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光を背負った王――戦場から始まる、王になるまでの物語  作者: RE:ANNE
第一章 神が降りた戦場

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第1話 〜剣を抱いて寝る王太子〜

剣を取る理由は、栄光ではない。

誰かが生き残るために、誰かが削れる。

これは、英雄になる前の王太子の物語です。

挿絵(By みてみん)

 


 シュバリエ王国の王太子エルドウルフは、天幕に据えられた円卓の大将椅子に腰を下ろしたまま、

 片膝を立て、その膝と剣を抱えて眠っていた。

 

 刃は鞘に収まっているが、腕から力が抜けていない。


 まるで、いつ敵が来ても斬れるように。

 あるいは――倒れる直前まで、剣を手放さなかったかのように。


「エルドウルフ」


 低く呼びかけた声を、すぐそばの男が制した。


「起こすな」


「だが、寝所が用意されています」


「起きたら自分で行く。今は眠らせておけ」


 この場にいる全員が、彼がどれほど無理をしてここに来たのかを知っていた。

 

 南方の戦をようやく収めたその足で、北へ転じた。

 八日間、眠る時間を削って馬を乗り継いだ。

 夜明け前に到着した時、最後の一頭は天幕の外で息絶えた。

 

 天幕の奥には寝所も用意されていた。

 それでもエルドウルフは、大将椅子に腰を下ろしたまま眠りに落ちた。


 夜明けが近づき、天幕の外では空が白み始めていた。

 兵たちはすでに甲冑を身につけ、開戦の支度を進めている。

 金具が鳴り、馬が鼻を鳴らし、遠くで号令が飛んだ。

 


 ここはハンサン王都の北。


 ひと月前に、北方のガレオ砦が陥落した。

 戦場は、その砦と王都とのあいだにある。


 王都まで、残り十キロ。


 ハンサンは、シュバリエ王国の同盟国だ。


 大国ミッドガロンに北の防衛を破られ、ハンサンが崩れれば、次に侵攻を受けるのは、シュバリエになる。


 だからシュバリエは援軍を送り、その王太子が総大将として戦場に立っている。


 ミッドガロン軍二万五千に対し、ハンサンとシュバリエの連合軍は、一万八千にまで減っていた。


  *

 

 この大陸には、ごく稀に、神の『寵愛』を受ける人間が現れる。


 王家の血でも、魔術の才でもない。

 神が気まぐれに選び、その力の“欠片”だけを人に預ける。


 未来を垣間見る者もいれば、物を動かす者もいる。

 大地や水の流れを知り、人の心を読む者もいた。


 そして――光を顕す者。


 エルドウルフの力は、その中でも最も戦場向きで、最も危うい類だった。


 剣に、神より賜った力――神力を通せば、

人の器を巡るマナが燃え、刃は光を帯びる。

 振るわれた一撃は、数百の兵をまとめて薙ぎ払う。


 だが、それは奇跡ではない。

 消耗だ。


 神の力を、人の器で扱う代償。

 使うたびに、身体の内側は確実に疲弊していく。

 

 そして神力は無尽蔵ではない。


 一度の戦で振るえる神力は、多くて七度。

 それ以上は、神の力ではなく、

 人の身体が先に壊れる。


 昨年秋、西方テルアドとの戦。

 エルドウルフは、その限界を越えた。


 八度目を、振るったのだ。


 光は敵軍を殲滅したが、代償は重かった。


 剣を落とした瞬間、

 全身の熱が一気に引いていくのを覚えている。

 指先が動かず、声も出なかった。


――このまま死ぬのか。


 その感覚だけは、はっきり残っている。


 十日間、目を覚まさなかった。

 それが、彼の身体に刻まれた“答え”だった。


 今回、ハンサンへ来る前。

 南部オルミーナで、すでに三度、力を使っている。


 残りは、四度。

 無理をすれば、五度。


 五度目は――

 生きて戻れる保証はない。


 南からの急報を受けた時、エルドウルフは自ら行くと決めた。


 セルリアを退ける。

 その後で、北へ向かう。


 南と北。

 二つの戦線を、その順に収めると決めた。


 南は終わった。

 次は北だ。


 そして今、エルドウルフは総大将として、一万八千の兵の命を預かっている。


 ならば、答えは一つだった。


 この戦は終わらせる。

 自分の身体が壊れるとしても、国が残るなら、それでいい。


 北へ向かう馬上で、覚悟は決めていた。


 ――だが。


 心残りが、あった。


 神さま。

 闘神(フェギスノーラ)。

 

 物心つくころから、同じ夢を繰り返し見ていた。


 自分のものではない記憶。

 誰かの感覚で、誰かの感情だった。


 夏の青空を思わせる髪。

 黄金の瞳の――彼の人。


 その姿が夢に現れるたび、胸の奥が静かに軋んだ。


 聖教会には、古くから伝わる教えがある。

 神の寵愛を受けた者は、成人を迎えれば、己を選んだ神と一度は邂逅する。


 歴代の寵愛者は、皆そうだった。


 だから、いつか会えると信じていた。


 だが、成人して二年が過ぎても、

 会えなかった。

 声を、聞けなかった。

 顔も、温度も、何一つ。


 死ぬ前に、一度だけ会いたかった。


 国でも、民でもなく、

 そんなことを考えている。


 ……未練がましいな、俺は。

 


「——っ、くそ」


 天幕の空気が跳ねた。


 夢を振り払うように、白金の睫毛が跳ね上がった。青い瞳が、鋭く開く。


「やめた、やめた、やめた!」


 エルドウルフは大きく首を振り、抱えていた剣を膝から下ろして立ち上がった。


「おい、なんだよ。何をやめるんだ」


 そばにいたフーガが、慌てて声をかける。


 エルドウルフは旅装の外套を脱ぎ、用意された甲冑へ目を向けた。


 重装には手を伸ばさず、軽装の甲冑を取る。

 今の身体で重装を着れば、戦場へ出る前に自分が尽きる。


「死ぬ気で戦うつもりだった。だが、やめた」


 天幕の空気が、一瞬止まる。


「俺は生きる」


 短い言葉だった。


 軽装の甲冑を身につけ、剣帯を締める。


「俺は死なない。お前たちも死なせない。この戦に勝つ」


 五人は、エルドウルフの腹心だった。

 長く彼の傍にあり、命令に従い、時に諫め、同じ時間を積み重ねてきた者たちだ。

 彼のために命を懸けることはあっても、彼一人に命を投げ出させるつもりはない。


「当たり前でしょう」


 エランが静かに言った。

 

「誰も、あなたに命を賭けてほしいなどと頼んでおりません」


「テルアドの八度目を、忘れたとは言わせないぞ」

 ゴディエが続ける。


「頼んでもいないのに、勝手に倒れただろう」

 アンリがため息混じりに言った。


「俺たちのためだった、なんて言われても困る」

 ルーソルが一呼吸置く。


「命まで安売りされる覚えはないからな」

 最後に、悪態をつくようにフーガが言い切った。


 五人は、ほとんど同時に剣を下げ、膝をついた。


 忠誠を誓うためではない。

 戦の始まりを告げる、いつもの所作だった。


 軽装の漆黒の甲冑に、黒いマント。

 エルドウルフは立ったまま、彼らを見下ろした。


 天幕の入口から、夜明けの光と戦場の気配が流れ込む。


 彼は一歩、外へ踏み出した。




 

更新 月曜日/木曜日 20:00


X更新情報/活動報告など発信してます

たまにイラストも

https://x.com/REANNEcreative

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― 新着の感想 ―
イラスト付きで見れるのは豪華ですね! 剣を抱いて寝る王太子、やっぱり素敵な描写ですね。
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