12話 通りすがりの教授(プロフェッサー)
ラウテルン村の中央広場、オガタとステナが村に着く三十分程前。
「ダンさーん! 来てくれぇ!!」
家の外から村人が大声で呼んでいる声がした。
ダンは妻のリンとの散歩から帰った後、自宅の居間でくつろいでいるところだった。
「なんだぁ? どうしたんだい」
ただ事ではない雰囲気を感じたダンは、急いで家の外に出た。
外に出たダンを待ち受けていたのは、ここ数年何度も目にした恐怖の光景だった。
後ろをついてきたリンを家の中に押し戻して、もう一度その光景に向かう。
「あ、あんたら。まだ期日じゃないはずだが......」
「ああ」
ダンの質問に答えたのは、鈍く光る鎧に身を包んだ大柄の男だった。
その後ろにも四人、同じ格好をした者たちが控えていた。大柄な男の物と比べると、鎧の質感が劣っているのが明らかだった。一目で地位の差が分かる。
周りには少し離れて、こちらの様子を窺っている村人が何人もいた。
少し前に村長が死んでから、ダンはこの村のリーダー的存在だ。慎重に受け答えをしなければない。
「なら、なんで来たんだ」
男は口を開かない。
「作物は問題ない。徴収までには絶対間にあ――」
「嘘だな」
その一言で戦慄した。
この男に嘘は通じない。もの凄い殺気に心臓を射抜かれたような感覚に陥った。
「村に置いた通信兵から話は聞いているぞ。水が農場に流れて来ないんだってな?」
「そ、それは......」
(しまった! 村に通信兵なんて置いていたのかっ!)
この場面、上手く切り返さなければ村の未来は無い。
「たしかに最近、農場への水の流入量は減っている。あんたに嘘をついても仕方ないから言うが、今日は全く流れてこない......」
「ならば作物は全滅だな」
「待ってくれ! ちょうど今、村の詳しいモンが水路の修理をしているところなんだ! 今日中には水が流れてくるはずなんだ!」
「ほう......」
男はフルフェイスのアーメットを外した。想像通りの男らしい無骨な素顔が現れた。
そして、アーメットを脇に抱えて農場の方を一瞥する。
「しかし、長期的な水不足の影響が出ているな。もうこの村の作物は育たんぞ」
確かにその通りだった。
これから満足に水が得られたからといって、弱り切った作物が完全に復活する希望はほとんど無いと言っていいだろう。
「だ、大丈夫だ! なんとかすっ――」
男はダンの首を片手で締め上げた。
「また嘘をついたな」
「ぅぐ、がっああ」
男の指がダンの喉元にめり込んでいく。
「お願い! やめてぇ!!」
家の扉の隙間からずっと見守っていたリンは、堪らず飛び出てしまう。
それに合わせて村人達も続々と詰め寄ってきた。
「ダンさんから手をどけろ!」
「村から出ていけ!」
「税なんか納めてやるもんか!」
次々と村人達の怒号が浴びせられる。
すると、男は不敵な笑みを浮かべた。
「良かろう、そうまでして領主様に逆らいたいのなら見せしめに此奴を握り殺してやる」
その言葉を聞いた瞬間、村人達は静まり返った。
「もう遅い。あと少し力を込めればこの場は鮮血で染まるであろう」
村人達は、ただ息を呑んで見ていることしかできない。
その中でリンだけは泣き叫んでいた。
「では――」
男は確実にダンを殺すべく、手に力を込めたはずだった。
しかし、その手はダンの喉元ではなく空を握り込んでいた。
男がダンの行方を追おうと左右を見回していると、背後に何かが着地する音が聞こえた。
振り返ると、そこには気を失ったダンを抱えた黒髪の青年が立っていた。
「貴様、何者だ」
青年は答えない。
傍に駆け付けたリンと村人達にダンを預けてから男に向き直った。
「俺の質問が聞こえなかったか? 貴様は何者だ」
青年は一瞬悩む素振りを見せたが、すぐに吹っ切れ堂々と言い放った。
「私......、いや、俺は通りすがりの教授だ!」