノーラへ向く。


「隣に控えておられる姫君は、

 実に――可憐だ」


 場の空気が、わずかに張る。


「聞けば、亡国の姫とか。

 戦に巻き込まれ、身寄りも失われたと」


 宰相が、即座に言葉を継いだ。


「現在は、シュバリエ王太子殿の庇護下にございます。

 身分につきましては、然るべき手続きを踏んで――」


「いやいや、よいよい」


 王は笑って手を振った。


「同盟国が保護しているのであれば、

 我が国としても異存はない」


 その言い方は、

 “深入りするつもりはない”という宣言に等しかった。


 そこで、エルドウルフが静かに口を開いた。


「陛下」


 その視線はまっすぐ前を見据えている。


「戦死者の算定を、確認させて頂きたい」


 王の表情が、わずかに緩む。


「合同軍の損害は、王太子殿の参戦前までで二万四千。

 これは、双方の記録で一致している」


「はい」


 エルドウルフは頷いた。


「問題は、その後です」


 言葉の切れ間にフェギスノーラが、


 静かに首を傾げた。


「……多い」


 声は小さく、場違いなほど素直だった。


 誰もが、一瞬、意味を測りかねる。


「どちらが、ですかな?」


 宰相が慎重に問い返す。


「ハンサン」


 即答だった。


 王が、思わず笑う。


「姫君、数字は――」


「でも、比べられる」


 淡々とした声。


「シュバリエより……ずっと」


 その瞬間、エルドウルフが言葉を引き取った。


「我が方の損害を一とすれば」

 視線を王へ向ける。

「ハンサン側は、四」


 言い切りだった。


 宰相の目が、即座に役人たちへ走る。


「……再計算を」


 低い声で、しかし即断だった。


「参戦前後を分けて。三日以内に」


 王は不満げに眉を動かしたが、

 否定はしなかった。


 その空気のまま、

 エルドウルフは畳みかける。


「もう一点」


 声は変わらない。


「北の砦、ガレオ。

 修復と防衛兵再配置の計画を」


 王は、一瞬、言葉に詰まる。


「……ああ、その件か」


 視線を、隣の役人へ投げた。


「砦自体の修理は一、二か月。

 ただし、境界壁は――」


「概算で結構です」


 遮る。


「完了予定と、配置計画を」


 返答が、遅れる。


 エルドウルフは、静かに言った。


「境界の防衛は、同盟の要です。北が疎かなら――南も、同様でしょう」


 王の指が、卓上で止まる。


「……失礼」


 エルドウルフは椅子から立ち上がった。


「本日の議題は以上です。詳細は、再計算の後に」


 それだけ告げて、踵を返す。


 主導権は、完全に彼の手に移っていた。

 


 

  国王が退席すると、会食の緊張もようやく解けはじめた。

 役人たちが資料をまとめ、将校たちが椅子を引く音が重なる。


 シュバリエ側では、エランとゴディエが席に残り、

 事後処理と文言の確認を淡々と続けていた。


「エラン・ド・ストラス卿」


 背後から声をかけられ、エランは手を止めて振り返った。

 そこに立っていたのは、ハンサン軍の若い将軍――ヘルドラ・サンドラ・シドー卿だった。

 

 

更新: 月曜日/木曜日 20:00

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