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光を背負った王――神力を宿す王太子エルドウルフの戦記  作者: RE:ANNE
帰還する行軍

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2章(4 )第14話〜かるくなる場所〜


シュバリエ国内の野営地の夜

 

兵たちは思い思いの距離で火を囲み、低い声で話している。自国内に戻ってきたこともあり、緊張は解けていた。

笑い声もあるが、どこか控えめで、夜を乱さない。


焚き火の火は、強すぎず、弱すぎず、静かに燃えていた。

薪が爆ぜる音が、夜気に混じって小さく響く。

 

エルドウルフは、焚き火のそばに腰を下ろし、火を見ていた。

フェギスノーラは少し離れた場所で、炎が揺れるのをじっと眺めている。

ルーソルが、そのすぐ近くにいた。


「……こうして火を見ていると」


ぽつりと、エランが言った。


「湖畔の別邸の裏山で、よく野営の練習をしましたね」


エルドウルフは、火から目を離さないまま、ふっと息を吐く。


「ああ。あそこは風が強くて、俺は、火を起こすのが下手だった」


エランが、わずかに笑った。


「子供だったんですから、仕方ないでしょう」


「そう言われるのが嫌でさ」

エルドウルフは、薪を一本、火にくべた。

「早く大きくなって、お前たちと同じことが出来るようになりたいと、いつも思ってた」


一瞬、火が強く揺れる。


「……あなたは」

エランは、少しだけ声を落とした。

「何だって、頑張っていましたよ」


焚き火の向こうで、ルーソルがこちらを見ている。

フェギスノーラは、会話の意味を完全には追っていないが、

“大切な話”だということだけは、感じ取っているようだった。


「はは」

 エルドウルフは、小さく笑った。

「まあ、ルーソルよりは上手く出来たけどな」


その瞬間。


「……なんだって?」


即座に、鋭い声が飛んだ。


焚き火の向こうで、ルーソルが片眉を上げている。

さっきまでの柔らかな空気が、一気に切り替わった。


「聞き捨てならないな、それ」


エランは、思わず苦笑した。


「ほら、こうなるでしょう」


「だって事実だろ」

エルドウルフは肩をすくめる。

「お前、火起こしに油使おうとしてたじゃないか」


「それは効率化の試みだよ!」

「失敗してた」

「うるさい!」


焚き火の周りで、短い笑いが起きる。

兵の何人かが、ちらりとこちらを見て、すぐに視線を戻した。


フェギスノーラは、そのやり取りをじっと見ていた。



炎の揺れに視線を預けたまま、

エランの言葉が途切れるたび、

ほんのわずか、瞬きをする。


笑いが起きると、遅れて空気の変化をなぞるように、

首を傾げる。


理解していないのではない。

追いつこうとしているのだと、エルドウルフにはわかった。


名前が出る。

年が語られる。

「子供だった頃」の話になる。


そのたび、彼女の指先が、外套の縁を掴む。


逃さないように。

忘れないように。



 ◇◇◇

 

王都リノン到着2日前


 焚き火の端で、ゴディエは膝の上に帳面を広げていた。

 革表紙は使い込まれ、角が丸くなっている。

王都に近づくに連れ、大隊からいくつかの分隊が故郷へ向けて離れていった。


 上がる報告をまとめ

 数字を書き、線を引き、また消す。

 火の揺らぎを気にも留めず、淡々と作業を続けていた。


「……相変わらずだな」


 焚き火の向こうから、アンリが低く笑う。


「火の前で帳面とは、お前らしい。」


「静かな場所の方が、考えが散らからないだけだ」


 顔も上げずに、ゴディエは答えた。


 少し離れた位置で、ルーソルとフェギスノーラが焚き火を見ている。

 ルーソルは、彼女の反応を気にしながら、会話を拾うように聞いていた。


「昔から、――なの?」


 フェギスノーラが、ぽつりと問う。


「うん。」


 ルーソルが先に頷いた。


「数字が分かれば、人が分かる、って人でね。

 怒鳴らないし、急かさないけど、

 分かるまで考えろ、っていうのは絶対に譲らない」


 ゴディエは、ようやく顔を上げた。


「分からないまま進むのが、一番の無駄だ。時間と労力がもったいない。」


 それだけ言って、また帳面に視線を落とす。


 フェギスノーラは、焚き火を見る。


 薪は、必要な分だけくべられている。

 火は強すぎず、弱すぎず、静かに保たれていた。


「……もったいない、って言葉」


 ふと、フェギスノーラが言った。


「よく使う」


 ゴディエは、ほんの一瞬だけ手を止めた。


「第二王妃様の口癖でした」


 火が、ぱちりと音を立てる。


「一国の王妃が口にするような言葉では無い……。

 ですが、まさに、あの方そのものだと思います。

 『余るなら分けろ。

 使わないなら持つな。

 考えずに捨てるな』と

 そして、信念を貫け。」


 アンリが、小さく息を吐く。


「そうだった。」


「とても合理的です」


 ゴディエは淡々と言った。


「信念が揺るがなければ、

 周りは自然と、それを叶える方法を探し始める」


 その言葉に、フェギスノーラは顔を上げた。


「……エルドウルフも?」


「ええ」


 今度は、はっきりと。


「彼は、望みを軽く扱わない。

 だから、部下も手を抜けない」


 焚き火の向こう。

 荷車の陰に、エルドウルフの姿があった。


 会話には加わらない。

 だが、聞いていないわけでもない。


 ゴディエは、ちらりとその方向を見てから、

 何事もなかったように帳面を閉じた。

 


 夜明けは、音から始まった。


 小川の水音。

 革紐を締め直す音。

 誰かの咳払い。


 フェギスノーラは、静かに目を開けた。


 空気は冷たいが、夜よりも軽い。

 焚き火の跡には灰が残り、地面には幾重にも重なった足跡がある。


 人は、起きるとすぐ動く。


 顔を洗い、荷をまとめ、火を消す。

 誰かが命じなくても、それぞれが役割を果たしていた。


 フェギスノーラは、黙ってそれを見ていた。


 ゴディエは、また帳面を広げ、すでに次の確認に入っている。

 ルーソルは、兵に声をかけながら、

 自然と彼女の視界に入る位置に立っている。


「寒くない?」


 そう聞かれ、フェギスノーラは首を横に振った。


「……迷ってない」


 自分でも、なぜそう思ったのか分からない。

 だが、確信に近かった。


 焚き火の灰。

 短くなった薪。

 余らない荷。


 ――続けるため。


 そういう配置だ。


 ふと視線を上げると、

 少し離れた場所にエルドウルフがいた。


 外套を肩にかけたまま、朝の空気を受けている。


 誰とも話さない。

 だが、周囲を切り離してもいない。


 フェギスノーラは目が離せなかった。


 

「そろそろ、動くよ」


 ルーソルの声に、フェギスノーラは頷いた。


 もう一度だけ、周囲を見る。


 人が動く。

 国が、戻っていく。


 その中に、自分がいることを、

 初めて、はっきりと感じながら。



 ◇◇◇


 帰還、行軍の最終日


 

  王都リノンの外郭が見え始めた頃、行軍は自然と速度を落とした。


 石造りの城壁が、朝靄の向こうに輪郭を現す。

 その手前――街道脇の平地に、臨時の門と天幕が規則正しく並んでいた。

 白布に描かれた旗印が、風に揺れている。


 先頭の兵が合図を出すより早く、

 係員がこちらに気づき、駆け寄ってきた。


「――シュバリエ同盟軍、帰還兵ですね。こちらへどうぞ」


 声は張り上げていない。

 だが、迷いも警戒もなく、淡々としていた。

 この光景を、何度も迎えてきた者の声音だった。


 誘導されるまま天幕の列を抜けると、

 最初に差し出されたのは――木椀に注がれた温かいスープだった。


 白い湯気が立ち上り、

 香草と骨の匂いが、疲れた鼻腔を満たす。


 続いて、柔らかい白いパン。

 そして、分厚く焼かれた肉。


 一瞬、誰も手を伸ばさなかった。


「……いいのか?」


 列の後ろで、誰かが呟く。


「配給です。遠慮はいりません」


 その一言で、堰が切れた。


 パンを割る音。

 肉に歯を立てる音。

 スープを啜る音。


 喉を通った瞬間、

 誰かが、思わず息を漏らした。


「……あったけえ」


 それだけで、何人かの肩が震えた。

 言葉を続けられず、ただ俯く者もいた。


 次に案内されたのは、簡易の浴場だった。

 樽を並べただけの造りだが、湯気は絶えず立っている。


 鎧を外し、汚れた衣を脱ぎ、

 湯に身を沈めた兵が――

 そのまま、両手で顔を覆って動かなくなる。


 湯の音だけが、しばらく続いた。


「……生きて、帰ってきたんだな」


 ぽつりと落ちた言葉に、返事はない。

 だが、誰も否定しなかった。


 夜には、屋根のある寝床が用意されていた。

 藁ではない、きちんとした敷き物。

 雨も風も遮る、厚手の布。


 さらに、一人ずつ、係員から手渡される小袋。


 中身を確かめた兵が、眉を上げる。


「……多くないか?」


「戦後手当込みです。王家からのものですよ」


 その言葉に、

 誰かが、声を殺して笑った。


 泣き笑いだった。


「殿下の兵で、よかったな」


「……ああ。本当に」


 その言葉は、誰に聞かせるでもなく、

 だが確かに、この場所に積み重なっていった。


 

 エルドウルフは、少し離れた場所からその光景を見ていた。

 湯気の向こうに浮かぶ笑顔と、震える肩。


 胸の奥で、短く息を吐く。


 ――守れて、よかった。

 


 それだけを、素直に思った。

 フェギスノーラは、焚き火の明かりでも、湯気の向こうでもなく、

 兵士たちの顔を見ていた。


 笑っている。

 肩を震わせている。

 目を伏せ、何かをこぼさぬように、必死に堪えている。


「……ねえ」


 声は小さかった。


「泣いてる」


 誰に言ったわけでもない。

 ただ、隣にいたエルドウルフへ向けられた言葉だった。


「悲しいの?」


 問いは、真剣だった。

 揶揄も、慰めも、そこにはない。


 エルドウルフは、すぐには答えなかった。


「……嬉しいんだ」


 低く、短く。


「生きて帰れたって、実感した時に、

 人は、こうなる」


 フェギスノーラは、もう一度、兵士たちを見た。


 泣く者。

 笑う者。

 仲間の背を、何度も叩く者。


「……へんだね」


 そう言ってから、少し考える。


「でも……かるくなってる」


 その言葉に、エルドウルフは、わずかに目を細めた。


 彼女には、まだ名前のない感情。

 だが――確かに、そこにあった。


「……エルドウルフも、少しかるい。」

 

 

ここまで第2章をお読みいただき、ありがとうございます。


戦場を離れ、王都へ向かう帰路の物語はここで一区切りとなります。

無事に辿り着き、「守れて良かった」と安堵するエルドウルフを書けたことに、作者としてもほっとしています。


第2章は、物語の中で最も静かな章でした。

けれど、この静けさは次に訪れる出来事のための時間でもあります。


第3章は、熱と光と圧、そして最後は静寂へ向かう章になります。

ここから物語は再び大きく動き始めます。


引き続き、見守っていただけたら嬉しいです。


※登場人物名の誤記を修正しました。


更新 月曜日/木曜日 20:00


X更新情報/活動報告など発信してます

たまにイラストも

https://x.com/REANNEcreative


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