43 シエロ・ロサ(4)
婚約が決まった後も、家族の雰囲気は、元に戻る事はなかった。
次の日も、その次の日も。
誰も、一言も言葉を発しない食事。
息が詰まる。
息が、詰まる。
目の前のチキンは、もともと生きていたはずだけれど、今は死んでいた。
死んだ何かだった。
カチャカチャ。
カチャカチャと、フォークとナイフが出す小さな音だけが、部屋の中に響く。
最悪だ。
言葉も交わせない家族と、あんな子と結婚しなくてはいけない僕と。
公爵家に生まれたからには、覚悟は出来ているはずだった。
けれど。
これを我慢しろって言うのか。
婚約が決まってから、3日後。
その日、シエロは、離れの部屋に引きこもっていた。
その部屋は元々、魔術の勉強をするために、本館とは別に与えられていた部屋だった。
離れの方には、家族が来ることはない。
だからこそ、家族と顔を合わせたくないシエロにとっては都合が良かった。
コンコン。
その日も、空はどんよりとした曇り空だった。
部屋の中に入って来たメイドが、何やら言い置いて、手紙を一つ渡していった。
何処かで見たことのある家紋。
婚約者の家からの手紙だ。
「…………」
疫病神を見るような目で、その手紙を眺める。
しかし、その手紙をそのまま捨てるわけにも、読まずに置いておくわけにもいかずに、封を切った。
「…………」
そこには、婚約を破棄するという内容のことが、丁寧な謝罪文と一緒に書いてあった。
どう受け止めればいいのかはわからないけれど、あの子と結婚しなくてよくなったのは朗報だ。
もう、顔も名前も思い出せないあの子。
元に戻った、と言えば、そうなのだろうか。
それなら、家族のみんなも元に戻ってくれるだろうか。
少しだけの期待を込めて、夕食の時間を待ち望んだ。
けれど、いつも以上に待つことになり、夜が訪れた頃、やっとメイドが現れた。
メイドは、食事を乗せたワゴンを持っていた。
嫌な予感がした。
「シエロ様がお忙しそうでしたので、食事にはお呼びいたしませんでした」
忙しいって、誰が?
何も言葉にすることができずに、ただ、セッティングされていくテーブルを眺めた。
“同じ食事の席につくこともできなくなった”というその事実に、打ちひしがれてその日は終わった。
それでも、まだ、信じられなかった。
もしかしたら、本当に忙しそうだったから呼ばなかったのかもしれない。
両親だって、仕事が忙しくて一緒に食事が取れないことも多い。
きっと何か、理由があったんでしょう?
けれど、その次の日も、同じだった。
一人、部屋で黙々と食事を取った。
おそらく、家族のみんなと同じものなのだろう。
程よく豪華な食事が、今は悲しかった。
シエロは、部屋に籠りきりだった。
家族と唯一顔を合わせる時間は無くなり、交互に来るメイド2人以外の人間の顔を見ることは無くなった。
たった3日間だけですが確かに婚約者でした!
元婚約者のお嬢さんも、その後は幸せになっていることでしょう。