31 お仕事しましょ(6)
チュチュが気付くと、泊まっていた宿のベッドの上だった。
窓の外は明るくて、また朝が来たことがわかった。
もしかしたら、もうお昼かもしれない暖かさだ。
横を見ると、椅子に座ったシエロが、杖に寄りかかる形で眠っていた。
「せん……せ……?」
思わず声をかけると、金色の睫毛が揺らいで、目を開けた。
「やあ、チュチュ」
また、怒られるだろうか。
無茶をしてこんなことになってしまって。
「…………」
じっと、押し黙ってシエロを見ていると、
「今回はがんばったね」
と声をかけてくれた。
「え?でも、力不足で。こんなことになっちゃって」
「32箇所の魔術を意識するなんてこと、普通はやらないよ。それも、消えてしまえば、命が危ないという状況で」
「……そっか」
天井を見上げる。
綺麗な木の天井が見える。
やっと、落ち着いた気がする。
「もうお昼なんだ。軽い食事を準備するよ。できれば明日には学園に帰ろうかと思うんだけど、帰れるかい?」
明日、学園に。
正直、もう少しこのままでいたい。
シエロがここまで側にいてくれるなんて、滅多にないことだから。
二人で出掛けることなんて、滅多にないことだから。
……きっと、ここまで運んでくれたのも先生なんだろうな。
もう少し意識を保っていたら、運んでくれるところを覚えていられたのに。
でも、明日帰れるか、と聞かれると、答えはもちろん、
「うん。大丈夫、帰れるよ」
これしかない。
実際、疲れ自体はもうほとんど取れているのだから。
それからは、シエロが持ってきてくれた温かなコーンスープを飲んで、ゆっくりとした時間を過ごした。
夜には、普通に夕食を食べることができるようになっていた。
みんなで食べた忙しない夕食とは違い、楽しさだけで食べることができた。
目の前に先生がいる……。
二人で食事を食べる時間は、なかなか特別だ。
ぽやっとしないように、気を引き締める。
「どうしたの?チュチュ。変な顔になってるけど、まだ調子悪い?」
町の中でもお洒落な雰囲気を放つ食堂だけれど、シエロの丁寧なナイフ捌きは、その食堂でも浮いてしまうほどの高貴さを放っている。
「ううん。ちゃんとしたご飯久しぶりだから、力入っちゃって」
照れないように時々真顔になったり妙な笑顔になってるなんて、言えない。
翌日、二人で幌馬車に乗ったのは、すでに昼過ぎだった。
もう大丈夫だって言ったのに、こんな時間になったのは、気を使ってくれたに違いなかった。
早くブランカの無事を確認したいだろうに。
御者台で、シエロの隣に座る。
「お土産買えなかったな」
小さく呟いた。
アタシが倒れちゃったから。
いつもみんなは、買ってきてくれるのに。
「気にしない」
そう言いながら、シエロはチュチュの頭を小突く。
「君は、がんばった」
胸が、きゅっとなる。
泣きそうになる。
大好き。
……って言いたいんだけど、迷惑かもしれないから我慢、する。
すっかり潤んだ目で、シエロをじっと見ていると、その視線を感じてシエロが前を向いたまま、困ったようにクスリと笑った。
お仕事エピソードはここまでです。
次回からはまたいつものほのぼのラブコメな感じで行きます!