55 僕の居場所(1)
その日も、大魔術師と二人だけの朝だった。
「寒……」
少し肌寒い朝だった。
ガチャ、と扉を開け、
「おはようございます」
と声をかけた。
声をかけたはいいけれど、部屋の中には誰も居ない。
キョロキョロしながら、デスクに行くけれど、何の指定もない。
……自分の研究を進めておくのもいいけれど、ここはひとまず。
外に出るか。
シエロは、まだこの大きな城を把握したわけではない。
作業に関連がある場所を把握しておかないといけないし、人に会って顔を覚えて貰わなくては、行きたい場所にも行きづらくなってしまう。
杖を抱えたそのままで、シエロは外へ出た。
窓の外は晴れている。建物の隙間から、湖が見えた。
シエロの瞳に、青い色が映る。
その時、外で、ブワッと何かが舞うのが見えた。
……え?
誰かの魔術?
それにしては、大きな姿だった。
ただ、風が渦を巻いたようにも見えたけれど、ただ“風”と言われると余りにも物質的で違和感が残る。
「なんだろう」
視線を外さないようにしながら、小走りでそちらの方へ駆けていく。
途中、魔術師の塔の側を通る。
嫌な事を、思い出してしまう。
それを振り切るように、シエロは風が起こった方に歩いて行った。
そっと、近付く。
木陰から、そっと顔を出した。
「え…………?」
街の人間の目に届かないその場所で、水の粒、砂の粒がゆるやかな大きな渦を巻くようにそこに舞っていた。
嵐でもない。風に巻き上げられたわけでもない。
魔術……?
いや、けれど、こんなことが魔術で可能なのか?
見たこともなければ、話に聞いたことさえない。
そして、その中心に立つ人物。
いかにも魔術師だと言わんばかりの、時代遅れの黒いとんがり帽子。
手で撫でるのが当たり前になっている長い髭。
にこやかにゆるやかにそこに立つ人物。
彼こそが、大魔術師マルーだった。
息を呑んで、その光景を見つめる。
まるで、精霊が寄り添うようなその光景。
これが……大魔術師の力?
大魔術師がふわりと振り返るところで、
「…………!」
こちらに気付かれてしまった。
緩やかに舞っていた渦は、キラキラとユラユラと、鎮まっていく。
「す……すいま、せん」
おずおずと、その場に立ち上がった。
「覗くつもりじゃ、なくて」
「いやいや、いいんじゃよ」
「今のは……、一体何ですか?」
顔を上げる。
あんな魔術、見たことがない。
どこの属性でもない。
魔術とも言い切れない。
大自然的な、精霊的な、何か。
「そうじゃのぅ……」
大魔術師は、そう言いながら、やはりゆっくりとその長い髭を撫でた。
「これから、勉強していく中で、ヒントを出してやるから、自ら見つけ出すといい」
……誤魔化されたんだろうか。
いや、けど。
今見た力は本物だった。
シエロが真っ直ぐ大魔術師の顔を見ると、大魔術師も、真っ直ぐにシエロを見ていた。
「わかりました。これから日々研鑽を惜しむことなく、頑張ります」
そうだ。
この人が師匠なんだ。
僕の。
「これからも、よろしくお願いします。師匠」
おじいちゃん、精霊と仲良しなのでね。
ふわふわっと舞うこともあるのでしょう。




