其の10
色々思うところがありつつも、未成年で学生である私が帰る場所は家でしかないわけで。
憂鬱な気分で屋敷の玄関をくぐるとすぐに、
「お帰り、リーネ! 待ってたよ」
と、明るい声で呼びかけられた。
この家で、私の帰りを待っていてくれる人間は、たった一人しかいない。
「お父様」
この家で唯一私のことを想ってくれる人。けれども、義母の外面に騙されて、私の境遇を思いやることができない、頼りない人でもある。
父は基本的に、単身で赴任しているため、滅多に家に帰ってこない。まあ、だからこそ、義母がこの家での権勢を思うままにしているのだけれど。
そんなわけで、義母も父の前では借りてきた猫のようにおとなしい。それこそ、貞淑な妻を見事に装っている。
さて、私は父に促され、居間へと向かう。そこには、少し苦い顔をした義母とメラニーの姿があった。
テーブルの席に着くと、父は嬉しそうな声で、
「お前たちにプレゼントを持ってきたよ」
と言って、私とメラニーそれぞれに、綺麗な包装紙とリボンで飾られた小さな箱を渡した。そう、父はいつも家に帰ってくる度に、家族にプレゼントを買ってきてくれる。
メラニーは目を輝かせ、
「ありがとうございます、お父様。開けてみてもよろしいですか?」
と尋ねつつも、既にその指はリボンを外しにかかっている。しかし、父は気にした様子もなく、微笑んだ。
「もちろんだよ。さあ、リーネも」
と私にもプレゼントを開封するようにと促してくる。私はもまた、
「ありがとうございます」
と礼を述べて、封を開けた。
細長いジュエリーケース。そこに入っていたのは美しい青の宝石があしらわれた首飾りだった。流行の意匠のもので、紛れもない本物の輝きを放っている。
……ちなみに、父はいつも、私とメラニーには色違いの同じものを渡すと決めているようなので、彼女の首飾りには恐らく赤い宝石があしらわれているのだろう。
なお、この洒落たプレゼントは、決して父が一人で選んだ物ではなく、義母の意見を取り入れたものだ。義母の言、即ち「殿方には年頃の娘たちが喜ぶような気の利いたものを選ぶのは難しいでしょう」との言葉に、父が従っているからだ。つまり、この首飾りは、メラニーが欲しがっていたデザインのものだということでもある。
私は、一度宝石箱を締めた後、義母と義妹が余計なことを言いだす前に先手を打つ。
「とても素敵な首飾り、ありがとうございます、お父様。今すぐにでも、手持ちの服と合わせてみたいので、一度お部屋に持っていってもよろしいでしょうか?」
すると父は破顔して、
「もちろんだよ。それはもう、リーネのものなんだからね」
と言い、私が席を離れることを許可してくれた。
そうして部屋に戻った私は、急いで首飾りを身につけて、その日、それを決して外さなかった。
……なぜ、そんなことをするのかって? それには深い深いわけがあるのです。
そう、私には忘れがたい苦い経験があった。
☆
あれは父が義母と再婚して半年ほど経った頃のことで、既に、義母と義妹が、私の存在をうとましく思っていることに気付いた時期でもあった。
当時から、父は赴任先で過ごしており、家を空けることが多かったのだけれど、必ず家族の誕生日には帰ってきた。
「今日はリーネの誕生日だからね」
私の誕生日に、父はプレゼントとして、青く美しい小粒の宝石が散りばめられたブレスレットを贈ってくれた。とても可愛らしい意匠で、一目で気に入ったんだけど。
「あら、とっても素敵ね。お義母様にも見せてくださいな」
よそ行きの笑みを浮かべながらそう言った義母に、胡散臭さを感じつつも、
(まあ、見せるだけなら)
と思って、差し出された掌に、私はブレスレットを乗せた。
その瞬間。
きらり、と義母の目が光ったような気がした。そう、とても、不吉な光。
何だか妙な胸騒ぎを覚えた私をしり目に、義母は、私のブレスレットを光に透かしたり色んな方向から眺めたりした後、
「ありがとう、リーネ。とっても素敵なブレスレットね」
と言って、私の手にブレスレットを戻した。やたらとにこやかで、その愛想の良さが、逆に大層気色悪い。
返却された青い宝石が、室内灯を反射して鈍く光っていた。
さて、先ほども言及したけれど、私は当時から、ある程度、自分の置かれた立場というものを理解していた。
ある一部の継母にとっては、継子とは大層お邪魔な存在であり、残念ながら私の義母は、その類いの人間で、いずれ私はこの家を追い出されるだろうということを。
例えば、父が早死にでもすれば、私は着の身着のままで放り出されるかもしれない。
その時に、自分にある程度の選択肢を残しておきたい。そのために必要な物と言えば。
(まず、お金よね)
私はまず、そんなことを考える、枯れた少女だった。
だから父からもらったプレゼントも、もちろん可愛くて自分が使いたいと思う気持ちは強かったけれど。
(将来のため、換金するときの価値を知っておきたいな)
という計算が先立った。
こんな日が来ることを予想していた私が、ずっと目を付けていたお店があるのだ。




