60 認めてやったわけじゃない(3)
大浴場を出た頃には、こういうのもいいかと、思うようになっていた。
なんだかんだ快適だった……。
杖を、ぎゅっと握る。
入れ違いで大浴場に行くジークを見送ると、ソファに深々と座った。
部屋の中では、夕食の準備が着々と行われていた。
食事も二人分。
一人で引き篭もるようになって以来、今までずっと、食事は一人だった。
誰かと向かい合う食事は、あまり好ましくない。
けど、美味しそうだな。
心の中でチラリと思い、そういえば、と思い出す。
この旅館に関する企画書の表紙を1枚丁寧にめくった。
それは、大魔術師が書いたこだわりの詰まった紙の束だ。
部屋にも、大浴場にも、そして食事にも細部までこだわりがあるようだった。
部屋にある備品や、大浴場のシャンプーの銘柄まで、事細かに書いてある。
食事。
食事の材料についての企画書が5枚。
ほとんど地元で採れたものを使っているらしい。
野菜のページ。
川魚のページ。
準備されていく食事を見ながら、それと照らし合わせる。
書類には時々、大魔術師の文字でこだわりポイントのようなものが書いてある。
『優先度低、小さな鍋で煮たい』……?
何を?
ここまで走り書きだと、何のことかと思ってしまう。
優先度は低いようだから、今回はなくても構わないようだけれど。
書類をめくっていくと、あちらこちらにそんなポイントが書かれているのは目に入った。
なんだこれ。
……面白い、な。
それから、どれだけ読み耽っていたのか、
「面白いだろ?」
と、ジークに声をかけられたことで、やっとジークが既にそこに居たことに気付く。
ジークは、食事が並べられたテーブルの席についたところだった。
「……うん」
肯定の返事を聞かれるのが嫌で、小さく返事をした。
食事の席も、それほど悪いものではなかった。
会話はなかった。
会話など、あってたまるものか。
もう、会話をしながらの食事の方法も分からない。
ただ、食事は美味しかった。
ゆっくりと食事をしたのなんて、いつ以来だろう。
本を読みながらでもない、ただ、食事をしたなんて。
その日は、月明かりの中、遅くまで企画書を眺めた。
どれだけ読んでも掴みどころのないものだったけれど、面白そうだということはわかった。
この宿も、なんだか居心地がいい。
眠くなると、結局、ベッドで眠った。
出来るだけ端の方で。
存在が気にならないように。
けど、部屋の中に誰かの存在がある事を、どうしても否定できなかった。
忘れる事が出来なかった。
月が煌めくその夜の中で、シエロは、一人きりになれない時間に、何故か少し、泣きそうになった。
一人じゃないだけで、自分を肯定できる的な……!
シエロくん、ずっとひとりぼっちでしたからね。一人じゃなくなってよかったね!




