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クレーター  作者: 朧塚
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#010 終焉の無い受難。やがて、夕闇へと消えるから……。 2


「あれ? なんで、私は生きているんだ?」


 エンプティは、自分の無傷の肉体をまじまじと見ていた。服だけがボロボロに張り裂け、自身の血液らしきものが黒く凝固している。

 どうやら自分がいる場所は簡易的な死体安置所みたいだった。

 この場所の管理人と思われる者の白骨が服を来たまま転がっている。


 彼は、死体安置所の外に出る。

 すると、樹木は枯れ果てて、沢山の服を来た肉を綺麗に削ぎ落としたような、血の一滴も付着していない、白骨死体が転がっていた。

 彼は自身の額に指先を当てる。

 すると、どのような現象が起こったのか、頭の中で映像となって現れる。


「成る程……。パラディアが蘇生したのか。……、運良く、私の力の射程内だったと……。うーん、もう少し、あの二人が離れていれば、私の復活は無かったな。私は運が良い、これもパラディアの能力をトレースしたからか……」

 彼は(きず)だらけになっていた通信機を手にする。どうやら、まだ使えるみたいだった。そして、仲間達に任務の失敗を報告する。


「すみません。やはり私は御使いの中では、かなり無能なんですね」

 エンプティは、まったくすまなさそうにしていない、といった表情で、通信機の向こうの相手に謝罪の言葉を述べる。


「…………、えっ、それよりも……」

 その情報を知って、彼は狼狽し、遺恨の感情を込める。

 気付けば、涙を流していた。


「彼が死んだんですか……? ……事故死……? そうですか。ええっ、私の大切な友人でしたよ。理解が出来ない……。そうですか、私は本部に戻ります」

 エンプティは通話を終わらせる。

 そして、壁にもたれかけ、空を見上げる。

 しばらくの間、彼は呆然としていた。


「私も生き残ってしまったのか……。パラディア、お前、これからも他人を不幸にしていくんだろう? この私も巻き添えにしやがって……」

 エンプティは少し、フルカネリの力に嫌悪感を持つ。


 そして、自身のナイトメア・サイクルが、パラディアと関わらないように、この場所から出来るだけ遠く離れる事に決めた。



 世界は複雑だが、単純明快で、そしてどうしようもないくらいにまるで良くならない。どうすれば、希望に辿り着けるのだろう?


 この世界に対して、諦める事が一番の選択なのだろうか?

 この世界は邪悪なるものの方が、絶対的で圧倒的に強い。

 理想や正義が脆く、邪悪さに飲み込まれ、踏み躙られていく。


 栄光の手のメンバー達が行っている事は、無為でしかないのかもしれない。



 現実はとてつもなく、厳しく、辛い。


 けれども、力の無い市民達は、ただ無感動に、あるいは他人事のように灰色の世界の中を生きている。他国の戦争、自国の猟奇事件、過剰な自殺者数、情報統制、あらゆるものから眼を背けて生きている。

 生きている、と言えるのだろうか?

 発狂の代償に手に入れたのが“平穏な日常”という名前の“ファンタジー”なのだろう。



「ゴード、なんで貴方って困難な道をあえて選ぶのかしらね」


 ズンボはそう言いながら、此処に来る途中、今回の仕事で得た報酬の半分を、戦災孤児を支援する為の募金に使った。

 日が照り、暑い。

二人は難民キャンプにいた。

彼はそこで炊き出しや、テント設備なども手伝っていた。

 ズンボはゴードロックの行動に、興味と呆れを混ぜながら見ていた。


 難民キャンプに入る際に、彼が軍服を着ている、という事を警戒された。彼は必死に弁解する。

 ……人を作る自己は内面の方に宿るのかもしれない。けれども、自分の内面の意志表示として、俺はこの服じゃなければいけないのだと思う。俺は戦争に行って、罪の無い人間も撃ち殺したし、家族のいる貧困層の兵隊をバラバラにした。俺は退役軍人である、という事実は、俺の“意志表示”なんだ。だから、軍服を私服にしている。


 最初、住民の一部は混乱していた。

 だが、彼に敵意が無い事は、難民キャンプの者達には伝わったみたいで、ひとまず、上着だけでも脱ぐように言われた。子供達が怯えるから、と。それに対しては、ゴードロックは快諾した。

 ゴードロックを見ながら、ズンボは手伝う事を断った。


 段取りが分からないからだ。

 彼が営む姿を見ていようと思った。

 それにしても、と、ズンボは考える。

 自分達の纏う制服は“スティグマ(消えない傷)”だ。

 終わる事の無い、痛みや罪の結晶なのだ。

 彼女は巫女装束を私服にしている。


 それは、彼女にとって家系からの呪詛であり、終わらない苦しみと戦う事を余儀なくされた者なのだと、自分を現した刻印なのだ。

 自分達は似ている……。

 やってきた要職に対しての失望を感じて、生きている。……そして、それ故に、スティグマのイメージを自ら纏うのだ。

 しばらくして、思考を止めた後に。


 彼女は、彼の行動力を見習って、素直に炊き出しの手伝いを覚える事にした。子供達の笑顔が温かった。



 帰りの飛行機の中だった。

 空は夕闇が美しかった。


「指輪を買っていいかしら?」

「うん?」

「えと……、婚約指輪…………」

「いいよ」

 隣り合った座席で、二人は手と手を重ねて、握り締める。


 ………………。

 二人共、クレーターを出た後、健康診断を受けたが、今の処、特に身体に異常は無い、まだまだ健康に生きていけそうだ。

“儀式”によって、ズンボの子宮はズタズタだった。なので、子供は産めないと言われている。けれど、もし子供を授かる力を手に出来れば、彼の子が欲しいと思った。




END


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