第12話 〜流れるもの、止まるものー
出立から、半日が過ぎた。
行軍は、自然と速度を落とし、
やがて誰に言われるでもなく止まった。
休息の地は山脈から流れた澄んだ小川が流れる草地だった。
地面はまだ湿り気を含んでいるが、腰を下ろすには十分だ。
兵たちは荷を下ろし、各々の距離で散っていく。
固いパンを割る音、水筒の栓を外す音。
誰かが馬の首を撫で、草を食ませていた。
角笛は鳴らない。
それでも、休憩だと分かる。
フェギスノーラは、エルドウルフに抱き下ろされた。
河川敷には細かい丸い石が転がり、葦が風に揺れていた。
水は静かだが、止まってはいない。
「……みんな、止まった」
フェギスノーラが言う。
「休憩さ。」
エルドウルフは答えた。
「止まる時間?」
「そうだよ。進むためのな」
河辺の匂いがした。
湿った土と、水草の青さが混じった匂い。
葦が風に煽られ、かさり、と擦れ合う音がする。
水面では、小さな魚が跳ね、
それに驚いた水鳥が羽音を立てて飛び立った。
フェギスノーラは、川を見ていた。
近づいても、触れてもいない。
ただ、流れを目で追っている。
「小さな、川」
確認するような声音だった。
エルドウルフは答えなかった。
答える必要がないと、直感したからだ。
川は、止まらない。
誰に見られようと、見られまいと、
ただ、流れている。
フェギスノーラは、その様子を、
覚えるように、しばらく見つめていた。
川辺での小休止は、長くは取られなかった。
伝令が、土埃をまとって馬を寄せる。
低く名を告げ、巻いた書付を差し出す。
エルドウルフはそれを受け取り、視線を落としたまま短く頷いた。
「わかった。後方に伝えろ」
それだけ言って、書付を畳む。
視線はすでに、次の配置と進路に向いている。
フェギスノーラは、川から目を離し、
一瞬だけ、彼の背を見た。
だが、声はかけなかった。
代わりに、横から影が差す。
「疲れてない?」
ルーソルだった。
馬から降り、彼女と同じ高さにしゃがんでいる。
フェギスノーラは首を傾げる。
「……わからない」
「そっか」
否定も、困った顔もしない。
ただ、その答えをそのまま受け取る。
「じゃあ、退屈?」
少しだけ、声の調子を変えて聞く。
フェギスノーラは、もう一度川を見た。
流れの先を目で追い、しばらくしてから言う。
「見てると……時間が、動いてる」
ルーソルは一瞬、言葉を探した。
だが、すぐに笑う。
「うん。それは正しい」
立ち上がり、川の向こうを指さす。
「この川は、大きな川に繋がってる。
大きな川にかかる、大きな橋を渡って、
また川に沿って南に進む」
「ずっと?」
「三日くらいかな。
急流もあるし、天気が悪くなったら内側の道に切り替える」
フェギスノーラは、その言葉をひとつずつ、
噛みしめるように聞いていた。
「……川は、国を分けるの?」
「そういう場所もある」
ルーソルは即答しない。
「でも、繋げる場所でもある」
フェギスノーラは、少し考えた。
「……人みたい」
「うん」
ルーソルは笑った。
「だから、昔から争いも、交易も、ここで起きる」
その会話の間にも、
伝令は行き交い、兵は水を汲み、
荷車の車輪が石に当たって音を立てている。
エルドウルフは、何度かこちらを見た。
だが、声はかけない。
それでいいと、分かっている顔だった。
フェギスノーラは、再び川を見る。
流れは変わらない。
だが、今は――
そのそばに、人がいる。
それだけで、少し違って見えた。
更新 月曜日/木曜日 20:00
X更新情報/活動報告など発信してます
たまにイラストも
https://x.com/REANNEcreative




