44 シエロ・ロサ(5)
それから、1週間ほどが経った。
魔術の勉強をすればよかったから、日常に慣れるのは簡単だった。
悲しいことに、少しのメイドの手助けで、日常にさほど苦労はなかった。
食事の準備。
入浴の準備。
就寝の準備。
メイド達は特に会話することもなく、せかせかと仕事をこなし、短時間で部屋から出て行った。
その時間以外は、いつだって一人だった。
寂しかったけれど、その寂しい気持ちを吐露する相手さえ居なかった。
「あ」
紙に新しい魔術のイメージを書き記しながら、足りないものがあることに気付く。
庭に行けば、手に入るだろう。
おそらく、今の時期なら花が咲いているはずだ。
一人、何も言わずに部屋から出た。
実に、1週間ぶりだ。
別に、謹慎処分を受けたわけでもなんでもないのだから。
こうして、外に出てしまえば良かったんだ。
それでもできるだけ本館の方へは近寄らず、屋敷を大回りして、庭師の小屋へ向かった。
サクサクと、芝生の上を歩く。
遠くで声が聞こえる。
誰かが、笑ってる。
…………笑ってる。
そこで見えたのは、庭に立つ木の下で、ピクニックシートを広げ、お茶を飲んでいる母と下の兄と妹の姿だった。
妹のブランカが声を上げて笑う。
…………よかった。
また笑えるようになったんだ。
走って行きたかったけれど、なんだか近付いたら行けない気がして。
少し離れた場所からその光景を見ていた。
「にぃたま」
どれほどの間、その光景を眺めてしまったのだろう。
ブランカがシエロに気付き、大きく手を振った。
顔を上げた母と兄が、こちらを見たのがわかった。
ここで、居ることに気付いたのに離れていくわけにもいかなくて、そちらに歩を進める。
もしかしたら、もう平気になったのかもしれない。
「おはよう、みんな」
おずおずと声を出すと、「おはよう」と返事が返って来る。
「こんな所でお茶してたんだね。母様、僕とうとう、魔術で出した水の温度変化が出来そうなんだ」
怖がりながらも笑顔を作る。
だって、大丈夫なんだ。
今まで、あんなに仲が良かった家族なんだから。
僕らは家族なんだから。
「そうなのね」
けれど、期待は裏切られる。
母は確かに僕を見て、僕に返事を寄越したけれど、顔は笑ってはいなかった。
ううん、実際には笑っていた。
笑っていない目で。
口角を上げて。
母は、笑顔を作っていた。
まるで、顔のない人形と話しているかのようなこの感覚。
決まりきった言葉だけを返されているようなこの感覚。
兄の、不安そうな顔。
母に腕を掴まれた妹の、不安そうな顔。
シエロは、それ以上言葉を紡ぐことができなくなって、後退りした。
シエロが後退りすることで、母の腕の力が、抜けていくように思えた。
シエロは、ただ真っ青な顔で、そのまま挨拶も出来ずに、後ろへ引き返した。
できるだけ遠くへ。
遠くへ。
シエロくんは、水の魔術の使い手です。
出した水を凍らせることが出来るようになったのは、この頃の努力の賜物といえましょう。